宿命の鼓動-6-

目の前でランゴバルトは生き絶えた。
レックスはスワンチカに切られた自分の左腕から、だらだらと血が流れるのにも気付かずに馬から降りた。
足元にランゴバルトは崩れ落ちて、レックスを傷つけて戻ってきたスワンチカを握ることなく目を開けたまま、自らの死で野望の終焉を迎えていた。
馬を下りてランゴバルトの遺体を確認するレックスに、ラケシスが声をかけた。
「レックス」
「ラケシス、悪い、俺の代わりにこいつを討ち取った名乗りをあげに行ってくれ」
ラケシスは「でも」と一言発して、それから心得た、とばかりに多くのことは言わずに馬を翻した。
「ランゴバルト卿討ち取ったり!!」
彼女の高らかな声。ランゴバルト戦死に気付かない混戦状態の中に彼女は勇ましく割り込んでいった。
ラケシスほど敵将討ち取りの名乗りに適した人間はいないな、とレックスは苦笑した。
ノディオンの姫で、かつマスターナイトで、そして何より馬上に輝くその金髪と、人々の視線を引き寄せるオーラをもつ不思議な人間だ。わがまま姫だと思っても、ここまで使い勝手がいいとなると自然と認めざるを得ない。
「レックスさん、怪我が」
レヴィンにリライブをかけ終えたフュリーがそっとレックスの側にやってきた。
「いい、これくらい。フュリーはレヴィンを安全な場所に乗せていってやってくれ。今は手当てをうける気分じゃない」
「レックスさん」
「いいだろ、ちょっとくらい、感傷に浸ってもさ」
それは本音ではなかったが、この生真面目な天馬騎士を遠ざけるのにはこれくらいの言葉が適していたようだ。
フュリーはわかりました、とその場を引き下がる。
「・・・なんだ、これは俺の血か」
レックスは左手を流れている自分の血に触れて呟いた。
「あんたがくれた体を、あんたが切るんだから、まあ、これくらいなら文句は言わないでおいてやるよ」
そう呟いて自分の父親の遺体の隣に座り込み、レックスは自分の傷に応急処置を始めた。
「できそこないにやられちまうなんてな?」
散々な人生の最後だなあ、なんてことをレックスは思う。
「バカだな。野望なんて捨てちまえば、俺とアイラの子供を見られたものを。絶対、兄貴の子供より可愛いに決まってるのによ・・・しかも、双子だぜ?双子。絶対、見ればあんたでも人間変わると思うぜ・・・って、孫のため、とかいってもっとひどいことしたかもなあ」
そんなことを呑気そうに呟きながら、レックスは止血するために左腕に布を巻いた。
「・・・俺は、あんたのためになんか、泣かない。俺は、あんたのためにだって自分のためにだってもう泣きやしない。泣いて良いわけがない。あんたは悪いことをしたし、俺はそのあんたの血を引いているし、しかも、親であるあんたを殺したんだし」
ぶつぶつと呟くその言葉は、ランゴバルトの耳に届くわけもない。レックスはランゴバルトの瞼を静かに下ろしてやった。
「・・・俺は、あんたのためになんか、泣かない。悪く思うなよ・・・ああ、血がなかなか止まらないな・・・」
スワンチカの切れ味は、今まで戦でレックスがうけたどの斧よりも鋭く、彼の細胞がなんとか塞ごうとしてもなかなか凝固しない。レックスは苦笑して、更にきつく布を縛り上げた。
彼もまたシグルドと同じく、3年ぶりに再会を果たした父親と大した会話も出来ないまま別れを告げることになったのだった。

アイラはレスターとデルムットが寝ている側で、カウチに体を預けて本を読んでいた。
何をしても落ち着かないけれど、それでも自由に動ける体ではないから仕方がない。
コンコン、とノックの音。その心許ない音がシャナンのものだとすぐにアイラは気付いて、入っていいぞ、と答える。
「アイラ」
幼いセリスを抱っこしてシャナンはその部屋にやってきた。側に控えていた女中はすぐにシャナンのために、甘い飲み物を
用意しようと動いてくれる。
子供達のためにラーナ王妃が派遣してくれた女中を最近はずっと部屋に控えていてもらっている。それがあまりアイラには馴染めないけれど、便利だな、と思い始めたのは事実だ。育ちが違うのか、ラケシスはとっくに馴染んでいて本来のお姫様気質でうまく女中を使っているようだけれど。
