Missing Link-5-

テントをはっているところから少し離れると叢がどこまでもおいしげっている低い森になっていた。獣道も途中であることに気づいた。叢にはいる手前に、大きな古い木が何本も倒れていた。
「近くに以前は村があった。そこで伐採を昔ここではよくやっていたらしい。けれど、大き過ぎて運べなかった木を残したまま村人は村を離れた。・・・ここは比較的トラキアに近い山だから、生活が苦しくなったのだろう。」
「トラバントは・・・それでも、あの人なりに国のことを考えていたのでしょうね。たとえ、リーフ様のご両親を殺した男だとしても心から自国の民のことを考えていたのでしょうね」
ナンナはつぶやいた。
それは痛いほどわかるし、そう考えなければアルテナを自分達はうけいれることも出来ない。
フィンはそれについては何もいわず、木の上に座ってナンナを手招きした。
木の皮があちこちはがれていて座るところを選ばないと多分痛いだろう。それに気づいてフィンは突き出ている皮をちょっとはぐと、自分のマントを愛娘のために折って木にのせた。
「ここに座ると良い」
「ありがとう」
ナンナはそっとフィンの隣りに、触れそうになる距離で座った。
「一体何を思いわずらっているのかはわからないが・・・きっと、わたしには相談しにくいことなのだろう。」
「・・・」
「ナンナくらいの年頃になれば、そういうこともあるのかもしれないな。」
ナンナはなんと答えて良いのかわからない。
多分フィンはナンナに相談して欲しいのだろう。けれどそれは出来なかった。
「月が綺麗だな。・・・そういえば、お前の誕生日ももうすぐだ」
「来月だわ」
「今年こそは、何か形に残るものをあげたい。・・・・その、毎年私は・・・忙しい忙しいとばかり言っていて何もしてあげられなかったからな。何か欲しいものとか、ないか?」
それは事実だ。けれどもナンナはびっくりしてしまった。
フィンはずっと一人でレンスターのことを抱えていて、ナンナの誕生日・・・とはいえ、それが本当の誕生日なのかも実は疑わしいのだが・・・のときはいつだって忙しそうだった。
小さい頃はそれをがっかりしたこともあったけれどフィンへの気持ちに気づいてからは、彼が誕生日を忘れないでくれて何一つくれなくとも声をかけてくれることだけでナンナには十分だったし、これからだってそうでよかった。
この戦時下に、フィンはナンナを元気づけようとそんなことを言っているのだろうか。
「お父様、わたし・・・」
「うん?」
「ううん。その、気持ちだけで嬉しいから、別に何もいらないわ」
「・・・」
ちょっと寂しそうにフィンは苦笑した。
「ナンナは良い子だな。だけど、私にまで余計な気を使うことはないんだぞ」
ナンナは、フィンの顔を見た。
見なれたはずのフィンの顔は、まるで初めてあった男性のようだ。
ずっといつでも一緒にいたのに、セリス軍が大きくなればなるほど自分とフィンの間は離れていった。一緒にいる時間が減って会話が減って。それまで一日何時間も共にすごしたこの男の顔を、自分は忘れかけていたのではないだろうか?
違う。
そうじゃない。
それは、彼の子供として育った、そして彼に恋をずっとしていたナンナの勘だった。
妙な説得力をもってそれはナンナには感じ取られる。
「お父様は、アルテナ様が、好きなのね」
不思議なくらいそれは自然に口から出た。そのことにナンナ自身が驚く。
もう、自分の目の前にいるこの男は自分の父親ではないのだ。そんなことをナンナはぼんやりと考えていた。
わたしのお父様は、わたしが落ち込んでいても何か物を買ってあげようなんて絶対言わないから。
そうだ、それはまるで。
何かの免罪符のようではないだろうか。
(ああ、わたし、またとても自虐的になっているのね・・・)
「突然何を言うかと思ったら・・・なんだ、そんな風に思っていたのか」
フィンは驚いた顔をして、小さく息をついた。
「アルテナ様は、私にとってはリーフ様と同じようにお仕えしなければいけない御方だ。好きか嫌いかではそれは好きだけれど、どうしてそんなことを言うんだ?」
優等生な答えだな、とナンナは思って少しばかり笑った。
「はぐらかすのね、お父様は。・・・私、お父様の娘ではもうないのかしら」
「何を言ってるんだ」
「じゃあ、おかしいの?娘が、自分の父親が誰のことを好きなのか気にするのは・・・。それとも、家族でもない、全然関係ない人間が好奇心でそんなことを聞いているとでも思っていらっしゃるのかしら」
別にそれでも構わないけれど、という言葉を飲みこんでナンナはフィンを見た。フィンは、今までナンナが見たことが無いような複雑な表情で小さく笑った。
「ナンナ、考え過ぎだ。お前らしくないことを言う。・・・お前は、血は繋がっていないけれど、私の娘だよ」
「お願い、もう1度いって」
「ナンナ?」

