世界樹の花-2-

期待をし過ぎてはいけない。
さすがに最年長であるブライは冷静で、ロザリーの遺体がどれほどの状態になっているのかがわからないため、彼女を生き返らせることが出来ない可能性もあるということを、朝食が終わってから意見した。
それはそうだ、とその場の全員は納得している。
イムルの村に泊まった時、夢の中で彼らは、ロザリーが人間達に暴行を受けて命を落とした顛末を知った。
それ自体から日数がかなり経っている。
アレクは今、ロザリーの墓の前に立っていた。彼らは墓をこれから掘り起こさなければいけない。
本来それが人の死を冒涜するものだとクリフトは思っているから、その作業を彼にさせるのは心苦しいとアレクは思う。その代わりに、ここ、ロザリーヒルの教会(とはいえ、人間の神父が一人で道具屋や武器屋まで兼ねているのだが)にいる神父にロザリーの墓を掘り起こすことについて説明をしといてくれ、とクリフトを使いに走らせた。
もともとロザリーはこの町の人々と知り合いというわけではない。
生前彼女は、デスピサロが作り上げた塔の中で町を見下ろしていた。人間から身を隠すために塔から出ることも出来ず、昼間はできるだけ顔を出さないように厳しくデスピサロに言われながら生活をしていたロザリー。
彼女は町の人々をよく知っていたけれど、町の人々は彼女を知るはずもないのだ。
ただ、町の一角にある日突然墓が出来た。それだけのことだ。
それでも、もしもこの町の神父が職務に忠実であれば(そんなことはない、とアレクは主張したが)墓というものを掘り起こす人間を発見して、放置しておくわけがないのだ。
「あのよう。生き返るところを見たい、ってのはわかるんだけどよ。とりあえず、俺とライアンとで掘り起こすからさ、マーニャとミネアとアリーナと・・・うーん、とにかく、みんな。ちょっと・・・その」
アレクはそう言って言葉を濁す。
「なぁに?」
アリーナはきょとんとしてアレクの顔をじっと見つめた。
「・・・遺体が、どうなってるかわからないだろ。だから、あんまり、見ない方がいいと思うんだ」
「あらぁ、舐められたものね、わたし達がそれくらいで今更ひるむと思ってるの?」
とマーニャは笑った。ね、とミネアに相槌を求めると、ミネアも小さく頷く。
が、アレクは「どう言ったらいいのかな」という表情をしている。アリーナは彼がまだ何か言い足りないのだな、ということに勘付いて、じっと見つめ続ける。
「なに?違うの?アレク」
そう言って促すと、今度はきっぱりとアレクは言葉にした。
「駄目。だって、ロザリーは女の人じゃんか」
「はあ?」
「見られたくなんか、ないと俺は思うんだ。だから、本当は掘り起こすことだって、イヤなんだよ」
一同はしん、と静まり返った。見られたくない。
遺体を見たくない、ではなくて、遺体を見られたくない。
その意味の違いは明白なのに、まったく予想外のことを言われてしまって、納得するまで時間がかかったのだろう。
その静けさを最初に打ち破ったのはトルネコだ。
「うん、うん。それじゃあ、アレクがロザリーさんに会って相談するといい。わたしらに顔を見せてもいいかって、ね。それまで散歩でもしていましょうか」
そう言ってブライを見る。
トルネコの言葉はなんて優しいんだろう。アレクはちょっとだけ胸が痛んだ。こりゃあ、ネネさんがトルネコのことを好きなのもわかるなぁ、なんてことを思う。
「うむうむ、たまには休ませてもらいますかな。こんないい天気の日は散歩もよいよい」
「ブライさんは最近いつも休んでいるくせに」
「何ということを!そうそう、途中でクリフトめを回収していきますかな」
そんなやりとりをしながら、ブライとトルネコはその場からさっさと離れていってしまった。
