Missing Link-7-

しかし、どこのあたりをかきわけて進んだのかもわからない。なんとなく先ほど来たはずの茂みをかきわけてみたけれどもそれはみつからなかった。
「違うところで落としたんじゃないのか」
「そうかもしれない。・・・ドラゴンのところかしら」
まだアルテナはいるだろうか?
「なんだ、お前いっぱい傷出来てるぞ」
「腕、出しているから・・・でも、すぐ治るわ。あとでラナにリライブしてもらう」
ナンナの白い腕に小さな傷がいくつか出来ていた。アレスは溜息をついて
「で?諦めるか?」
「ちょっと待って」
そういうとナンナはさきほどアルテナと会話がしたところまでなんとかかきわけて進んでいく。アレスはそれに続いた。
「アルテナさま、もういらっしゃらないのかしら?」
ドラゴンが静かにいた。ナンナの姿を見るとそちらへ首をあげてくる。体が大きい生き物だが、案外繊細で物音などに過敏に反応をするのだとわかる。
「ごめんね、眠るところかしら?起こしちゃったかも」
「言葉なんかわかんないだろうが」
「あら、アレスの馬はアレスの言葉、わからないの・・・?」
「こいつはお前のドラゴンじゃないだろ」
「そうだけど。でも、ドラゴンも利口なのよ?ね?グリッタ、だっけ?」
アルテナのドラゴンは静かに2人を見るだけだ。
「で、どうすんだ。まさかドラゴンと話しに来た、なんてわけじゃないだろ」
「ここにもないみたいね・・・」
ふう、と溜息をナンナがついたときに、がさがさと木の間から人がこちらに向ってくる音がした。無遠慮に音をたてているから自軍の人間だということはすぐわかる。
「ごめんなさいね。疲れているところを」
「いいえ」
かすかに声がする。ナンナはあわてた。フィンとアルテナだ。なんだかここで2人とあうのはばつが悪い。アレスはそっと耳打ちする。
「どうした、恐いのか。オレがいるのに」
「・・・恐いわ。だって、いつも夜おかしくなっちゃう気がするから。」
「いい。それなら、隠れれば」
「でも、そんな、盗み聞きするみたいっ・・・」
「すればいい。悪いことでも。お前がおかしくなってしまうより余程そっちの方がマシだ。」
アレスは少し冷たい物言いをしてドラゴンがつながれている木の裏の叢にナンナを連れていった。
見るとナンナは既に震えている。また、自分は変になってしまうのか。それが恐怖なのだろう。
フィンのことを考えてしまっては、毎日同じことを繰り返すのだろうか?今となってはもう、フィンのことを考えておかしくなるのかアルテナに嫉妬しておかしくなるのか、自分自身のことを考えておかしくなるのかもわからなくなってきている。
「・・・まいったな。」
アレスはそうつぶやくとナンナの手を握った。
叢の影はちょうどドラゴンの影になっていて月の明かりが届かない。
荒療治になるかもしれんな・・・
そんなことを思いながらアレスはナンナを覗きこむ。ナンナは目を閉じて、じっとしていた。
「グリッタ、遅くなったわね。今日の食事よ」
「ものすごい量を食べるんですね。」
フィンの声。ドラゴンがぐるる、とうなって何かを食べている音が聞こえた。
「ええ。この大きさですものね。・・・それにしても、ナンナ殿はここにもいらっしゃらないようだ」
「どこにいったやら・・・」
「フィン、あなたからこれを返しておいてもらえますか」
会話の内容からすると、やはりナンナが髪留めを落としたのはここらしく、アルテナが拾ってくれたようだ。
「いえ・・・お手数かと存じますが、アルテナ様から返していただけないでしょうか」
「・・・別にいいけれど・・・。何かあったのですか」
「いえ。親子というものは難しいのだな、と思って。ナンナくらいの年齢になってくると、私では相談にのれないことが多いようでとてももどかしい。私はその、あまり器用な方ではないので・・・女の子の気持ちはわからないのです」
はは、と困った笑いをもらす。
「だから、少しでも、あなたとあの子が近づければ、きっとその方があの子のためになるかと。」
