壊れた剣

わたしのお母様は、わたしにこの剣を残してくれた。
「大地の剣」という名前がついた、この世にふたつとない剣を。
それはお前の叔父上が、お前の母に差し上げたものだ。
フィンはわたしにそういって教えてくれた。
今でも時折わたしに言う。
お前もその剣に恥じないよう、そのノディオンの血筋を誇れる人間になるのだよ。
彼の声は優しいけれど。
それに「はい、お父様」と答えるわたしの声か固まる。
いつまでわたしは、わたしが一番だいすきなこの人と親子でい続けなければいけないのだろう。

リーフ様と一緒に育ったわたしは、フィンを実の親だと思って幼少期を過ごした。
少し世の中のことがわかってきて、リーフ様のお立場、フィンの立場を理解できるようになった頃子供にとっては少し遅い夜の時間にフィンの部屋に呼ばれて、一体何かといぶかしむ私にフィンはわたしにその剣を渡してくれた。
使いこんだというには綺麗だけれど、確かに振るわれた痕跡があるその剣は綺麗でわたしの手に吸いつくようだった。当時の私には重過ぎたけれど、それでもそれがわたしのものなのだ、という事実は手の感触で理解できた。
「お前の母の剣だよ」
フィンは静かに言った。わたしはお母様の顔は覚えていない。時折フィンがお母様のことを話してくれることもあったけれど、お母様とフィン、のことは何も教えてくれなかった。
「ナンナ、お前も今月で12歳になる。この剣をそろそろお前に渡してもいい頃だろう」
「ありがとう、お父様」
「いいや。正当な持ち主に返しただけだ。」
子供心にその物言いに違和感を覚えた。自分で思っているより子供の勘というのはするどいのかもしれない。
「ナンナ、そこに座りなさい。大事な話がある。」
フィンは古ぼけた木の椅子にわたしを座らせた。
今まで何度も来たことがあるお父様の部屋。
なのにわたしは緊張していた。何かがこれからおこる。その予感がしてきっとわたしは怯えた顔をしていたのだろう。フィンはちょっとだけ苦笑して
「そんなに固くなることはない。・・・この世の中で何があってもわたしがお前を愛していることは変わらないのだから
そんなに不安そうにすることはない」
なんてことをわたしに言った。その言葉はますますわたしを怯えさせる。
彼はわたしの前に座って、とても静かな笑顔を見せた。
「ナンナは綺麗になったな。」
「本当?嬉しい」
「・・・私も嬉しいよ。」
あまり歯切れがよくない言葉。それがわたしにとってこれから聞く話がとても重大なことだと告げていた。
それでもまだ口が重くなるフィンに、わたしは勇気を振り絞って言った。
「お父様、何のお話なのですか。わたし、大丈夫です・・・。」
「・・・ナンナは強くなったね。昔は泣き虫でリーフ様によく泣かされていたのに」
「もう子供じゃないです」
「そうか」
今にして思えば、そんなことを言うこと自体が子供の証拠だったに違いない。
フィンは苦笑して、それから少し考えるように私の顔を見た。
「ナンナ。これから私が言うことは、とても大切なことだ。いつか誰かに聞いてしまう前に、私から伝えなければいけないと
思う。」
「はい」
「今まで詳しいことは黙っていたが、お前の母親は、ノディオン王家のラケシス姫だ」
「え?」
突然のことでわたしは聞き返した。
「ノディオン・・・?」
「そうだ。リーフ様のお父上キュアン様のご学友であったエルトシャン殿の妹姫であらせられるラケシス殿の娘がお前なのだ。」
「エルトシャン殿の妹姫・・・?」
「エルトシャン殿はさきの戦いで謀反をおこしたとされて処刑された。お前の身分は簡単に公開できるものではなかったから、今まで黙っていたのだ。そして、もうひとつ・・・」
フィンは一度目をふせて、それから顔をあげてゆっくりとわたしに言った。
「私は、お前の父親ではない。」
「え?」
「お前の本当の父親はベオウルフという傭兵で、バーハラで死亡している。亡きノディオン公国のエルトシャン殿のご友人で
ラケシス殿を道中ずっとお守りしていたお方だ。」
わたしは、何をフィンが言っているのかわからなかった。
わたしがお父様の娘じゃないなんて、とかどうしてお父様が父親のふりをしていたの、とかそんな陳腐なことは思ってはいなかった。
ただ覚えているのは。
ああ、わたし、それならこの人を結婚できるんだわ、という、恐ろしく現実的でちょっとませたことを何度も何度も繰り返し
思っていたことだった・・・。