クリフトを回収、とはひどいことを言う。アレク達は声に出さずに苦笑をした。
「ボーヤ、なかなかいいこと言うじゃない。見直したわよ」
「では、わたし達は馬車でお茶でも飲んでいましょうか」
「そーそー。木イチゴのジャムなめながらお茶飲もうよ。アリーナも、行くっしょ?」
「うん」
マーニャの問い掛けにアリーナは素直に頷いた。しかし、行こう行こう、とマーニャが先に歩き始めたというのに、返事とは裏腹にアリーナはすぐにその場から離れることは出来なかった。
「どうした、アリーナ、マーニャ達と行けよ」
「あの、あのさっ」
「なんだ」
「もし、その・・・駄目だったら」
「うん」
「埋めなおすのは、あたしも手伝いたいんだけど、いいかなあ」
「・・・そんなの」
そんなの、自己満足じゃねーか。
そう言おうと思ったけれど、アレクは言葉を飲み込んだ。
ロザリーに何もしてあげられなかった、とか、守ってあげられなかった、とか。そんな気持ちはアリーナが抱くべきことではないとアレクは思っていた。人間がロザリーに暴行を働いてロザリーが死んだからといって、それは果たして同じ人間であるアリーナが責任を感じることか、といえば、まったくおかど違いだとアレクは思う。
「わーったよ。その時は、呼ぶから」
「絶対ね!」
アリーナは力強くそういってから、先に行ってしまったマーニャ達を追いかける。
ああ、ついついOKを出してしまった。アレクは彼女の後姿を見ながら肩をすくめた。
だって、仕方がないではないか。
きっとシンシアが生きていれば、アリーナと同じことを言うと思う。
シンシアと一緒にいた時に同じことがおこれば、「そんなの自己満足だろ、やめろよ」なんて言ってシンシアを怒らたり悲しませたりしたに違いない。それはただの男女の価値観の差だと思っていた。
でも、そういうことでもない、とアレクは思った。
だって。
―−−もしシンシアさんが生き返ったら、おめでとうって言おうと思っていたの―−−
その言葉だってアレクが言うところの、自己満足に決まってる。
だけど、そんなことを考えていたアリーナのことを、やっぱりアレクだって好きなのだ。
そういう彼女の心の動き方を、否定したくないと思う。
「さて、力仕事、お願いしやっす!」
気持ちを引き締めてライアンにそう言えば
「おまかせあれ。バトランドの兵士の筋力を見せますぞ」
とほがらかな笑みを返してくれた。


布に包まれて埋められていたロザリーの遺体は、驚くほどに腐食も何も進んでいない、まるでほんの数分前まで生きていたのではないかと思う状態を保っていた。
当然、何の技術も何の魔力もなしでそのような状態でいられるはずがない。
デスピサロが、なんらかの処置をしたのだということは明白だった。
アレクはすぐさまライアンに、ブライを呼んでくるように頼んだ。その意味はわからなかったが、とりあえず年寄りの意見が必要なのだろう、といった漠然とした気持ちでライアンはブライ達を探しに行った。
「ロザリー嬢は我々と会ってもよいとおっしゃったのじゃな?」
ブライが先ほどのトルネコの言葉をうけてそうライアンに言えば、ライアンは
「はあ、まあ、それはそうとして」
とまったくもって気が利いたことも言えない。トルネコとブライは顔を見合わせて肩をすくめた。当然、途中で合流したクリフトは、ブライが言っている意味もわからずきょとんとしていたが。
アレクが慌ててブライを呼んだのには理由があった。
ブライがサントハイムの王宮でおかかえの魔導士として今も働いているにはそれなりの理由もあった。
王宮魔導士であるというのに、彼はあまり多くの魔法を習得をしていない。けれども、普通の魔法使い達が習得する魔法を覚えることを、彼は王からも誰からも求められていなかった。彼が特化していた魔法の多くは、特定の魔法に対する解除魔法だったからだ。
