宿命の鼓動-5-

「食糧補給の準備をしろ!」
それから更に2日。リューベック城付近の敵軍は案外としぶとく、シグルド軍はてこずっていた。
ザクソン城に伝令がやってきて、敵軍はあと僅かな兵力しか残されていないということと、シグルド軍も死者こそほとんどいないがかなりの消耗を見せているということがわかった。
リューベック軍はランゴバルトを筆頭に篭城を決め込んでいて、こちらの消耗を待っている様子が伺えるということだ。
その手に乗らせないために、過剰なほどの食糧補給と衣類等、シグルド軍の士気を上げるためのものを用意して、オイフェが見事な手際で補給隊を結成して迅速に前線に送り込む手はずをとっていた。
一気に叩き込めば今のシグルド軍の勝利は間違いない。それには、消耗を食い止めることが先決だ。
もちろん城で篭城しているリューベック側の方が短時間で回復を見せるけれど、それは城攻めでは仕方がないことだ。
ザクソン城内がざわめくなか、アイラは眠っているレスターとデルムッドの側にそっとついているラケシスのもとにやってきた。
「またふらふら出歩いて」
そのアイラの様子がいつも可笑しく思えるらしくラケシスは笑う。彼女の手にはそっとリライブの杖が握られていて、治癒の光を放つ水晶にも似た球体をそっと柔らかい布で磨いているところだった。
その傍らに座っていた女中がアイラを見て茶を出そうと腰をうかすが、それへアイラは手で制して、どっこいしょ、と断りもなくカウチに座って楽な態勢をとった。
「おかしいか」
「ええ、おかしいわ。本当にアイラは戦の間に自分だけそっと待っていることが出来ないのね」
「性分なんでな。ラケシスは案外と落ち着いているな」
「私の国はあなたの国とは多少異なるからね。私は騎士だけれど、守られるのも仕事だったわ」
なるほど、とわかったようなわからないような顔をしてアイラはうなづく。
「・・・どうしたの、アイラ」
「ラケシスに頼みがあってきた」
「・・・もう、リューベック付近までみんな行っているのよね」
ラケシスは静かに言う。
「ああ。もう、この城に攻め込むほどの余力はリューベック側にはないだろう。罠として油断させておいて外に仕込んでいた兵力をぶつける、なんていうことが出来るくらいなら、とっくに動きがあるだろうから」
ラケシスはリライブの杖をおいて立ち上がった。
「アイラ、お茶でも飲んでいって」
「いや、私はラケシスに・・・」
「わたしが出陣の準備をしている間に」
「・・・」
ラケシスはそういってアイラに微笑み、先ほどアイラに止められた女中に茶を出すように指示をした。それから部屋の片隅においてあった鎧に手を伸ばす。アイラは息を呑んでラケシスを見て、それから
「驚いた。ラケシスはわたしが考えていることがわかるのか」
「そうじゃないわ。・・・ここの無事が保証されて、補給部隊として前線に行く部隊が結成されたなら・・・許してもらえると普通は思わない?」
「・・・守られるのも仕事じゃあないのか」
「それは今はあなたに譲るわ。だって、わたしもう普通に動けるのよ?そりゃ、ちょっとは前より体も重いし鎧も新調しなくっちゃいけなかったけれど、前線に一人でいくわけではないからちょっと周りに甘えるわ」
恥ずかしそうにラケシスはそういって笑った。確かに出産の後にそうそう簡単に妊娠前と同じ体型に戻るわけもない。
ラケシスが手を伸ばした鎧が、新しいもので、今の彼女の少しまるくなった体にきちんとあうものだとアイラは見てわかる。
「今、みんな、疲れが出ている頃でしょう。でも、この城に戻ってきてまたリューベック城まで攻め上がるのは得策ではないとわかって、ランゴバルトの篭城に付き合っているに違いない」
「ああ、そうだ」
「ねえ?私がいることで、みんなの士気を上げられるなら。アイラ、あなたの大事な人のお父上を倒す手伝いをしてくる私を許してね」
そこに彼女がいるだけで、不思議と軍の士気があがる。その力は、正統なるアグストリアの王族の血を引く証なのだろうか?
