宿命の鼓動-3-

ザクソン城の西側にも敵部隊が回りこんでいた。
それは予想出来ないことではなかったし、彼らからすれば罠でもなんでもないことだった。
少なくともシレジア国ではなくザクソン城周辺のことを考えれば、城から半径数キロの防衛ライン外だったし、ダッカー公がグランベルと手を結んでいたという事実がある以上、シレジア国内のどこかにその当時からの伏兵が潜んでいることは多少シグルドもレヴィンも懸念していた。そういったわけで、寝耳に水という状況でもなかったからシグルドは手早く部隊を二手にわけた。
騎馬隊はザクソン城の東に向かって、騎士救出とその後のリューベック兵を迎え撃つ。
その他の歩兵は西側へすすみ、フュリーは盗賊たちを一掃する役目を命じられた。彼女がより安全に移動できるように歩兵達は西側の敵を引き付ける必要がある。本来ならば西側に騎馬隊を派遣したいところなのだが、シグルドのもとに、リューベック城付近に騎馬隊が多数出撃準備をしているという情報がはいった。
今のところは騎士救出を第一に考えているから、いざというときの退却の足を考えると騎馬隊で向かった方が安全だろう。
「シグルド公子」
「うん?」
出陣準備をして馬の手綱をひいているシグルドにブリギッドが声をかけてきた。あたりは他の騎士達でざわめいていて、馬達にはあわただしく馬具が付けられている。
「リューベック城付近の騎馬隊は・・・バイゲリッターではないかと聞いた」
「・・・多分」
「私の、最初で最後の我侭だ。私を、東側に進撃する部隊に加えて欲しい。先に出て防衛ラインまでは一人でいける。足手まといになるようなことはしないと誓う」
「・・・ブリギッド」
ブリギッドはシグルドに対して有無を言わさない視線を向けた。
その決意に満ちた表情を見ては断ることが難しいな、とシグルドは苦笑をした。
「あまり、そういう・・・情が絡んだことは許可したくないが」
「シグルド殿」
「君の手にあるイチイバルが、君にそれを許すならば。・・・一緒に行こう」
シグルドは真剣なまなざしでブリギッドの言葉に答える。
「感謝する」
金髪の弓の女神はそういって深く頭を下げる。それから小さくシグルドに微笑みかけるときびすを返して歩いていった。
幼い頃の記憶がなくとも、人はあそこまで自分の血に対して誇り高くいられるものなのだな。
そんなことをシグルドは思いながら、手綱を握ったままで彼女の美しい後姿を見つめていた。

「お姉様、どうかされたのですか?」
何をシグルドと話していたのか、といぶかしんでエーディンはブリギッドに駆け寄ってきた。自分と同じく西側へ進軍するはずのブリギッドが、東側への進軍を行うレックス達もとへと歩いていこうとするのに気付いたのだろう。
その不安そうな妹に視線を移してブリギッドは言った。エーディンにだけは優しい、女性らしい物腰の穏やかな声で。
「エーディン、アンドレイのことはあなたもきいたでしょう。」
瞬きを数回してから、苦渋の表情でエーディンは答える。
「はい、父上を手にかけたうえ、シレジアのマーニャ様まで…アンドレイは悪魔にみいられたのでしょうか」
彼女達は、誇り高き聖戦士ウルリの血を引いている自分達の弟が一体何をどうしてこんな陰謀に荷担しているのかが理解出来なかった。けれど、それは今となっては理解するもしないもなく、彼女達の心はひとつに決まっていたのだが。
それから、ブリギッドははっきりと、厳しい視線を向けてエーディンに告げた。
「私はアンドレイを殺します。彼にこれ以上罪をおかさせないためにも、しかたのないことです。エーディンはわかってくれますね。」
「お姉様・・・」
わかってはいた言葉だった。
だから東側へ進軍をする許可をシグルドに申し出たのだ、ということがエーディンにはすぐにわかった。そして、それをシグルドが許可をしたことを。
本当ならば、それはブリギッドがするべきことではない、とエーディンは心のどこかで思っている。