既に現存しない魔法書の数々にある封印魔法。何かを様様な形で封じるものを解除する魔法。
それらには名前がない。何をどう封じるか、そして封じた者がどういった力をもっているか。それらのものに全て依存をするからだ。
よって、ブライは役に立つけれども役に立たない魔法使いとしてサントハイム王宮で大切に扱われていたわけだ。
必要とされる時が来るのか来ないのかは、誰もわからない。メラやイオのように、子供が遊びで唱えて大人を驚かせる、なんていう単純な魔法能力を持っているわけではないのだ。
サントハイム城から人々が消えた。
遺体も何もなく、ただただ静かに、生活の場からそのまま人々が消えた状態。
それをブライは「何かに封印されたようだ」とアレクに告げた。それらは、ブライが持っている「解除」能力によって彼が抱いたイメージだ。残念ながらそれを解除する力はブライにはなかったけれど、彼のその言葉が「お父様や城の人々は生きているに違いない」とアリーナやクリフトにわずかな希望を与えたことは事実だ。
「ふうむ。これは・・・」
美しい姿で布の中から現れたロザリーの状態を見て、ブライは唸った。
「魔法の力で覆われておるな・・・」
「だよな?こんな綺麗なままでいられるわけねーもん・・・」
「これから我らが起こそうとしている奇跡にひけをとらぬほどの力じゃの」
奇跡か。
嫌な言葉使いやがる、とアレクは心の中で舌打ちをした。
ロザリーの遺体は、人間達に暴行をうけた傷があちこちついているままの状態だ。
治癒呪文は生きている人間の細胞を刺激して、その働きを早めて自力で自分自身を再生させるものだ。
息絶えた人間に何度治癒呪文を用いたって、傷を消せるわけはないのだ。
「その、じーさんの力で、これって、解除出来るモンなのかな」
「出来なくはないが・・・今まで抑えられていた腐食が、一気に進むかもしれん。ここは、このまま世界樹の花とやらを使ってみるのはどうかと」
「そっか。大丈夫かな」
「それはなんともなんとも・・・」
とりあえず、クリフトに蘇生呪文であるザオリクを唱えてもらったけれども、当然のように何の効果も現れない。
神父達が扱う蘇生呪文はもともと蘇生の条件が非常にシビアなものだ。
「じゃ、しょーがない、やってみるか・・・あー、女共呼ばなくてもいーかな、いーよな。面倒だ」
「後で何を言われてもいいんでしたら」
と言うのはクリフトだ。女性陣に何かと頭があがらないこの若い神官の言葉は正しい。
「違いない。でも、いーや、面倒だし」
アレクはそう言って世界樹の花を取り出した。まったく枯れることもなく生き生きとしているその花が、いっそのこと作り物にも見える、とアレクは思う。
何度も何度も、夜、眠れなくて同じことを考えていた。
この花で、シンシアが、村の人々が生き返ることは出来ないんだろうか。
きっと無理だ。何度も何度も自分に対して返す答えは同じだった。
世の中はそうそう都合よくは出来ていない。そんな安直に人の生き死にを変えることが出来るくらいならば、最初からこの、わけのわからない戦いだって始まらなくてすんだんじゃないかとも思う。
考えないようにしよう、と幾度となく思っても、頭にこびりついたそのことは彼の中で反響して何度も返って来る音のようだった。
だから、自分を納得させるために村に行った。
行ってわかったことは、やっぱり村のみんなを救うことはもはや出来ないのだということ。
自分が戻ってくる場所は、あの村だけれど、今はまだその時ではないということ。
たったそれだけのことだった。それ以上には何も彼には考えられなかったし、たったそれだけのことを理解して村を後にするまでに、予想以上の時間が経ってしまった。
