Missing Link-4-

修理屋で大地の剣を修理してもらって、アレスとナンナは軍に戻った。さすがにもう手を繋いでいないけれど、2人で歩いているときの距離はなんだか近くなったようだ。
進軍ルートがきっと決まったのだろう、みな浮き足立つ様子で出発の準備をしている。
テントはほとんど畳まれているから、今日のうちにここを経つつもりなのが見て伺えた。
その作業を手伝わなかったことを悪びれるわけでもなくアレスは手近にいたレスターを捕まえて聞いた。
「ああ、昼食べてからここを出るって。そうすると夕方近くに野営に手ごろな場所があるはずだって。だから今日はそんなにすすまないと思うけど」
「そうか。ありがとう」
「いや。そういえば、ナンナのことをデルムッドが心配して探していたぞ」
とレスターから聞いたと思ったら、2人をみつけたフィンが慌てて走ってくる。3人は木陰で顔をつき合わせた。
「どこにいっていたんだ」
ナンナはちょっとだけ厳しい表情になってフィンに答える。
「武器の修理に・・・」
「それならいいが、一声かけてくれ。ああ、アレスはわかっていたからいいんだが・・・。ナンナ、いいね」
「はい。気をつけます」
「申し訳ない。俺が一緒に連れていったんです」
アレスはあんまりかばう風でもなく飄々とそう言った。
「そうなのか。リーンは何も言っていなかったが・・・」
「悩み事を聞いてやってたんだ。年頃の女には色々悩みがあるらしいので」
「ちょっと、アレス!」
慌ててナンナはアレスの服の裾をひっぱった。
驚いたようにフィンは二人を見て、
「そうか。いや、まあ、そういうこともあるだろう。所在がわかればいいんだ。別に責めているわけじゃあない。」
「わかってます」
ナンナははかなそうに笑う。ああ、この表情だ、とアレスは思った。
おかしくなってしまうのかしら、と言っていたときとまったく同じ表情をナンナは見せる。
きっと、眠れなくなっておかしくなっちゃうのかもしれない、という危惧ではなくて、フィンのことが好きで仕方ないからおかしくなってしまうんじゃないか、とそう言いたかったのだろうことをアレスはきちんと気づいた。だって、同じ表情だから。
「まあ、そういうわけだから・・・色々悩みもあって眠れない夜もあるらしいんです。」
「眠れないのか、ナンナ」
「・・・たまに」
観念したようにナンナは小さく言う。そんなことをフィンに言い出すアレスの本心がわからない。
フィンは、自分の愛娘(義理とはいえ)がめずらしく打ちひしがれた様子で小声で話すのを見て、ちょっと慌てたようだ。
「体は、大丈夫か。不調があれば、きちんと言うって約束をしなさい。・・・女の子なんだから、無理はいけない」
いたわるようにそういってナンナの肩に手をおいた。
途端、びくっとナンナは過敏な反応で肩をふるわせる。
「・・・ナンナ?」
「あ、ごめん、なさい。」
ぎゅ、と手を握りこぶしにしてナンナは何かに耐えているようだった。
「眠れてないから、なんか、いつもと感じが違って」
「そうか。」
「フィンは眠れないときって、どうしてます?」
アレスに聞かれてフィンは少し考える顔をした。ナンナの不安そうな様子を見て、フィンの表情も相当真剣だ。
気を利かせてアレスはちょっと離れた木陰にいって、木の根元に座ったまま二人の様子を見ていた。
「そうだな。私は・・・今でも時折嫌な夢を見ることがあって、眠れないというより寝るのが嫌なこともある。そういうときは好きな場所にいることをイメージするよ。草原とか思い出の建物とか、どこでも・・・。草や床に横たわって、それに溶けていくようなイメージを作る。昔は、小さい頃一緒に寝ていた犬のことを考えて、その犬にくっついて眠るイメージなんかもしていたときがあった。・・・自分が、一番気持ちが安らぐ状態にしてあげることが一番だ。そして、力を抜くんだ。心が高ぶっていると体も緊張してしまうからね」
そう言ったフィンはとてもナンナを心配している様子だった。
「その・・・私はやはり、男手ひとつで育ててきたから、ナンナくらいの年頃になれば色々と言えない事もあると思うが、いくらでも頼ってくれていいから。それを、忘れないでくれ。」
遠くでリーフがフィンを呼んでいる声が聞こえた。ナンナもそちらを見るとリーフの姿が小さく見える。
「ああ、リーフ様が呼んでいるな。・・・出発は昼過ぎだ。詳しいことはオイフェに聞くといい。わかったね。」
「はい」
