耳をふさいでも目をとじても-2-

シグルドは、眠っている自分の息子をそっと抱きしめた。
今の彼にとってセリスは、唯一自分がディアドラと愛し合っていたことが真実だったことを彼に確認させてくれる愛しい存在だ。
仕組まれた謀略の中、ディアドラと出会ってセリスを得ることができた。それは、神に感謝をしている。
父親であるバイロン卿までも失った今、彼にはセリスと妹のエスリンのためにも、1日も早くバーハラに行って何もかも真実を暴かなければいけない。
「ん・・・」
「起こしてしまったか、セリス、すまないな」
「んー・・・」
寝ぼけているらしく、返事はなんだか心許ない。もう一度眠りにはいってしまいそうな様子だ。
シグルドは小さく微笑んでセリスをベッドに戻してやった。
「いつか、お前がティルフィングを振るう姿を見られたら、わたしはとても嬉しいな」
次にセリスが目覚めたら。
それが彼らの別れの時だ。オイフェとシレジアの天馬騎士数人に守られてセリスをイザークの辺境の村まで送り届けてもらう。
セリス達を守るのに、それが最も良い選択肢だと思えた。
もう誰も失いたくはない。
こんなにその思いを強く感じたことがないと思えるほどに、彼は今胸が熱くなるほどに自分がその思いに支配されていることに気付いて苦笑した。
それからシグルドはティルフィングと銀の剣を腰につけ、それから愛用のマントを肩にかけた。
別れの時は、すなわち、出陣の時なのだ。

涙を見せるわけはないし、見せたくないと思っていた。
女々しいという言葉は嫌いだったし、もちろん自分がそうなることだって許せないと思っていた。
それでも、愛しいという気持ちはこんなにも人を強くも弱くもするものなのだ、とアイラは自分の変化に愕然とした。
オイフェとシャナン達がリューベック城をたつときに、シグルド軍全員が見送ってくれた。それはなんだかやけに呑気な光景だったけれど、仲間達が間違いなくシャナンを愛してくれていたことを痛いほどにアイラは感じる。誰もがシャナンに一言づつ声をかけていた。誰一人それをしなかった人間はいないことをアイラは気付く。
そして、そのことがあまりに心に痛くて、一筋だけ涙が出た。
天馬騎士の天馬に一緒に乗せてもらって去っていく小さくなったその姿を見ながら、アイラは自分が泣いていることに気付いた。
「・・・まいったな」
みんなはもうリューベック城内に戻って、すぐさま出陣の準備を開始していたけれど、アイラの気持ちを慮ってレックスがそっと城の外でアイラの後ろでそっと待っていてくれていた。
エーディンとジャムカ、そしてラケシスもアイラのように皆が去っても名残惜しそうに見送っていた。それはそのはずで、天馬騎士5体のうちの2体には、レスターとデルムッドを抱きかかえたシレジアの女中達も乗っていたのだ。
エーディンもわずかに涙をみせながらジャムカと共に城に戻っていった。そしてラケシスは涙を見せず、何も言わず、たったひとりで城の中に戻る。ベオウルフは彼女の隣にはいなかった。ああ、あいつはそういう男だな、とアイラはぼんやりとそう思ったものだ。
「レックス」
「うん?」
「涙が出たぞ」
それこそなんだか呑気な報告だ。
「やっぱり悲しいか。シャナンと別れるのが」
「いいや。また会うための別れだ。悲しくはない」
「じゃ、なんで泣いてるんだよ?」
小さく笑ってレックスはアイラの髪をなでた。アイラはふるふる、と小さく顔を横にふって「内緒だ」と無理矢理小さく笑った。
ほんの一筋涙がこぼれた跡が残っていたけれど、アイラの表情はもう凛としていて、悲しみにくれているものではない。
それがわかれば、それだけでいい。レックスはアイラの肩を軽く抱くように
「中に入ろうぜ。体が冷える」
「・・・ああ」
「俺も準備しなきゃいけないからな」
「そうだな」
「側にいてやれなくて、ごめんな」
「馬鹿なことを言うな。お互い、しなければいけないことをするだけだ。それになんの文句があると思っているんだ?」
「お前らしい」
