未熟の時

年越しのために前日からセイレーン城内はばたばたしている。なんだかんだ忙しくてシグルド達に何も説明していなかったな、とレヴィンは朝からシグルドの部屋にやってきた。
「やあ、大変そうだね
年を越してすぐに、国のあちこちで執り行われる儀式があるとシグルドは聞いた。そのことを言うと、レヴィンはどっかりとシグルドの部屋のソファに腰をかけて話し始める。
シレジアは他国と同じように暦を冬で切り替えることになっており、年を越す前には各家庭でちょっとしたことを行う風習があり、そして年が明けるとみな家から出て、近くの教会や、儀式を執り行える、位が高い人間の元へとゆくという。
「おかげでこっちは翌日の昼くらいまで不眠不休さ。出来ても仮眠くらいだ」
とレヴィンは心底嫌そうな顔をシグルドにしてみせた。
「仕方がないんだろう?ラーナ様もそれを行うのかい?」
「ああ、そうだよ。ま、あの人はシレジア城にいて、近くにはいくつか教会がある上に一応遠縁の貴族もいるし、まあすぐに交代すると思うからそんなに朝までかかるってわけでもないと思うけれど。ここ(セイレーン城)のあたりはさ、あまり教会やら何やらないからな。どんなにみんなが他のところにいってくれても、今回は絶対に俺のところに集中するってわかっているし」
「ははは、それは君が国を留守にしていた放蕩王子だからだろう?」
「はっきり言うな、公子よ」
レヴィンは肩をすくめてみせた。
「ま、とにかくさ。俺も面倒なのは嫌いだから、出来ればこの軍の連中にはそこいらの教会とかでやって欲しいんだ。・・・なんか、気恥かしいだろう?俺が、あんたたちに何かこう・・・儀式を行うってのは」
「わかったよ。そうみんなに伝えよう」
多分それはレヴィンの本音なのだろう。シグルドは笑顔を見せて言った。
「君を、シレジアの国民に譲ってあげるよ。何も恩が返せないから、せめてそれくらい、ね」
「譲ってあげる、とは大層な」
ははは、とレヴィンも声を出して笑う。が、ふと窓に視線を移したと思ったら、その表情は曇る。
「・・・雪だ。あまり長く降らなければいいけれど」

家族で集って、年を越す前にその年にあったことで一番嬉しかったことを思い出すのだとフュリーはみなに教えてくれた。
シレジアの冬は寒いから、大抵それは温かな暖炉を囲んでのことになるという。
口に出さなくてもいい、ただ、その嬉しかったことを思い出して、年の最後その温かな気持ちをもったまま家族とほんのわずかでもすごすことが大切なのだと。
それは寒さが厳しいシレジアこその風習だ。年を越すときにそうそうあちらこちらに遊びにいくような人間はこの地にはいない。家族と年を越すために集り、お互いに温かい気持ちになって同じ時を過ごして、そして年が明ければ家族で連れ立って儀式を執り行っているところへと行くのだという。
「その儀式って、何をするのよお」
シルヴィアはみんなで食事をしているセイレーン城の食堂でフュリーに聞いた。朝はとても冷えるから、絶え間なく大きな火がぱちぱちと暖炉で踊っている。時折暖炉の側に座っているオイフェが様子を見て薪をくべて気を遣っているのが見える。
フュリーの隣にはティルテュが座っていて、その向かいにはシルヴィアとエーディンが座っていた。
少し離れたところにジャムカとホリン、それからアイラとラケシスという不思議な取り合わせの4人がひとつの円卓で食事をしている。
「教会の神父様とか、王族の方や、貴族の高貴な選ばれた方々だけが出来るのですけれど、前の年にあった嫌なこと、悲しいことを年の始まりに空へ返す儀式があるの」
「空へ返す?」
エーディンが不思議そうに小首をかしげてフュリーに聞いた。フュリーは言葉を改めて彼女たちに教えてやる。
「ええ。といっても、大袈裟なことをするわけではないんです。5人くらいで一組になって部屋に通されて、そこでその悲しかったこと、辛かったことを思い出して、新しい年にはそんなことが起きないように、と祈るんです。儀式を執り行う方が、その間に一人一人の頭におまじないを唱えながら手を触れますから、それで終わり。とても単純でしょう?」
暖かい湯気がたっているスープをスプーンでかき混ぜながら、あんまりおもしろくなさそうにシルヴィアは言う。
「ふーん、そうするとどうなるの?」