ブリギッドは幼い頃に生き別れになって、この戦いが始まるまでは記憶もないままに海賊の首領として生きてきた。そんな彼女が何故、ユングヴィ家の長女としての責任を取らなければいけないのだろう?アンドレイの側にいたのは、彼女達の両親とエーディンだ。彼の罪を償うのは、ブリギッドではなく、自分だけではないのだろうか。
エーディンは自分が騎士になるのを拒んでプリーストになったことをこんなに後悔したことはなかった。
「辛いけどがまんしてね。彼の罪は私たちの罪でもあるの。私の手は血に汚れるけれどエーディンだけにはわかってほしい。」
ブリギッドがイチイバルの継承者であるが故に。
多分、そういうことなのではないかとエーディンは推測する。そうでなければ、幼い物心のついたかどうかもわからない頃に生き別れた肉親のために、自分の手を血に染めることを人が出来るとは思えない。
彼女を突き動かしているのは、正統なイチイバル継承者の血。
エーディンは、眉根を一度よせたが、その表情を見せることでブリギッドが更に苦悩するのではないかということに思い当たり、平常心に戻るよう、自分で自分に言い聞かせながら言葉を振り絞った。
「はい・・・ブリギッド姉様・・・」

「クロード神父、顔色が悪い」
アイラは通路で会ったクロードに声をかけた。バルキリー、リザーブ、そしてリライブとリターンの杖を4本も手にもち、神父はそっと通路の端を歩いていた。
「そうですか?そんなことはありませんよ。妊婦であるあなたに心配されるなんて、情けないですね」
小さな笑顔を向けるクロード。あまりアイラは彼と話をすることはなかったけれど、いつ言葉を交わしてもどことなく神懸ったところがある人間だとアイラは思う。
「神父はどちらに進撃なさるのだ?」
「東側へ。傷ついた騎士の手当てをしなければなりません。すぐに護衛兵とともにここを出ます」
「気をつけて」
「ありがとう。・・・・あなたの子供達が、戦に怯えませんように」
そっとクロードは体を屈めてアイラの腹部に手をかざした。
何をしているのかはわからなかったし、ただおまじないのようにそうやっているようにしか見えなかったけれど、なんだかアイラには、本当にその祈りが効くような気がした。・・・自分の祈りはあてにはならないが、この神父の祈りは、叶えられるような錯覚を起こさせる。
「ありがとう、神父」
「そして、レスターもデルムッドも、心安らかに今は眠りに付けますようにと。そう祈ってきたところです。その前はティルテュのお腹の子供に祈ってきました。彼女はまだ前線に出るようでとても心配なのですが・・・ああ、時間がない。それでは、いってまいります」
「シルヴィアは?」
アイラは不意にクロード神父が大切にしている踊り子の名を呼んだ。
「共に出撃いたします。・・・今のところは」
一瞬アイラは目を見開いて神父をみた。が、その言葉に対しては追求しないでおこう、と思う。
「そうか。・・・気をつけて」
もう一度アイラは同じ言葉を繰り返した。そして、クロードも同じ言葉で返す。
「ありがとう」
クロードは軽く頭を下げて歩いていく。
このとき、すでにクロードが既にすべての神託を得て、何もかも覚悟が出来ていたことを知る者は、誰一人としていなかった。
もし知るものがいれば、すべてを見ながら何故に彼はまだ祈り続けられるのか、とブラギの子に対して届かぬ問いかけをしたことであろう。

ラーナ王妃が派遣してくれている女中とデルムッドを守りながらラケシスは室内で静かに剣を磨いていた。
出産を終えて10日ほど。体はもちろんもとには戻ってなどいない。だから、今回の出撃には彼女は出ることは出来なかった。
それでもラケシスは鎧を身に着けて静かに武器の手入れをしているところだった。
アイラが訪れるとラケシスは嬉しそうに顔をほころばせ、何をいうかと思えばアイラが腰にさしていた剣を見て
「ふふ、剣を持ち歩くとはアイラらしい」
「そうか?戦が始まるのだ、当然だろう?」
その二人の会話に女中達は不安そうな表情を浮かべる。
「私はシャナンと共にセリスの部屋にいる。何かあったら遠慮なく呼んでくれ」
