Missing Link-6-

「ナンナ、よく眠れたか」
フィンとリーフ、それからあまり名も知らない兵士何人かが遅い昼飯をとっていた。
女手がないのに乾燥させた野菜をいれたスープと干し肉が用意されている。ナンナはそれを用意してくれたのがフィンだということに一目で気づいた。そして、たった1度の食事のために、それを作る鍋を置いていってもらったのだということにも気づいて少しとまどった。彼らの荷物は何も戦の道具だけではない。
そんなに遠くない旅であれば、何日かは調理なぞしなくても生活できる。
けれど今回のミレトス行きは多少長丁場になることが必至で、そのために保存食以外にも鍋などを持参していた。あとから追いつかなければいけない立場の彼らがそれを借りて荷物を増やすのは、本来あまりいいことではない。
が、多分フィンはフィンなりに思うところがあって、ナンナのためにそうしてくれたのだろう。
「はい。ご心配をおかけしました」
フィンが何もなかったかのように笑顔をむける。それがいたたまれずにナンナはうつむきがちに返事をした。
それから火の側によってそっとフィンのとなりに2人は座る。
「お腹減ってないか、ナンナ」
そう言ってくれるのはリーフだ。
最近あまり言葉をかわす時間が減ってきたリーフがここに残っていてくれたことがとてもナンナは嬉しかった。
まるで、時間が戻ったような気がする。
そう思う自分は、思い出とかそういうものに縛られて後ろを振り向いてばかりいる情けない人間なのだろうか?
心配そうなリーフの表情を見ながらそんなことをまた考えていた。
「少し減りました。」
「なんだ、リーフ王子はオレには言ってくれないのか」
「ははは、だって君は無遠慮だから」
とはっきりリーフは言って笑った。
その言葉とおりアレスは早速リーフのとなりに座って干し肉に何も言わずに手をつけていた。
「はっきり言う。ちょっとは遠慮しろ」
「アレスにいわれたくないよ。アレスもいつまでも僕に「王子」なんて言って言葉だけ遠慮してるフリしないでくれよ」
「仕方ないだろ。平民のように育ってしまったんだから」
「僕も結構そうだと自分では思っていたんだけど。あ、そんなこというとフィンに怒られちゃうんだ」
この2人は仲がよいのか悪いのかまったくわからない、とナンナは思っていた。
リーフは今まで苦労していた割にはフィンのせいなのかまだまだ世慣れしない、正義感が強いまっすぐな王子さま、というナンナからみても時折危なっかしい様子がある。それもすべてリーフがもっている曲がったことが許せない気性のせいなのだが。だから傷つきやすかったり、セリスの心の強さをうらやましがったりしていることをナンナは知っていた。
それに比べるとセリス王子の方はいい意味では世慣れして、悪い意味ではちょっとずるっこなことが出来るようで、そこがアレスと似ていた。そのうえアレスに比べて社交性や柔軟性もあるから確かに軍のリーダーとしての素質はずばぬけているかもしれない。セリスとアレスは案外と仲がよくて(といってもアレスはあまり気づいていないが)リーフだけ少し違うような
気がしていた。
けれど、こうやってリーフとアレスが話しているのを見ると、実は仲がいいことに気づく。
「どうした、ナンナ」
アレスが気づいた。
「干し肉、まだあるぞ」
「違うわよ!」
無神経なアレスの言葉にちょっと笑いながらナンナは言う。
「わたし、知らなかったわ。アレスってばリーフ様と仲がいいのね」
「はあ?」
変な顔をアレスはした。それからじっとリーフを見る。ぷっとリーフは吹き出して
「仲良くないよ。ナンナとアレスの方が仲いいんじゃないか。・・・ナンナの言葉じりが、そうだって言ってる」
「え」
アレスとナンナはお互いを見て、なんともいえない神妙な表情をしていた。確かにナンナはアレスといるときにはとても自然で、いつも抑えている自分が素のままに戻っているような気がする。
フィンは黙ってスープを簡易皿にとりわけている。
「仲良くない、とははっきりいうな」
アレスは苦笑した。
「だって、アレスは僕のこと幸せな坊ちゃんだと思ってただろ。そういうオーラが出てたもの」
「悪かった。今は違う。」
「・・・それは僕と仲良くなりたいってこと?」
「そうとられるのはしゃくだ。」
何もいわずに聞いていたフィンがリーフに声をかけた。
「リーフ様はお飲みになりますか」
「うん。もらうよ、ありがとう」
「ナンナも食べなさい。もともと食が細いんだから、きちんと暖かいものをとるといい」
「はい。ありがとう、お父様」
「あまり食べないのか」
アレスは驚いたようにいう。
「・・・のかしら?」
ナンナはフィンを見た。フィンは苦笑して
「以前は女の子はそういうものだとずうっと思っていたが・・・どうも、ラクチェのたべっぷりを見ているとそうではないということがわかった」
と答える。アレスは笑いをこらえていたが、リーフはこらえきらなかった。
「フィン、ダメだよ、ラクチェと比べたら。運動量がハンパじゃないんだから。」
「そうおっしゃいますが・・・」
「でも、確かにナンナはちょっと食が細い。食べないと。」
「はい。」
ナンナはリーフに笑顔をむけた。
まるで昨晩のことがなかったかのようにフィンは普通でナンナに皿を渡す。
フィンが作ってくれたスープを飲みながらナンナはその温かさをじっと感じていた。
今だけは、何もなかったようにしたかった。
リーフがいてフィンがいて。彼らが自分を心配してくれて、まるで昔のように笑ってくれる。
そのことがとても嬉しかった。けれど、自分も彼らも昔のままではないのだ。