「前の年の嫌なことを新しい年にひきずらないように、という神様への祈りが届く、と言われているのよ。何か効果がある、というわけではないけれど、やっぱりそういうことを行うと気持ちが引き締まるし、それまでうじうじ悩んでいたことも、なんであんなことでつらい気持ちになっていたんだろう、今日から頑張ろうっていう気持ちになれる気がするわ」
「じゃあ、レヴィン様はそれを年を越したら行うのね?大変だわ」
ティルテュは口をあんぐりとあけてそう言った。そうですね、とフュリーはそれへうなずく。
「シレジアは冬が厳しい国ですから・・・冬には、色々なことが起きるんです。事故とか、寒くて思うように動けなくていらいらして余計な諍いが起きたりとか・・・そして、どの国の人達よりも春を待ちわびるって、わたしは、思っています」
だからこそ。
その真冬に越えて切り替わる新しい年への期待は大きくて。
春を待ちわびる気持ちを、冬を耐える気持ちを少しでも暖かくしてあげよう、という先人達の配慮ではないか、とラーナ王妃が言っていた、とフュリーはみなに言って、小さく微笑んだ。
外は、朝からずうっと雪が絶え間なく降り続いていた。

家族ではないから、誰が集るわけでもない。
そう思っていたけれど、年越し近くになると、誰からというわけでもなく独り者達は食堂にそっと「なんとなく」集って来ていた。
酒を飲みながら年を越そう、なんていうことを言っているのはアレクだ。ノイッシュがたしなめているけれど、そんな程度できくような男ではない。
「お酒、飲んだままその、年越した後の儀式に行ってもいいのかい?」
困ったようにフュリーに聞くのはブリギッドだ。
「ええ。そういう人の方が多いですよ。シレジアの冬の夜は、みな暖かい酒を飲みますから」
「ああ、なるほど」
「・・・ブリギッド様は、デューと一緒に過ごすのではないんですか?」
「あっはっは・・・デューは、にぎやかな方が好きなのさ。あたしも海賊育ちで、いつでもたくさん人が側にいたからね。みんなで年を越すのも悪くないだろう?」
ぐるりと見回すと、やはり既に伴侶を見つけている人間は食堂にはいないようだ。
アゼルとティルテュ、クロードとシルヴィア、ジャムカとエーディン。そして、レックスとアイラ。
レヴィンは忙しいから、フュリーと共に年を越すことは出来ない。それは少し寂しいことだな、と小さく溜め息をついて、フュリーは暖炉の火に手をかざした。そんな彼女の後ろから誰かが声をかける。
「折角の年越しだってのに、溜め息ったあ、なんだかしけてんな」
「あっ、ベオウルフさん・・・ええ、すみません。なんでもないんです」
「王子様と一緒じゃないから、寂しいんだろうけどな。ちょっと、わりいが、そこに酒、くべておいたんだ」
「あっ。本当・・・とりましょうか?」
「そんなこた自分でやるよ」
ベオウルフは耐熱の器にいれて暖炉の火の中にくべておいた酒をとろうと身をかがめた。
「・・・ベオウルフさん、ラケシス様は?」
「うん?さあな。自分の部屋にいるんじゃねえか」
「・・・」
フュリーは不思議そうにかがんでいるベオウルフの背中を見た。
一体この男は本当はラケシスのことをどう思っているのだろう。それは多分ここにいる誰もが心のどこかで思っていることだろうとフュリーは小さく息をついた。
彼ら二人の間柄は、いつまでたっても誰からみたってクリアなものではない。
けれど確かに、手をつないだり腕を組んだり、口付けを交わしているところをみたことはない。部屋も別々なのだし。
だから、心のどこかでこの二人が二人きりで年越しをしたら「ああやっぱりあの二人は」と思えるような気がしていた。それはとても下世話なことだ、と自分で気付いてフュリーはわずかに顔を赤くする。
「うん?なんだ、何か用か?」
「いいえ・・・ベオウルフさんは、ここで年を越すんですか」
「悪いか?」
「い、いいえ・・・でも・・・」
それ以上は何も言わずにベオウルフは温めていた酒を手にとり、アレクやアーダンのところへと歩いていく。案外とこの皮肉屋っぽい傭兵はシグルド軍の誰とでもなんとなくうまくやっているように見える。
フュリーは困ったような表情を浮かべる。
であれば。
ラケシスは、ひとりきりで部屋に篭って年を越すのだろうか?