二人はリューベック城に入って部屋に向かう。アイラはあまり肩を抱かれるのは好きではないし、人前で腕を組んだり腰に手を回されることを嫌がる。レックスからすると、身重の彼女が気になってついつい手を伸ばしてしまうらしいが、アイラからすれば邪魔だ、ということらしい。
「みんな、驚いてたぜ。お前がここに残るって聞いて」
「・・・そうだろうな。だが、お前を選んだ、と思われるだけなのは本当は心外なのだが」
「知ってる。・・・お前はなんで、もっと楽に生きられないんだろうな?本当に・・・馬鹿だな」
「お前こそ」
二人は顔を見合わせて笑いあった。
「ホントにお前は物好きだな。よりによってオヤジが死んだ城で子供を産みたいなんてな」
「すまないな」
ランゴバルトがふるっていた聖斧スワンチカはレックスが保管していた。レックスはそれをふるう権利がない。兄であるダナンはレックスが知る限りでは聖痕がなかったけれど、今はどうだろう?聖痕は生まれながらにしてもつ者もいれば、成長してから授かる者もいるという。少なくともレックスにとってはスワンチカは別段興味の対象ではなかったし、もっと極端なことをいえばこの先永遠にそれをふるう人間がいない方がいいとすら思えていた。
「子供達を産んで、少し私が回復したら、すぐにお前の後を追う」
「無理すんなよ。とりあえずフィノーラ城までいったらフュリーを戻すから」
「エーディンに聞いたところによると、子供を産んでから普通に体が戻るまで40日程度はかかるようだ」
「だろ?」
そこまで話したときに部屋にたどり着いた。レックスは扉を開けてアイラを中に先にいれてやる。
アイラは部屋にはいると最近ずっとお気に入りで座っているカウチに腰掛けて、すぐに体を休めた。それから、そっと足をさする。赤子二人分と自分のもとの体重を支えているのだ。疲れているに決まっていた。
輪郭も以前よりずっと丸みを帯びていたけれど、もともと肉がつきにくい体なのかエーディンやラケシスの出産の際よりもアイラはあまり太った感じをその顔からはうけない。
「それでも、10日もしないで普通の生活に戻れるようだし」
「バカ。砂漠渡るんだぞ。普通の生活とは違うだろ。たまにはいい子にしてろ」
「ずっとしてただろうが」
「・・・そうだけど。それに、簡単に砂漠を渡りきれるとは思っていない。砂漠を渡らせないことが、一番レプトール側にとっては重要なことだからな。ワナとか待ち伏せされてる可能性だってあるし・・・何度か戻ってくることになるだろう」
「わかってる」
「子供が生まれるとき、お前を一人にしちまうけど・・・許してくれるんだろう」
「だから、それは愚問だと言っている。安心しろ」
本当は、レックスにいて欲しかった。それはきっと女だったら誰もが思うことだろう。けれど、もう自分の心が揺らがないことをアイラは気付いた。そして彼女の決意を感じて、その潔さと強さにレックスは今まで以上にアイラを愛しいと思う。
レックスはアイラの髪をひっぱった。
「うん?」
「たまには。俺、これから出陣するんだぜ?」
くすりとアイラは笑顔を見せる。そっと彼女が手を伸ばすとレックスは膝を屈める。アイラは少しだけ腰を浮かせた。
そして、アイラからのめずらしい口付け。ほんのわずかに触れただけで、疲れたようにアイラはカウチに体重を戻す。
「さって、準備するか・・・お前達もおとなしくしてろよ?」
レックスは嬉しそうに笑って、アイラの腹部を一度だけなでた。
それからのびをして、使い込んだ軽い鎧を身に付け、勇者の斧に手を伸ばす。
それまでアイラは何も言わずにじっと出撃準備の一部始終を見ていたが、ついに穏やかな声で言う。
「その斧はお前に似合っているぞ」
「めずらしいこと言うな。ありがとう。ま、最後までこの斧と添い遂げるつもりだ」
父親にとどめをさした斧を手にしてレックスは少し表情を強張らせた。
「もう少しだ、もう少しで終わるよ、アイラ。俺が、イザークの無罪を証明してやる。まあその・・・シグルド公子を助けるってことしか出来ないけどな」
「ああ。わかっている。レックスはレックスが出来ることをしてくれ。わたしもわたしが出来ることをする。・・・行って来い」
