糸-2-

「アイラ、体を冷すよ。夜風はまだ涼しいのだし」
「ああ。わかっている。ありがとう」
ザクソン城二階の踊り場からは外に出られる。アイラはそのバルコニーに立って空を見ていた。
アイラはもともとふらふらと猫のように一人で誰もいかないような場所をうろつくことが多かったけれど、懐妊がわかってからその癖も減って来たようだった。とはいえ時にはこういう日もあるのだろう。通りかかったブリギッドが声をかける。
「レックスに怒られないうちに部屋に戻ったら?」
「最近あまり怒られないから、それもいいかもしれないな」
「それは、のろけに聞こえるけれど」
小さくブリギッドは笑った。
アイラにとってブリギッドは最も話が速い女、という感覚があった。
御姫様気質(とはいえ、実際御姫様なのだが)のラケシスや、今時の若い女の子の感覚のシルヴィアとティルテュ、そして女らしいけれど頭が固いフュリーに比べれば、ブリギッドとその妹であるエーディンは比較的アイラにとっては面倒ではなかった。
特に同じように常に前線で戦力になっているブリギッドとは、シレジアに入る前に出会ったばかりだったけれど会話が楽でありがたいとすら思っていた。
「ブリギッドがそう思うなら、そうなのかもしらんな」
「ふふ、アイラはおもしろいな」
「よく言われる」
アイラは長い黒髪をかきあげた。ふとブリギッドをみると、いつも前髪をあげているヘアバンドをとって、くつろいだ格好になっている。そうしているととてもエーディンに似ていてブリギッドもまた美しいな、とアイラは思った。
金髪は、とても綺麗だ。ラケシスの金髪と違ってエーディンとブリギッドは月の色に近い、薄い金髪だ。
じいっと、まるで物めずらしそうにそれを見ていると、気付いたブリギッドは不思議そうに
「何?何か気になる?」
「いいや、ブリギッドは綺麗だな、と思って」
「・・・あっははは、何言ってるのかと思えば。アイラは、自分が綺麗だってことを知らないんだね」
「綺麗?わたしが?」
「そう」
「そんなこと、レックスにも言われないのに」
「恥かしいんだよ、きっと」
そういってブリギッドは優しく笑顔を見せた。
「でも、私は剣をふるってるアイラが綺麗だと初めて見たときに思った。なんだろうね、ホリンの剣もすごいけれど・・・なんだか、剣をふるうアイラは綺麗だった。自分が弓をひいている姿は、どう見えるのだろう、と初めて思った。それくらい、びっくりしたよ」
そのブリギッドの言葉にアイラは目を丸くした。レックスは決して普段はそうは言わないけれど、アイラが剣をふるう姿は綺麗だということは言ってくれる。それと同じことをブリギッドから聞いたことが嬉しいのと意外なのでびっくりしてしまった。が、それから生真面目な表情で答えた。
「・・・ブリギッドが弓をひく姿を見たとき、胸をうたれた。イチイバルの継承者だとは知らなかったけれど、神懸かっているとすら思ったな。・・・間違いじゃあ、なかった」
「はは・・・ありがとう。私は、そう言われる方が嬉しい。アイラも、そうではないのかな?」
「・・・そうだ。わたしも、そう思う」
そう言ってアイラは空を見上げた。
幾つもの愛の言葉。
それも嬉しいけれど。
ブリギッドは城内に戻る素振りを見せて、思い出したように振り返って小さく笑った。
「私は、弓と共に生きる。もしも私が弓を捨てる日が来たら、それまでの自分もいなくなるのだろうと思う」
その言葉を聞いて、アイラは笑顔を返した。
「知っている。知っているし、なんだか、それが誇らしいと思う」
「・・・部屋に戻るといいよ、アイラ。一人じゃあないんだから」
「ありがとう、ブリギッド」