「何いってるの。それはこちらの言葉だわ。今はもうあなたの方が身重なのに」
くす、とラケシスは笑顔を見せる。
「そう言われればそうかもしれないな」
「言われなくてもそうよ。レックスに怒られるわよ」
「もう怒られた」
「え?」
「勇者の剣を腰につけようとしたら、いくらいざというときのためといっても、出来るだけ接近戦は避けろ、といって」
だから、仕方なくいかづちの剣を持ち歩いているのだ、とアイラは淡々と話す。
「守備にはアーダンがついている。あの男は信頼出来る男だ」
だから、どんなに間違ってもこの城自体が攻め込まれることはないとは思っているのだが、と付け加えて。
「・・・待つのは、嫌なものね」
「そうだな」
「わたし、自分の祈りが天になんか届かないって思ってから・・・祈りながら待つなんてことは、ご免だわ」
「わたしもだ」
言葉にはしないけれど、ラケシスとアイラは二人ともお互いが言っていることがよくわかっている。
祈ってもエルトシャンは生きては戻らなかったし、祈っても、イザークは救われなかった。
けれど、待つ人間は祈りながら待ってしまう。それはやめようと思ってやめられることではないのだった。

シグルド達は防衛ラインを超えて、逃げてきている様子の騎士を助けようと出陣した。
シグルドを先頭にノイッシュ、アレク、レックス、ベオウルフ、そして後続でアゼル・ミデェールとブリギッドが護衛をしながらクロードを囲んだ、シレジアの騎士達を中心とした部隊。
斥候で出ている天馬騎士が北の山方面から、あとどのくらいで例の騎士が近づいてくるのか教えてくれた。
「あれか!?」
ほどなくしてリューベック方面に向かってすぐに、一騎で走ってきている姿を見つけることができた。
シグルドはノイッシュとアレクに声をかけて部隊から飛び出した。
何か悪い予感がする。いや、これは悪い予感なのだろうか。確かにそれはないとはいえないが、別な感触がシグルドは感じられる。
こんなに気持ちが逸ることが普段、あるだろうか?どくどくと心臓の音が大きくなっていくような、そんな錯覚すら覚えながらシグルドはひたすらに馬を走らせた。
そして、こちらにむかってくる騎士の姿を彼は認めた!
その瞬間、走って来ていたその騎士もシグルドの姿に気づき、疲れ果てた馬を慌てて止めた。
「ち・・・父上ではありませんか!よかった!ご無事だったのですね。」
その人は。
シアルフィ公爵家長、シグルドの父親であるバイロン卿だった。
見るも無残にあちこちに矢を射掛けられた跡や多くの剣に傷つけられた跡があり、鎧は既にないも同然の状態だった。
安堵から力が抜けたのか、バイロン卿は馬から崩れるように倒れた。同じく馬を止めて降り、走ってきたシグルドがその体を慌ててうけとめる。触った瞬間にわかる。
胸のあたりになんらかの衝撃をうけたのだろう。攻撃を防いだときかもしれない。肋骨がやられていることにシグルドは気付いてさあっと青ざめた。外傷だけなら見た目では回復できそうなものだったのだが・・・
「シグルド・・・立派になったな・・・っ、ごほっ・・・」
アレクとノイッシュも慌てて馬から降りて駆け寄ってきた。彼らにとってもバイロン卿は主君の父であり、恩師でもある。
それから遅れてレックス達がやってきた。彼らは、何があるかわからないから馬からは降りない。ただ、もっとも強靭な馬を乗りこなしているベオウルフの後ろにはオイフェがくっついて乗っていて、彼は慌てて飛び降りて走ってきた。
「父上!しっかりなさって下さい!!」
肋骨が折れて、胸にささっているのだろう。時折咳き込みながら血を吐き出し、シアルフィの家臣達に囲まれてバイロン卿は言葉を続けた。
「いや、わしはもうだめだ。シグルド、良くきけ、クルト殿下はランゴバルトに殺された。裏であやつっているのはレプトールだ。陛下にこの事をお伝えしてくれ。わしは・・・死はいとわぬが反逆者の汚名をきたままでは死にきれぬ・・・」