以前は、何故ラケシスにそんな力があるのかと誰もが不思議に思っていたが、マスターナイトになった彼女を見て、誰もがそういうことだったのかとうなづいた。
誰もが得ることが出来るわけではないマスターナイトの称号を得たラケシスは、もともともっていた素質を王女という肩書きのせいで抑圧されていただけだということを誰にも思い知らせるほどの才能を開花させていた。もはや、彼女のもつその不思議な力を疑問視するものは誰もいない。いるとしたら、嫌というほど彼女に振り回されているベオウルフくらいのものだ。
前線で疲労が重なるシグルド軍のもとにラケシスがいけば、それだけで士気があがる。そう彼女が思うのはおごりでもなんでもない、ただの事実だ。
そして、アイラはそれをラケシスに頼みにきたのだ。
「デルムッドとレスターは、私が守るから。許すも許さないもない。この子達にとっては祖父になる人物だけれど、私にとっては・・・この子達を本当は温かく見守ってくれるはずのイザークを陵辱した男だから・・・それに」
女中がカウチの前に小さな円卓を持ってきて、そこに美しいシレジア独特の細工がはいった茶器を置いてシレジアだけでとれる葉でいれた茶を出した。
「ええ」
かちゃかちゃと鎧を着込みながらラケシスはアイラに先をうながした。
「ランゴバルト卿が生きていようと死んでいようとレックスは苦しいに決まっている。100の苦しみが例え99になるだけでも、たった1つでもあいつが楽になるならば、と思う」
「わかるわ」
顔をあげて、アイラを見るラケシス。
「わたしは、ずっとそうだった。あの人が死ぬまでずっとそう思ってきたわ」
「・・・」
「あの人がたった一つでも楽になるのなら、何でもしたいと思っていた。アイラが言っていることは、とてもそれに近い。私が私でいるだけで・・・あの人のことを必要以上に愛しいと思っていてはそれだけであの人は苦しんでいたのだろうけれど。あの人を苦しめている自分が、それでもあの人が少しでも楽になればと思っていたから」
ラケシスの言葉がベオウルフに対するものではないことをアイラは気付いた。けれど、それについてはアイラは特に糾弾するわけでもなんでもなかったし、彼女が言う「あの人」が誰であるかを確認することはとても意味がないことだと思えた。
そして、アイラがそういう人間だからこそラケシスもこの言葉を発したのだろう。
「ありがとう、アイラ。私に頼みに来てくれて。あなたにとって私はデルムッドの母親である以前にシグルド軍の人間なのだということがわかって、本当に嬉しいわ」
「・・・誉められたことじゃあない。私はレックスが心配なだけで、ラケシスを戦いに送ろうとしている女だ」
それでもよ、とさらりというラケシス。
「ラケシス王女は」
めずらしくアイラはラケシスに対して「王女」という正式な呼び名を使った。それに気付いてラケシスはマントをつけて姿勢を正してアイラを見る。
「紛れもない、ヘズルの血を引く立派な騎士だ。あなたと共に戦えることを光栄に思う」
「ありがとう、アイラ王女。こんなに嬉しいことってないわ。マスターナイトの称号をもらったときより、あなたにそういわれる方が嬉しい」
がしゃ、とラケシスは使い込んだ銀の剣を持った。そして、リライブと銀の弓。
「気をつけて」