「・・・どうだろう。ナンナ殿はとてもフィンのことを好いているようだから。私のことはお嫌いかもしれない」
その言葉を聞いてナンナはうつむいた。
そうではない。そういうことではない。でも、どうしていいのか自分にはわからない。もどかしくてナンナはアレスの手をぎゅっと握る。
「・・・まるで、妹のようだと思う時がある、と話したら困った顔をなさっていました。」
「いや、そんなことはないと思います」
「そうでしょうか。ああ、あなたを疑うわけではないけれど。」
「私が大事に育てた娘ですから」
「・・・あなたがそう言い切るならそうなのでしょう。ナンナ殿は愛されているらしい。うらやましいわ」
「アルテナ様」
「いえ。恨み言とかではないのです。」
アルテナの声音は静かだった。ドラゴンが咀嚼している音だけが響く。
「あなたを見ていると、どれだけナンナ殿を大事に思っているかが伝わるから。そんな風に愛される人はそうそういないと思う。だから、私もナンナ殿の立場になりたいと思っているのかもしれない。ふふ。フィンには迷惑な話だけれど。」
フィンは苦笑した。
「言葉には、したくないのですが・・・とてもあの子を大切に思っています。その、血は繋がっていないし、私自身は出来た父親ではないですけれど。」
「あなたはナンナ殿を大事にしているから、きっと結婚できないんじゃないかとリーフが言っていた。」
「そっ、そんな話をなさっていたのですか!」
頓狂な声をあげるフィン。それに反応してドラゴンがぐるるる、と喉をならした。
「ああ、驚くこともない。」
アルテナは笑顔をむけて笑った。
「だって、本当のことでしょう」
「・・・私は・・・」
そこまでいってフィンは言葉を切る。アルテナはくすっと彼女にしては少女めいた笑いをもらした。
「フィンは?」
覚悟をきめた、という風に答えるフィンの言葉はまっすぐで、とても真摯なものだった。
「私のことよりあの子を大事にしてくれる人でなければ、選ぶことは出来ません。たとえ、この先あの子と生きる道が違えても。リーフ様をお守りしようと心に決めて生きてきました。その間の数多の困難は、あの子がいたから乗り越えられたと思っています。私は今までナンナよりもリーフ様のことばかりを優先してきてしまったので・・・この戦いが終わったら、あの子のために・・・いや、リーフ様やアルテナ様への忠誠に変わりはありませんが・・・あの子の幸せのために生きていきたいと思っています。」
ナンナはアレスの手を離して、自分の体を抱くように軽く前かがみにうつむいていた。
とても静かにナンナは泣いている。
ああ、綺麗だ。
アレスはそう思ってナンナを覗いた。たった1,2日の間で何度もナンナが泣いている姿を見たけれど、今泣いているナンナはとても綺麗だと感じる。
だって、それは当たり前だ。ナンナのその涙は悲しいこと、つらいこと、どうにもならない怒りや苦しみからの涙ではないのだ。
こんなに静かに穏やかに泣く女性は初めてみた、とアレスは思った。
「フィンはとても深くナンナ殿を思っている。・・・あなたがそういう人であることが、とても私には好ましく思える、」
「・・・申し訳ありません」
「いや。・・・あなたはまた私の前で泣くのね。」
「お恥かしいところを・・・。」
「・・・あなたのように愛情が深い人に育てられたなんて、リーフはなんて幸せなのでしょうね。けれど、どうして泣いているのですか」
アルテナの言葉は優しかった。
「どうして、でしょうか・・・。そうですね・・・多分、その・・・。私は・・・いや、これはアルテナ様にとってどうでもいい話ではないかと思いますから。」
「教えて頂戴。・・・いま、あなたやリーフを知ることが、私にとってレンスターに唯一近づけることだから。そうね。ナンナ殿のことを知ることも、そうだと思う。あの方は確かにノディオンの姫君かもしれないけれど、私より何倍何百倍もレンスターに近しい存在だと思っている。」
「アルテナ様。わたしは・・・あの子に、自分が実の父親でないと打ち明けてから、私を父親と呼ばなくてもいい、といいました。」