「ああ」
レックスはしばらく無言でアイラをみつめた。アイラも視線をそらさない。
わずかな時間みつめあったけれど、お互いに言葉がみつからないようで口を開こうとすら彼らは出来なかった。
「んじゃ、いってくるわ」
レックスは斧を手にしてアイラに背を向けた。これ以上あまり話をしない方がいい。そう思えてしまう。かけたい言葉は山ほどあるけれど、もはや彼らにとってそれはあまり意味をなさないような気がする。
「レックス」
「んー?」
「愛しているぞ」
「・・・」
レックスは扉を開けようとした手を止めた。
彼の背中にあまりにもあっさりと投げられた言葉の重みを嫌というほど感じてしまい、振り返って彼女の顔を見ることが出来ない。
何故か胸が痛み、更にはびり、と指先が痺れるような感覚が襲う。
なんてことだ。心と体は繋がっている。
レックスは苦笑した。
「俺のほうが絶対お前のことを愛してるぞ」
「負けず嫌いだな、お前は」
「ああ」
「でも、私は私のほうがお前を愛しているような気がするのだが」
「じゃあ、この戦が終わったら神父さんにお願いしてブラギの神様にでも聞いてみるか」
「ははは、そんなことでいちいちお伺いをたてていたらブラギ神とやらも迷惑だろうがな」
振り返ることが出来ない自分を、一体アイラはどんな顔で見ているんだろうか?
「じゃあ、行ってくる」
「ああ。行って来い」
やはりアイラは気をつけて、とか頑張って、とかそういう言葉は言わない。行って来い。それだけだ。
ああ、これ以上二人でいたら、決心が鈍る。
レックスは決して振り返らずに扉を開け、慌てて外に出てばたりと閉めた。
すぐにでもこの部屋から遠ざからなければ。
だって。
アイラの最後の言葉は、かすかに震えていたではないか。
それでも、きっとわずかに泣きそうになった恋人を抱きしめる暇は今の彼にはなかったし、それはやってはいけないことなのだ。

砂漠の南から北上を続けていたキュアン率いるレンスターのランスリッターは、エスリンと別れの挨拶をしていた。
これから一人の騎士を伴にして、エスリンはレンスターに戻るために南下することになっていた。
「じゃあ、あなた、お気をつけて」
「ああ」
アルテナにも挨拶をしたいな、とキュアンはエスリンの腕の中の愛娘を覗き込むけれど、彼女はすうすうと寝息をたてていた。
「フィンを助けてやってくれ」
「わかっているわ、それじゃあわたし、先にレンスターに」
戻るわね、とエスリンが言葉を続けようとしたその時。
「キュアン様!」
一人のランスリッターが声をあげた。その声はわずかに裏返っている。さっとキュアンの表情が強張り叫ぶ。
「どうした」
「南の空に、何か!」
「・・・なんだ、あれは・・・」
ざわざわとランスリッター達がそちらを見た。
黒い点。小さな小さな黒い点が、少しずつ少しずつその形をあらわにして迫ってくるのがわかる。
「・・・なんてことだ・・・あれは」
トラキアの竜騎士。
キュアンは舌打ちをした。
「国境付近は我らの軍が守っているはずだ・・・・まさか、わざわざグランベル側に迂回をして・・・!?」
それは、考えられない出来事だった。
レンスターはいつでも南のトラキアからの侵略に怯え、国境付近にランスリッター達の多くを派遣して防衛線を引いている。
何かトラキア側がレンスター方面へ動きを見せたときは、すぐさま報告がくるようになっていた。だからこそ空からの奇襲を何度受けてもレンスターは長年にわたってトラキアの攻撃を退けつづけられたのだ。
が、砂漠に入るまでにレンスターから何も報告はなかった。どんなときでもレンスターで最も早いといわれる駿馬達は国の中心とトラキア国境付近に控えているから、例え国から離れても報告が届かないなんていう事態にはならないはずだ。
いくらなんでも砂漠に入る前にトラキアから出立しなければ今ここにやつらも来られるわけがない。
となればトラキアの北にある、レンスター側をまったく通過せず、北西にあるグランベルとの国境付近を迂回して回りこんできたとしか思えない。
(グランベル側は、そこまで本気なのか・・・?)