「行って来るわ」
言葉は少ない。身を案じる言葉を多く出すことはアイラは好きではなかったし、無事を祈らなければいけないほど危険な行為をラケシスがするとも思わなかったから、言葉は最小限でいいとお互いにわかっていた。
そうして彼女は、自分の息子をアイラと女中に任せて補給部隊と共に前線へと出立する。
例え敵兵を切らなくとも彼女にはシグルド軍における役目があるのだ。
それはなんとうらやましいことなのか、とアイラはわずかに思うけれど、軽く首をふる。
そうではない。違う。
わたしには剣しかない。けれど、それが逆に自分では誇らしいのだ。

補給部隊とラケシスが前線にたどり着いた頃は、既に日が傾いている時間だった。
前線の人間はみな疲労が重なっている。食糧はまだ足りていたけれど補給部隊兵が来ることによって前線の雑務担当の兵士が幾分休むことが可能になるのがありがたい。
「ラケシス!?」
シグルドが驚いたように叫ぶ。
「何故・・・」
「わたしは戦わなくとも戦いに参加できるから」
「・・・デルムッドは」
「この軍一番の剣士が守ってくれるし、ザクソン城周辺に危険はないと判断しました。オイフェも許してくれました。将であるあなたに
対して事後承諾をしたことは謝ります」
「いや・・・」
シグルドはラケシスに手を差し伸べた。
「来てくれて嬉しいよ。これから明け方までに片をつけるつもりだったから」
ラケシスは彼の手を握り返す。
「それでも、リューベック城を落とした後の残処理を考えると、今日補給部隊が来てくれたのは助かるな。危険が残らないことを確認するまでは安心できないし、リューベック城も篭城覚悟とはいえ、あの城内にどれくらいの蓄えがあるのかもまったく不明だし」
「わたしがお手伝い出来るかしら?」
「怪我人は大方エーディンと他の看護兵が手当てをしてくれた。・・・きみはリライブをふるうために来たわけではないのだろう?」
「ええ。ご存知でいらっしゃるわね」
「あちらでベオウルフが休んでいる。半刻もすればもう一度リューベック城への突撃を開始するつもりだ・・・いってくるといい」
それへはラケシスはきょとんとしていた。
「・・・きみの夫だろう?」
「・・・いいえ?」
「じゃあ、恋人だろう?」
「・・・わたしの息子の父親です」
相変わらずだな、とシグルドは苦笑する。絶対にラケシスは彼らに対して、ベオウルフと自分が愛し合っているとか恋人だとか夫婦だとか関係を物語るような言葉を口に出さない。それでも、最後に彼女が口にした言葉は正しかったし、そして彼女の頬がわずかに紅潮していることもシグルドは知っていた。
ラケシスは一礼をして下がったが、シグルドに言われたとおりにベオウルフのもとへいく素振りは見られなかった。
ひとまずエーディンのもとにいって状況の確認をするのだろう。

リューベック城の外門が破壊され、シグルド軍がなだれこんだ。
ノイッシュとアレクの双璧が先頭をきり、それに続くのはベオウルフとレックスを中心とした騎馬部隊だった。もちろん、守られた状態ではあるがラケシスもその中で馬を操っている。
そして、それに引き続いて歩兵達が次々に後を追って入ってきた。
城の正門前に兵士達が控えていて、その僅か後ろに正門を守るようにランゴバルトが立っているのが彼らにはわかる。