「どうした?退屈か?」
シャナンは女中の一人にセリスを渡した。セリスは特にシャナンとオイフェになついているけれど、基本的には誰にも人懐こくて扱いやすい子供だ。シャナンはよいしょ、とカウチの側に椅子をひっぱってきて座る。
「ううん、違うんだ。セリスをセリスのおじいちゃんに会わせてあげてきたんだ」
「・・・バイロン殿か」
バイロン卿の遺体は綺麗に処置されて、今は棺の中にはいっている。そこにセリスを連れて行って見せた、という意味だろう。
「だって、セリスはおじいちゃんと会ったことなかったんだし、シグルドのお父さんだってセリスに会えなかったんだもん。せめて顔だけでも見せてあげようかと思って」
「シャナンは、優しいな」
そっと手を伸ばしてアイラはシャナンの頭をなでた。それを少し恥ずかしそうに受け入れてから
「ね、アイラ、髪切ったよね。ずっと聞こうと思ってたんだけど」
「ああ」
「レックスに、あげたの?」
「・・・シャナンは知っているのか」
意外そうな表情でアイラはシャナンを見た。シャナンはこくりとうなづいて
「僕、国を出るときお守り持ってたじゃない」
「・・・ああ・・・兄上から貰ったものだったな」
「あの中に、きっと父上の髪がはいってたんだと思う」
「・・・そうだろうな」
「だから、僕は父上から命を貰って生きているのだと自分では信じているよ」
お守りは逃亡の途中で紐が切れて失ってしまったけれど。それはまるで、シャナンを守ろうと思っていた兄マリクルの息が絶えてしまったことを想像させるかのようで、アイラはそのとき泣きそうになってしまったことを思い出す。
「イザーク王家の人間はみんな髪が長いから、父上に聞いたことがあったんだ。直系に近い人間はみんな髪、伸ばしてるよね」
「ああ、そうだな。王族以外の血統が混ざった者はあまり伸ばしていないけれど」
シャナンはアイラの髪に手を伸ばして、そっと一房つかんでひっぱった。
「レックスは知っているの?」
「いや、知らないだろう」
「教えてあげないの?」
「そういうことは苦手だ。・・・シャナンも、あいつに言う必要はないぞ」
「アイラは」
女中が「こちらにおいておきますね」と一声かけてシャナンのための飲み物を用意してくれた。
柑橘類の果実を絞って、熱い湯で薄めて花の蜜を少し加えた飲み物だ。その香りが室内に広がってアイラの鼻をくすぐる。
「レックスのことが大好きなんだね」
「・・・シャナン、それとこれとは本当は関係がないことなんだ。でも・・・」
アイラ様もどうぞ、と同じ物を女中がおいていく。それを確かめてから小さくアイラは笑った。
「私はレックスのことが好きだな」
それは、本当に稀にしか彼女が口に出さない言葉だったけれど、シャナンはそうであることをあまりよく知らない。
「・・・レックスはいいなあ。アイラみたいなお嫁さんもらえるなんて」
お嫁さん、という言葉にアイラは苦笑をした。
「僕もアイラみたいなお嫁さんが欲しいなあ」
「ははは、シャナンなら、私のような女ではなくてもっと可愛らしい女の子がいいだろう。シャナンは優しいし強いから、きっと
いいお嫁さんが見つかるに違いない」
それはアイラの本気の言葉だった。自分の甥であるシャナンは、アイラの目からみても将来有望な少年だった。剣の腕でも、
心の面でも。いつかシャナンがイザーク王として、妃を迎えることが来るのだろう。その日をこの目で見たいものだ、とアイラ
はそっと心の中で思った。
そのとき、外からどよめきが聞こえる。二人は顔を見合わせた。前線から伝令が戻って来たに違いがない。
悪い感じの声ではないな、とアイラはゆっくりと立ち上がる。
「シャナン、悪いが様子を見てきてくれ」
「うん」
慌ててシャナンは部屋の外に飛び出していった。気付いたセリスがそれを止めたそうな動きを見せたけれど、女中にあやさ
れてうまく気をそらすことが出来た。
アイラは立ったまま、閉まった扉をただただ見つめていた。