「リーフ様、おやすみなさい・・・あの、姉君とお会い出来てよかったですね」
「うん、ありがとう、ナンナ。それじゃあお休み。寒くなってきたから気をつけてね」
「はい。リーフ様こそ・・・あ。」
ミーズ城に辿り着いて、一日の疲れを癒すために部屋をほぼ一室ずつ与えてもらった。
トラキア城とグルティア城を制圧してから余力があるメンバーに制圧後のことをまかせて、前線にいたわたし達はそのまますぐに戻ってきた。セリス様がお戻りになったのはわたし達が到着した2時間後だった。
セリス様はとてもお疲れのご様子で早々にお休みになられたから、わたし達も今日はおとなしく早めに体を休めることにした。
リーフ様と別れるときにそっとティニーがやってきたのが見える。
多分ティニーはリーフ様に会いに来たのだろう。
彼女はわたしが彼女をみつけたことに気づいたようだ。「あ」っていう形に口が軽くひらく。
リーフ様が部屋に入るのを確認して、わたしは軽くティニーに手を振った。
ティニーは照れくさそうに小さく笑って手を振り返す。
彼女は仲間になってからずうっと、わたしとリーフ様がいい仲だと思っていたらしく、その誤解を解いてあげるのにちょっとだけ苦労をした。ティニーはとっても可愛くて、女の私が見ても愛らしい女の子だと思う。
リーフ様も実は少なからず彼女のことを思っているようだし、うまくいくといいなあって思っているの。
わたしは自分が与えられた部屋に向って歩き出した。
今日はちょっと、せつないことがあったからこれ以上あんまり人に会いたくない。
でも、不思議ね、そういうときには何故だか決まって誰かと会ってしまうものなんだわ。
「ナンナ、おやすみ」
「おやすみなさい、スカサハ、ラクチェ」
通りがかった二人に挨拶して、足早にわたしは部屋にもぐりこんだ。

今日、アルテナ様が仲間に加わった。アルテナ様はフィンやレヴィン達とトラキア城に今日は留まっているはずだ。
わたしは自分で思いもしないほどにそれに嫉妬していた。
そんな自分は、嫌い。
鏡を見る。
「わたし、醜い顔をしているかしら・・・」
自分の顔は嫌い。
わたしのお母様は、ノディオン王家の姫だった。そのお兄さんの名はエルトシャン。フィンが小さい頃から使えていた、リーフ様のお父上やセリス様のお父上の親友だったとか。
だから、フィンはわたしをリーフ様に負けないくらい大事に育ててくださった。
でも、わたし、自分の顔が嫌い。年々お母様に似てくる、とフィンはおっしゃった。
イヤ。
きっと、わたしがお母様に似れば似るほど、フィンは昔のことを思い出すの。
リーフ様より、わたしの方が両親に似ている、とフィンは言うから。
「わたしだけ、金髪ですものね」
レンスターに金髪の人間は少ない。
アルテナ様もレンスター人に多い色の髪の色だった。
靴を脱いで、ベッドに横たわる。ちょっとお行儀が悪いけれどわたしはもぞもぞと動きながら服を脱いだ。
なんだか、今日は疲れた。体は疲れていないけれど、気持ちが滅入っている。
わたし、すごくアルテナ様に嫉妬していた。
あんな表情をしているフィンを見たことはなかった。
わたしの方がずうっとずうっとフィンと一緒にいたのに。
彼の声も、背中も、腕も、指も何もかもわたしは知っているような気でいた。
本当は何一つ知っていなかったんだ。
わたしが知っていたあの人は、わたしの父親を演じていたあの人で。
アルテナ様をみつめていたフィンは、わたしが知らない男の人だった。・・・ような気がした。
それにとても、嫉妬した。
(やだなあ、わたし、すごーく鬱になってるのかしら)
ベッドの上でごろごろ転がりながら室内着に着替えた。
「いや。こんなのは、いやだわ」

夜中に目が覚めた。
わたしは泣きながら眠っていた。
とても醜い感情が体の中にある。
わたしは、フィンが好きだ。それは数年前からずうっと。
でも、そんなことを言っては今までのすべてがなくなってしまうような気がして、それは口に出すことはない。
いつか、きっと違う男性を好きになるんだわ、と思ってたけれど・・・。
アルテナ様はとても綺麗で、凛々しくて、お強い。
あの方を見つめるフィンの顔を思い出すのがとても辛かった。
「どうしたら、こんな風に心が痛まなくなるのかしら?」
そうっと大地の剣をわたしは握る。