窓の外には雪が降り続いていた。昼間に一度やんだのに、夕方からまた静かに静かに、まるでそれがこのシレジアのもともとの空気に含まれているもののように空から降りてくる。
これでは人々がレヴィンのもとにやってくることが容易ではない、と半刻前まで男性陣総出で一回綺麗に道を作ってやったが、年を越す頃にはそれもまた白く埋まってしまうことだろう。
それでも雪道を歩くことに慣れたシレジアの民にとってみればなんということはない雪の深さだから大丈夫のようだ。
ラケシスは温かなケープを肩にかけて、そっと自室にいた。
薪は二山もってきているから、そうそう部屋から出る必要はないだろう。
部屋が明るすぎると外が見えない。扉の側に小さな灯りをつけるだけの最小限の光にとどめ、窓際に椅子をもってきて、ひざかけをしながら外を眺める。
降り続く雪。
春が来るまでにシレジアの大地を覆い隠して、そして春がくれば溶けて流れて跡形もなくなってしまうのだろう。
まるで大地が再生したように、雪が消え、緑の命が現れるその姿をラケシスはまだ見たことがない。
「エルト兄様も、そういえば・・・シレジアの冬を見たことがないとおっしゃっていたわね・・・」
そうっと窓に手をふれると、ぴりぴりした、けれども澄んだ空気が隙間からわずかに漏れているのがわかる。いくら暖炉で薪を燃しても、窓際では息がほのかに白くなってしまう。
一番嬉しかったことなんて、思い出せない。
そもそも嬉しいと思ったことなんてあったのかしら?
一年のことを振り返る、という作業は今のラケシスにとってはとても難しい。
少し前にマスターナイトの称号をもらったけれど、それが一番嬉しいことだったのだろうか?
思い出したくない記憶の蓋を開けてまでも、無理に考えたくない、とラケシスは思う。
引き出して、もう一度蓋を閉められる人ならばいい。
けれど、今の自分はまだ。
コンコン、とノックの音がした。
「・・・誰?」
違う。
ラケシスはノックの音を聞いて、そんなことを無意識に思った。
立ち上がって扉の方を向くと、困ったような声が聞こえる。
「あの、ラケシス様、一緒にみんなと年を越しませんか」
「フュリー・・・」
ラケシスは扉を開けた。不安そうな表情でフュリーがたっている。
廊下は冷たい空気が充満していて、フュリーの息も白い。指先が冷え切ってしまったのか、そうっと自分の手で指先をさすっているのが見えた。
「ありがとう、わざわざ心配してきてくれたのね。でも、いいの。なんだか一人になりたい気分なのよ」
「そうですか・・・いえ、そうかと思ったのですけれど、具合でも悪かったら、と思って」
「平気よ。ありがとう、フュリー。・・・ここに来てからフュリーにとても世話をかけてしまったわ。もう、大丈夫だから安心して」
「ラケシス様」
「さ、みんなのところに戻ったら?廊下は寒いもの。これ、かけていくといいわ」
「い、いえ。大丈夫です」
ラケシスは無理矢理フュリーに自分のケープをとってかけてやる。それを慌ててフュリーは返そうとするけれど
「これくらいの気遣いは、させてちょうだい」
「ラケシス様・・・ありがとうございます。それじゃあ、年が明けたら来てください、みんなで儀式を受けに行こうってシグルド様がおっしゃっていますから」
「・・・そう」
芳しくない受け答えをしてしまったな、とラケシスは自分で気付いて、気を取り直すように
「今年はありがとう。また、来年からもよろしくね」
決まりきった年越しの挨拶をフュリーにした。慌ててフュリーは恭しく頭を下げて
「は、勿体ないお言葉です。ありがとうございます」
と答える。それは、主従関係ではないけれど、明らかに身分の差があるお互いのことを思い出したような、とても正しいやりとりだったと言えよう。
フュリーはそのままラケシスのケープを肩にかけ、引き下がって薄暗い廊下へと戻っていった。ラケシスは扉を閉めて室内に戻ると、また窓際の椅子に座って飽きずに外を見つめるのだった。