祈りは信じない。届かなかったから。
それでも、兄上がシャナンに渡したお守りはきっと効果があったのだろう。
もっとも追撃の手が厳しかったイザーク城を抜け出てグランベル国境までアイラひとりでシャナンを守りぬけたことは奇跡的だと
今でも思える。
イザークを救って欲しいという彼女達の祈りは届かなかったけれど、シャナンを守りたいという、お守りに託された兄マリクルの思いは
彼の命が途切れるまではきっと効果はあったのだろう。
イザーク王族がイザークのために戦地に赴く剣士に頭髪を渡す慣習。
それを行うときは、王族もが死を覚悟したときだと言われている。
命の糸が切れるなら。私の髪で結び目を。髪は私の命の糸。いくさびとへと今捧げん。
そんな言葉を思い出してアイラは苦笑する。自分らしくない上に、今の自分の命は自分ひとりのものではないのに。
「すまないな、お前達。どうも、まだ私は母親になりきれないらしい」
そういって、そっと自分の腹部を語りかけた。
出て行ったシャナンがあわてて戻ってくる足音がすぐに聞こえた。慌しい足音。
それだけでも、ああ、レックスは死んではいないのだな・・・その情報がアイラには伝わる。きっと、レックスが戦死した、なんてことになればシャナンの足取りは鈍るに違いない。彼の足取りは思いの他軽い。
きっと彼がこの扉を開けて言葉は、嬉しくて、けれど、ただ喜ぶにはつらい言葉なのだろう。
何かの予感を感じて、一度アイラは瞳を閉じた。扉の開閉が静かなシャナンにしては気持ちが高揚しているのか、バタンと音をたてて扉をあけてしまう。それに反応してレスターの目が覚めたけれどアイラは気付かない。
そして、次に瞳をあけた瞬間に彼女の耳にはいった言葉は。
「アイラ!レックスが、ランゴバルトを倒したって!」
やはり、嬉しくて、そして。それはとても残酷な言葉だった。

ザクソン城に戻るといい、とシグルドに言われたけれど、レックスはそれは断った。
確かに彼はリターンリングを所有しているからすぐにでもザクソン城に戻ることが出来た。
自分の手でランゴバルトを討ったレックスが精神的に疲労困憊しているのではないかというシグルドのはからいであったけれど、そんな個人の感情云々について言えば、シグルドの父親バイロン卿を殺したのはランゴバルトだと言ってもよいわけだからそのシグルドに「戻るといい」といわれて「はいそうですか」とレックスが応じられるわけもない。
ランゴバルトの死はそのまま直リューベック軍の敗北を意味した。
シグルド軍はそのままリューベック城を制圧して、敗残兵の処理や周辺の町や村への処置など、そのまま兵士達は動きを止めることなく働いていた。
その喧騒の最中でレックスは一休みしているラケシスに声をかけた。
「ラケシス、ありがとう」
「え?」
「・・・姫が飛び出てきてくれたから、俺の斧は親父に当たったようなもんだ。背後から力を感じたよ」
「そんなこと、わかるわけがない」
「わかる。あのときの俺は、すごい体中が高ぶっていて、集中力も何もあったもんじゃあなかった。俺の斧が二回とも親父に命中したのは、ラケシスの支援があったからだ。ありがとう」
そういってレックスはラケシスに手を出した。ふふ、とラケシスは小さく笑ってその手をとった。
「そう言ってもらえるとありがたいわ。・・・生きている価値がわかるというものだもの」
「物騒なこと言うな」
「物騒でもなんでもない。自分の息子をおいてまで戦場に来て何の役目も果たせないなんて、生きている資格があるとも思えないわ」
「姫がいうことは、極端だ」
そういいながらもレックスは手に力をこめた。
「わたし、あなたの斧があたることを祈っていたわ」
「・・・ありがとう」
そっとレックスの手からラケシスは白い手を離した。
「わたし祈ったって神様は聞いてくれないと思っていたし、アイラもそう言っていた。あのとき、エルト兄様が助かることが出来た確率と、あなたがあなたのお父様に最期の一撃を与えられる確率が、そう違いがないってわたし、知っているわ」