レックスは部屋でアイラを待っていた。
もともとアイラの方がレックスを待っていたのだけれど、なかなか帰ってこないものだからアイラは苛々して外に出ていったのだ。
夜風に体を冷してアイラが戻ってくると、レックスはいつもと様子が違った。
それにすぐに気付いてアイラは何も言わずに寝酒を飲んでいるレックスの正面に座って黙っている。
「・・・アイラ、ちょっと話があるんだけれど」
ようやくレックスがそう言葉を出したのは、アイラが座ってから5分もたってからだった。
おかえり、とも何も言わずにレックスが難しい顔をしているのはとてもアイラを不安にさせていたけれど、多分レックスはそれに配慮を払えないほど何かを深く考えていたに違いない。
シグルドに呼ばれていたことはわかっていた。
一体何をいわれたのだろう、とアイラはめずらしく我慢強くレックスの言葉を待っていた。
「うん。何の話だ?」
「これからの、俺達の進軍についてなんだけれど」
「うん」
アイラも多少は話を聞いていた。グランベル側が動きをみせていることはわかっていたし、逆にすぐさま動くことはなさそうだということも知っていた。とはいえ、まったく事態が好転しているわけでもなくいつ何が起こるかは誰も想像がつかない状態だということは重々承知していることだ。
レックスはどうしよう、という顔付きになり、言葉を発することを一度躊躇しているようだった。
アイラはそれを見て少し眉根を寄せたけれど、急かしたりはしない。
「いつ、ここを発つかはわからないけれど、そう遠くはないと思う。そのとき・・・」
やがて、カチャン、と小さな音をたてて寝酒のグラスをテーブルに置いてレックスは言った。
「お前、シレジアに残ってくれないか」
「・・・・」
「いや、残って欲しい・・・そして、動けるようになったら、イザークへ、戻って欲しい」
多分それはシグルド公子の提案に違いない。アイラはぼんやりとそんなことを思いながら、自分の返事を待っている恋人−結婚の儀はしていないから、なんとなく夫婦という感覚がないのだ−を見つめた。

私は、弓と共に生きる。もしも私が弓を捨てる日が来たら、それまでの自分もいなくなるのだろうと思う

そのブリギッドの言葉をアイラは思い出していた。
素晴らしい言葉だと思った。それは、自分にとっては剣に置きかえられる言葉だと思うし、実際に自分でもしっくりくる言葉だ。
私は、剣と共に生きる。
「俺は、お前を守ろうと思うし、腹の中の子供だって守りたい。でも、戦場に出なくて済むならばそれに越したことはない。シグルド公子がラーナ王妃に申し出てくれたんだ。アイラ、ラケシスとエーディンとレスターと一緒に・・・ここで待っていてくれないか」
もしも私が剣を捨てる日が来たら、それまでの自分もいなくなるのだろうと思う
「レックスは、私がおとなしく待っている女だと思っているのか」
「子供のことを、考えればそれが妥当だと思う」
「レックスは、同じことを自分が言われたらどう思うんだ」
「・・・お前が簡単に首を縦にふるとは思わないよ。俺がお前でも、嫌だ」
「レックスは、いいのか、それで」
「・・・」
「答えろ」
アイラはまっすぐレックスを見つめた。
彼女もわかっている。レックスだって彼女の傍を離れたいとは思っていないに決まっている。
「いいわけ、ないだろ。それでも、俺達は俺とお前だけじゃあない、子供もいる。そして、みんな、俺だけじゃなくてみんながお前やラケシスのことを気にしながら闘うことになっちまう。それは別意味での足手まといだ。わかるか」
「わかる」
「いい子だ」
「お前が私を子供扱いをするな。正論ばかりを聞きたいわけじゃない」
そういうとアイラは立ち上がった。
「アイラ」
「頭、冷してくる」
「待てよ、アイラ」
レックスはアイラの腕をを掴んだ。それをアイラは強い力で振りほどく。
「触るな。そんなことをして欲しいわけじゃあない」

レックスはため息をついた。
うまくアイラに言えない。
レックスだって、アイラと別れるのは嫌だ。とはいえ、そんな子供のように簡単に「アイラと一緒にいたい」なんてことだけで彼女を連れて行くことは出来ない。
彼女が身重なのは間違いないし、シレジアにいた方が安全に決まっている。
最近はイザークの国境あたりは落ち着いているという話だから、自分達の進軍に彼女はついてこなくても、頃合いを見計らってシャナンと共にイザークに戻る方がいいに違いない。
何を考えてもシレジアに残っている方がアイラにとってはいいことだった。
たとえ、どんなにレックスが彼女と一緒にいたいとしたって。
「わかってるよ、お前だって、俺といたいんだろ」
グラスに残っていた酒を飲み干す。
カラン、と氷の音だけが室内に響いた。
子供のことだけを考えているわけではない。アイラ自身のことも自分は考えているつもりだ。
アイラだってレックスと一緒にいたいに違いないけれど、それこそ「レックスと一緒にいたい」なんていう理由だけじゃあ、それだって子供の道理となんら変わりがない。
それに。
この先どうなるかはわからないけれど。
俺は、もしかすると。
レックスは乱暴にもう一杯ボトルからグラスに酒を注いだ。
この程度ではまったく酔いもしない。いっそ酔えたら楽なのに。
「親父の首を、落とすことになっちまうかもしれないしな・・・」
そんな自分をアイラに見せるのは嫌だったし、親殺しをする姿を自分の子供には決して見せたくないな、なんてことすらレックスは考えていたのだ。けれど、そんなことはアイラに言いたくない。