「あれ?ナンナ、大地の剣そんなに使っていたっけ?」
「えっ?どうして?」
「前より使いこんだ感じがしただけよ。でも、そんなにそれ、使ってるの見たことないものね。気のせいだ」
ラクチェが笑っていう。剣士の目は鋭い。
「ナンナ、目、赤い」
「昨日泣きながら寝ちゃった」
「どうして。」
「なんか・・・私は非力だなあ、と思って。どんどん強い方々が仲間になっていくのに、ね、わたし、役に立たないから」
ラクチェは心底驚いた顔をしてわたしを見た。
「何いってるの。少なくともわたしは、今はホラ、前線にいるからラナよりナンナに回復してもらう方が多いっていうのに。ナンナは馬の扱いも上手だもの。信頼している。フィーもありがたいけど、弓が心配だし。」
「ありがとう、ラクチェ、慰めてくれてるのね」
「わたしは嘘は言わない」
そのラクチェの強さがわたしにはうらやましかった。
わたしは今でもフィンのことを父と呼ぶ。そう呼ばなくてももういい、お前も大人だし、と彼は言って、わたし達が親子ではないことをリーフ様達に打ち明けた。今まで親子のふりをしていたのはわたしの身分をも隠すためだと。
それでも、わたしはフィンの名を呼べない。
その名を呼べるようになったことが嬉しくて、とても恥かしいほどにうわずった声で呼んでしまいそうだから。
わたしの気持ちがすべてその声に出てしまいそうで。
わたしは、ラクチェのように強くなりたかった。わたしは、弱いから。

眠れぬ夜。
わたしはまた大地の剣を手に取る。
心の痛みがあんまりにも強いから、何かでそれをかき消そうとそれだけしか考えていなかった。
相手の生命力を奪う魔剣。
どれだけ傷ついていてもこの剣で敵を斬ると、私の傷は癒えてしまう。
わたしはその剣を手に取る。
いつからおかしくなっちゃったのかしら。
だって、どうしたらいいのか全然わからないんですもの。
「うわあっ・・・!!」
わたしは、わたしを大地の剣で。
軽く足に突き立てるだけでも激痛が走る。
痛みに慣れることなんかないけれど、ずっと戦場にいるからちょっとの傷はどうってことがなくなってしまった。
激痛に感じるまでわたしはわたしに大地の剣を刺す。どくん、と心臓がすごい大きさで跳ねるような感触。
そして、素早くそれを抜くの。
「くうっ・・・」
大地の剣はぽうっと青い光を放ってわたしのからだを包んで。今傷つけた傷を癒してくれる。
「はあっ、はあっ、はあっ・・・。」
それでも痛みがひくのはすぐではない。わたしは泣きながら脂汗をかきながら荒く息をついて、痛みと、大地の剣からの癒しの感覚だけがからだのすべてを支配していることを感じる。
そうしていれば、忘れられる。人間はどんなにつらいことがあっても、やっぱりからだの痛みには勝てないんだと思う。
「ふふ・・・。いつから、おかしくなっちゃったの・・・?わたし」
涙が止まらないのは、からだの痛みなのかしら。
かわいそうなわたし、かわいそうなわたし。そして、かわいそうなフィン。
あの人は知らない。他人の命を吸い取って自分の細胞にしてしまう、あの恐怖を。
大地の剣で斬った相手の生命力を奪って、わたしの細胞は復活する。それがどんなに恐ろしいことかを知らずにわたしにこの剣をフィンは渡してくれた。
わたしはわたしを再生する。
今のわたしを壊して、また作り直せばどんどんフィンを思う気持ちは消えていくのではないかしら?

神様。それから、お母様。
この剣が壊れる頃に、わたしはあの人から解放されているのでしょうか。


Fin




モドル

だ、大丈夫です。ナンナはちゃんと幸せになるから!ひーっ!一応続きます。
大地の剣の設定はなんてとんでもないのかしら!と思ったときに連想ゲームのように出来た話です。
本当はラケシスで書こうと思っていたのですが、私の中のラケシスのイメージと遠かったので、なんだかトラキアで
幸薄いカンジのグラフィックになった(苦笑)ナンナに登場願いました。
基本的にフィン×アルテナなんですが(親世代ではフィン×アイラ・・・・←初回プレイそうだったので)
しかし、リーフ×ティニーってのは大穴でしょ。(笑)
世の中のリーフ×ナンナ派を敵に回したいわけではありません。ごめんなさい。
リ、リーフは・・・リーフ×エーヴェルが・・・。(ぎゃーー!ごめんなさーーーい!)