あなたは知らない

ふと気付くと、戦いの中でも、そうではないときでも、時折レックスが自分を見ている、ということにアイラは気付いていた。
出会った頃からずっと、というわけではないとは思うけれど、ふとしたときに。
アグスティ城にシグルド軍が落ち着くと共に、アイラとシャナンもあまり表立って公表はされなかったが、かくまってもらう形で身を寄せることにした。その間の数ヶ月、半年、とアグストリアのシャガール王が再度挙兵をするまでにかなりの期間があり、何故かキュアン王子とその妻エスリンのみならず、レックスとアゼル、といった帰る場所を持つ人間までもがシグルドの力になりたい、とそこに留まっていた。
初めにあれ、とアイラが思ったのはその頃だ。
ふとしたはずみでレックスと目が合う。
けれど、それはタイミング、などというものではない。
戦以外のときにはぼんやりしていることが多いアイラとて人の視線がまったく気にならないというわけではない。
明らかに、レックスは、自分を見ている。
それは自意識過剰、なんてものではない、ただの事実だ。
目があってもレックスは別段笑いかけるでもなく、ただアイラを見ている。
彼から目をそらすわけでもないし、いつもアイラは然程感情を動かさずにふい、と視線をそらしてしまう。
まあ、仕方がないか。
アイラは思う。
自分はイザークの人間だから、グランベルの人間から疎まれても仕方がない。
蛮族であるイザーク王国が友好都市ダーナで虐殺を行ったという話は真実ではない。それはイザーク王国ではなく、イザークの南西、グランベルに近いリボーの族長の単独行動だ。そして、それを謝罪するためにリボー族長の首をグランベルに父王であるマナナン王が届けたのだが・・・王は戻っては来なかった。そして、それに対するグランベルからの反応もないまま、イザークは残虐行為を働いてグランベルに刃向かったものとして戦をしかけられて今、滅ぼうとしている。
自分が知っている真実を打ち明けたのはレンスターのキュアン王子だけだ。
迷惑をかけているシグルドの心をこれ以上重くさせるようなことはあまり言いたくない、とアイラは彼女なりに思っていた。
きっといつか、真実がわかる。その日まで・・・。
その思いを胸に秘めたまま、未だに彼女はイザーク側の真実をシグルドに打ち明けていない。要するに、自分は今だってグランベルに刃向かった国の王女というわけだ。
だからアイラは。
何故自分を見るのか、と問い詰めたときにレックスの言葉が一体何を意味しているのかさっぱりわかりやしなかったのだ。
「お前のことが好きだから見ちまうみたいだな」
少しだけ呑気に言う、その男の頭がおかしいのではないかとすら、アイラは思ったものだ。
「私はイザークの人間で、グランベルとは交戦中なのだぞ?お前は一体何を言っているんだ」
アイラは眉根を寄せて吐き捨てるように言った。
「そうだな。それは間違いはない。でも、それはそんなに意味があることだと思わないんだが」
「はあ?」
「アイラがイザークの王族だとか違うとか、そういうことはあんまり好きになることと関係がないと思うけれど。相手の家柄やら境遇やらは好き嫌いの対象にならないだろ」
「お前がいっていることはよくわからない」
わからないけれど、なんだか、それはレックスらしい言葉だとアイラは思う。レックスらしい、というほど彼のことは知らないけれど。
その後でも本当に時折。アイラが気がつくとレックスは彼女を見ていて。
いつかしらアイラも別段それが気にならなくもなってきてしまったのは、恥かしい話だけれどぬぐいようのない事実だった。

やがて、アグストリアのシャガール王が逆上して、またもアグスティ城に攻め込む動きを見せ始めた。
戦が始まる。
何故かレックスはアイラに勇者の剣をくれた。それはすぐにアイラの手に馴染み、手放すことが出来ないものになった。
それはとてもありがたいと思ったし、だからといってレックスとどうこう、ということは決してなかったけれど。
戦の中でも、時折レックスの視線を感じることにアイラは気がついていた。
それは気にならない。いや、気にならないどころか、なんだか。
そのことを考えてふとアイラは足を止めた。
(・・・勘弁してくれ)
アイラは剣を振りながら愕然としていた。
私は。
あの男が近くにいて、私を見ていることで、とても安心している。
その思いを振り払おうとして、アイラは走りだし、そして剣を荒く振るう。
気付いてはいけないことに気付いた子供のように、どうしていいのかアイラにはわかりやしなかったのだ。