キュアンの頭をよぎったのは、その竜騎士達がシグルド軍を倒すためにグランベル側に雇われた、ということだった。
他国の傭兵、しかもトラキアの竜騎士団を率いているのはこともあろうにトラキア国王トラバントだ。傭兵といえど、それは国と国との契約に他ならない。
「キュアン!」
彼がそんなことを考えている間に、トラキアの竜騎士団はその姿を肉眼で見えるほどまで近づいて来ていた。
「エスリン、逃げろ!砂漠の中では、我らは戦えない!」
やはり、砂漠の手前で別れるべきだったのだ。それを悔やんでも仕方がない。
馬は砂漠の砂に足を取られて満足に動くことが出来ない。それは逆に逃げろとエスリンに言っても無駄だということだとキュアンはわかっていた。それでも、ほんの僅かの希望でも、という思いが彼の言葉を作る。
「で、でも・・・あなた・・・」
「エスリン、ヤツらはハイエナだ。女子供と言えども容赦はない」
ランスリッター達は、みな状況を察して騒ぎ立てはしないもののキュアンの言葉を待っていた。
けれど、当のキュアンは今、エスリンとアルテナを守ることで頭がいっぱいになっている。それに気付いてエスリンは小さく微笑んで言い聞かせるように自分の夫にゆっくりと語りかけた。その笑顔は、身に降りかかっている危険を一瞬忘れさせるように可憐で、それでいてとても強い決意を秘めた表情すら垣間見せた。
「キュアン、あきらめないで、大丈夫よ。みんなで戦えばなんとかなります。最後までがんばりましょう」
その言葉にはっとなってキュアンは一度深呼吸をする。
ああ、多分、今自分は取り乱していた・・・。それを知らせてくれたのは、愛しい妻だ。
きっと、逆に砂漠に入る前に別れてしまっていては、もしかして彼女もトラキアの竜騎士団の手に落ちたのでは、という思いで自分はいてもたってもいられなくなってしまっただろう。
そう思うと、彼女がここにいてくれることは本当はとてもありがたく、そしてこんなときでも自分に勇気をくれる愛しい妻を誇りにすら思う。
「エスリン・・・すまない・・・。みな、出来るだけ固まって、少しずつでいい、北上をするぞ!立ち向かおうとするな。逃げることは恥ずべきことではない。やつらを倒すことが目的ではない。自分の命を守ることが目的だと思え!」
「キュアン様、やつらが、下降してきます!」
「急げ!あせって馬を操り損じるな!それが一番危険なことだ!」
低空飛行に切り替わった黒い悪魔達が、キュアン達に迫ってくる。
そして。
砂漠の悲劇が、まるで抗えない津波のように彼らを包み込んだ。

目の前で。
自分の部下達が、竜騎士達によって命を奪われていく。
幾度となく戦の中で見た光景だったけれど、まさか。
この砂漠で、背後から狙うほどに卑怯な行いをするとは思ってはいなかった。
それは、自分の甘さだ。
荒廃したトラキアを生きるトラバントと、トラキアの脅威に脅かされながらも穏やかなで豊潤な土地を持つレンスターに生きる自分との差を見せ付けられた気がした。
自分は何度となく、やつらをハイエナだと言ってきた。手段を選ばない卑劣なやつだとも。
ならば。
ハイエナに背後を見せてしまった自分の責任に決まっているし、責めることも出来やしない。
自分達が持つ騎士道やらなにやらは、一切トラバント達には関係がないものなのだ。
まるで死体に群がる鳥のように。
一人の騎士に何人もの竜騎士が襲い掛かってその命を削っていく。
ゲイボルクをいくらふるってもふるっても、身動きが出来ないこの砂の中では自分の戦いが出来ない。
荷を軽くしようとして、あまり多くの武器を持ってきていなかった部下達は次々と倒されていく。
それでも馬が生き残ってうろうろしているから、一体何人が今生きているのかわかろうはずもない。
一体誰が死んで誰が生きているのかも把握することが出来ないまま、ただ自分に群がる竜騎士を倒すだけだ。
視界に飛び込んでくるのは飛竜の黒っぽい姿ばかりで、既に自分にはエスリンがどこにいるのかすら見失ってしまっている。
それは、この状況ではどうにも出来ないことだった。歯軋りをしたところで、何も起きやしない。
そのとき、無慈悲な声が頭上から響いた。
「キュアン王子!ゲイボルグを捨てよ!さもなければ、お前の娘を殺す!」
声が聞こえる前に自分へ槍を向けたもう一体の竜騎士を倒して、その手を止める。
お前の娘を殺す?