それへは反論が出来なかった。
スワンチカをもったランゴバルトはすさまじい闘気を放っていたし、ノイッシュ・レヴィン両名の傷を見れば、どれだけの手腕をもっているのかそれはわかろうものだった。瀕死の状態で大盾の技を使い、スワンチカを衰えもない速度で放つことが出来るあの技術と気力は正直なところレックスがかなう相手ではなかったし、血まみれの状態とはいえ物理攻撃に対する防御力は尋常ならざる男だった。
勇者の斧を二回連続して命中させたことも信じ難かったし、それで彼の息の根を止められる一撃になったことも正直、レックス本人自分の実力とは思えない。だからこそラケシスの力を痛感しているのだ。
「でも、祈りはたまには届くものなのね。アイラにも教えてあげないといけないわ」
レックスは小さく口を開いて、そのまま固まった。
その表情が何を意味しているのかわからず、ラケシスは不思議そうな表情でレックスを見る。
「なに?」
「・・・いや。違う。なんでもない」
「気になるわね」
「姫に対して、本当に失礼なことを言おうとしちまった」
「いいわ。言って頂戴」
「祈りが届いたのが・・・俺のときで、申し訳なかったな、と」
「・・・確かに失礼ね」
「すまない」
エルトシャンの時ではなく、自分のときですまない。レックスはそう言っているのだろう。ラケシスは一瞬むっとした表情をみせたがすぐにそれを緩和させた。
「いい。失礼なことを言われるのはベオウルフで慣れている。・・・もちろん、慣れているってだけで、許してなんかあげないけど」
「それは困る」
ラケシスはそのときリライブの杖を取り出してレックスの左腕に手をのばした。彼の左腕には、スワンチカに食らわされた傷があり、応急処置をしたものの治癒魔法はうけていない。白い布を何重にも巻きつけてあるが、レックスの動きが鈍いことにラケシスは気付いていた。
「・・・左腕、リライブしてないでしょう」
「・・・ああ。いいんだ、これは」
「どうして?あれだけの傷、多分跡に残るわよ」
「男の感傷かな。親父につけられた傷だったら、残しておくのも悪くないかと思って」
ラケシスは黙ってレックスを見た。
それは特に気にせずに、じゃあな、とレックスはみなのもとに戻っていく。その後姿をみながらラケシスは、きっとアイラは彼のその傷が好きだというような気がするな・・・・そんなことを考えていた。

「あんの強欲じじいが、ここまで用意周到だとは思わなかったぜ・・・・」
呆れてレックスは薬草を取り出しながらそう言った。
リューベック城の主な通路には罠が仕掛けてあって、たとえランゴバルトが破れて城が落ちても、お前達も道連れだと言わんばかりの状態だった。
篭城を決め込んだときに仕掛けておいたのだろう。初めに気付いたのはデューで、そういうことに手馴れている彼とブリギッドの二人がひとまず主要通路の罠を調べて取り除いてくれた。それだけで一刻もの時間が費やされる。
が、それだけに留まらず、ついには負傷者が出てしまった。
倉庫につながる長い通路の薄暗い奥の方から矢が飛んできて、不運にもそれを避けきれなかったのはホリンだった。
近くにいたレックスがしゃがみこんだホリンの傷をみてやり、一緒にいたアゼルはあわててデューを呼びに走っていった。
「よかったな、肩かすめた程度で。ったく、シューターみたいな仕掛け作りやがって」
「すまない」
「いいや。エーディンはもうザクソンに向かっているしな、ああ、でも案外、血が出てる」
クロード神父はリューベックの敗残兵までを手当てしているから、人手が足りない。
二人は通路で座り込んで、苦い表情を見せた。まったく、どこまでもお前の父親は、というホリンに対してレックスも、シグルド公子の親父さんを陥れるだけの腹黒さだからな、と嫌そうに答えた。
ごそごそと腰につけた薬袋から薬草やら応急処置用の布を取り出した。ぱさりと小さな皮袋が一緒に出てくるのをホリンは見ていた。
「・・・レックス」
「ああ?」
手早く傷口を沈静・消毒する薬草でふき取るレックスに、ホリンは聞いた。