世界樹の花は、宿屋に置いてった。それは、自分に自信がなかったからだ。
もしも村で、もう一度だけよく探して。
誰かの遺体が、例え白骨になっていたとしたら、自分は世界樹の花をそれでも使ってみようと思ってしまうかもしれない。
一体どこまで自分は勇者として試されているのかと憂鬱になった。
だというのにアリーナは、そんなことはどうだっていい、と彼に言うのだ。
シンシアを生き返らせようとして、もしもそれが出来なかった時。
アレクが悲しむと思ったから。
だから、追いかけてきたのだと。
勇者ではない、ただ一人の俺のために。
アリーナを泣かせてしまったけれど、本当はアリーナの言葉で泣きたかったのは、自分の方だったのだ。
「・・・これをどーすんだろ。置いたりするだけでいいのかな」
人間の命はここに入っているのだ、とブライは横たわっているロザリーの胸元を指差した。
命があるとこって頭もそうじゃねーの、とアレクは思いつつ、年寄りの言葉に従うか、と世界樹の花をロザリーの胸の上においた。
晴れた空の下、生きている間にロザリーヒルのこの草むらの上で、きっとロザリーはこんな風に昼寝もしたことはなかったのだろう。アレクはふとそんなことを思った。
幸せな日々。
シンシアと花畑でごろりと横になって他愛もない話をした幸せ。
きっと、ロザリーだって好きな男とそうやって、明るい日の下で一緒に時間を過ごしたかったに違いない。
アレクは決してデスピサロを許そうとは思えないけれど、ロザリーがほんの一度くらい、この青い空の下でピサロと一緒に過ごせても罰は当たらないんじゃないか、と思う。
そして、そんな考えは、自分が言うところの自己満足なんだろう。
(まいったな、俺もアリーナに毒されてきちまった)
「・・・アレクさんっ・・・!!」
ロザリーを覗き込んでいたクリフトが、叫び声をあげた。
アレクも、トルネコも、ブライも、ライアンも。声は出さなかったけれど、みな息を飲んで世界樹の花を見つめる。
ロザリーの胸元におかれた世界樹の花は、ぽうっと白く柔らかい光を放ち、その輪郭をぼやけさせた。
まるで熱さによって氷が溶けるようにその形が崩れた、と思った瞬間。
その次は、水が大地に染入るように世界樹の花はロザリーの体の中に吸い込まれていく。
アレク達はブライが言うところの「奇跡」の瞬間を待ち続けた。
だが、「奇跡」というものは、誰もが感動し褒め称え歓迎するものではないということを、アレクはその日知ることになった。


ロザリーが死んでいた、という実感がもともと彼らには強くはなかったため、彼女が瞳をゆっくり開いて体を起こしても、なんだかただ目覚めたように見えるだけだった。「目覚めた」ロザリーは長い眠りから覚めた人のようにぼんやりと辺りを見回して、自分の状況を確認することも覚束ないようだ。
嫌がるトルネコに頼んで女性達呼んで来てもらうと、を案の定大ブーイングの嵐がアレクに向かって発動された。
奇跡の瞬間なんて、どーってことなかった、目が覚めたってだけだ、なんて言いながらアレクは女性陣の責めを右耳から左耳に聞き流す。
呆然としているロザリーの傷を治すようにクリフトに頼み、ブライにはロザリーへの説明をまかせた。
「悪い、わがまま、言わせてくれよ。俺、今日は勇者気分になれねーみたいだ」
そう言ってアレクは肩をすくめ、仲間へのお伺いをたてる。文句を言っていたマーニャはそれを聞くなり、「高くつくわよ」と含み笑いを見せた。
ねーさん、ありがとよ、とアレクは軽く手をあげてその場から離れようとした。そのとき、一瞬アリーナと目があう。
(やべっ)
大丈夫、大丈夫、ちょっとヘタれてるだけだから。
その意味をこめて、苦笑でもいいから笑い返そうとアレクは試みた。