そのとき、シルヴィアの舞から与えられた不思議な力によって普段よりも強靭に走ってくることが出来たクロードが彼らの近くまでやってきた。ノイッシュとオイフェが同時にクロードを見る。「助からないのか」・・・彼らの表情はその言葉をクロードに言わなくても、十分に伝えている。それへクロードは静かに首を横にふった。
「消耗が激しすぎます・・・リライブをかけて細胞の活性化をしても、今のバイロン卿の体力では・・・かけた瞬間に・・・」
小さい声で、クロードはそれへ答える。
彼らとて治癒魔法の道理はわかっている。
それ以上クロードに何かをいうことはなかった。それは、仕方がないことだ。
そもそも死に際の人間を生き返らせることなど出来るわけもなく、そして、もしクロードがもつバルキリーの聖杖を使うとしても、それは死した人間にのみ適用されるものだ。
「やはりそうだったのですね・・・わかりました、父上!!私が必ず、父上の汚名をはらします。どうかご安心下さい」
すべて、シグルドのもとにはいってきていた情報とおりだった。
確信をもちながらも、それでもそうでなければよかったのに、と思う事実を聞いて、レックスは軽く唇を噛んだ。
今まさに、自分の父親の野望のために、シグルドの父親の命の灯が消えようとしているのだ。
「すまぬな・・・わしが油断したばかりにおまえにも苦労をかける。シグルド、これを受け取れ。聖剣ティルフィングだ・・・」
その聖剣は、かなり激しく使い込まれた状態だった。それがどれだけの追っ手を彼がなぎ倒してきたのかがわかる。
シグルドが知っていたティルフィングは美しく手入れをされていて、いつでもその力を発揮できる状態にして、常にシアルフィ城の片隅で休息をとっているように見えていた。が、今手渡されたそれは、自分の主の命と共に折れてしまうのではないかというほどの状態で、ありし日の面影がなかった。そのことにシグルドは胸を痛めてうまく言葉が出なかった。
「ティルフィング・・・しかしこれは、まだ父上が・・・」
もう、助からない。わかっていてもシグルドはそれを受け入れることが出来ない。搾り出した言葉は、とても情けない言葉だけだった。
ほんの少し。ほんの少しで良いから、3年ぶりに再会した自分達に時間をくれ・・・それが、彼の精一杯の思いだったのに違いない。
けれど、運命は無慈悲にもバイロン卿の灯火に息を吹きかけるのだ。
「シグルド、頼んだぞ。わが無念、はらしてくれ・・・」
「あっ父上!」
目の前で、バイロン卿の瞳から光が失われていく。シグルドはどうすることも出来ず、瞬きもしないままそれを見つめていた。
誰に言われなくとも、見ればわかる。何も知らない子供ではないのだから。それでも、何度でも彼は自分の父親を呼ばずにはいられない。
「しっかりして下さい!!父上・・・」
オイフェがそっとシグルドの隣に体を寄せた。むごいようではあるが、バイロン卿の命が絶えた事は誰もが理解出来たし、そして彼らは更に迫ってくるリューベック城の兵士達と対峙しなければいけなくなるのだ。
シグルドの腕に小さく手をオイフェが置いた。
「シグルド様」
「なんてことだ・・・くっ・・・」
泣いてはいない。シグルドには涙よりも先に怒りがこみ上げてくる。何故、父が死ななければいけないのだ。そして、何故自分が反逆者の汚名をきて、この仲間達までも追われなければいけないのか。溜まりに溜まっていた理不尽な運命に対しての怒りがシグルドの心を揺さぶりかける。バイロン卿の遺体を軽く抱きしめて、彼はうめき声を上げた。
「レプトール、ランゴバルト!きさまたちだけは絶対に許さない」
「シグルド殿」
「・・・クロード様」
「あなたのお父上のご遺体と共に、ザクソン城へお戻りなさい。敵が近づいてきています」
はっとなってシグルドが顔をあげると、天馬騎士の一人が後方から叫んだ。
「追っ手はスピードを緩めずにこちらに近づいております!我々と真っ向からぶつかり合う勢いです!」
「その聖剣は、修理が必要なようです。リターンの杖で、あなたをザクソン城まで送りましょう」
「しかし、指揮を・・・」
「俺が、とる」