一瞬意味がわからなかったけれど、思わず漏らした自分の声で、残酷な現実を受け入れた。
「何・・・アルテナが・・・?・・・そうか」
そうか、エスリンは。
ふと気付いて周囲を見ると、自分の反応を見るように竜騎士からの攻撃の手は止んでいた。
が、その間も部下達は悲鳴をあげながら命を落としている。
鼓膜に焼きつくのは部下達の叫び声と、奴等が操っている飛竜の羽ばたきだけだ。
すまない。
その言葉しか思いつかない。
レンスターの民、病床にありながら自分の遠征を許してくれた父、そして信じてついてきてくれたランスリッター達。
国に残ってくれたフィン、そしてリーフ。
死への恐怖がないと言えばそれは嘘になるけれど、自分の脳に繰り返される言葉は、恐怖の心を表す単語ではない。
ただ、すまない、と。
自分に関わるありとあらゆる愛すべきものへの謝罪以外に頭には何も浮かんでこなかった。
シグルド、すまない。
君の力になるどころか、君の妹を私は守ることが出来なかった。
そして。
君の妹が与えてくれた、愛しい娘さえも。
視界の隅で、馬から崩れ落ちる部下の姿が見えた。だというのに。
ああ、あれが最後の口付けになったのだ。
そんな間抜けなことを思っている自分に、自嘲気味の笑みを浮かべる。
そして、その手からゲイボルグは離れ、砂漠の砂の上に力なく横たわった。

「砂漠の様子を見てきましたが・・・ここから少し離れたところにある崖に、魔導士らしい兵士の姿がちらりと見えました」
「そうか・・・。やはりな」
フュリーがいてくれて助かる。
崖の上に魔導士がいる、となれば遠距離魔法であるメテオでも唱えてくるのだろう。
そして、こんな近くまで兵士を派遣しているということは、砂漠のいたるところに既に自分達を迎え撃つためのグランベル兵が配置してあるに違いない。
「これは、やはり予想通り一筋縄で砂漠を通ることは出来ないようだ」
「崖の上となれば、フュリーにいってもらうしかないが・・・」
レヴィンは僅かに険しい表情を見せた。
「行けるか?」
「ええ。もちろんです」
その言葉はとても頼もしい。エーディンがリブローを持っていることをシグルドは確認をした。
「我々も移動を始める。フュリーはその魔導士を倒しに行ってくれ。くれぐれも魔法をくらわないように」
「わかりました」
「気をつけていけよ」
とはレヴィンの声だ。シグルドは全軍に移動開始の声をかけようと周囲を見回す。そのときだった。
「南の空から、何かやってくるよ!?」
デューが声をあげる。
それに反応してみな空を見上げたけれど、デューが言うようなものは見当たらない。
「何言ってんだ、なんにもきやしないぞ」
ジャムカは笑ってそう言った。それへ僅かにふくれっつらをみせてデューはばたばたと足を踏み鳴らす。
「なんだい、ジャムカ弓兵のくせに、目え見えないのかよっ!」
けれど、誰もが何もないぞ、と首をかしげる。
「大体空飛ぶなんてのはシレジアの天馬騎士団と・・・」
と口に出したジャムカの表情が強張った。
「・・・竜騎士だ・・・あれは・・・」
「何!?見えないぞ?」
どうやらデューの視力には及ばずとも、ジャムカもデューの言うとおりさすがの弓兵らしく遠いものがよく見えるらしい。
それにうなづくのは、これまた弓兵であるミデェールだ。
「黒い点々が近づいてきます・・・天馬の色には見えません」
ブリギッドがシグルドを見た。
「竜騎士がかなりの数、こちらへ向かっている。公子、砂漠入りはしないで、城前で迎え撃ちましょう。砂漠にはいってしまっては身動きがとれなくなってしまう」
「・・・わかった。フュリー!君もまだ行かないで残っていてくれ」
「はいっ」
少しずつ黒い点が見えるようになってきた。竜騎士達と戦った経験はあまりないけれど、天馬と同じように羽根の筋肉を射抜けばそのはばたきを止めることが出来るはずだ。