それは、知らない雪だった。シレジアに来て初めて見ることが出来た、本当の自然の力にも思える。
絶え間なく絶え間なく降り続いて、たったこれだけのひとひらの小さな雪が、地面を覆い尽くしてすべてを覆い尽くして。
それでも確実にその下にはいつものシレジアの大地があって、そして次にその大地を見るときは纏う衣を変えているのだろう。
そんな風に。
ああ、何もかも覆い尽くして覆い尽くして、そして春がこなかったら。
あの人がこの世界からいなくなったことすら、もう思い出すこともなくなるのだろうか。
「馬鹿なことを。それは」
自分は、少しだけ利口になったのかもしれない、とラケシスは思った。
「あの人を、いなかった者にしてしまう、とても愚かなことだわ」
思い出したくない、思い出したい。
いや、本当は思い出そうとしなくたっていつだって思っている。
今まで生きて来た中で最も「愛している」と言葉に出来る、ラケシスにとってすべてだったと今は言い切ることが出来るあの人を。
ラケシスは手をのばして、ベッドの側に立てかけておいた大地の剣を握って、自分の胸元に強く抱いた。
兄エルトシャンが彼女に残してくれた、唯一の剣。
何度も何度も呪った。人の命を奪ってでも生き延びろ、というエルトシャンからのメッセージに思えて、そんな残酷なことを最後まで自分に強いる彼を、そして、彼の願いであればそれをきかないわけにはいかない自分を、何度も呪った。
この剣で体は何度だって再生できる。けれど心は再生しないし、そして愛しい兄だって戻ってはこない。
ただここに生きている自分の肉体だけが、この剣の力で再生するだけだ。
木の葉がまるで大地に戻るように、そして大地からまた木が伸びるように。繰り返す自然がもたらす命の輪の中で。
そしてその営みは今、ゆっくりとこの白い雪の下で眠りながら穏やかに穏やかに、それでも再生の時を待って蠢いているのだろう。
大地の剣。再生の剣。
一体エルトシャンはラケシスに何を伝えたかったのだろうか。そして、それは正しくラケシスは受け止めることは出来たのだろうか。
今となっては答えてくれる人がいないその問いかけを、頭の中で繰り返すことはとても無意味にも思えたけれど。それでもラケシスにはそれを止めることが出来ない。
絶え間なく雪は降り続いていた。

新年を知らせる鐘がセイレーン城城下町で鳴り響いた。
城内では兵士達がみな大声で新年を知らせて廊下を駆け回っている。
とても温厚で静かなシレジアの民にしては派手な立ち回りで、ラケシスはその声にびっくりする。
「新しい年がまた始まるんだわ」
たとえエルトシャンがこの世界にもういないとしたって。
朝日がまた昇ることとそれは何ら変わりがない。
やがて、がやがやと人々がさざめき合う声がとても遠くに聞こえた。
きっと食堂にでも集っていた人々が、教会の神父のところに行ってシレジア特有の儀式を受けようと移動を始めたのだろう。
フュリーはもしかしたら呼びに来るだろうか。
さっき、はっきりと断っておけばよかった、とラケシスは思って溜め息をつく。
人々がセイレーン城に集っているのと逆方向にシグルド達は城下町へ繰り出す。それはレヴィンが気恥かしくてシグルド達に儀式をしたくない、と言ったからだと誰もが知っている。だから尚更意地悪をしてレヴィンのところにいこう、と言い出す者もいたけれど、笑いながらそれをシグルドが夕食の席でたしなめていたことをラケシスは知っている。
突然ラケシスは立ち上がって窓を開け放して外に上半身を出した。
開けた窓から雪が吹き込んできて部屋の床や、ラケシスが座っていた椅子を濡らす。室温が高いため、すぐにそれは雪の姿を消して悲しそうに水へと変わってしまう。
あなたが、それからわたしが知らなかった冬よ。エルト兄様。
そして、あなたが死んでしまったからこそ、わたしが知ることが出来た冬がこれなんだわ。