「クルト王子を殺害したのは、レプトール卿の陰謀に荷担したランゴバルト卿です」
クロード神父の声。
それは、彼らにとってはブラギ神の声そのものと言えるだろう。
「イザークのマナナン王を殺したのもレプトール卿です。彼は、イザークへの遠征の口実がなくなることを恐れ、密かにマナナン王を殺害したのです」
彼の声は悲痛な響きを伴っていた。
アイラはようやく辿り着いた、自分が求めていた真実を目の当たりにしてただ、立ち尽くす。
父上は、いや、イザークは。グランベル内の陰謀のための捨て駒にされたということなのか。
細かいことは、わからない。
けれど、イザーク遠征を行って、グランベルのクルト王子を殺害してその罪をシグルド公子の父バイロン卿になすりつける、というシナリオは初めから用意されたことだったのだろう。
そしてその首謀者はレプトール卿と。
レックスの父親であるランゴバルト卿なのだ。
そしてそのときから。
レックスはとても静かに、苦しそうでも悲しそうでもなくただ静かに、アイラから視線を外すようになった。

シグルド公子達を反逆者として兵を率いて来たのは、こともあろうにランゴバルド卿だった。
誰も、何もレックスを責めない。そう、それは、アイラがシグルド公子の厚意をうけて、保護されたときに誰もアイラを責めなかったように。けれど、アイラは知っている。それはありがたいけれど、とても辛いことなのだと。
セイレーン城に身を寄せて、グランベル国王とどうにか連絡をとろうとラーナ王妃やクロード神父、そしてレンスターのキュアン王子が尽力してくれている。アイラには何も出来ないけれど、早くそれが叶えば良いと思う。
あの日から、ふと視線が絡むとレックスはとても静かに、アイラから視線をそらすようになった。
それはいたたまれない、とか申し訳ない、とかそういった感情とは多少違うように感じる。
どうしていいのかわからない。
その言葉が一番しっくりくるような気がする。
けれど、アイラの方はレックスが自分から視線を外すたびに、心のどこかでくつん、とどうにもならないひっかかりを感じて、そのままにしておくことが出来ないとすら思うようになった。
これは、恋と呼べるものではない。
けれども、たぶん自分はレックスのことは好きか嫌いかでいったら、好きなのだろう。