「でも、まだ父と呼んでいらっしゃる」
「はい。・・・それが、どれだけ嬉しいことなのか、伝わるでしょうか」
「・・・なんとなく、だけだわ。」
アルテナは軽く首を横にふった。フィンは小さく笑って
「ああ、単純に、それでも自分を父と呼んでくれるのか、ということもありますが・・・。親子であれば、私とナンナは一生涯消えることがない関係でいられるのだと思って、私はとても嬉しかった。あの子が私を父親と思っていてくれる間は、私は死ぬまであの子と親子でいられるのだと・・・。そんなことは、もうご両親が他界なさっているアルテナ様に言うことが甚だ失礼なこととは知ってはいるのですが・・・。恋人とか友人とか知人とか。そういうものよりももっとずっと近しいものでいたいのです。」


フィンとアルテナが去っても、ナンナは膝を抱えて丸まって泣いていた。鳴咽はまったくでないほど、静かに、ただ液体がこぼれているだけかのようにしっとりと泣いていた。
アレスは何も言わない。今ナンナに必要なのは言葉ではない。
今ナンナは、自分の中で続いていた、彼女のいうところの「ナンナ会議」が頭の中でめまぐるしく続いているのだろう。
本当ならば早く戻らなければいけないところだが、もし何かあってもフィンが気をきかせてなんとかしてくれるだろう。
可哀相なエルトシャン、ラケシス、そして俺の母親。
アレスはそんなことを考えながらナンナが泣き止むのを待っていた。
兄妹でいれば、一生消えない絆をもつ間柄として生きていけたのに。
彼らはあえて、そんなものはいらない、自分達は男と女なのだ、と捨てようとしたのだろう。捨てられるはずもないのに。
彼らがフィンのような人間だったら、きっと自分達の血を裏切るようなことをせずに、そして俺の母親も苦しまなくてもよかったのに。
きっと、男と女になってしまった彼らは苦しんだのだろう。まるで今のナンナのように。
そして、彼らが苦しまなければいけないほどに相手を深く愛すれば愛するほどに、俺の母親は深く傷ついていったのだろう。
「・・・」
ナンナはふいに立ち上がって草むらから出た。
ドラゴンはまたその音に反応してからだを軽く動かす。
「グリッタ、ありがとう。かくまってくれて」
そんなことを突然いうものだからびっくりしてアレスも立ち上がる。
「おいおい、何言ってんだ、急に」
「さっきもいったでしょ。ドラゴンも利口だって」
目を真っ赤にしながらナンナは無理矢理笑おうとして変な表情になっている。
「飼い主が来たときに、不審な人間がそばにいることを教えるくらいは馬だってするじゃない?様子がおかしいってすぐわかるものね?それと同じだわ。この子、多分私達が敵意とかないことをちゃんとわかってて黙っててくれたんだと思うの」
「・・・あー、はいはい。お姫様がおっしゃるとおり」
アレスは肩をすくめて苦笑いした。やっと泣き止んだのかと思ったら、こんなに待たされた自分より先にドラゴンに声をかけるなんて、まったくこの姫君は手がやける。
「感動したか?フィンの演説で」
ぶしつけな質問をナンナにする。あまりにそのままで、無遠慮な言葉でもナンナは怒らなかった。
「ええ。感動したわ。・・・でも、だからすべてが終わるわけじゃあないのね。それがちょっとだけショックだった
「・・・当たり前だ。人間の感情がそうころころ人の言葉ですべて変化するわけがない」
「わたし、前よりずっとお父様のことが好きになってしまったわ。どうしよう?」
いたづらっぽく鼻も目も赤いままでナンナはそう言って笑う。
「どうしたい?」
「どうしたいのかしら。わからないけど・・・。」
そこで言葉を切った。じっとアレスがナンナを見る。
ナンナは目をそらさないでアレスを見る。
形がよいナンナの唇が動いて、とても恥じらった可愛らしい笑顔を作った。
「お父様が私の幸せのために生きるなら、私はあの方の幸せのために生きたいと思うわ。・・・それが、自分の幸せにもなるんじゃないかってなんとなくそう思った。なんとなく、だけど。間違ってるかしら。」