アイラは冷えた体をレックスに温めて欲しい、なんていうことを考えて部屋に戻った自分の甘さを呪いながら、先ほど部屋に戻っていった通路を逆に歩いていた。
「あ」
踊り場の天井から床までの大きな扉状の窓に鍵はかかっていなかった。自分が鍵をかけ忘れたのだろうか?ふと気になってアイラはきい、と小さな音をたてて扉をあけた。
さっきまで自分が夜風に当たっていた場所には、今度はベオウルフがたっていた。
大体想像はつく。レックスの話を聞けば、ベオウルフもラケシスに同じ話をしたに違いない。
そして、ジャムカもエーディンに。エーディンは多分受け入れるに違いない。彼女はきっとジャムカを待ってレスターを育てることだろう。ラケシスは気持ちはどうなのかはわからないけれど、あの体調の悪さでは現実問題として進軍に加わるのは厳しいに決まっているから、悪くない話のはずだ。
扉を開け放したまま、アイラはベオウルフに近づいて行った。
「よお、レックスとケンカしたか」
「してない。ケンカになる前に頭を冷しに来た」
「あ、そ」
「お前は?ラケシスとケンカしたのか」
「まさか」
ははは、とベオウルフは笑ってみせる。けれど、その表情は自嘲気味だ。
「とっくの昔にしてた話だったからな。既にその時にひっぱたかれてる」
「何!?」
「俺はよくあの女にひっぱたかれるのさ。子供が出来りゃ俺の子か、なんていってひっぱたかれて、具合が悪いときにこらえ性がないなんて言ってひっぱたかれて、シレジアに残れ、お前の世話をしながら進軍は出来ないと言ってはひっぱたかれて」
「それはお前が悪い」
「そうさね。俺が悪い。そういうことにしときゃ、面倒じゃねえだろ」
「・・・」
「いけね。今のは余計だったな」
その言葉は本気だったようだ。ベオウルフはしまったな、という苦い表情をしてみせた。
「あんたは?残るのか、シレジアに」
「残らない」
きっぱりとアイラは答えた。
「自分が、足手まといになったと思ったときに、離脱をする。それは見誤らない。足手まといになるのは、共に戦う人間に対して失礼だ。それくらいはわかっている。でも、今の私には失えないものが4つもあるから、難しい」
「4つ?レックスとお国とガキと・・・なんだ?」
「・・・剣だ」
ベオウルフは目を細めた。
それは想像できたけれど、想像できない答えだったのだろう。
「女は、ガキが出来たらそういうものを手放すものだと思っていたが、あんたは違うんだな」
「関係ない。・・・私は、オードの血をひく女だ。バルムンクこそは使えないけれど、その誇りをなくすことは出来ない」
「ほんのちょっとの間だけだぜ?別に剣を失うわけじゃあないだろ」
「私にとっては同じだ。まだ剣を振るえるときに、前線から引くのは嫌だ」
「頑固だな」
ベオウルフは肩をすくめた。それから、それで?という表情で軽くあごを動かしてアイラの言葉をうながした。
風がびゅう、と吹いて木々が揺れた。アイラの髪がなびく。
「剣を振るっても、女は所詮女だといわれ続けた。でも、レックスは、剣をふるう姿が綺麗だと言ってくれた」
「・・・」
どうやらベオウルフが聞いていてくれるのかどうかは問題ではないようで、アイラは淡々と足元の床のタイルをみつめて言葉を続けた。頭を冷すためには、言葉にして吐き出すことも必要だったのに違いない。
「女でいることが何度も嫌になったし、苦しかった。いっそのこと男だったらと何度も何度も生まれてから思い続けた。シャナンを人質に取られたときも、男なら、と何度も思った。いつだって剣を選んだ自分、オードの血をひく自分と、女である自分は背中合わせのような気がして、悲しくて仕方なかった。バラバラだった気がする。私が私でいるためには、その二つはなくてはいけないけれど、とても遠い物のような気がしていた」
ベオウルフは何も言わないし、動かない。アイラは小さな声でうつむきがちに言った。
「そんな私を・・・つないでいてくれたのが、レックスだ。だから、剣も失いたくないし、レックスから離れたくない」
「だってよ、レックス」
「!?」
はっとなってベオウルフの言葉に反応してアイラは顔をあげて振り向いた。
自分の物思いにふけるあまりにまったく気配を感じなかったのか、気がつけばアイラの後ろにレックスが近づいて来ていた。
そうか、扉を開け放していたから開閉の音は聞こえなかったのだな、とまではわかったけれど・・・。
そんなアイラの戸惑いに対してベオウルフは冷静に厳しく言った。
「アイラ、そういうこった。以前のあんたなら、背後に誰かが近づいてくればすぐに気付いただろ、どんなに他のことを考えていたって」
「!」
「それは、衰えとかそういう問題じゃあない。悪いこたあいわない、ちっとはおとなしくしていた方がいいんじゃねえか?」
そういうとベオウルフは手を軽くあげて、レックスに目配せをしてその場を離れた。
アイラは愕然として唇を引き結んでレックスから目をそらしてうつむいた。それを、レックスはそっと背後から抱きしめる。
「バカだなあ、お前、ホントに」
「なんで」
「どうして、愛の告白を俺じゃなくてベオウルフにしてんだよ。ムカつくっての」
「・・・お前が悪いんだろう、レックス。お前が・・・」
背中にレックスのぬくもりを感じた瞬間、アイラは両目に涙を浮かべた。
「お前が、わたしを捨てようとするから、いけないんだろう・・・」
「だから、バカだっていってるだろ。・・・わかってるくせによ、そんなこと、一生あるわけないだろ・・・」