風は強くないけれど、降りてくる雪の密度は相当なものだ。
冷たい雪と、皮膚が切れるような痛さを伴う冬の空気に晒されて、耐え切れずにすぐさま窓を閉めて、小走りで暖炉に近づいて火の前で丸くなる。
「ふうー・・・あったかい・・・」
これが、生きているということなのだ、とラケシスは火の暖かさを感じながら思った。
生きていても仕方がない、と思い続けた時期を越えたラケシスにとって、生きているが故に不自由なこと、そして生きているが故にわずらわしいこと、それらのことが最近殊更に細かく感じるようになってきたように思える。
いいとか悪いとかではなく、これは生きているからこそ感じられることなのだ、と時折ふと頭を過ぎる。そして、その言葉の裏には、もうエルトシャンが感じることが出来なくなった、けれど、彼が生きていればきっと彼も感じていた面倒くささ、わずらさしさなのだということも隠されている。
まだその、「生きているが故の不自由さ」なんてものを愛しい、と思うほど生きるということへの執着も愛情も湧かないけれど、少なくともその不自由さなどを受け入れるだけの力は自分の中に戻って来たような気がする。
「あっ・・・」
足音が聞こえたような気がした。人々のさざめきはとうに途絶えて、レヴィンが儀式を執り行う大広間から離れたこんな廊下にはもう誰一人こないと思われていたのに。
コンコン、と少し強いノックの音。
「・・・誰?」
誰のノックの音なのかはわかっていたけれど、ラケシスはあえて問い直す。予想を裏切らない、よく聞いた、けれどちょっとだけ憎いと思える傭兵の声が聞こえる。
「ベオウルフだ。開けろよ?」
「まあ、傲慢な物言いね」
新年早々なんて言い草だ、とぶつぶついいながらラケシスはそれでも扉を開けた。
「よう、なんだか暗いな。もう寝ていたのか?」
「ううん、起きていたわ」
「ならいいが。これもったまま出かけるわけにはいかねえようだったからな。俺が預かっといた」
ベオウルフはラケシスがフュリーに貸してやったケープをもって立っている。
「あ」
「ありがとうございました、だってよ。ほら・・・なんだ、なんで部屋の中にいるのに髪が濡れてるんだ?」
ケープをラケシスにかけてやろうとしてベオウルフは気付いたように言う。
「窓を開けたら、雪が降っていたから」
とても間抜けな答えを返しながらラケシスは身をひいて、ベオウルフから離れる。
「ははは、そのまんまだな、その答えは」
「ベオウルフは行かなかったの?みんなと」
「ああ・・・俺には、そういう儀式なんてもんは必要ねえよ。団体行動は苦手だしな」
それへはくすりと笑みを漏らすラケシス。
「お前らしいことを言うわね。でも、なんとなく、みんなと行くのかと思っていた」
「それでもいいかと思ったんだけどな。こんな寒い中、わざわざ前の年の厄落としに外に出るこの国の人間の気がしれねえよ。頭おかしいとしか俺には思えないな」
「まあ、ひどいことを言うのね」
「そう思えば、一人で年を越しているあんたの方がまともに思える」
「・・・」
「うう、寒いな、ここは」
まだ廊下にいるベオウルフはわざとらしくそういって背中を丸めてラケシスを見た。
「みんな出掛けに食堂の火を消していったんだ。俺の部屋の火も消えている。今から火をつけたって暖かくなるのは先のことだしな。つまり、ここが一番てっとり早いってことだ。いれてくれるんだろ?うん?」
「わたしには何もいいことはないけれど、お前がいれて欲しいというなら聞いてやらなくはないわ」
「新年最初のわがままを聞いていただけて光栄ですな」
と少し意地悪そうにベオウルフは言って、ラケシスの部屋に足を踏み入れた。

「本当に窓を開けたのか」
と呆れたようにベオウルフは、溶けた雪の後がある窓際の床をちらりと見た。
「ええ」
「変わったことをするお姫様だ」
「そうね」
「なんで、あんたもみんなと行かなかったんだ?」
「面倒だったからよ。寒いのは苦手だわ」