「城の前まで一気に後退して弓兵は並べ!デュー、やつらが持っている武器が見えるようになったら教えてくれ!」
「まかせとき!」
それによって陣形を変える必要があることをデューも知っている。
「トラキアの傭兵軍団が、雇われたか・・・」
「やつら、ナイトキラーを持っているよ!」
「何!?・・・アレク、ノイッシュ、ベオウルフ下がれ。フュリーははぐれないように出来るだけエーディン達を守るように後ろに入ってくれ!それから、ラケシス、決して直接攻撃をうけないように、射掛けたらすぐに下がれ、わかるな!?」
迅速な指示が飛ぶ。
相手が間接攻撃を出来ないとなれば、ヒットアンドアウェイで間接攻撃を出来るアゼルやミデェールが頼りになる。
また、ジャムカやブリギッドの弓は確実だから、相手に囲まれなければ間違いなく打ち落とすことが出来るはずだ。
「ホリン」
「まかせておいてくれ」
ホリンが小さく笑う。彼の手には、東方の国から流れてきたといわれる、空を飛ぶ物を切り裂くためだけに作られた、通称ツバメ返しと呼ばれる剣がある。
それに、レヴィンの魔法も加わって、この戦の主戦力が誰になるのか、全員が把握をしていた。
シグルドは緊張に表情を固くした。
空を飛んで近づいてくる姿がだんだんと大きくなり、いまやその人間の大きさまで見えるくらいになった。
「来るぞ!全軍ぬかるな!騎馬兵は間接攻撃だけ行ってすぐに下がれ!馬で前線に留まっていいのは、レックスだけだ!!」
それには理由がある。
槍と斧との戦いは斧の方に分がある。レックスの打たれ強さは今やアーダンには負けないほどだったし、それにいざというときに彼はリターンリングを持っていてすぐにでも城内の安全な場所に戻ることが出来る。レックスは飛竜の固い鱗を切り裂くために、勇者の斧ではなくて更に固いものを切り裂ける銀の斧に持ち替えていた。何も言わずともわかっている、という様子だ。
前線で迎え撃つためにホリンとアーダン、シグルドとレックスが並んだ。その後ろに弓兵がずらりと並び、レヴィンだけがまったく気兼ねなく好きなところにいる。アゼルも同じように陣形から飛び出ていた。
弓兵の後ろにわずかに隙間をあけてエーディンとクロード、そしてシルヴィアがいて、フュリーが守るように側に飛んでいる。
そして回復部隊の両側に騎馬隊が並び、少し後ろに下がっていた。
はばたきの音が大きく聞こえる。
どう見ても戦闘態勢に入っているように見え、まったく友好的なサインは相手にはない。
向こうが手を出すまで待つ、なんてことをしていたらとんでもないことになる相手だとシグルドは判断した。
「ミデェール!」
シグルドの声に反応して、ミデェールが横を回って馬を走らせた。
竜騎士団の先頭に向かっていき、途中で銀の弓をしゅぱん、しゅぱん、と二度射てすぐさま引き返してくる。
引き返すために手綱を引くのが早いため、ニ発目が命中したのかどうかはミデェールは目では確認できない。けれど、彼の背後で敵兵の叫び声と、何かが落下した音が聞こえる。ああ、私の弓はうまくあたったのだな。とそれで判断できた。
ミデェールが戻ってくる前にラケシスとアゼルが同じように飛び出る。ラケシス、マスターナイトに昇進してから弓を扱えるようになって重宝されている。馬上からの射的をシレジアで何度も何度も練習をしていて、今ではミデェールにも劣らないほどだ。
一方のアゼルもシレジアでレックスに付き合ってもらいながら何度も何度も馬上からの魔法詠唱の鍛練を繰り返した。
残念ながら、空を飛ぶ物に有効な魔法を彼はあまり得意としないけれど、魔力を増幅させる力をもつ指輪をつけた彼の手から放たれる炎の魔法は、何もかもを焼き尽くす勢いすらもっている。それは、生きている飛竜でも。
後続の飛竜達は一気に間合いを詰めてきた。
