春雷-1-

アズムール王への親書を懐に隠してキャラバンと共にヴェルトマー城近くまで来たデューは、予想以上に検問が厳しいことに辟易していた。
それは、どれだけグランベル側がいまシグルド軍を警戒しているのかを容易に想像できるほどだ。
噂によるとフリージのレプトールがヴェルトマー城に駐屯しているらしい。グランベルの要人だけに尚のこと警戒態勢が強められているのだろう、と思う。
(ティルテュのお父さんかあ・・・)
正直なところ、それはデューには想像が出来なかった。
レックスの父、と言われれば想像も出来たし、実際この目で見たランゴバルトの死に顔は、どことなくレックスと似ていたとも思う。
斧を振るうに相応しい立派な体格に野心家の心。それはとてもそれらしくデューの目に映っていた。
が、ティルテュの父親。
デューはシグルド軍の人間とは誰でもうまくやってはいたけれど、ティルテュのことはあまりよく知らない。
いや、ティルテュの家族のことは、というのが正しい。
ティルテュはちょっと能天気に見えるけれど、本当はナイーブな少女だ。
それは長年の盗賊稼業の勘でデューにはわかる。
きっとそういうところを理解してあげることがアゼルにはできて、だからこそあの二人は結婚をしたんだろう、とも。
それでも見た目にティルテュはとても自由奔放な少女に見えたし、そうであることをレプトールは許していたのか、はたまた手を焼いていたのか、そういった情報はデューには何も無い。
ただわかるのは、野心をもつような父親の娘にしては、ティルテュには邪気がなさ過ぎる。
本当にティルテュを大切に思って、少しでもそういった素振りをみせなかったのか、あるいは、ティルテュ自身を余り愛しておらずレプトールは放置していたのか、それすらわからない。
けれどデューには、その2つの可能性が頭をよぎるということがどれだか稀なことなのか理解できていた。
子供を見て、親がその子をどう思っているのだろう、と想像することなんて滅多にありやしない。
なのにティルテュとレプトールの間柄は何故か第三者であるデューにそんなことを思わせる。
それは、とても。
とても不自然に感じるからだ。
自分はとても幼い頃から身寄りがいなくていつも一人だった。だから、家族がいる人々がみなうらやましかった時期だってあった。
今は、もうそんなことは思わないし、自分にはブリギッドがいる。デューはそう思えるけれど・・・。
世の中の親子は、デューがもっと子供の頃に憧れていたような、簡単な関係ではないのだろう。
アゼルが、ティルテュを連れてきたくない気持ちがなんとなくデューにはわかる気がした。
娘に父親が牙を剥くなんてことは考えたくなかった。
レックスとランゴバルトは男同士だから、いい。
ティルテュは、自分がレプトールに会って説得する、ともシグルドだってティルテュを使者に立てる、とも口に出さなかった。
はっきりと他の人間にも言うことはなかったけれど。
きっと、レプトールは、ティルテュを殺す。
たとえ愛していても愛していなくても。
どんな人なのか、見たい、とデューは思いながらも、自分が身を寄せているキャラバンがうまくヴェルトマーの検閲をクリアしていくことを祈るばかりだった。

アイラが産んだ双子は、スカサハとラクチェと名づけられてリューベック城で育てられていた。
もうすぐ生後10日経とうとしている赤子はとても健康で、何の問題もなかった。
出産後のアイラの回復の早さは目を見張るほどで、まだ出産経験がないティルテュもフュリーも「信じられない!」と口をそろえ、エーディンのときはどうだった、とかラケシスのときはどうだった、と呆れ顔だ。
過度な運動はまだ控えられていたけれど、アイラは少し筋肉がおちてしまった右腕に気付いて、動けるようになってからすぐに腕の筋肉を戻そうとしていた。
下半身はまだ元に戻るわけも無い。正直なところひとつきは安静にしていた方が良いのだ、と回りの女中や産婆が怒るけれどアイラはただ一言「時間がない」としか答えない。
それが一体どういうことなのか、周りの人間はあまりよくわかっていなかった。
出産してから三日ほどたった頃、シレジアの天馬騎士がイザーク方面から報告に戻ってきてくれた。
シャナンとオイフェ達は順調に、彼らが下調べをしておいた村に近づいている、と。そしてそれから更に三日たった頃、彼らが無事に村につき、イザークの民達に歓迎され・・・セリスもオイフェも、彼らから恨まれることなく受け入れられたということを教えてくれた。