「・・・どうだろう。自分のために生きることに俺は精一杯だから、そんな考え方は出来ない。誰かのために生きるなんてごめんだとすら思うけどな。でも、そうだな・・・。そうであることが幸せだと思う人間もいるんだろう。」
そっとアレスはナンナの肩に手をかけた。
「それで、お前が納得するなら、いい。正しいかどうかなんてことより、その方が大事だ」
「納得なんて、してないわ。今だって・・・お父様に触れたい、そばにいたい・・・もっと欲しい、って思ってる。」
月明かりに照らし出されたナンナから「もっと欲しい」という言葉が紡ぎ出されたときアレスは目を細めた。
そこにいるナンナはもう女性になる準備がとっくに出来たまま、フィンの前でそうであることをひた隠しにしていた少女ではなかったし、アレスが幼いときに見た肖像画の少女でもなかった。
「そうか。・・・きわどいことを言うな、お前」
「そうかしら?」
本人はよくわかっていないのかもしれない。アレスは苦笑した。
「・・・いい。病気だってすぐには治らないし。お前がフィンのことを好きだろうが誰が好きだろうがそんなことはどうだっていいんだ。お前が忘れちゃいけないことは、お前が好きで仕方なくてどうにもならないあの男が、世界中で一番お前のことを思っているという事実を信じてやることだ。」
「・・・うん。それでも、足りない、と思うかもしれないし、やっぱりアルテナ様には嫉妬すると思う。」
「構わない。・・・まじないを教えてやるよ」
「なあに?」
「心が弱くなったときのまじないだ。」
アレスは歩き出した。もう戻ろう、という合図だということはナンナにもわかる。彼らが動いたことでちょっとまた首をもたげてきたグリッタの体をナンナは軽くさすって「おやすみなさい」という。
「まって、アレス・・・。で、おまじないって・・・?」
茂みをかきわけるアレスの後ろにくっついていくナンナ。来たときと違って帰る方向にまっすぐいくだけだ。2、3歩歩くとナンナは、アレスが自分のために出来るだけ小枝がでっぱっていない道を作ろうとしてかばってくれていることに気付いた。いつもならばすぐにそういうことに対して礼を言うのだが、なんとなくナンナは黙った。
「3回俺の名前を呼べ。・・・さすがに呼ばれて行く、なんて芸当は出来ないけどな。つぶやくぐらいでいい」
「・・・そうするとどうなるの?」
「お前は俺を思い出す」
「そうなるとどうなるの?」
「俺は、お前のことを知ってるだろう?」
振り向いてアレスは大しておもしろくもなさそうに言った。
「一回つぶやけば、お前のことを知っている人間がいることを思い出す。二回つぶやけば、きっと昨日今日のことを思い出す。三回つぶやけば、今日のこと、フィンがどれだけお前を愛しているのかを思い出せる。・・・そういう形ででも、いいだろう。俺がお前の勇気になるのは。」
「アレス・・・」
「それ以外のことを期待されたって何も俺には出来ない。結局話を聞いてやろうがなんだろうが、俺の言葉よりもフィンから聞いた本当の気持ちの方が何百倍もお前には薬になるんだろうし」
そういうとアレスはまた前をむいて小枝を跳ね除けて進んだ。と、突然
「うわっ!?おい、こら、何だ」
アレスはその場で足を止めた。
「アレス・・・ありがとう・・・」
「何だ何だ、おい・・・お姫様は思ったより大胆だな」
「本当に、本当にありがとう。・・・私の勇気になってくれるの?」
「・・・まあ、な。そうお前からいわれると、なんだ、恐ろしく恥かしい気がするけどな・・・。おい、ナンナ。それじゃあ歩けないぞ」
ナンナはアレスの背中にぴったりと体をのっけるように寄せて来た。手はそっとアレスの堅甲骨の両側にくっつけている。
「だって、アレス、振り向いたらまた怒るもの。こうすれば、顔見られなくてもすむじゃない・・・」
「・・・泣いてるのかよ、また。そのうち体の水分なくなるぞ」
「もう!・・・これで、終わり。きっともう泣かないわ。」
「そうか?」
「だって、アレスがおまじない教えてくれたから」