食事を終えてナンナの体調が大丈夫だと確認すると、彼らは出発をした。
残っていたのは全員馬に乗っている兵士だったからよほどの厳しい山道でなければ夕方にはおいつけるだろう。
人数が少ない行軍は久しぶりだ。
最近は人数が多かったから、そっとフィンの姿を目でおっていても誰に気づかれることもなかったけれど、これではすぐに誰を見ているかバレてしまう。
好きだから見てしまうのだろうか。
だって、いつも一緒にいて誰よりも知っているという自信があるならば、見なくてもいいのじゃないかって思う。
それでも私はお父様を目で追う。でも、それがどうしてなのかはなんとなくわかっていた。
どんどん、フィンはナンナにとって知らない男になっていく。
それはきっと、ナンナが大人になってきた証拠なのだろう。

ナンナ達がセリス達に合流出来たのは夕方になってからだった。思ったよりも先に進んでいて、このままでは明後日には山越えが終わると思われるほどだ。
ナンナはリーフ・フィンと一緒にセリスに礼をいいにいき、それから彼女を心配していたリーンやデルムッド達にも顔を見せに行った。前日夜の遅番だったものと今日の遅番の兵士は既にテントで睡眠をとっている。
「そうだ・・・アルテナ様にも・・・」
昨晩のことを考えるとアルテナにも声をかけるのが筋だと思った。
もしかしてもう眠っているかも知れない、とも思ったが、ナンナはそっと近くにいたラナに声をかけた。
「アルテナ様?多分ドラゴンと一緒にいるんじゃないかと思います。テントにはいらっしゃらないようです」
「ありがとう、ラナ」
ナンナはアルテナを探した。
ドラゴンは体が大きいので馬の側にいると時には馬が怯えることがある。だから少しばかり離れたところでペガサスと共に羽を休めている。
ナンナからすればペガサスだって馬のようなものだから、ペガサスは大丈夫で馬はダメ、というのが不思議だ。
それをフィーに聞いたことがある。そうしたらフィーはけらけらと笑って
「知ってるのよ、ペガサスは。同じ空に生きるものだって。馬だって知ってるんだと思う。違う世界の生物なんだって。馬は臆病なやつだとペガサスも警戒するものね」
と答えてくれた。
「いたっ・・・」
細い木の枝が肩や手にささるほど密集している辺りを通りぬけると少し小さな岩場があった。どこかにかきわける道はないかと辺りを見まわしたがそれらしいところはない。アルテナはここをかきわけて歩いていったのだろうか?
「アルテナさま」
「ナンナ殿。こんなところまで・・・。歩きづらかったでしょう」
「ちょっとだけ。アルテナ様だって通っていらしたのでしょう?」
「私は鎧を着ていますし・・・この子がいやすい場所であれば、どんなところでもいきますから」
そういってアルテナは笑った。やはり通りぬけにくかったらしく、髪の毛を後ろで束ねている。アルテナの手の甲に木でひっかけたような跡があるのをナンナは見逃さなかった。
「お加減の方は大丈夫なのですか。」
「はい。ご心配をおかけしました」
アルテナはドラゴンを制御する手綱をつけかえていた。
「よしよし、グリッタ、ちょっと良い子にしていて頂戴」
そういってアルテナはナンナに近づいてきた。
「合流が遅くなってしまいましたけれど・・・リーフ様もお父様も戻りました。」
「そうですか。・・・ごめんなさい、体調が悪いなんて気づかなかったわ」
「・・・いいえ。」
気づかなくて当たり前じゃない・・・。そんな意地悪がちょっとナンナの心をかすめる。
「こんなことを言うのは迷惑だとは思っているのだけど」
と前置きをしてアルテナは言った。
「ナンナ殿は私の妹のように思えてしまって・・・心配していました。」
「えっ」
思いも寄らないアルテナの言葉にナンナは固まる。
ああ、説明が足りないな、とアルテナも気づいたらしく、ちょっとだけいいづらそうに
「ナンナ様はリーフと兄妹のように育ったと聞いていたし・・・その、わたしも本当に小さい頃はフィンが面倒を見てくれたことがあったのをおぼろげに覚えているものだから」
といって小さく微笑む。
なんと答えていいのかわからなくなってナンナは困った。
「本当は複雑なのだけど。私にとって父は・・・リーフの父キュアンではなくて、やっぱりトラバントだから。それに、トラバントのもとに連れ去られたのもリーフが生まれて間もなかったから、正直なことをいうと・・・。親の記憶はトラバントにすべてすり変わってしまっているし、兄弟の記憶は兄のアリオーンとの思い出になってしまっている。だから私にとってレンスターの記憶は、摩り替わる対象がいなかった、おぼろげなフィンの記憶しかないのです。そういうことが色々間違って混ざってしまって。時にはまるでナンナ殿が妹のように想えてしまうのですよ。」
「アルテナ様・・・」
「ちょっと、頭がおかしくなっちゃいそうなんだけどね。ああ、そういうことを言いたかったのではなくて・・・その、何かあったら私で力になれることならば、なりますから」
ナンナはじっとアルテナをみた。
そうか。
わたしとこの人はきっと似ている。
今初めて気づいた。
多分、この人は私に嫉妬している。
ナンナを妹のように思っている、というのはあながち嘘ではないと思う。それは言葉通りうけとっていいような気がした。
でも、この人は。本当はこの人の側にいてくれるはずだったご両親や一緒に育つはずだったリーフ様のことが記憶から隔離されている。そして、唯一おぼろげに覚えているのがお父様だと言う。
きっと、この人も・・・。

