雲の行方

レンスターの王子キュアンはなんとはなしに深いため息をついて、疲れてるのかな、と書斎で首をぐるりと回した。
彼は、親友であり義兄(と思うのはちょっとお互い嫌だな、なんて思ってもいるのだが)であるグランベルのシアルフィ家のシグルド公子を助けようと、ありとあらゆる情報を彼なりにグランベルから取り寄せていた。
その一方でシレジアに滞在している彼らに手紙を書いたりと、一回の攻撃で槍一突きしか出来ない素早さを誇る彼にしてはまめに尽力を惜しまなかった。(余計な世話だが)
が、彼は彼でレンスターの南にあるドラゴンナイトの国トラキアとの関係悪化がこのところ問題になっていて、そうそう毎日そのことばかりをしていられるわけでもない。
「ふう」
昨日からどうもため息をつくことも多い。それは国のことを考えているばかりが原因ではない。
最近溜まりかけていた仕事をやっつけないと、と朝から執務に励んでいるのだが、どうも効率が悪いようだ。
「あなた。入るわよ」
コンコン、と軽くノックの音。
公務の書類を机に置き、顔をあげると愛しい妻エスリンが入ってきた。
「ああ。リーフは?」
「今、すやすや寝ているわ」
「アルテナは?」
「フィンと遊んでいるみたいね。あの子ったら、フィンが好きみたい。面食いなのかしらね、わたしに似て」
「ははは」
キュアンは照れくさそうに笑う。この妻はキュアンのことを「格好いい」と誰にもはばからずに口に出す。負けじと、というわけではないがキュアンも誰彼かまわず、自分の妻を「愛らしい」といって回りを苦笑させてしまうのだが。
第二子リーフを産んでからたった1ヶ月でエスリンは体形を元に戻した。「あなたに嫌われちゃうじゃない」なんてことをいうこのいつまでも可愛らしい妻が、キュアンは大事で仕方がない。
おてんばで、騎士になる、といって兄シグルドを困らせたこの妻は、グランベルからレンスターに嫁いで来てもそのはねっかえりは直ることなく、子供を産んだ今だって元気に剣をふるっている。
「・・・元気がないみたいね。大体なに考えているかわかるけど。あまり悩んでると早く年とっちゃうわよ」
「わかる?」
キュアンは椅子をちょっと後ろにずらして足を組んだ。机の脇にエスリンは近づいてきてうなづいた。
「ええ。アルテナのこと」
「・・・うん。いや、エスリン、言っておくけど別に君が悪いわけじゃない」
「わかってるわ、そんなこと。神様のお導きですもの。仕方ないわ」
そういってエスリンは自分からキュアンに軽く口付ける。子供をあやしてるようだな、とキュアンは苦笑した。
昨日は第二子リーフが生まれて一ヶ月。
それは、国の大教会に勤めている神父からの祝福と神託を授かる日だった。
待望の男の子ということで、彼らだけではなく国民もリーフの誕生には熱狂的になっていた。
長女であるアルテナはすくすくと育って、生まれて一ヶ月の祝福で地槍ゲイボルグの継承を許された子供だと神託をうけた。
それは正統な槍騎士ノヴァの血をひくレンスター王家、そしてゲイボルグ継承者であるキュアンの血をひく子供だということを
証明している。
けれど。
本当は。
そっとエスリンは机の上にちらばっている書類をとんとん、とまとめて綺麗に置きながら小さく言った。
「誰も私を責めないわ。だから、あなたも安心して。・・・それに、わたしがアルテナだったら・・・光栄だと思うから」
キュアンは、自分の娘にゲイボルグを継承したくなかった。
それは別に、悲しい伝説がこめられた神器だから、とかそういう理由ではない。
もっと単純は話だ。
「まさか、リーフへの神託が・・・プリンスとしての才覚だとはな」
苦笑するキュアン。
自分達が期待した息子は、槍を使うノヴァの血よりもどうやらエスリンに流れているシアルフィ家聖騎士バルドの血が濃かったようで、ゲイボルグを継承する資格を与えられなかった。
キュアンはゲイボルグを継承して、そして更には槍を扱う騎士としての才覚を有すると神託をもらった。それは間違いではなかったし、実際彼が選んだ道もたがわぬものだった。
正直なところ自分は王子という柄ではないことをキュアンも知っている。まあ、国民もそれは多少知っていて、だからこそ尚更この王子に愛着があったりもするのだろうけれど。
「でも、よかったわ。リーフがいれば、レンスターの民もきっと今よりもっとひとつになるに違いないもの」
「そうだな。本当の王族だけが手に入れることが出来る才覚を予言されてるんだ」
キュアンとエスリンが知る各国の王家の中で、それを得たものは、ノディオン王国のラケシスただひとり。
そして彼らが旅を共にしてそれは実感したものだ。
ラケシスがそこにいるだけで発生する吸引力というものはすさまじかった。
多少わがままなところがあっても、周囲を振り回しながらも、そんな問題を上回る何かがあの少女にはある。
シグルドが指揮官としての力を強く発揮すれば、ラケシスは更にそれを高めるための力を発揮して、時には先陣を切ることで、ときには後衛で仲間の補佐をすることで。そのどちらでも彼女がそこにいる、というだけで仲間に与える影響力は眼を見張るものがあった。