「・・・っ・・・」
びくりとベオウルフが体を震わせた。
「・・・ベオウルフ?」
それに気付いてラケシスがちらりと声をかけて視線をおくる。
「なんて、もんだ・・・あれが、神器をもつってことか・・・」
「え?」
「お前ら、わかんねえのかよ・・・おっそろしい闘気だぜ・・・」
神器ならこちらだって、とラケシスは言おうとしたが、口を閉じた。
ベオウルフが何をいいたいのかがわかったからだ。
シグルド軍には今、シグルドを筆頭にしてブリギッドとレヴィンまでもが聖戦士の武器を持っている。(クロード神父のバルキリーの杖もそうなのだが)それは、選ばれた者のみが継承出来る、恐ろしい力を秘めた武器だ。
彼らはその武器の凄さを自分達で理解していると思っていた。けれど。
「当たり前だな」
レックスの声は僅かに震えている。
「どんな武器だって、使い込んだ人間の手に馴染むものだ・・・あのクソオヤジはグランベルん中で一番殺戮を繰り返している男なのさ。あのスワンチカで、今までの戦を無敗のまま生きてきた男だ・・・」
「レックス、怖気づくか?親父さんに」
「バカ。そんなもの、最初から恐い。今初めて知ったことじゃない」
「なるほど」
やけに素直に父親の強さを認めるレックスにベオウルフは驚いた表情をした。が、最後に付け足す言葉に納得する。
「近くにいたときは、このクソジジイに負けるわけがない、と思ってたのにな。今はわかる」
そういうものさ、とベオウルフが返そうとしたとき。
「いくよ!」
高らかにアゼルの声が発せられる。彼の馬が駆け抜けてベオウルフ達の前を通過し、正門を守る兵士に向かってエルファイアの炎が放たれた。詠唱が終わった瞬間には既にアゼルは馬を操ってまたレックス達の後ろへ戻ってくる。レックスが手取り足取り教えた馬術をアゼルは文句なく習得していた。それを見てレックスは満足そうに口端で笑う。
そして、アゼルのその一撃が合図となって正門を守るリューベック軍への突撃が開始された。

「・・・ノイッシュ!何をしている!近づきすぎだ!」
シグルドが叫んだ。それは、激戦のあまりに負傷者が多いことに気付いて、かなりの修練と集中力を要するリザーブの杖でクロード神父が味方をおおむね回復をした直後に起こった。
はっとなってレックスはノイッシュの姿を探した。
「やばい!」
ノイッシュの姿を見ただけで状況は飲み込めた。が、何故そこまで危険なことになっているのか原因はわからなかったけれど。それは運がなかった、としか言えない。
最前線の混戦の中で傷を負ったリューベック兵が倒れこんできて、ノイッシュの馬にぶつかったのだ。予想外の横からの打撃に馬が驚き、思いもよらない方向へと転回してしまった。
ノイッシュとて阿呆ではないから、一瞬にして自分の馬が動いた先が危ない場所だということはわかっただろう。
シグルドの怒声を聞く前に慌てて手綱をひいたけれど、運悪くそこにはもう一人リューベック兵がいて、咄嗟にその攻撃をかわした方向が更に彼を死地に近づけた。
「馬鹿者が!」
その声は。レックスの眉根が動く。聞き覚えがあって、そして、この戦いが終われば聞くことがなくなる肉親の声だ。
シグルド軍がここに来てから一度たりと言葉を発さなかった、スワンチカを持つ男は叫び、その聖斧を手から放った!