ぐらぐらと世界が回る気がした。
お父様、わたし、知っているの。あなたはもう、アルテナ様に惹かれているってことを。
誰が知らなくたって私にはわかるわ。
だって、わたし、誰よりもあなたを見てきた。
あなたもわたしを見てきてくださったけれど、わたしは、わたしがあなたを見つめる濃度が濃いことを知っている。
わたしはあなたと生活をして、そしてあなたの仕事の一部を担って、そして小さい頃はあなたの腕の中で眠った。
あなたにとって、私はあなたの人生のほんの一部かもしれないけれど、物心ついたときからのわたしの人生はあなたがいることで成立する人生だったのに。
そんなわたしを騙せると思っているなんて、なんてひどい人なの。

「もう1度言って。私はお父様の娘よね?」
「ナンナ・・・」
「お願いだから」
ナンナが何故そんなことに固執しているのかはフィンにはわからない。
自分の義娘の突然の哀願にフィンはとまどった。
「どうしてそんなことを・・・」
「理屈じゃないのっ。言って欲しいの。」
そういってナンナはフィンの腕を掴んだ。
「言って。何度でも言って。私、お父様の娘なのよね?」
「・・・それで、お前が安心するならば」
そっとフィンはナンナの頭をなでた。
「お前は、私の娘だ。いっただろう。いつだって、何があったって、私はお前のことを愛しているよ」
「もっと、言って。」
そう言いながらナンナは泣いていた。フィンに体を寄せて腕にしがみつく。様子が尋常ではなくなってきたことにフィンは気づいてナンナの手を腕からはずし、彼女の両腕を掴んで軽くゆさぶった。
「・・・ナンナ、私がアルテナ様のことをかまっているのが、嫌なのか?」
「そんなことを聞きたいんじゃないっ。お願い、言って。何度でも言って私を安心させて!」
何度だろうが、繰り返して。私を洗脳してしまって。
ナンナは掴みかからんばかりの勢いで繰り返した。
「ナンナ、一体・・・」
「これ以上、わたしを、そうじゃないモノにしないでっ・・・」
「何を言っているんだ」
「私、お父様の娘よねっ・・・」
そういいながらナンナは嗚咽をもらしていた。

気が狂いそう。
わたしはお父様の娘で、だけど本当は違って、血が繋がっていないからお父様の娘ではなくて、ノディオンの王家の血をもっているから、いままでの短い人生のすべてだったお父様やリーフ様から離れて、ノディオンにいくことになるのかもしれない。
わたしは、何になりたいのか、自分でわからなくなっていた。
お願い。
わたしはあなたの娘で、いままでもこれからも、あなたの側で生きてく権利があることを教えて。
親子でいたくなかった。好きだったから。でも。
親子でいたい。離れたくないから。
自分の中の矛盾をもうナンナは処理出来なくなって何かにすがるしかなくなっているのがわかった。

ああ、わたしはラケシスの娘なのだ。

誰が知ってようが、罵られようが、誰に知らせなかろうが、どーでもいいんだ

アレスは、何を言いたかったのだろう。
あのとき、無理矢理聞いておけばよかった。


目が覚めたら。
まだ明け方らしく、空は暗かった。
「わたし・・・」
「起きたか」
アレスが覗きこむ。
「・・・ここ・・・どこ?」
「テントの中だ。俺とお前しかいない。お前のおかげでフィンに起こされた」
わたしは、ちょっと記憶が朦朧としていてよく思い出せない。
「起きなくて良い。眠れそうならまた寝ろ。・・・なんで俺を起こさなかった」
「だって・・・」
体を起こそうとするのをアレスは無理矢理とめて、毛布を掛け直してくれる。
「・・・そうだ。お父様と・・・」
「いいから。何も考えるな」
そうっとアレスは私の手を握ってくれる。
「わたし・・・気が狂ってしまったのかしら。」
「そんなことはない。正気だ。」
もぞもぞと動いて、わたしはアレスの側にもっと体を毛布ごとよせてきた。
一人になるのが恐い。
「どうした」
わたしの中では今何かがおこっている。
「今ね・・・ナンナ会議中なの・・・」
「・・・はあ?」
「色々なことを考えすぎて・・・わたしの中で・・・ずうっと会議中なの。」
ははは、とアレスは笑った。
「そんなのは、誰もがあるけどな。・・・ちょっと手ごわいんだろう。今の内容は。」
「そうみたい。」
「眠るといい。ここにいてやる。お前の寝顔は悪くないな。」
「・・・もう。アレスったら」