「どうして、目をそらす」
馬屋で自分の馬を洗っているレックスにアイラは声をかけた。
知り合ってからかなりの月日が経っていたけれど、アイラから話掛けることはそんなに多くはなかった。
レックスはちら、とアイラを見てから、愛馬を洗う手を休めずに答える。彼の馬は気性がとても穏やかで、普段みないはずのアイラがどかどかやってきても何もないようにレックスに洗われている。
「どうしてだろうな、俺にもよくわからんよ。ランゴバルドの息子だから、かな」
「だからといって何故」
「俺には、何も出来ないからさ。親父の罪の償いも、アイラの国への謝罪も、何ひとつ今の俺にはできやしないしな」
「そんなことは・・・」
「だけど、お前を見ちまうんだな。こればかりは仕方がない」
レックスは恥かしげもなくアイラに「惚れてる」ときっぱりと言いきる。
それは今だってそうだし、視線をそっとはずすようになったからといって好きではなくなった、なんてことを彼は言わない。
「お前が俺を見て目が合うと、ああ、また見てたのか、と自分でやっと気付くんだ」
そして、何も出来ない自分を思い出して、ついつい視線をそらすのだと。レックスは別に苦しいとか悲しいとかそういった表情ではなく、ただ淡々と話すだけだ。
「わりいな、アイラも気分悪いだろうな。イザークを陥れた男の息子が、未だにアイラのことを好きだ、なんて言ってるのも、ま、許せないかもしれないけど、本当のことだからさ・・・俺にもどうにも出来ない」
そう言ってレックスは肩をすくめた。
「私が気分が悪いのは、お前が私を見てることでも、私をその、好きだ、とかほざいていることではない」
アイラは小さく苛立ちの表情を見せていった。
「あんまり、イライラするな。馬が怯えるだろ・・・ほざいている、とはご挨拶だな。ちっとカチンと来たぜ」
「・・・お前は、前に言っただろう」
レックスの言葉に対してアイラは答えずに自分の言葉を続ける。
「私がイザークの王族だとかどうとか、そういうことは関係がないと。家柄や境遇は好き嫌いの対象にならないと」
「ああ、言ったな」
「その言葉を聞いて・・・私は・・・」
「感動したか?」
「最後まで聞け」
ぴしゃりと言われて馬を洗っている手をとめて彼女を見るレックス。僅かにむっとした表情なのは、アイラの物言いのせいだろう。
「よくわからないが・・・とてもお前らしいと思った」
アイラは少し恥かしそうに頬を赤く染めながら言う。それは、普段言い慣れていないことを口に出しているからなのだろう。
「俺らしい?」
「・・・ああ・・・その・・・お前のことはわからないが。でも、そう私は思ったんだ」
「・・・正直、嬉しいね。お前にそう言われるのは、なんだか・・・思いもよらなかったけれど」
「だから、好きとか嫌いとか、そういうことは別としても」
なんで別にしちまんだ?といいたげにレックスは眉根を寄せる。
が、言葉がもともとあまりうまくないアイラが懸命に言おうとしている言葉を、彼は注意深く聞こうと彼女を見つめる。
そして。
アイラはレックスの瞳を真っ正面から見て正しく言葉を伝えようと、いつもよりも幾分慎重になって口を開いた。
「目をそらすようになったのは、お前らしくないことだと思う」
「・・・」
「お前が、私に負い目を感じて、お前らしく振る舞えなくなることは・・・その、とても、寂しい」
そういってアイラは、今度は彼女の方からそっとレックスから視線をそらす。
以前そうだったように。
そして、これもまた以前そうだったように、アイラが視線をそらした後もレックスは静かに彼女をみつめているのだ。
「・・・アイラ」
「それだけだ」
慣れないことをした、とばかりにアイラはもうレックスと視線を合わせられずに困っている。その様子がわかったのかレックスはわずかに口端で微笑んで言った。
「アイラ、やっぱり俺は、お前が好きだな」
「・・・そうか」
それ以上の答えをまだアイラはレックスには返せない。これ以上長居することはない、とばかりにアイラは背を向けて馬屋から出ていく。彼女は、決して振り向かない。それがまた彼女らしいな、とレックスは肩をすくめる。
そしてレックスも彼女を引き止めないで、その姿が消えたことを確認してからため息交じりで小さくつぶやいた。
「お前らしく振る舞えなくなることは、寂しい、か」
きっと色々な意味があるのだろうが、間違いなく言えることは。
それは、「お前が私から目をそらすのは寂しい」という言葉と同じ意味だ。
その言葉がどれだけの愛の告白なのか、きっと、彼女は知らないのだろう。
「寂しい、か」
もう一度つぶやく。その言葉はなんてむずがゆくて、そしてどこかしら幸せを含んだ響きなんだろうか?
それからレックスは小さく嬉しそうに微笑んで、また馬を洗いはじめた。
とてもせつなくてもどかしくて、強引に奪うことが出来ないけれど、ひそやかに彼女の恋が始まっていることにレックスは気付いている。
たとえ、彼女が気付いていなくても。


Fin



モドル

他のお話とこれだけちょっと違うレクアイにしてみました。なので、全然他のと性格づけも甘さも進捗状況も違う二人です。
さらーっと書いてみました。
最近の自分は「さらーっと流して読んでもらう」ショートをテーマにして書いています。
全然ドラマティックでもないし、甘くもなく、そして大きなイベントが発生するわけでもない。
それでも、日常の(?)ほんのわずかなお互いを思う言葉で恋愛が動いていくところをたまにはちまちま書いてみたいかな、と。
完全な閑話でした。
次はベオラケかバーハラへの長編が動きますので(汗)最後のあがきでさらっと書いてみました。