「ふうん?」
ベオウルフは図々しくも暖炉の前に座りこんで、廊下で冷えた手を火にかざしながら不躾に言った。
「行けばよかったのに。別にあんなもんはただの形式だ。ちょっと神父様に頭を触られたからって、あんたの記憶からエルトシャンが消えるわけじゃあなかろうに」
「年が変わっても、そういう嫌味なところは変わらないのね」
「・・・違ったか?違ったなら、謝るぜ」
「じゃあ、謝った方がいいかもしれないわよ?」
「そうか。・・・生意気な口聞きをするな」
窓がきちんと閉じていることを確認しているラケシスを見て、ベオウルフは苦笑をしてみせた。
「俺はてっきり」
ラケシスは振り返って、少しまだ濡れている椅子に腰掛けた。ベオウルフと視線を合わせた、と思ったらそれをそらしてまた飽きることなく降り続く雪を見ようと窓の外を見る。
「そうね。以前のわたしなら、そんな単純なことを考えたのかもしれないし。少しだけ、そう思ったけれど」
「うん・・・でも、なんだ・・・フュリーにそれを貸してやれるほどの気持ちがあるんだったら・・・ちょっと違うかも、とは思ったが、な」
「・・・エルト兄様のことがわたしの頭からなくなるわけなんてないし、この気持ちが空へ帰っていくなんて、そんなこと、信じたくないし嘘でも思いたくないわ」
前の年にあった嫌なこと、悲しいことを空へ返す。
本当はそれにそんなに深い意味があるとはラケシスは思ってはいない。そういう気休めのようなものを人間は好むし、きっとその儀式を名目として位が高い人々への新年の挨拶や奉納物をもってこさせるためのならわしに決まっている、と思う。
「わたしは、エルト兄様のことを考えながら年を越してしまったみたい。それを、お前はののしるかしら」
「何故?俺があんたをののしる必要があるのか?」
「・・・違うの?」
「俺は別に、あんたがエルトシャンのことを考えることが悪いことだとは思ってはいない」
ラケシスは窓から視線を離してベオウルフを見た。が、彼はぱちぱちと音を立てて踊っている火の粉をみつめ、顔とかざした手を赤くうつす暖炉から目をそらさない。
「そう・・・なの?」
「ああ・・・大事にすりゃいい。あんたは、エルトシャンを愛していたんだろうから」
その言葉を。
ラケシスは目を見開いた。
何故か、聞きたくなかった言葉だと思った。
多分ベオウルフのその言葉は正しくて、ラケシスが否定しようとしたってそれはとても力ないものに変わってしまうに違いない。
それどころか、今ですらエルトシャンのことを愛していると思う。
ただ、彼がいない世界で生きていく覚悟が出来たという、それだけのことだ。本当はいつだってエルトシャンが死んだのが嘘であればいいのに、と心のどこかでは思い続けているのだと思える。
けれど、それを、ベオウルフの口から聞くことはあまりにもつらいことのように感じた。
「雪が止まないわね」
「やんだところで、何度だって冬の間に降り積もる」
「春がくれば溶けて消えてしまうしね。そして、また冬を忘れて何もかも同じ緑の時期がくるんだわ」
「そうだな。でも、同じじゃあない」
「え」
「同じように思えているだけで、本当は同じじゃあない。変わらないものなんかないからな。ただ、春が来た、ってな事実だけが同じだっていうことだ」
「・・・そうね」
ラケシスは自分の方をむいてくれないベオウルフの横顔そ見つめながらそう呟いた。
少し間をおいてもう一度。
「そうね」
その言葉でベオウルフはそっと窓際に座っているラケシスに視線を投げた。
「・・・寒いだろ」
「ベオウルフ、お前の隣にいってもいいかしら?」
「めずらしいな、そんなことを聞いてくるなんて。くればいい。ここはあんたの部屋だ。そして、俺は招かれざる客なわけだし」
ふん、と小さく笑うベオウルフの傍らに、ゆっくりとラケシスは近づいて来た。
椅子は、といいかけたベオウルフの横に、すとん、とラケシスは座りこんで、同じように暖炉の火を見つめる。