リーフの声がした方へフィンは行こうとした。それへ、ナンナが声をかける。
「お父様!」
めずらしいことに驚いてフィンは慌てて振り向く。
「・・・どうした?」
「その・・・ありがとう。」
「参考になるといいんだけれど。」
「それからっ・・・。大好きよ」
「・・・どうしたんだ、急にそんなことを言い出して。おかしな子だな。私も、お前のことを愛しているよ」
フィンはナンナに優しく笑顔を見せて、それからナンナにもう1度近づいてナンナの頭をなでた。
「うん」
少し気遣う表情を見せてからフィンは去っていった。そっとアレスが近づいてくる。
「どうだ」
「・・・また泣いてしまいそう。泣き虫なのね、わたし。」
「なんで。」
「あんなにお父様は私を愛してくださっているのに、わたしは欲張りなんだわ」
そう言いながらナンナはずうっとフィンの歩いていく姿を見つめている。
「違うだろう」
「違わない」
「・・・ナンナは、わがままを言い慣れていないからそう思っているだけだ。」
「また、アレスは私のこと知ってるように言うのね」
「当っているんだろう?」
「・・・なんか、憎たらしいわね」
そういうとナンナは声をあげて小さく笑った。
それから自分からアレスの手を握ってきた。今は、我慢をするのに誰かのぬくもりがまだ必要なのだ。
アレスはそれも知っている。自分も昔、リーンにそうやって助けてもらったのだ。
他人に関わるのは面倒だ。
けれどナンナは他人ではない。血族だから、という理由ではなかった。
子供の頃からアレスの中に叩きこまれていた濃密なもの。
きっとエルトシャンもラケシスも、母親も誰も彼も幸せではなかったのだろう。秘められていた背徳の罪とそれへの呪いにも似た妬みや嫉み。
自分がノディオンを捨てたのは、それらが醜くて鬱陶しくて彼の人生を縛るような気がしたからだ。
「俺は、逃げていた」
突然アレスはそう言った。ナンナは何を言うのだろう?とアレスを見上げる。
「逃げた挙句に、手にいれたものは何もなかったと考えて、やるせなかった。」
「手に入れたものは何もなかった・・・?」
「・・・そんな気がしていただけだ。本当はそんなことはないのにな。それに、何かを手にいれることばかりを考えていて俺は、誰かに何かをしてやることなんて思いもしなかった。」
アレスが何を言いたいのかと、ナンナはじっと黙っている。
「今だってそうだ。誰かのために何かをするなんて、面倒で意味がない。」
「まあ・・・じゃあ、どうしてアレスは私によくしてくれるの?あ、また、従妹だから、って言うだけなのかしら?」
「違う。・・・小さい頃に俺が嫌いで仕方なかったものに・・・ナンナがなってしまいそうだったからだ。俺は、ナンナが嫌いじゃない。だからお前がそういう「モノ」になってしまうのは嫌だ。・・・俺にも、ちょっとは何か出来るならと思った」
エルトシャンやラケシス、そして自分の母親。
ナンナがそれらの者達と同じ行く末を辿るのは許せないと思った。
「柄でもないな。お前のことは、嫌いじゃあない。」
もう1度アレスは言って、手をそうっとナンナから手を離した。
「お前の母親が俺の父親を愛していたという話を聞いたことがあるか?」
「・・・誰もそうとははっきり言わないけれど、そういう噂は聞いたことがあるわ」
ナンナはイヤそうな顔で答えた。
「エルトシャンはラケシスを愛していた。それは、俺の母親が言っていた話だ。それは別段どうとも思わない。問題なのはそれに関わってしまった哀れなバカな俺の母親だ。・・・そう思ってた。エルトシャンもラケシスも、誰に知られることがないほど人々を欺き続けられればよかったのにな、って。」
「・・・」
「でも、ちょっとわかった気がする。誰が知ってようが、罵られようが、誰に知らせなかろうが、どーでもいいんだ」
アレスは苦笑する。
「どういうこと?」
「・・・そのうちにな」
不思議そうな顔でアレスをみつめるナンナの肩をぽんぽん、とアレスは叩いた。
「眠れなかったら俺を起こすといい。いつでもテントの一番入口側に寝ている。・・・ああ、フィンに勝手に眠れないことを話して悪かった。でも、それはお前が思っているよりも他人に話してしまって構わないことだぞ。誰も理由を問い詰め様なんて考えないから。忘れるなよ。大事なのは、どんな理由だって眠れなくて苦しんでいることであって、心が痛いとか誰が好き、だとかそういうことが重要なんじゃない」
そういってナンナから離れてアレスは歩いていった。