「この袋はアイラの薬袋だろう?」
「よく知ってるな」
ああ、そういえばこいつも本当はアイラのことが好きなんだったな・・・そんなことをレックスはちらりと思ったけれど、動揺はみせずに処置を続ける。
「イザーク王家の紋章がはいっているからだ。でも、何故?」
「なんかしらんが、お守りだとかいって持たせられた。あんまりそういうのは信じないんだけど」
「・・・」
痛みにちょっとだけホリンは顔をゆがめた。
「なんで?」
「いや、教えてやらない」
「何を?」
「俺が思うに、これにはアイラの髪でもはいっているんだろう?」
「すごいな、なんでそんなことまでわかるんだ。覗いたわけじゃないけど、多分な。この前、髪を切ったんだけど、そのときのものだろう。どうせ子供に栄養がとられて先が細くなっているから切る、とか言ってたな」
淡々とレックスはそんなことを言った。ホリンは彼らしくもなく拗ねたような表情をしてみせた。
「お前は今日はきっと二人の女に救われていたんだな」
「どういうことだよ。ラケシスのことは、わかる。いくら俺でもレヴィンが仕留められなかったようなあんな化け物に俺がかなうとは思っていなかったよ」
「お前の傷がその程度で済んだのは、きっとアイラのおかげだ。少なくともきっとイザークの人間なら、そう思う」
「・・・言ってる意味がわからない。このお守りが何か意味があるのか」
「だから、教えてやらない」
「・・・可愛くねえーっ!」
「いてててて!!」
レックスは乱暴にホリンの傷口を扱う。
「どういうことなんだよ」
「・・・イザークには、王族がイザークのために戦地に赴く剣士に頭髪を渡す慣習があるんだよ」
「それは?武運を、とかそういう意味なんだろ?」
「もっと、濃い話だ」
「濃い?」
「歌がある。俺は歌は得意ではないから歌えないが。娘たちが歌う。だけど、実際の歌の内容を行うのは、王族だけだ」
レックスから視線をそらしてホリンはぼそぼそとつぶやくように言った。
「私たちのいくさびと。私たちを守るため、聖地にむかい、いざゆかん。かの人びとの命糸、幾度の闇がおそうとて」
「うん」
「・・・やっぱり、教えない。言ってるほうが恥ずかしい」
「意地悪いうなよ、ホリン」
そういいながらレックスが右手のひらををホリンの傷口に近づける。それは、「もいっかいぶったたくぞ」という意味なのだろう。
「私たちもいくさびと。賭け得るものは同じもの。命の糸が切れるなら。私の髪で結び目を。髪は私の命糸。いくさびとへと今捧げん」
「・・・」
レックスはホリンを見つめた。ホリンもレックスに視線を戻す。
「・・それで?それがどういう意味だって?」
「阿呆か、お前は」
呆れたようにホリンは言う。レックスは少し頬を紅潮させたままでホリンの肩に三枚に重ねた薬草をおさえて布を巻きつけた。
「お前に、命をわけてやる、とアイラはいってるんだ。それくらいわかるだろう、この阿呆が」
「あいつが、そんなことをするわけがない」
レックスは思ってもいないことを口走った。ぎゅ、と布を結んでホリンの肩から手を離す。それがわかってホリンは軽く腕を動かしてみるけれど、痛みにまた小さく顔をしかめた。
「・・・なんで」
「するわけが、ないだろうが。俺は、ランゴバルトの息子だ」
本気でそうレックスが思っているわけではないだろう、とホリンは思った。ただ、予想もしなかったアイラの思いがあったのだというこに動揺をしているだけなのだろう。
ごそごそと薬袋に道具をすべてしまっているレックスを見ながら、ホリンはゆっくりと仏頂面で言った。
「そして、アイラの恋人なんだろう。だったら、恋人を思うアイラの気持ちを考えればわかるはずだ」
「・・・違う。そういうことじゃない・・・と思う・・・が・・・」
あの不器用なイザークの姫が、イザークを陥れた男の息子をイザークの王族だけのやり方で守ろうとしてくれていたなんて。
レックスは腑に落ちない、と思った。アイラはイザーク王家の誇り高い姫だ。その彼女が、恋人のためだけにイザーク王族の慣習を適用しようとするだろうか?