アルテナと別れて野営している陣営に戻ると、大きめな木の根元にセティが座っていた。そのセティの横にフィーが横たわって既に寝息をたてている。
テントの中で眠れば良いのに、とナンナは思ったけれど、きっと疲れのためにテントに戻れないまま寝入ってしまったのだろう。
あまりセティがフィーと話をしている姿は見たことが無かったけれど、本当は妹思いの優しい兄だということはわかっている。
レヴィンのことを愛しながら彼らの母親は戻ってこないレヴィンを信じながら死んでしまったという。
彼らは父親レヴィンを恨んでいたり憎んでいたりする素振りが多少あるけれど、それでも本当はレヴィンのことが好きに違いない。
アルテナのことも考えた。
自分が父親だと思っていた人間が、実は自分の実の両親を殺したなんて。
そんなことを突然言われたら、きっと私はおかしくなってしまうわ。
わたしは、幸せだ。
ナンナは回りを見まわして、そっと人が気にならないような木の影に座った。
他人との比較なんかに意味が無いことは知っている。でも。
けれど間違いなくナンナは今きっと幸せなのだ。自分を大事にしてくれる義父がいて、兄のように優しくしてくれるリーフがいて、そして本当の兄がいて。誰もがナンナを大切にしてくれていることを自分でわかっていた。
「わたし、心が狭いんだわ」
そういって溜息をつくと顔にかかる両脇の髪の毛をナンナは耳にかけようと指を動かした。
「あら・・・?」
いつもつけている髪飾りがないことに気づく。
「・・・あ。木にひっかけてきたのかも・・・」
慌ててたちあがって今来たばかりの道を引き返そうとする。
「こら!」
「わっ!」
急に声をかけられてナンナは飛びあがった。
「ア、アレス、何・・・」
「さっきからちょろちょろしてるだろ。目を離すとどこにいるのかわからなくなる。あんまり出歩くな。・・・大地の剣はもってないな?」
「うん・・・テントにおいてきたわ。」
「そうか。・・・どこにいくんだ?」
「あのね、髪飾りをおとしてきたみたいなの。」
「・・・ああ、いつもつけてるやつか」
「それで探しにいこうと・・・」
「こんなに暗いのに?無理だろうが。たいまつをもっていかないと」
「大丈夫よ、今日も月は明るいし。それに多分木が茂ってるところで落としたから、たいまつは危ないわ」
そういって歩き出すナンナの後ろからアレスはついていった。
「アレス?」
「今日のおせっかいはこれで終わりだからな」
「?」
「一緒に行く、っていってんだ。もう少し学習しろ。」

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モドル