デルムッドのところにナンナは行った。彼は彼で、この年齢になってから会う事が出来た妹を心配していたのだ。
ありがたいことにこのデルムッドという男はまったく気持ちが暗い部分がなくて、とても誠実で真面目で優しい。
彼は大層控えめであまり自分が自分が、というタイプではなかったから、一見我が弱く見える。
けれども本当はそうではないことをナンナは知っていた。
「兄様」
「ああ、よかった。どこにいったかと心配していた。」
デルムッドは荷造りを終えて、馬に荷を積んでいた。
「ごめんなさい。いまお父様にも言われました」
「フィンも心配していたぞ。・・・それに、最近あまり顔色がよくないようだし」
「・・・そうかしら」
デルムッドはこの可愛らしい妹にどう接して良いのか今でもちょっと困っている。けれど、それは口に出すことはなくそっと彼なりに見守ろうとしているのだろう。
「心配かけて、ごめんなさい。」
「そんなこと、気にしないでくれ」
そう言ってくれるのがとても嬉しくてナンナはちょっと照れながら笑った。
優しい兄もいてくれるのに、私はとてもわがままで贅沢なんだわ。
違うだろ
アレスの声がする。
わがままを言い慣れていないからそう思っているだけだ
そうかしら。私、もっとわがまま言っていいのかしら。
そんなことを思いながらデルムッドの愛馬をナンナは何度も何度もなでていた。