だって、彼女は。
レックスと体を重ねることが出来なかったほどにイザークの民のことを思うような人間ではないか。
聞きたいこと、言いたいことが頭の中で交錯している。どうにも思考がまとまらない状態でしばらく言葉が出なかった。
レックスは立ち上がった。ホリンも一緒に立ち上がる。
「やばい、俺は、情けない男になってもいいか?」
「・・・うん?」
そういうとレックスはホリンをおいたまま走って通路を戻っていった。調度、アゼルがデューをつれて来ているところに出くわす。
おやおや、どうしたんだか、とホリンはそれを見ていたが
「わあ、レックス、どうしたんだい?」
「アゼル、シグルド公子はっ?」
「え、すぐそこで指示だしてるよ」
「ありがとうよ!」
「一体、どうしたんだよ!」
「俺、ザクソンに戻るわ!」
「ええっ!?」
その会話が聞こえてくる。ホリンは苦々しくむっつりと独り言をつぶやいた。
「お前の意地、とかは関係ないだろうが。子供を身ごもったまま待っているアイラのことを考えれば、シグルド公子の厚意を受け入れるのは当たり前だ」

突然の恋人の帰還にアイラは目を丸くした。シャナンは「レックス、おかえり!」と飛びついていく。
おやおや、いつの間にシャナンはこんなにレックスと仲良くなったのだろう?アイラはそんなことを思いながらゆるやかにカウチから立ち上がった。
「レックス。一体どうしたのだ、一人なのか」
もっと言いたい言葉はあったはずだったけれど。待つことになれないアイラは、待っている間の苛立ちや心配の気持ちというものをどう口に出していいのかわからなかったし、レックスが無事な姿さえ見ることが出来ればそれだけでいいような気すらして、なんだか呑気な挨拶とも取れる言葉を発してしまった。
レックスはシャナンの頭を乱暴になでながらアイラを見た。
「リターンリングで戻ってきた」
無事でよかった、とかそういう言葉はないのか、とちらりとレックスは思うけれど、あえてそれは言うまい。
調度エーディンの代わりの乳母が来ていて、レスターに母乳を与えているところらしく隣室に赤ん坊達は移っていた。
それでも女中が二人残っていて一人はセリスのお守りをしていた。レックスはそれへ「かまうことないからな」と軽く手をあげて制する。
「お前が、お前の父親を討ち取ったと聞いた」
「そうだ」
シャナンを脇にどけてレックスはアイラに近づく。
「なんといえばいいのかは、わたしにはわからない」
「何も、別に言わなくてもいい」
「おい、レックス?」
レックスはそのままアイラを軽く抱きしめて、愛しそうにその髪をいつものように何度も何度も梳いた。アイラは一体どうしたのだ、と困ったように彼の腕の中で何度も何度も瞬きをして、レックスからの言葉を待った。
「・・・邪魔かなあ・・・?」
シャナンは困ったようにちらりと女中を見た。女中二人はセリスを抱えたまま、乳母が赤ん坊に母乳をやっている別室(とはいえ続き部屋なのだけれど)へとシャナンと一緒にそうっと移動する。それを感じ取っていささかアイラはほっとした。どうも、こういうところを他人に見られるのは嬉しいとは思えない。
「レックス?」
「・・・前に、お前は、イザークの民が許してくれるだろうと言ったよな・・・俺が、お前を抱くことを・・・」
「・・・ああ」
「俺が、イザークの民に出来る償いは、親父を殺したっていう・・・イザークを謀略に巻き込んだランゴバルトを討ったっていう今の事実くらいだ。それ以外には何も出来やしない」
「・・・」
「そして、その償いの代わりに、俺たちの子供は、親殺しの罪がある父親を持つことになった」
「そうだな」
「それを知っていてもお前は、イザークの王女としては、俺に親父を殺させたかったんだろう?本当は」
レックスはそっと体を離してアイラをみつめた。それをうけて、アイラは小さく首を横に振る。
「お前がお前の父親に斧をむけるかどうかは、わからなかったし、その、お前には申し訳ないが、お前の実力では無理だと思っていたぞ・・・?」
「じゃあ、どうして」
何故、イザーク王家のものとして、アイラは自分に頭髪をくれたのだ?レックスは口走りそうになったけれど、なんとか喉元で言葉を抑えた。アイラは、レックスがイザークの慣習について知らないと思っているに違いない。
「けれど、戦場では何が起こるかはわからない。そんじょそこらの兵士にお前がやられるとは思ってもいなかった。だから・・・」
「だから?」
「お前に命の危険があるときは、お前が実の父親に斧を向けたときだけだろう、とは思っていた」