「お姫様が、床に腰をおろしていいのか」
「構うことはないわ。ここはわたしの部屋なんだもの」
かたかた、と窓枠が揺れた。少しだけ風が出て来たようだ。
「吹雪かないことだけ、祈っておいてやろう」
「そうね・・・お前は、本当は優しいのね」
「そりゃどうも。本当は、ってのはひっかかるがな」
「わたしには優しくないもの」
「・・・」
困ったお姫様だな、とベオウルフは表情にその気持ちを出したけれど、案の定ラケシスはそれを見ていない。
仕方がないな、とばかりにお伺いも立てずに腕を伸ばしてラケシスの肩をベオウルフは引き寄せた。予想外にも抵抗の力も入らなければ、驚きのこわばりもない。
そうされるために隣に座ったようにラケシスはそのまま引き寄せられるがままになった。
「泣いているのか」
「わたし、泣いてなんかいないわ」
「・・・そうか」
「本当に、いつまでも雪は降り積もるのね」
ベオウルフもラケシスの顔は見ない。かたかたと鳴る窓枠の音と火の粉のはじける音。それ以外は何もない。お互いの息遣いですらなんだかとても遠い音のように聞こえて、二人は何も言葉を発さなかった。
「早く」
「なあに?」
「早く、春が来るといいな」
そのベオウルフの言葉は、何を意味しているのだろうか。ラケシスはもうあまり動かない思考で考えようとしたけれど、ベオウルフの腕の暖かさと暖炉の暖かさに力を抜いて瞳を閉じるだけだ。
ああ、なんて愚かなわたしなのだろう。
同じように思えて本当は同じではない。いくら大地が同じ色で現れたとしても、木々が同じ色で萌えるとしても。
今ここにはベオウルフがいて、そしてエルトシャンはここにはいないのだから。
そして、永遠に。
「でも、まだまだ雪は降り続けるのね」
ラケシスは言葉にしなかったことをふと思い出した。
ベオウルフに伝えたい。けれど、伝えたくない本当は認めたくない彼女自身の気持ち。
もう一度だけ彼が聞いてくれたらいいのに。

なんで、あんたもみんなと行かなかったんだ?

けれど、それは二度と聞かれない言葉だったし、それが当然だと思う。本当にもう一度聞かれたら、自分は素直に言葉に出すことができるのか、それすら危ういと思う。
ベオウルフの腕にわずかに力がはいった。ラケシスは素直に従うだけで、それへの言葉はない。
どうしてベオウルフは自分を引き寄せているのだろうか。
それすらわからないほどに自分達はあまりにも心許なくて。
ただわかっているのは、まだ春が遠く、雪が降り続けること。
そして、ベオウルフが、春を待っているのだということだけだった。


Fin



モドル

2002年初小説更新がこれでいいんですかね・・・(苦)というわけで久しぶりのベオラケでした。
エルトラケ派の方にはもう、石投げられ覚悟なんですが・・・「エルトシャンのことを思いながらベオウルフに引き寄せられてるなんてもう許せない!!!!」と怒らないでください。あたくしもエルトラケ前提なんで、決して嫌いではないんですよ・・・。いや、倫理上だか道徳上で近親相姦はよくないけどね☆まあ、時代背景とか文化とかによってはアリだと思ってますし(汗)
まあ、そこいらのことはそのうちラヴァーズのページで書きたいと思っていますけれど・・・。
一体ここのベオラケはどうやったらいつえっち出来るのか全然皆目検討もつかない進み具合で、なんかの間違いでもなけりゃあそういう事態にならないようにも見えますが、一応レクアイの方では既にデルムッドが産まれて(話がリンクしてますので)更にベオウルフが名前もつけた様子なんで(笑)道のりは長いですが、また時折この人々の話をこうやってアップしていきたいと思っています。
実はあたくしの中で冬、雪、シレジアっていったらベオラケなんです。勘違いすぎですか!?(いや、もれなく個別キャラで言ったらフュリーなんですがカップルとしては・・・)ちなみに時点クロシル(笑)