「・・・騙されやすいな、お前は」
「うん。アレスに騙されるなら、いいわ。」
「そういうことは他の奴にはいうなよ。えらい殺し文句になる」
「殺し文句?」
「・・・ああ、いい。別に知らなくても。」
アレスは背中に感じるぬくもりにちょっとほっとした。そこに感じられるナンナは、ほんの少しだけアレスが憎んでいて嫌っていた「モノ」から遠ざかることが出来たかわいらしい生き物だった。

「ナンナ殿、どこにいらしたのですか?」
戻ってほどなくするとアルテナが慌てて走って来た。
「ああ、デートしていた」
「アレス!」
「えっ・・・」
驚いてアルテナは一瞬言葉を失う。
「ち、違います、アルテナ様。アレスったら・・・もう!」
「本当のことだ。」
真っ赤になってナンナは反論しようとしたが、アレスがしれっとした顔で歩いていってしまったので言葉を失ってしまった。
くすくすとアルテナは笑って
「彼はただの不愛想な騎士だと思ったが・・・ナンナ殿と一緒にいるとそうではないようですね。」
「そ、そんなことないと思います。その・・・従兄だから、だと・・・」
「ふふ・・・ああ、そうそう。これ。髪飾りをドラゴンの側に落としていってしまったようだったので」
「あっ・・・本当・・・。気付かなかったわ」
自分は演技がヘタクソだなあ、なんて思いながらナンナはそれを受け取る。
「ありがとうございます、アルテナ様」
「それと、これをさっき渡そうと思っていたのに忘れていました。」
アルテナは腰につけていた道具入れから小さな袋を取り出した。
「・・・これは?」
「匂い袋です。フィンから、ナンナ殿が夜眠れないらしいと聞いたので。・・・私も以前そういうことがあったのですが、この香りを嗅ぐと心が穏やかになって眠れるようになった。・・・トラキアにはあまり花が咲かない。それでも荒れた大地に必死になって咲く強い品種がいくつかある。その中のひとつの花の香りです。よかったら、受け取って欲しい。」
「アルテナ様、でも・・・。アルテナ様はもうお使いにならないのですか?」
「私はよいのです。・・・今だって色々不安があって眠れないこともあるけれど、それでも今はあなたに必要だと思うから。受け取ってもらえますね?」
そういってアルテナは小さく笑った。
ああ、この人は。
今だってきっとトラキアを捨ててここにきて。わたしに話したとおりあれだけの不安を抱えているのにもう迷いはないんだわ。
「お借りします。・・・一日も早くこれをアルテナ様にかえせるようになりたいです」
昨日までの私なら、きっとこれを受け取ることは出来なかっただろう。
ナンナはそっとその匂い袋を受け取った。
先ほどまでの話を聞いたからって、別にこれがアルテナの「点数稼ぎ」ではないことはナンナにはよくわかっていた。
(そうなんだわ。わたし、アルテナ様のこと、決して嫌いじゃあない)
「私もそうだと嬉しい。」
そうっとその匂い袋の香りをナンナは嗅いだ。
あまり強くない香りだが、甘くてどこか懐かしい匂いがする。
いつか、この香りを嗅がなければ眠れなかったアルテナの想い出をそっと打ち明けて貰えたらいいな、とナンナは静かに思っていた。
わたし。
突然、昨日までの私でなくなったわ。
そう・・・本当はずっと知っていたことをまるで記憶操作でもされたみたいに思い出せなくなっていたように思える。
歪んだ恋がわたしの中に封じ込めていた「感じる」気持ちを、みんなが思い出させてくれた。
私は私をこんなに大事にしてくれている人に囲まれて生きていたのね。
ナンナは深くその香りを吸い込んでアルテナに笑顔をむけた。
「ありがとうございます。アルテナ様」
「役に立つとよいのだけれど」
「きっと、役に立ちます。だって、アルテナ様が貸してくれたものだから」
自分らしい、というのはどういうことなのか全然わからない。
けれど、今こうやってアルテナに笑いかけられる自分は「自分らしい」気がした。


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