「・・・ノイッシュ!」
「きゃあああっ!?」
レヴィンを前線に送り込むために騎馬隊の間をすり抜けるようにして舞い踊っていたシルヴィアの足を止める壮絶な瞬間だった。
リューベック兵の攻撃をかわして手綱をひいたノイッシュの背中めがけて、ランゴバルトの手から放たれた聖斧が飛んでくる。
そのスピードは、レックスが投げる手斧の比ではなかった。それはざくりとノイッシュの鎧を切り裂き、衰えないスピードでランゴバルトの手の中に吸い込まれるように戻っていく。
そのあまりにも美しい軌跡は、ブリギッドがイチイバルをひいたときの矢が描く軌跡の美しさの比ではなかった。
ランゴバルトは冷静に、ノイッシュに止めを刺すためにもう一度スワンチカを放つ。
「ノイッシュ!」
「バカ、そんな簡単に前に・・・」
それでも、ノイッシュとて新米騎士というわけではない。二度三度の混乱を回避するために、彼は彼が持ちうるすべての経験と能力で、二度目の攻撃を回避しようと試みた。
彼は背中ではなく脇腹をざっくりと鎧ごとやられていて、見たことがないほどの血を流しながら声もなく苦悶に顔をゆがめていた。彼を救おうと更に前に出てきてスワンチカの射程範囲に入ってしまったのはアレクだ。
ランゴバルトの手腕では、ノイッシュに対しての二度目の攻撃を放った後でも射程範囲に入ってきたアレクへの一撃を繰り出すことも可能だろう。
二度目の攻撃をよけるため、ノイッシュは手綱を放して自らの馬から落ちた。今の彼には、馬を制御して敵の攻撃をよける技術を発揮できる気力も集中力ももはやない。
前線で手負いの騎士が馬から落ちては、それはすなわち死に直結する。
馬に踏み潰されるもよし、敵に囲まれるもよし。
それでも、ランゴバルトの攻撃を回避するにはそれしか手段がなかった。
スワンチカの二度目の攻撃は、ノイッシュが突然馬上から落ちたことでもう一度驚いて興奮状態になった彼の馬の首を掠めて宙を切って戻っていく。
アレクはおちたノイッシュを拾い上げようとして躊躇した。
馬から自分が降りる余裕はない。かといって、手を伸ばして引き上げられるほど、鎧を着込んだノイッシュは軽くない上に傷を負っているから無理にひっぱりあげるのは難しい。アレクに出来ることは、本当にかわいそうではあるけれど、邪魔になったノイッシュの馬の尻を叩いてランゴバルト側に突っ込んでいかせてしばし混乱させることくらいだった。
けれど、彼の思惑は外れてノイッシュの馬はあさっての方向に走り出してしまう。
ラケシスが駆けつけて、アレクが敵の攻撃を防ぎながらノイッシュをなんとか救おうとしているのを助ける。
「のせて!ここを離脱するわ!」
「頼む!」
ラケシスが銀の弓でアレクに向かってきた兵士をアレクの後ろから射て助けた。血だらけになって倒れているノイッシュは最後の力を振り絞ってアレクとラケシスの馬の間でなんとか手を伸ばした。
それへランゴバルトが狙う姿が視界に映る。
「なんてことだよっ・・・」
このままでは、確実に誰かがまたスワンチカに切り伏せられる。
レックスは混戦の中で動けない自分を呪いながら、リューベック軍の決死の攻防に耐えている。
「あんたは出ちゃだめだ、大将!」
ベオウルフの怒声がシグルドに飛んだ。シグルドが我慢しかねてランゴバルトの元に飛び出そうとしたと思ったに違いない。
「違う!レヴィンが行ったんだ!だが、ラケシスが今・・・」
「・・・!」
ベオウルフはちい、と舌打ちをした。シグルドが言った意味を正確に把握したのだ。
ラケシスの力は側にいる兵の士気と集中力を高める。それは彼女と指揮官としての才能が高いシグルドの二人が持ちえる不思議な力だ。
今のシグルド軍でランゴバルトに太刀打ち出来るのはレヴィンだけだ。が、彼とて必ずしもスワンチカの打撃を回避できるとは言い切れない。だからこそラケシスかシグルドが側にいて、彼の集中力を助けてやるつもりだったのに。
ラケシスはノイッシュを馬に乗せてこの混戦から離れようとしていた。ランゴバルトが完全にアレクに狙いを定めているのがわかる。