「・・・」
「私が考えていたのは、それくらいだ。一体何をそんなにお前は・・・レックス?」
レックスはまたアイラを抱きしめて、何度も何度もアイラの髪を梳いた。
なんとなく、アイラの心の動きがやっとわかったような気がする。
この不器用でどうしようもないイザークの姫は、この戦に対してレックスにお守りをくれたわけではなかったのだ。
あくまでも、ランゴバルトを討つことになったならば。
それが、彼女の髪にこめた願いだったのだろレックスは思う。
お前に命の危険があるときは、お前が実の父親に斧をむけたときだけだ。
そして、それは、イザークの民のための償いの戦いなのだろう。
だから、イザークの王女として、アイラはレックスに髪を託した。
自らの手で償うレックスのために、もしも、それをすることで彼の命があやうくなったならば。
あくまでも、アイラの願いは、イザーク王族としての願いだ。
それが腹立たしいと思う反面、自分はそういうアイラだからこそ欲しくて欲しくて、愛しくて。思いが通じてからはすぐにでも抱きたかったのにそれを我慢することすら愛しくて。だから、今ここに、腕の中に彼女を捕まえることが出来るのだろう。
「どうしよう」
「何だ」
「また、お前のことが愛しくなった」
「・・・・どうしたんだ、レックス」
アイラはほとほとレックスが言っていることがわからない。
「この腕の傷はどうした」
「親父につけられた」
「そうか・・・応急処置しかしていないように見えるが」
「いい。傷跡が残るかもしれないけど。・・・残しておきたいんだ」
そういってレックスはアイラの髪に顔をうずめる。
「そうか。・・・子供達が大きくなったら、その傷を見せるといい。お前の父親が強かったという証拠になる」
そういいながらアイラはレックスの腕を掴んで、彼から体を離した。
「アイラ・・・」
そんな言葉は、誰もが言えることではない。レックスは改めて自分が恋におちたこの美しい姫を選んだことが間違いではなかったと痛感した。イザークだとか、ドズルだとか、そんなことは関係がないのだ、と心から思う。
アイラは一言疲れた、といってカウチに座って体を斜めにしながら背もたれにもたれかかった。レックスはそんなアイラのすぐ前に、彼女に背中をむけて床に座り込んだ。側にいたいけれど、顔をみせたくない、という心境なのだということがアイラにはわかる。
「レックス、泣いているのか」
「・・・まさか」
「泣いているのか」
「泣いていないって」
そういいながら、レックスは涙ぐんでいる。悲しいとか、つらいとか。そういうことは何一つない。男はそうそう涙を見せるものではないと思っていたし、自分の父親が息絶える姿を見たって思い出を思い起こしたって涙は出なかった。というのに。
あまりにも大きいしがらみが。
レックスとアイラの前に立ちはだかっていた大きなしがらみを自分の手で葬ってきたけれど。多分、自分が今泣いているのはそのせいではないとレックスは思った。
これは、愛しさというものだ。
アイラはレックスの後ろから手を伸ばして、無理矢理彼の向きを変えさせた。
「ほら、お前、好きだろう?特別に許してやる」
そういって自分の膝に無理矢理レックスの頭を押し付ける。レックスは抗わないで床に座ったままでアイラの腹部あたりに頭をつけるような姿勢で彼女のいうがままになった。
「・・・子供の心臓の音が聞こえる」
「当たり前だ」
「まいったな・・・」
「どうした」
「涙が止まらない」
「ほら、泣いているのではないか」
「・・・泣いていない」

そういえば、親父がつけたこの傷も、血がなかなか止まらなかったな・・・・。
レックスはそんなことを考えながら、アイラの膝の上で泣き続けた。

ああ、俺は何もわかっちゃいなかったのかもしれない。

ランゴバルトを倒して。今初めて、このイザークの姫の苦しみがわかったような気すらした。


Fin

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モドル


というわけで、一応城単位で細切れにアップ(細かくないという噂もちらほら!!)するためにタイトルつけてアップしてみたのですが、なんか経過報告ってだけで、ひとつの話として独立させてる意味がないような!?反省。
ゲームのストーリーにそって話を書こうとすると、いつもこうだよ!(オウガとか)
ちょっと体力落ちてきたので、バーハラまでまたちょっと休憩(汗)
短い話書きたいです。超ラブラブな。