ラケシスとアゼルがそれぞれ更にもう一騎ずつ落として戻ってこようとしたとき。
ジャムカとブリギッドは並んで弓を放った。
ばたばたと落ちていく飛竜達の数よりも、接近してくる人数の方が多い。
ついに竜騎士はシグルド軍と正面衝突をして、まずはホリンに襲い掛かった。
急下降して近づいてきた竜に向かってホリンは走る。すれ違いざまに槍がホリンに向かって振り下ろされる。
ホリンは冷静にそれを紙一重にかわし、地面を蹴った。彼は華麗に飛び上がり、まるで竜に乗り込むかのように、竜が最も低空になった地点で片側の羽根の上を通過するような跳躍を見せる。そして、その羽根の上を通過するときに。乗っている兵士ではなく竜の羽根の付け根を鮮やかに切りつけた。
そして手首を返すと、攻撃をして再び逃げるために上昇しようとした竜が叫び声をあげる。
ぎゃああ、とも、ぐおおおお、とも聞こえない、竜特有のつぶれたような音。
落下してくる竜に巻き込まれないように、着地してからすぐさま身を翻して走り出す前に居た場所にホリンはとん、と後退する。
シグルドもレックスもついに交戦となり、槍をかわしきれずに幾分傷を負ったけれどそれぞれ兵士を叩き落す勢いで武器をふるった。
けれど、一向に竜騎士の数は減らずに後から後からどんどん飛んでくる。一体何騎いるんだろう?と思わずにはいられない。
真正面から襲い掛かってくると思っていたが、その動きが少しおかしい。
シグルドは敵が左右に分かれて囲もうと動き出したことにすぐさま気付いた。
「回り込んでくるぞ!シルヴィア、中心で踊って弓兵に力を与えてくれ!」
返事はない。もう、シルヴィアは一種の陶酔状態にはいったかのようにステップを踏み始めていた。
そのとき。
空を引き裂く雷鳴が轟いた。
「!!」
「ティルテュ!」
「お城のまん前で戦ってたら、黙って見ているわけにいかないじゃない!」
もう一人の頼もしい魔導士がリューベック城から走り出てきて、駆けつけついでにトローン一撃で回り込もうとしていた竜を叩き落す。
それを確認したアゼルは、自分の愛しい妻が飛び出てきたことに対して腹を立てたりはしなかった。
いや、むしろ、惚れ直したかもな、なんて心の中でつぶやいていたのだけれど。
そしてそのトローンの閃光を背にして、シルヴィアは自分の力を分け与えるかのような、生命の躍動を感じさせる舞を踊りつづけるのだった。


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モドル

キュアンとエスリンにはあっさりと他界していただきました(苦)こちらは、またあとで別物としてぐだぐだ書くつもりですので。
いやー、しかしかけばかくほどゲームから離れていくんですが、どう考えてもフィノーラ城あたりまでに全員子供二人づつ産んでしかもイザークに逃がしたりシレジアいったりとしているなんて、絶対ムリだよ〜。
それから、あえて最後ティルテュのことを「妻」と書いてみました。
この二人は、シレジアで幸せな結婚していて欲しいと思ったのです。(だからある意味小田原さまがくださったいただきもの小説は個人的にはタイムリーでびびったんですが)挙式してるのってエーディンとティルテュだけかな。
一番そういうことに素直で、そして一番シレジアにいる時期が幸福だったカップルだと私は信じているので・・・。あ、あとクロシルも。
(ベオラケに幸福な期間は存在しないような:笑)
親世代で最も花嫁姿が似合うのはティルテュじゃないかなあ、なんて。個人的には時点エーディン・フュリーなんですけど。
さすがにフィノーラ城までに、竜騎士団戦と魔導士戦両方書かないといけないんで、さくさくと戦闘シーンを割愛気味に。
たまにはホリンを書いてみましたvvグラフィックはぴょーんと飛んでいるイメージでお願いします。