が、自分でもわかるくらいその表情はうまく作れず、なんとも情けない顔をアリーナに向けてしまうことになったのだった。


「アーーーレーーーークーーーー」
「あーーーーーー」
「どお?そろそろ元気わけてあげよっか?」
「ういーーーーす」
草原で寝転がっていたアレクのもとにやってきたのは、予想通りアリーナだった。
「あー、気持ちいいねー」
「だな」
「マーニャ達が、褒めてたわよ。アレクは、いい男なんだってさ!」
「はあ?」
「そんなのわかってることなのにね〜!」
「アリーナは、そう思ったことあったのかよ」
アリーナはアレクの隣に腰を下ろして、ごろりと寝転んだ。帽子がころんと頭から中途半端に外れたため、それをとって見もせずに近くに放りなげる。そういうところは、よく言えば大雑把、悪く言えばがさつで、サントハイムの「姫」とは思えない。
それから横をむいて、いつも通りの明るい表情を見せ、丁度同じ目線でアリーナを見ていたアレクへ笑いかける。
「思ってたわよ。でなきゃ、アレクのこと好きになるわけないじゃない」
あっさりとした、それでも気持ちが軽くない告白。
お互いにわかっていても、はっきりと口に出すことがついぞなかった言葉。
一瞬、アレクが驚いたように瞳を見開いたことを、アリーナは見逃さなかった。
「俺、ろくでなしだぜ」
アレクはアリーナから顔を背けて言い放つ。目を合わせているのが、照れくさい。
あまり男心なんてものを知るわけもないアリーナでも、彼のその行動が照れからくるものだということは感じ取った。
いつもだったらアレクがそんな風にすれば、もお、失礼しちゃうわ!と文句の一つも言ってやるところだが、なんだか彼のそんな素振りが可愛らしい、とアリーナは思う。
「そんなことないってば」
「ロザリーが生き返って、これでデスピサロと和解が出来るかも・・・っていう大事な時に、まだ気持ちが固まらなくてよ、こんなやってみんなに全部まかせちまうよーな、そんな勇者ですが」
「いいってば。そんなこと」
アリーナはアレクの背中を見つめたままあっさりと言う。
「そんなこと、かよ」
「そうよ、そんなこと別にいいじゃない。問題は、これからのことなんだもの」
「・・・だな」
「でしょっ。ね、ちゃんとロザリーさんと、話せる?」
「・・・なんでそんなこと聞くんだよ」
「怒った?」
「怒んねーよ」
アレクは突然膨れっ面で体を起こした。
「なんだよ、もう。朝は俺に心配かけてたくせに」
「何いってんのよう。わたしがアレクのこと心配して追いかけてったんだもの。わたしの方がアレクのこと心配してたんだってば!」
「ち・が・い・ま・す。俺が、アリーナをなあー」
「わたしを?」
「・・・まったく・・・調子狂っちまうだろ・・・」
もう一度アレクはごろりと横になる。寝返りをうつようにアリーナの方を向いて、二人は先ほどよりずっと近い距離で顔を見合わせる。
「気持ちいいね。こうしていると。なんか、色んなことが嘘みたい」
アリーナが言う「色んなこと」は、この世界にデスピサロがもたらしたありとあらゆる災厄のことだろう。
その言葉にはわずかな翳りが含まれていた。
嘘みたい。だけど嘘じゃないんだよね。
わかっていることを念押しすることは、時として残酷な行為だ。
「ああ、嘘みたいだな」そう答えることはアレクには出来ない。そして、「嘘なんかじゃないさ」そんな言葉も口には出来ない。
アリーナに笑いかけたかった。うまく笑おうと努力はした。そして、またもうまく笑えなかった。
きっと、ただ目を細めただけで俺の口端はあがっていないんだろう、と冷静にアレクは思う。
あの山奥の村で、シンシアとこうやって寝転がって空を眺めていた思い出。
今、一緒にこうやってるのがシンシアではないことが、ちょっとだけつらい。