子供のように泣きつかれて寝てしまったナンナをマントにくるんで抱きかかえ、戻って来たフィンは予備のテントをもうひとつ張ってそこにナンナを寝かせた。
起きないかとひやひやしていたけれども、1度きちんと睡眠にはいってしまうと深いようだ。
それからフィンはアレスが寝ているテントに行った。
夜中に人を起こすのは気がひけたけれどそうも言ってられない。
「・・・で、今ナンナは」
「あそこに寝かせている。そのまま帰すのも何かと思って」
「ああ・・わかりました。」
「アレス、ナンナは一体・・・」
フィンはなんとなくは嗅ぎつけているようだった。もちろんナンナの本当の気持ちはわかるはずがない。
彼が気づいているのは、ナンナが眠れない理由はどうやら自分にあるようだ、ということと、アルテナのことが関係しているのでは、ということだ。
「フィンは、ナンナに嘘をつくことがありますか」
「・・・嘘、か。」
「もしも、そうならば・・・嘘はつかない方がいい」
アレスは剣を腰につけてちょっと不機嫌そうに溜息をついた。
「あなたが考えている以上に、ナンナはあなたの心の動きを知っていて色々考えている。ナンナはわがままを言わないいい子でしょう?」
その言葉にフィンは動揺した。
「・・・そうだ。」
「わがままを言わないのは、言えないからだ。それを引き出すほど、あなたは父親に向いていない」
「手厳しい・・・が、正しいんだろうな」
フィンは怒る事もなくそれを聞いていた。色々と心当たりがあるからだろう。
「私は、ナンナに甘えていたからな・・・」
「ああ、それはそれで・・・きっと嬉しかったとは思います。けれど・・・そうではなくなったのでしょう。今は」
アレスは静かに言った。
「君はナンナのことをよく知っているようだな」
「・・・そうですね。でも、これは別に恋じゃない」
フィンはその言葉にはっとなる。
「ナンナのところにいってきます。心配しないでください。多分、俺がいれば大丈夫です」
「どうしてどう言いきれる」
「さあ。わからない。敢えていうなら・・・ナンナが何を気づかなければいけないか、だけを知っているから。」
アレスはそこで言葉を止めてフィンを見た。フィンはアレスの言葉の続きを真摯な表情で待っている。
「言っておけばよかったかな。あまり1度に俺が思っていることを言っても、理解できないだろうから、と気をまわさな
ければよかった。」
「何を・・・?」
「他人を不幸にしたくないならば、自分一人が傷つく勇気が必要だ。誰一人巻きこまないと心に誓うことが必要だ。・・・それがエルトシャンとラケシスには出来なかった。それが俺の母親の不幸の始まりだ。」
それを聞いたフィンには言葉はない。アレスはめずらしくフィンに対して強い口調で言葉を続ける。
「あなたの愛娘はその勇気がある。けれど、人間は傷を作りすぎれば化膿したり悪化するものだから・・・時には薬の力を借りないといけない。たとえ副作用で他の傷をつくったって。・・・ナンナに必要なのは、副作用で出来る傷に耐える勇気だ。」
「・・・君が言っていることは、よく私にはわからない。が・・・」
唇をかみしめてフィンは漏らした。
「少なくとも、副作用があるほど強い薬を選ばなければいけないほど・・・わたしは、ナンナを傷つけることをしていたということか?」
「いや。そうじゃない・・・。ナンナは真面目過ぎるから、自分がやっていることがどれだけ自分の傷をひろげることに
なっているのかよくわかっちゃいなかっただけだ。」