「あそこまでの力は神託ではもらっていないけれど・・・十分だ。あとは、本当に健康に育ってくれれば」
「そうよ。あなたが何を思っているか私はわかっているけれど・・・アルテナが成長するまでに、戦がない国にすればいいだけだわ」
「そうだ。君は正しい。」
アルテナにゲイボルグを持たせたくない。
それがキュアンの懸念だった。
自分の愛娘が、ゲイボルグを握って戦う日がこないように。
気を取り直してエスリンは言った。
「そうそう!今日はね、お茶の時間にケーキを焼こうと思って。何がいい?」
「君が?はは、久しぶりだな」
「そうね。前はよく・・・士官学校に持っていってあげたものね。意外だったわ。あなたが甘党なんて」
「俺も意外だった。・・・シグルドもエルトシャンも甘党だとはな」
二人は顔を見合わせて笑った。エスリンはちょっと覗き込むようにして問いかける。
「ね、何がいい?・・・やあだ、キュアン」
「や、じゃないって」
キュアンは組んでいた足をといて、エスリンの頭を手で引き寄せようとする。
強引な口付けが待っていることを知って、エスリンはちょっと躊躇しながら目を閉じた。
バン!
びくっとなって離れる二人。
「あっ、アルテナさまっ、ダメですよ、お父上はお仕事中ですっ!」
フィンの声と同時に、二人の愛娘がたどたどしい足取りでドアをあけて入ってきた。それを追いかけてくるフィンをキュアンは手で止めた。
「ははは、いい、フィン。ご苦労だな」
キュアンは立ち上がって、笑顔で走ってくるアルテナを抱き上げる。
「どうした、アルテナ」
「お外にね、いっぱい、空に、飛んでて、お父様に教えてあげようと思ってね、それでね・・・」
その言葉を聞いて一瞬キュアンの表情が曇る。フィンの方を見ると、この若き従者は苦々しそうに言った。
「・・・トラキアのトラバント王のドラゴンナイト隊が・・・西の方角へ飛んでいきました。また、どこかの国に雇われて人を殺してくるのでしょう」
「そうか。・・・あれも、気の毒な国王だ。そういう生き方しか、もう出来ないのだな」
キュアンは抱き上げたアルテナに無理矢理笑いかけた。自分の愛娘が、彼らに一生関わらないでいられることを祈りながら。
「空に、飛んでいたか。本当はそれは見ないでいられるほうがいいのだけどな」
「どうして?」
「うん?あんまりいいものじゃあないんだ。」
「でも、空飛べたら、かっこいいよ」
「ははは、そうだな。・・・でも、馬だってかっこいいだろ?」
「うん」
ほっと安心したようにキュアンは言う。
「よかった、父親の威厳がなくなるかと思った。俺もドラゴンナイトにならなきゃいけなくなるかと」
くすくす笑うエスリンと、笑いきれずくそ真面目にちょっと顔をしかめてしまうフィン。
「アルテナ、今日は母様がケーキを焼くわ。何がいい?」
「あのねえ、綺麗なのがいっぱいはいってるやつ」
「果物がいっぱいはいってるケーキね?」
あなた、それでいいわよね?とエスリンがキュアンを見た。
「アルテナがいいといってるものが嫌なわけないだろ」
「うふふ。ドラゴンには顔をしかめるのにね。さ、アルテナ、母様と一緒に行きましょ。お父様はまだお仕事よ」
「はあーい」
エスリンはアルテナをキュアンから受け取って部屋から出て行った。フィンはきっちりとキュアンに一礼をしてから部屋の外へと出る。
そして、キュアンはそれへ軽くうなづいて、ドアが閉まるのを確認してから窓を開け放った。
「・・・地槍ゲイボルグか・・・」
空を飛ぶものとはまみえないな、とキュアンは思う。
槍騎士ノヴァよ。あなたの槍を振るうのは、私まででいい。
願わくばあなたの申し子が、あなたの槍を振るわなくてもいい世界になりますように。
そして、ゲイボルグを与えられなかったあなたのもうひとりの子供が、人々が集う、よりどころとなりますように。
愛しい子供達と、そして愛しい国民のために。
「仕事が片付かんな」
苦笑してどんよりとしたレンスターの空を見上げて、そうつぶやいた。
子供達の未来の心配よりも、彼には目の前の仕事を片付ける義務があるのだ。
遠くから黒い雲が風に流されて押し寄せてくる。
一雨来そうな気配に、キュアンはちょっとばかりトラキアのドラゴンナイト部隊は大丈夫なのかな、なんてことを思う。
そんな自分に苦笑をして窓を閉めた。


Fin



モドル

8000ヒットキリ番リクエスト、小田原さまへのキュアン小説です。8000ヒットありがとうございます。
王子で、夫で、父で、主君で、馬(?)の彼を全て書きたいと思いを込めました。

実はへっぽこ、キュアンを書いたのはこれが初めて!!!
どうしてかというと、あたくしのイメージは、エスリンとフィンと3人でラブラブ軍団総長!ってカンジだったからです。
それをバーハラ前の悲劇に焦点を最近あててイメージを作り直してみまして、その作り変えたイメージでこの小説に臨んでみました。