アレクはぎりぎりか?とスワンチカの射程範囲外に飛び出そうと手綱を返した。そのとき、アレクを庇うように、シルヴィアの舞の力をうけてレヴィンが思いがけないスピードで走ってきた。
「お前の相手は俺だ!」
このままではラケシスからの助力もシグルドからの助力もなく、レヴィンにはなんの恩恵もない。
それでも、同じくスワンチカへ身を晒すことになるならば、仲間を助けながらの方がいいに決まっている。きっと、レヴィンはそう思ったのだろう。
混戦の中で敵将と向き合うのは、魔法使いである彼にはかなりの不利をもたらす。それでも、やらなければいけないと腹をくくったに違いない。シグルドはそのサポートをしようとしたのだ。
「風よ!」
アレクを狙っていたランゴバルトの射程範囲内に飛びいるレヴィン。それはすなわち、聖なる風の魔法フォルセティの射程範囲でもあった。
ごう、と巻き起こるフォルセティが生み出す風の音が最前線の人間の耳をかすめた。
レヴィンとランゴバルトの間の距離は魔法使いが最も戦うのに適した距離だった。
フォルセティの温かい光がレヴィンを包む。
「シレジアの王子か!容赦せぬぞ!」
標的を変えたランゴバルトよりも、レヴィンのフォルセティの方が標的を捉えるのは早かった。
そのとき、レックスはようやく邪魔なリューベック兵をなぎ倒して混戦から飛び出ることが出来た。
「・・・!」
レックスの視界に入ったのは、一対一で対峙している二人の姿だ。
聖戦士の武器を継承した者同士の、壮絶なぶつかり合いがそこに見ることが出来た。
風の魔導書フォルセティは、ランゴバルト目掛けて気流を巻き起こして襲い掛かる。
聖斧スワンチカは、美しい軌跡を描きながらレヴィンに対して空を切りながら凄まじい速度で飛んでくる。
(レヴィン、よけてくれ)
レックスは声を出すことが出来ず、馬をそちらに向けて走り出させるだけが精一杯だ。
レヴィンの俊敏さであればなんとかなるのではないか。
それは甘い期待だった。
「・・・レヴィン様あっ!!」
空からフュリーの声が耳をつんざく。普段はどちらかというと控えめで静かな低い声の彼女らしくない叫び声だ、なんてことをレックスはぼんやりと頭の片隅で不謹慎にも思った。
「レヴィン!」
彼らの視界の中でレヴィンのフォルセティはランゴバルトを直撃した。
体を庇うように胸の前に両腕を組み合わせてランゴバルトは体をわずかに丸めていた。が、魔導の力というものはそんな通常の防御ではあまり防ぐことが出来ない。鎧やマントをフォルセティは切り刻んで、ランゴバルトの体からあちこちと血が噴出した。
「ぐおおおおおっ!!」
ランゴバルトの咆哮。かなりの傷を負い、彼は血だらけで吠えた。
が、間違いなく彼は戻ってきたスワンチカをがっし、と握り締める様子では、もう一撃が必要に思える。
そのスワンチカをかわしきることが出来ず、レヴィンは胸元に斜めに傷を負ってよろめく。
「ぐうっ・・・」
タイミングよく空から急降下してきたフュリーがリライブの杖を振るう。その光によって傷口が塞がっていく感触をレヴィンは感じたが、正直なところスワンチカの威力は想像以上のものだった。回復しきらない体にもう一度スワンチカをぶち込まれては命の保証はないだろう。
もう一撃フォルセティをぶちあてれば。
レヴィンは二度目の詠唱を始めた。フュリーがいてくれて、よかった。彼女が回復をしてくれなければ二度目の詠唱は出来なかったことだろうし、それは彼にとっての死を意味する。ランゴバルトは血まみれのままスワンチカを構えた。
鬼神のようだ・・・。どくん、どくんと心臓が跳ね上がるような、そんな感覚に襲われながらレックスはそう思う。
彼は自分の父親の最期を見るためにレヴィン達のもとに近づいていく。先ほどまでに比べて大分リューベック兵達に動揺の色が走っているのを肌で感じることが出来るほどで、彼にとっては動きやすくなっていた。
そのとき、フォルセティの詠唱を終え、なんとかレヴィンは片手で胸元を抑えながらもう片方の手を振り下ろした!