陽が射しているわ、とナンナは目を開けた。次に目覚めたとき、アレスはナンナの隣りで寝ていた。
ああ、本当に側にいてくれたんだ。
ナンナはそうっとアレスに毛布をかけようとした。すると、ぱちっとアレスは目をあけた。
「・・・起きたか」
「アレス・・・」
「よく、寝たか」
「ええ。」
「多分、もう昼過ぎだ。」
「えっ!?」
驚いてナンナはテントの外に出た。
そして目を丸くする。
「み、み、みんな出発しちゃってる!?」
「ああ。フィンとリーフ王子と・・・あと何人かは残っていると思うが」
太陽が高いことにナンナは驚いた。そして。
テントが全部なくなっている。少し遠いところで何人か残っていて、火を使っているのが見えた。
多分昼飯を作っているところだろう。
慌ててナンナはテントの中に戻った。
「ど、ど、どういうこと・・・」
「フィンがセリス王子に頼んだ。遅れていくが絶対追いつくから、と。どうせ今日明日は野営に調度いいところがみつかったらそこで進軍は早めに止まる。」
「で、でも、でも・・・どう言って・・・」
「ナンナの体調が悪いから、と。それだけだ。セリス王子はとても寛容だからな。結構悩んだようだけれど、リーフ王子が自分が責任をとると主張したようだ。俺も寝ている間のことだからよくわからん」
「・・・」
「あ、また泣く。泣くな。」
「わたし、みんなに迷惑をかけているわ」
「ばか」
めずらしく直接そんな言葉を使うアレス。
「これくらいなんてことないくらい、ナンナはみんなのことを思って色々我慢していたり、労わってくれてるじゃないか。・・・みんなそれを知っている。これくらい、どうってことない。例えばここで俺が倒れたら、お前だって同じことを・・・してくれるんだろうな?」
そうアレスは不機嫌そうに聞く。ナンナは泣きそうだったのをとめて、慌てて言った。
「す、するわっ!」
「そうだろ。」
小さくアレスは笑う。
「少しずつ、治して行こう。お前のそれは・・・ほんとに誰でもかかる病気みたいなもんなんだから。」
「病気・・・」
「お前がフィンを好きなこと自体が病気だといってるんじゃないぞ。自分が、気が狂っちゃうんじゃないか、なんて思ってしまうそういう病気だ。いこう。昼飯も朝飯もまだだろう」
「そういえば、お腹がすいたわ」
「・・・だろう。ナンナ、それが生きているという証拠だ」
ナンナはアレスをじっとみつめた。何かとても愛しいものをみているかのような表情で、それがどういう気持ちでみつめているのかアレスには判断できない。
「どうした?」
「アレス、一緒にいて」
「ああ。・・・ナンナ、もっと一緒にいよう。」
「ありがとう。」
「俺と一緒なら・・・フィンに会えるな?」
「アレスが一緒なら。」
テントの入り口から出ようとすると、太陽が差し込んでアレスの顔を照らす。
「まぶしいな。」
「うん。・・・アレス、ごめんなさい。わたし、あなたにたくさん甘えている。」
「知ってる。甘えれば良い。」
「いいの?迷惑じゃないの?」
アレスはナンナを振り返った。
「いままで、人に甘えられることがなかったからな。そのツケが回ってきたんだろう。・・・気にするな」
「ありがとう」
恥じらいながらナンナは言う。この数日極端にアレスを頼って甘えている自分のことが恥かしいのだろう。
「どういたしまして。行こう。フィンが待っている。デルムッドも、リーフ王子もいる。・・・アルテナはいない。それなら大丈夫だよな」
ナンナの表情がちょっとだけ険しくなる。静かに彼女は言った。
「わたし、アルテナ様のこと、嫌いじゃないわ」
「知ってる」
「嫌いじゃないの」
「・・・お前は本当に困ったくらいいい子だな」
「子供扱いするのね」
「子供だろう」
「アレスは?」
「子供だ」
「じゃあ、いいわ」
ナンナは笑った。昨晩の自分を思い出していたが、それは自分の病気なのだと思うことでなんとか心を落ち着けることが出来た。
正直な話、フィンと顔を合わせるのは恐くて仕方なかった。
自分のことをどう思っただろう、嫌いになっていないだろうか。
自分のせいで、フィンがアルテナと接し方を変えてしまったらどうしたらいいだろうか。
「やっぱり、恐いね」
「・・・フィンに会うのが?」
「うん。でも、会わなきゃいけないと思う。夜は気がおかしくなっちゃうから、昼・・・きちんとした自分で会っておかなきゃって思うわ」
「そうだな。・・・俺が、お前の勇気になれるといいのだが」
「・・・アレスが、私の、勇気に・・・」

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モドル