ちょっとだけつらいけど、アリーナがここにいてくれるから、いつだって元気にもなれるんだし。
そう思うと不思議ないとおしさが湧き上がってくる。
人は人の命を天秤にかけることなんて出来ないし、好きだというその気持ちだって単純に天秤にはかけられない。
シンシアが生きていればシンシア。アリーナが生きていればアリーナ。
そんな風にアレクが考えているわけはないのに、きっと、アリーナは色々と覚悟しながら追いかけてきたんじゃないのかと思う。
「なぁ、俺とこーやってんのも、嘘みたい?」
「・・・ちょっとだけね。アレクだって、嘘みたいに思わないの?」
「なんで?」
「わたしは、一応、サントハイムの姫なのよ?なーんてね」
「俺、姫なんてモン、よく知らねーし」
「うふふっ。わたしも、勇者なんてよく知らないもん」
笑いながらちょっとだけ体をアリーナは折り曲げた。そのせいで、突然アレクの顔との距離が近付く。
どくん。
アレクは自分の鼓動が突然大きく高鳴るのを感じた。
その音がアリーナに聞こえてしまうんじゃないか、と思って、そっと彼女の目を見ると、アリーナは唇を少しばかり半開きにして、これまた、彼女にしては「おそるおそる」というような、戸惑いの表情を見せていた。
うまく、アレクを元気づけられているんだろうか。
彼女のその不安を読み取れるくらいは、アレクも子供ではない。
「元気わけてくれよ」
アレクは手を伸ばして、アリーナの頭をぐい、と引き寄せた。
「えっ?」
「こーやってさ」
「・・・わっ!」
たわむれのようにアリーナの頬に与えられた、本気のキス。
アリーナはみるみるうちに真っ赤になって「な、なによぅ〜・・・」と困り果てていた。
「元気わけてくれよ。ほら」
「ずっるーい。そんな都合いいことばっかり!」
アレクは寝転がったままで自分の頬を指差す。アリーナはアレクをみながら、顔のすぐ脇に生えている草をぶちぶちっと抜いて、足をじたばたさせる。
「なんで。ろくでなしでもいーっていっただろ」
「あれとこれはちがーう!」
「違わねーよ。ほら・・・元気、わけてくれよ。俺、アリーナの元気がないとすぐヘバっちまうもん」
「・・・情けないなぁ」
「すんません」
あまりにもあっさりとした謝罪に、アリーナはついつい笑い出してしまった。
「あはははっ、ほんと、もっと謝ってよね!ほら、ほっぺたもっと近づけて」
「ん」
草むらの上で横たわりつつ、サントハイムの姫は世界を救うらしい勇者の頬に、そっと柔らかな唇を寄せた。
小さい頃から父王に何度もしていた、頬への軽いキス。
それとは違う、とアリーナは思う。
「サンキュ」
「元気になった?」
「なってきたなってきた」
「もー、現金ねぇ」
アレクも小さく笑って、それから、アリーナの髪に触れる。
先ほどアリーナが自分でむしった草があちこちついてしまっている柔らかな栗毛の先を何度かなでて、絡まっている場所をみつけてほどいてやった。
アリーナの父王が、アリーナのこの髪を見て、自分が愛した王妃を思っていたのだろうか。
一瞬だけつらそうな表情をアレクは見せた。
「どうしたの?」
「俺、ほんの少しだけ、ロザリーが生き返らなきゃいいって思ってた」
「なんで?・・・その、デスピサロのこと・・・妬んでるの?」
「当然妬んでるに決まってるだろ。それくらいわかれよ」
「ちょっとはわかるけど、そんな簡単にわかった振りしたくないもん」
「・・・お前、案外、細かいのな」
「そーお?だって、わたし、アレクの村のこと、話に聞いてわかってた振りしてたけど、今朝行って・・・本当は全然わかってなかったんだなぁって思ったんだもん」
アリーナは真剣な表情でアレクをみつめた。
まっすぐで強いその瞳に正面から見られると、アレクは時々言葉を失ってしまう。