そう強い口調で言ったのはレックスだった。思いも寄らない人間からその言葉を聞いて、周囲ははっと彼に視線を集中させた。
「まがりなりにも、俺も斧騎士としてドズルの人間を率いたこともある。それに、この旅の最初から、ずっと公子の指揮を見ていた。・・・こん中にいるやつらの中じゃあ、適任だと思うんだけどな」
「ま、人としての魅力はさておきな」
「うるせっ」
ベオウルフがにやにや笑いながらレックスにいらないことを言う。自分達の大将の父親が目の前で死んだというのに、そういう軽口を叩けるのはこの男くらいだ。
「俺は賛成だ。大将、あんたはさっさとザクソンに戻って剣を直してくるといい。その剣があるとないとでは戦局に大きな差が出る。神器ってのはそういうもんだろう?」
ちらりとブリギッドをベオウルフは見た。それへ力強くブリギッドはうなづく。
「わかった。だが、くれぐれもリューベック城に不必要に近づくな。西側の平定が終わって全員が合流してからだ」
「ああ、わかっている。今の俺たちじゃあ親父は・・・」
レックスは言い直した。
「ランゴバルトには、かなわない。レヴィンの力がどうしても欲しい」
「そうだ。・・・それから・・・」
ブリギッドにシグルドは視線を走らせた。それへはレックスがまた
「わかっている。身内の恥は身内が始末しないとな。俺にはそれだけの力量はないが、彼女はそれを遂行するための能力がある」
「・・・フォローしてやってくれ。アンドレイへのせめてもの情けだ」
そういってシグルドは、自分の父親の亡骸と共に自分の馬に乗り込んだ。それを確認してからクロードがリターンの杖を掲げる。
青白い光がシグルド達を包み込んで、やがてその姿が薄れゆく・・・と思った瞬間、その光は音もなく飛び散って、彼らの姿を消してしまう。まるで流れ星が逆流したかのように小さく飛び散った光が空に向かって昇っていった。
やがて、その光はザクソン城の付近に降り注ぐ。
それを確認してからレックスは側にいるメンバーに言った。
「ってなわけで俺が代行させてもらう。が、もともと出ていた指示とおりに動けばそれ以上のことは必要がないだろう。やることは簡単なことだ。やってくる敵を倒す。深入りはしない。ただそれだけだ」
「それが出来りゃ指揮官はいらないんだよ、レックス」
アゼルは苦笑して見せた。
「俺もそう思ってるところだ」
肩をすくめてレックスはそう言った。いささか頼りない気がしなくもないが、今のレックスは十分に強いし指導力もないわけではない。
真実は、先ほど彼がいっていた「少なくともこの中では」という言葉は大層ぴったりで、消去法で行けば彼が残る、というくらいだったことは確かだったけれど。

リターンの杖の力でザクソン城に戻ったシグルドは城下町の腕のいい鍛冶修理屋のもとにティルフィングをもっていった。膨大な金額と丸一日かかる、と言われたことには驚いたけれどそれは仕方がない。
ああ、こんなことならブリギッドに聖戦士の神器は一体修繕にどれくらいかかるか聞いておけばよかったなあ、と後悔でもない後悔をしてシグルドは苦笑せざるを得なかった。
父親バイロン卿の遺体を綺麗にしてもらうために、そういう生業の人間を城に呼んだ。
やはり、シグルドが持っていたとおりに肋骨が体の中であちこちに刺さっており、生きて出会えたことが奇跡的だということがわかった。どんな思いで父は自分のもとに駆けつけようと思っていたのだろうか。
シグルドは自室に戻って、いつでもティルフィングが届けられれば出陣する準備を怠らずに待機をしていた。
他の武器ならまだしも、ティルフィングは他の人間に触らせるわけにはいかない。あれは聖戦士バルドの血をひく自分と父だけが扱える剣だ。どんなことがあっても、あれは自分と、命を吹き込んでくれる鍛冶屋にしか触れさせたくはない。
ああ、もう少し。
あともう少しでもいいから、父と話をしたかった。
シグルドは、初めてアイラの気持ちがわかったような気がする。