レックスは愛しい女の体をそっと抱きしめて、優しく髪に顔をうづめてキスをした。
あれからずうっとアイラは困ったように黙り込んでうつむいたままだ。多分、アイラは今も何をレックスに伝えたらよいのかぐるぐる考えているに違いない。仕方ないな、とレックスは決して怒った風ではなく穏やかに言った。
「お前、前に言っただろ。お前がここにいるのは、生き残ったイザークの民に、自分達は何も恥ずかしいことをしたわけじゃねえってことを教えてやるためだって。この大陸で何が起こって、何に巻き込まれたのか、何もかも教えてやらなければいけないってよ。」
「言った」
「・・・それを思えば、お前がここに残ることをOKするとは思ってはいなかった。でも、それ以外の理由は、考えなかった。俺のことが好きなら、尚のこと待っていて欲しいとも、俺は思った」
アイラは泣きながら、自分を抱きしめているレックスの腕にしがみついた。
私が私であるために、イザークの王女であるために、お前が必要だとも言った!お前が、私と、私の中にある矛盾を繋ぎ止めてくれている唯一のものなのに、なのに、私を置いていくのか、レックス」
「・・・悪かった」
「ぷっつりと、何かが切れてしまいそうで、こわいんだ」
「悪かった」
それしか言葉がないようにレックスは繰り返す。繰り返して、アイラの髪に口付けを続ける。
まるで子供をあやすように愛情を込めて、でも、ちょっとだけ乱暴に。
「俺だって、バカだ。お前にとっての俺は、子供を作った男、なんていう簡単なものじゃないってわかってたのに。
「当たり前だ」
「それに」
そっとレックスは、自分の腕を掴んでいるアイラの手をはがして、アイラの体を自分に向かせた。
「平気そうに見えたけど、お前の体が変わっていることはきっとお前の方がわかっていて、不安に違いないのに。お前の言う通りだ、正論ばっかり言ってても、お前は、楽になんかならないんだな」
「違う、レックス、楽になりたいんじゃない」
そういって、アイラはレックスの服を掴んだ。
「私は、ただ、お前が愛してくれている自分でいたいだけだ。それは、そんなにわがままなことなんだろうか?」
「アイラ」
「私は、お前と共に行く。参戦するかどうかは、そのときに決めればよい。進軍するときは誰かが城を守らなければいけない。せめて、その役目を私に託して欲しい。完全に離脱するほど私は弱い女でもないし、黙って何もしないでお前を待てるほど強い女ではない」
それは、今までアイラがあまり見せなかったレックスへの甘えだった。
レックスはそうだということをわかっている。
以前のアイラならばそんな言葉は言わなかっただろう。
ああ、こいつは、女なんだな
レックスはそんなことを考えて、そっとアイラをひきよせて、自分の胸元に彼女の頭を押し当てた。
心臓の音を聞くことが彼女が好きなことだということはとっくにわかっていたし、彼にはまだそんなにうまい言葉が思い付かなかったからだ。
「お前は、弱くないよ、アイラ」
「何故そう思う」
「俺が知っているありとあらゆる女の中で、お前ほど強い女は知らない。だから、惚れた。でも、強さの種類が違うんだ。俺が言っているお前は・・・」
アイラはそうっと耳をレックスの胸に当てたまま下から見上げて彼の表情を見ようと首を動かした。
「お前が、いつでもお前であろうとする強さのことだ。女はいつでも男で変わる。俺だってお前のこと、変えたと思うしお前だって俺のことを変えたけれど、絶対に、誰にも変えられないものがあるんだろう。それが、俺が惚れたお前の強さだ」