アリーナの口から発される言葉達も、それに負けないほどのまっすぐさと強さを持っていると思う。
「だから、簡単にわかる振りなんてしたくない。アレクだって、今朝、わたしにわかった振りして言ったじゃない。わたし、あの時すごい傷ついちゃったんだから」
「ああ、そうだな。でも、それはわかる。わかる振りしてもいーだろ。ごめん、俺が、アリーナのことを泣かせた」
「そうだよ」
そう言ってアレクはもう一度アリーナの顔に唇を近づけようとした。
そのとき。


「姫様ーーー!アレクさーーーん!」


クリフトの声が耳に入ってきて、アレクは舌打ちをした。
「やべ。うるさい奴が来た」
「あら、アレクでもクリフトのこと、そう思うの?」
「いいや、普段はそう思わないんだけど、こと・・・」
アリーナのことになると。
アレクはそう続けようとしたが、がばっとアリーナが立ち上がって手を振り出したので、口を結んだ。
まったく、この姫様ときたらいつでも元気で困りものだ。だからこそ、今朝のように彼女を悲しませることが、アレクにとってはつらいことだったのだが。
「クリフトー!ここよーぉ!」
「あっ、そちらでしたか!」
口うるさいけれども元来人のいい、間が抜けていることも多い神官が息を切らせて走ってきた。
「うるさいけど、わたしには大事な人なのよ」
アリーナはクリフトには聞こえないように早口な小声でアレクに言った。
そんなこと、今更言わなくてもわかってるのに・・・そう思いつつアレクは「はいはい」と小声で答える。
「はぁっ・・・ロザリーさんはすっかり正気を取り戻して、こちらからのご説明も聞いていただきましたよ。それで、アレクさんにお会いしたいと・・・はぁ」
「なーに、クリフトったらだらしないわね。この程度の距離で息切れなんて」
「はぁ、面目ございません」
「もうロザリーさんは元気なのね?アレク、行こうよ」
「・・・ん」
「なーに、アレクの方はまだ元気になってないの?・・・さっき、そのぉ、わたしが元気わけてあげたじゃない」
そう言いながらアレクを覗き込むアリーナは、わずかではあったが頬を紅潮させている。
少しだけ彼女がこんな風に口篭もるのも可愛いもんだな、とアレクは口元をにやけさせた。
「はは。そーだったな」
「行こうよ。もう、ちゃんと話せるでしょ・・・わたしと一緒なら」
「なーに、お前はしょってんだよ!まったく!」
「だって、わたしもアレクとなら、ちゃんとロザリーさんと話せると思うもん」
そう言ってアリーナはアレクに手を伸ばした。アレクはアリーナの言葉を聞いて、目を見開いた。
わたしも。
口に出さない心の中で、アリーナはアリーナなりの葛藤がたくさんある。
今日はアレクが弱音を吐いてしまったけれど、アリーナだってもっと吐き出したい弱音があるに決まっている。
アレクはアリーナの手を握って、よっこいしょ、と重たい腰をあげる。
三人は早足で歩きだした。そう広い町ではないが、まだ距離感がつかめないために自然に急ぎ足になってしまうのだ。
「ロザリーの外傷は治せたのか」
「ええ。綺麗に。顔についていた傷も、痕にならずによかったです」
クリフトは小さく微笑んだ。
「そうか。ご苦労さん」
「女の子の顔に傷つけるなんて、ひどいわよね」
「だよな。人間とか魔族とか、関係ねーよ、それは」
「姫様も、お気をつけてください!いつも無茶して飛び出していかれるから・・・」
しまった、やぶへびだ、とアリーナは肩をすくめた。
「いーのよ。クリフトがすぐ治してくれるんだもん」
「よくありませんよ!・・・あっ、姫様、帽子」
「いっけない、忘れちゃった」
「今、とってきますから」
クリフトは慌てて、二人が寝転がっていた草むらに走っていった。体に似合わずあの神官は食事の席も結構な量を食べるものだが、なるほど、こんなことばかりでは太る暇もないのだろう。