何もかもを陰謀のために失って。自分はまだセリスもエスリンも残されているし、愛しい妻ディアドラだってどこかで生き延びているやもしれない。それに、国を出たときから忠義を尽くしてくれていたノイッシュにアレクにアーダン、そしてオイフェ。まだ、何もかもを失ったわけではない。
アイラに残されているのはシャナンだけだ。そして、彼女から国を家族を何もかも奪ったのはレックスの父親ランゴバルト卿なのだ。
あまりの怒りと悔恨とにシグルドは深く深くうちひしがれていた。
これではいけない。
早くこのもつれた糸を解き明かして、誰もがこれ以上傷つかないように、早くこの戦を終わりにしなければ。
シグルドは再びその決意に燃えて深呼吸をした。
そうだ、エスリンに。私は生き残って、エスリンに父の最期を伝えなければいけないのだ。

バイロン卿を追ってきたまま更にザクソン城に近づこうとしていた敵兵を全滅させたのは、それから6時間後のことだった。
レックスは恐ろしいまでの集中力で、シグルドほどとはいかないまでも的確な指示を出しながらリューベック軍の勢力をねじ伏せた。彼は、何をいえばアレクとノイッシュにどう伝わるのかをよく知っていたし、ベオウルフに対してはほとんどの指示を出さなくてもいいことも理解していた。
何よりもありがたかったのは、側に親友であるアゼルがいてくれることと、これは本当に申し訳がないのだけれど、アイラがいなかったことが彼の気負いを少なくさせた勝因といっても過言ではなかった。
既に夜にさしかかっていて、このまま今日のところは防衛ラインでの野宿が確定だろう。
「おい、ベオウルフ」
「おう」
ひととおりの怪我人の確認をしてからレックスはベオウルフを呼んだ。彼を選ぶのは、傭兵としての経験を高く評価してのことだ。
「どう思う?夜、バイゲリッターが動くと思うか?」
「・・・騎馬隊は、夜動いてもいいこたあねえよ」
それを聞いていたブリギッドが
「弓兵は、歩兵だったら夜に奇襲にくるけれど、バイゲリッターはあくまでも馬上での技術が高い弓騎士団だ。どっちにしたって馬のひづめの音が隠せない限りは夜は動かないだろう」
「ああ。歩兵なら、奇襲にいいけどな」
それにはベオウルフもうなづいた。
野営をしていれば火を使う。そうすれば遠い距離から攻撃を仕掛けられる弓兵にとっては願ってもいないチャンスになる。
火の周りの人間は弓兵を見つけられないし、弓兵から見れば火の近くにいる人間は自分の攻撃圏内では丸見えだ。
「まもなく、騎士団はリューベック城に一度撤退するだろう。そこまでの阿呆じゃない。斥候役だけ増やして、俺たちも仮眠を取った方がいい」
「そうだな。このままリューベック城に突入したって、1日でかたがつくとは思えない。長期戦になるだろうさ」
「が、長期戦に耐えられるほどの戦力があるわけじゃあ、ない」
その彼らの懸念を振り払うかのように伝令が走ってくるのが見えた。
「どうした」
「報告します。さきほどザクソン城からレヴィン王子率いる歩兵隊が出発をしたとのことです」
「そうか」
これで彼らが合流してくれればこの先の見通しも楽になるとレックスは小さく笑った。
「それと、シグルド公子のティルフィングですが、修理には1日かかるとのことで、公子の出立は早くて明朝になるということです」
「1日!?」
ブリギッドは苦笑した。
「神器は普通のものとは違う。いかに腕のいい職人でも、あそこまで壊れてしまってはあれ一本で1日がかりになるのも当然だ。もちろん、おそろしく値が張るしな」
「ええっ?・・・どんくらいかかるんだ?」
好奇心に負けてレックスは伝令がいる前で聞いた。ベオウルフも「ほう」という顔でそちらを見ている。
「あれを直すとなると5万Gはくだらないだろう」
「うおっ」
ベオウルフは変な声をあげて、それから笑っておかしそうに言う。
「俺を5人雇えるってわけか。そいつは大した聖剣だ」
「この弓もね」
ブリギッドは美しい笑顔で聖弓イチイバルをもって、彼女にしては可愛らしく笑って見せた。

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