「風よ!」
この一撃で、ランゴバルトを葬ることが出来るだろう、と混戦の中で未だ剣を振るい続けている誰もが期待をした。
フュリーもレヴィンも確信に満ちた表情で、フォルセティの力を二度も思い知ることになるであろうランゴバルトを見つめる、が・・・
「甘いわ!シレジアのこわっぱめが!!」
ランゴバルトは血まみれの体で叫んだ。
多分、ランゴバルトのその叫びが断末魔のものではないと正確に把握出来ていたのはシグルドとレックスだけだったに違いない。状況を判断しかねている仲間にシグルドが僅かに後方から叫ぶ。
「シルヴィア、レヴィンにきみの力を・・・」
「無理よ、遠すぎるわっ!それに、どうして・・・」
今まさにフォルセティがとどめをさすのに、とシルヴィアは言いたかったのだろう。
「ランゴバルトは、攻撃を無効に出来る!」
「!」
シグルドの声はレックスには届いていなかった。彼は彼の判断でレヴィンとランゴバルトの間に馬を割り込ませるように走っていった。レックスの視界の隅には、ノイッシュへのリライブをエーディンに任せて、レックスのもとにラケシスが走り寄ってくる姿が見える。
ランゴバルトの体の前で、レヴィンから放たれたフォルセティが巻き起こした風ははぱしん!と何かにはじかれたように消し飛んだ。敵からの攻撃を無効化することが出来る能力をランゴバルトが持っていることをその瞬間まで誰もが忘れていた。
リューベック城突撃前には誰もが頭の片隅にあったかもしれないが、レヴィンが飛び出ていったのは、ノイッシュに襲い掛かった予想外の状況のせいで、正直なところランゴバルトと対峙する心構えが完全とは言えない状態だったから、どこかにふっとんでしまっていたのだろう。更に言えばここまで血飛沫をあげ、フォルセティのダメージを直撃して、よもや瀕死の状態でそれが発動するとは誰も夢にも思いはしていなかったのだ。ランゴバルトが血まみれで手首を翻した。
レヴィンは詠唱後の無防備な状態で、スワンチカの射程範囲外に出る余裕はなかった。そこに、レックスが飛び込む。
よく見た、自分の肉親が血まみれでそこに立っている。
レックスは突然自分の額に汗が噴き出すのを感じた。それは、スワンチカに対する恐れだろうか?
「親父、許せよ!」
「この・・・裏切り者めが!」
ランゴバルトのうめき声。そして、グランベルを混乱に陥れた男は、実の息子であるレックスに狙いを定めた。よけられるのかどうかレックスには自信がなかった。けれど、スワンチカの射程範囲内よりも更にランゴバルトに近づかなければレックスは攻撃できない。
どうとでもなれ!とレックスは自分の父親に向かって突進していった。自分が動かなければレヴィンがやられてしまうことは、もはや明確だったからだ。
(悪い、アイラ・・・お前の子供の父親は、親殺しの罪を背負う事になりそうだ)
ああ、これは。
口から心臓が飛び出そうなほどに鼓動が高鳴る。
父親に斧をむけるからか、スワンチカを受けることになるからか、それとも。
ラケシスが数秒遅れてレックスの近くに駆け込んだ。
「レックス!」
それは、ラケシスの声だったのだろうか?それすら、無我夢中で飛び込んだレックスにはわからなかった。ただ、レックスは斧を握り返して、血まみれになった自分の父親をなぎ払う!
そして、自分の父親がはなった最後のスワンチカの一撃は。
レックスの左腕をかすめ、それでも血飛沫をあげて息子の血にそまりながら持ち主の元に戻っていった。
けれど、スワンチカを力強く受け取ってくれる継承者の体からは力が抜けて・・・
・・・勇者の斧でよかった。
一回の攻撃で手首を返して、二度切り伏せることが出来る扱いがよい斧だったから、自分は今生きていられる。
後に、レックスはそうアイラに語ったという。



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