クリフトの後姿を見ながらアレクは
「確信犯?」
「まさか、アレクじゃあるまいし」
「なんだよ、それ〜」
「アレク、ありがと」
「何が」
「・・・わたしも、元気もらっちゃったから」
そう言ってアリーナは恥ずかしそうに笑った。
そうか、とアレクは言うだけだ。
「意味わかってる?」
「・・・わかんねー。わかんねーけど・・・嫌いにならないだろ」
「なんないよ」
「多分、今言われてもわかんない。そのうち、わかるようになるかもしんないから、待ってろ」
「はぁーい。また、わかった振りしたら、泣くとこだったわよ」
多分、今回は間違っていない、とアレクは思う。
思うけれど、口にする勇気はまだなかった。
アリーナだって母親を生き返らせたい。それは今朝、アリーナの口から聞いたことだったし、間違いはない。
サントハイムの人々だって取り戻したい。自分達がロザリーが死んでいたことを実感出来なかったように、きっと、アリーナは今だって信じられないに違いないのだ。サントハイムの人々が全員行方不明だなんて。
惨劇の後を見せ付けられて、現実を受け入れるしかなかったアレクとアリーナは違う。
生きているのかも死んでいるのかもわからない。その、不安ばかりが広がる、受け入れ難い状況。
そんなたくさんの思いがあるのに、ロザリーだけが生き返るなんて納得がいかない。
きっとこの優しい少女はロザリーのことは恨まないだろうけれど、マスタードラゴンやら、世界樹の花の存在などへの行き場の無い怒りは感じているに違いない。
それがあるから。
それがあるからこそ、アレクのことを心配して心配して。
「アリーナ」
「なあに?」


もし、シンシアのこと、俺が生き返らせたら。成功したら。
俺のこと、恨んだ?
私欲で世界樹の花を使ったこと。
そんなことになったら。


そんな問い掛けをすれば、きっとアリーナはまた泣いてしまうのだろう、とアレクは思う。


悔しいけど、おめでとうって言おうと

そのアリーナの言葉の意味は、アレクを好きになった少女のジェラシーではない。
サントハイムの姫として、自分は、みんなをまだ取り戻せないけれど。
その妬みがまったくない、とはアレクには思えない。
だから、アリーナも。


「・・・世界樹の花、最初っからなかったことにしようと思って」
「どういう意味?」
「あれはよ、強い、めざめの粉なんだ、きっと。ロザリーは死んでたんじゃなくて、眠ってたんだって。そう思うことにしようと思ってさ」
「なんか、後ろ向きだけど。でも、その方が、きっといいよね」
アリーナはそっとアレクの手を握った。その手の小ささにアレクは初めて気付いたように驚いて、ぎゅっと握りかえる。先ほど草むらで起き上がる時にだって触れたはずなのに。
クリフトがアリーナの帽子を持って戻ってくる姿が見えた。
「このまんま、手ー繋いで歩いていこうぜ」
「やあよ、恥ずかしい」
「いーだろ。自分から手え握ってきたくせに」
「そ、そうだけどー」
もう一度ぎゅっと握り返すと、アリーナは少し照れたように、不思議そうにアレクを見上げる。
アリーナの手の小ささを感じながら、ようやくアレクは、アリーナに笑顔を見せることが出来た。


Fin

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モドル

世界樹の花をもって、みなさん、勇者の故郷やコーミズにいったりしませんでした?アッテムトとか・・・。
プレイヤーである限り我々はロザリーを生き返らせてしまうのですけれど、あたくしはロザリーヒルに行くことにとてもためらいがあり(町に入った途端強制イベントとかあったら困るなーと思って)うろうろしていました。