「レックス」
「他のあやうい強さは、俺が傍にいて支えてやる。覚悟を決めた」
「レックス」
それから、冷えてしまっている体を温めてやるようにレックスはアイラを抱きしめて、そっと背中、腕、と彼の大きな腕で雑になでていった。その無骨な彼の手の動きにアイラは涙を残したまま小さく笑った。
「お前の手は大きくて好きだ」
「そうか。他は?」
「うん?そんな恥かしいこと言えるか」
「今更」
ははは、とレックスは明るく笑って、そっとアイラに口付けた。それに抵抗を見せずに受け入れてから、アイラはぎゅ、とレックスにしがみついた。腹部をかばいながらだということはわかって、それがまたレックスを愛しい気持ちにさせる。
風が吹いたけれど、体温が比較的高いレックスに抱きしめられていればアイラの体は冷えない。
「俺と、行くか、アイラ」
「ああ。お前と、行く。それに」
「うん?」
「私を置いていったらお前は絶対後悔する」
「なんで」
「当たり前だろう」
そういってレックスの顔をみあげたアイラは、とても真剣な表情をしていた。
「事と次第によっては、お前はお前の父親と戦うことになる。そんなときに、私が傍にいられないのは耐えられないし、お前も耐えられないに違いない。自分一人で背負い込もうとするな。それは子供がやりたがることだ」
「・・・・そうかもしれない」
苦々しく小さく笑ってレックスはそう言った。アイラが言うことは間違っていない。自分も、そのことはさっきまで考えていた。
とはいえ、それに対して「お前も耐えられないに違いない」とアイラのコメントを聞けるとは更々思わなかった。
(お見通しか)
何も自分は言わないし、何もアイラは聞かないのに。
レックスは苦笑して、はらり、と落ちてくる自分の前髪をかきあげた。
そして、こんな状態でもレックスのことをそこまで考えていてくれたアイラのことが更に愛しくなる。
「完敗だ。俺はほんと、お前には甘いね」
「そうか?」
「そうだよ。・・・そろそろ部屋に戻ろう。今日は」
レックスはそこで言葉をきって、少し照れくさそうに言った。

「手を繋いで寝よう。離れないように。で、明日シグルド公子んとこにいこうな」
「・・・うん」

アイラはそっとレックスの体から離れて、彼の大きな手に自分の指を絡めた。
離れないように。
二人の体の距離も心の距離も。そして、自分が自分であるための大切なものを繋ぎ止めておかないと。
そのとき夜風がアイラの髪をなびかせた。レックスのもう片方の指が、もう一度彼女の髪を、梳いた。


Fin

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モドル

甘い二人でございます。
なんかもう、5章のフタリの会話にメロメロだったあたくしとしては、これくらいラブラブでこの二人は当たりなのかな、と!(笑)かなりレクアイにやられている様子です。
しかしそれにしてもベオウルフがなんとなく出て来てイヤンです。(苦)かなり使いやすいキャラなもんで・・・。
彼とラケシスの間での会話はまたそのうち機会があったら。

ブリギッドの言葉使いは悩んだのですが、あまりオンナらしくなくしました。海賊だったわけだしね。
彼女の言葉が、トラキアでの彼女に繋がると思っていただけるとありがたいです。