ミレトスにむかっての行軍が始まった。途中での待ち伏せも十分考えられるから、セリス軍は慎重に斥候を方々に出してゆるやかに進んでいた。数日間は目的地もなくただただ進む。先に送っていた兵士が野営が可能な場所を見つけて昼頃に戻ってくるから、その土地を目指す、という方法で少しずつの行軍をひたすら続けた。
山間の道を抜けるのは誰にとってもかなり疲労
誰も文句を言うわけでもないし、何よりアルテナが率いていた部隊の残兵が何人か途中まで運搬役をかって出てくれたので思ったよりは食料等の荷物に煩わされることはなかったのがありがたかった。
(やっぱり、眠れない)
フィンが言っていたようにイメージをしてみる。
確かにそれは効果はあったらしくてナンナの体は力が抜けてゆく。
なのに。
(もう少しで眠れそうなのに)
思い描いたイメージは、自分が幼かった頃に好きだった場所だ。
けれど、それをイメージすることは同じにナンナにフィンのことを思わせる。
がっかりしてナンナはテントの外に出た。
やっぱり自分の中にある「好きなもの」とか「思い出」とかそういったものがフィンに結びついているのだと思うと、嬉しかったけれど憂鬱にはなった。山間にも平地はあって、少し離れたところに小さいけれど川が流れていた。川の近くの野営は逆に危険なのだけれど、あえてセリスはそこを選ぶ。
自軍の見張りや斥候役、また緊急時の対処の絶大の自信をもっていることを伺える。そしてそれは兵士達にとっての最高の幸せでもあった。
月が綺麗な夜だった。
アレスが夜番ではないことを知っていたけれど、まだナンナはアレスを起こしてまでどうこうしよう、なんて考えることは出来ない。
ナンナはもうひとつ考えてしまうことがあった。
それは、この戦いが終わったら、自分とフィンはどうなってしまうのか、ということだ。
レンスターを取り戻してリーフはきっとアルテナと共に国の再建に尽力するに違いない。そして、フィンはそれに付き従う。
そんなことは初めからわかっていた。
では、わたしは?
兄であるデルムッドと出会い、更にはミストルティンを持つ従兄アレスと出会い、自分にノディオンの血が流れていることをなかったふりをしてこのままフィンの娘のように生きていくのだろうか。
いつも思っていた。
わたし、いつまでわたしが大好きなあの人と親子でいなければいけないのかしら、って。
だけどいまは違うの。
わたし、いつまでわたしが大好きなあの人の側で生きていられるのかしら。
「ナンナ殿、どうしたのです」
「あっ」
アルテナがテントの近くを歩いていた。いくつかのテントがあり、そこからまた少しばかり離れたところにもテントを張っている場所がある。山間部ではさすがに密集してテントを張ることが出きる場所が少ないのだ。
調度そちら側からアルテナは歩いてきたところらしかった。
他の見張り兵も幾人か近くにいて、どうやらアルテナは今晩は夜番として務めをしていることがわかった。
夜番といっても、就寝から真夜中までの番と、夜半過ぎから明け方までをうけもつ兵士が交代制で早番遅番と決まっている。いまはまだ早番の時間だろう。
基本的に女性兵士は夜番になる回数は少ない。
それでもナンナとて何度か経験をしていて、案外翌日が辛いことを知っている。
セリス軍にはいってほどないアルテナがそれをやっていることに少しばかりナンナは驚いた。
「アルテナ様、夜番なのですね」
「ええ。そろそろみなと同じことをしてもいいのではないかとセリス殿にお願いしたのです」
そういって微笑むアルテナはとても美しかった。
綺麗でまっすぐな髪、リーフと同じくとおった鼻筋、女性らしく戦場でもうっすらと紅をいれているらしい唇。
大人の女性なんだなあ、とナンナは思わずにはいられない。
「ちょっとのどが渇いて。お水をもらおうと思って起きて来ました」
「そうなのですか。」
「ナンナ、眠れないのか」
ナンナは体をこわばらせた。フィンだ。
フィンもまた今日は夜番らしく、昼間と同じ格好でアルテナが来た方向から歩いてきた。
「・・・ちょっとばかり」
違う、と言っても信じてもらえないとナンナは思った。けれど、真実を伝えるのも本当は彼を困らせることになるからどうかとも思って曖昧な表現になってしまった。案の定フィンは困ったな、という顔をした。
「少し、私と話でもするかい?」
とナンナに言う。ナンナは返答に困ってしまう。
「少しナンナと話をする時間をとってもよいでしょうか。アルテナさま」
「ええ、気にすることはないわ。私だって一人でいるわけじゃあないし。」
アルテナは笑顔のままそう言った。
「申し訳ありません。」
「それに、月の明るい夜は敵襲もないと思うから。気にしないで」
「聡明なことをおっしゃる。・・・どうだい、ナンナ、散歩でもしないか?」
「・・・」

わがままを言い慣れていないからそう思っているだけだ

アレスの言葉を思い出した。
わがままをここで言って良いのか、それでもナンナにはわからない。
だって、目の前にいるフィンとアルテナは思いも寄らないほど並んでいるのがしっくりときていて、どう見たって自分はかないっこないような気がする。それはナンナの自虐的な思い込みに他ならなかったし、別段フィンから、アルテナから、お互いに対する気持ちを聞いたことがあるわけではない。
だけど。
どくん。
どうしたのだろう。心臓の音が大きくなった気がする。
恐いわ。わたし。
お父様と2人になることがとても恐い。今の私は何をしてしまうのか見当もつかない。
「ナンナ、おいで。2人で散歩するなんて、何年ぶりだろうね」
「お父様、わたし・・・」
とまどうナンナに向ってアルテナが後押しをした。
「あまり遠くにいかないように気をつけてね」

たすけて、アレス

頭の中で何かが誰かの名前を呼ぶような声が聞こえた。
それが、自分がアレスに助けを求める声だとはナンナにはすぐには理解が出来なかった。


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モドル