ラーナ王妃の厚意のよってシレジアから派遣された天馬騎士団の生き残りは、あとはティルテュとフュリーがシレジアに戻るとき、アイラが赤子を連れてシャナン達の後を追うとき、その二回の遠征を行ってリューベック城から撤退をし、この城を無人のものにすることを命令されていた。
とにもかくにも、今アイラ達はシレジアの天馬騎士団を頼るしかないわけだ。
「双子とはこんなに顔が似ているものなんだな」
アイラはカウチに座って、足元で寝かせてある赤子を見つめて笑う。
妊娠当初から愛用していたカウチはアイラのお気に入りで、以前ならそういったところに身を投げ出すことをしなかった彼女だが、今でもその癖はなくならないらしい。
「赤ん坊はどれも見分けがつかないと思っていたけれど、これくらいでもうデルムッドやレスターと違うってわかるな」
「そりゃあ、ご自分の子供だもの」
ティルテュはアイラの隣で笑った。
子供達は大抵シレジアから派遣された侍女達が面倒を見てくれている。アイラは一人で育てる、とも初めは言っていたが、そもそも双子を一人で育てるなんてことは無理だし、この先リューベック城から移動をするのであれば、母親であるアイラが体力を戻すことが先決だった。それに何よりシレジアでは、王家の者が生まれた赤子を育てるのではなくて乳母とかわるがわるで育てるという習慣があったから、国は違えども王族であるアイラが平民のように自分の子供を育てることをよしとしなかった。
ここだけの話、アイラはあまり子育てに向いた人間とはいえないので、それは子供達のためでもあったのだが・・・
「・・・ね、アイラ様、これからどうするの。イザークに、この子達を連れて行くんでしょう?」
「ああ、そうだ」
「わたし、アゼルと約束したの。シレジアに行くって。フュリーも、レヴィン様と約束したから、シレジアに戻るのよ?この子達を連れてイザークにいけるようになるのは、まだ先のことでしょ。アイラ様とこの子達がここを出るまではわたし、ここにいるけど・・・」
「いや、ティルテュはもうフュリーと一緒にシレジアに戻るといい。あまりゆっくりになってしまっては、動くのがだるい時期になってしまうし」
眠っている赤子を起こさないように二人は小声で話した。
「アイラ様、でも・・・アイラ様は一人でここに残ることに」
「残らない。私は、フィノーラへ行く」
「ええっ!?」
突然のことでティルテュは大きい声を出した。しっとアイラが人差し指を口の前にたててテュルテュを落ち着かせる。
あ、しまった、とティルテュはそうっと子供達をみるが、赤子は何も外界から刺激をうけていないようにただ眠っている。
「だ、だ、だだって、この子達は?子供を置いていくの?それ、無責任すぎるじゃない」
「そうだな。レックスに多分怒られるだろうな」
「じゃあ、どうして」
「行かないと、いけない。そんな気がする」
「気がする、って」
そう言ったアイラの表情は真剣だった。ティルテュは一体アイラが何をいっているのかわからない、という表情でぱちぱちと何度か瞬きをした。
「私はイザークからシャナンを連れて逃亡したときから」
「うん」
「今でなければ出来ない、と思ったことを優先しなければいけない、と常に思っていた」
「今でなければ出来ない」
「ああ」
「じゃあ、この子達を守ってあげるのは、母親であるアイラ様が今でなければ・・・」
出来ないことでしょう?とティルテュが続けようとしたけれど、アイラはすっと右手を軽く手のひらをティルテュに向けてあげた。
「今でなければ出来ないことは。イザークの人間として、真実をこの目で確かめること、この耳で聞くことだ」
「・・・」
「イザーク王家の女として、イザーク王族の血統を産むことが出来たし、レックスの・・・その、なんだ、やつが選んだ女としてこの子達を産むことも出来た。それは私でなければ出来ない、今でなければ出来ないことだった。でも、この子達を守ってくれる人間は、いる。シレジアの人々はまだ私達の味方になってくれているし・・・そこまで甘えるのも悪いとは思っているが・・・」
「だって、アイラ様は、もう、お母さんなんだよ」
ティルテュは僅かに責める口調でアイラにそう言った。
「わたしだったら、出来ない。子供をおいてアゼルのところにいくなんて」
「間違えないでくれ、ティルテュ。わたしは、レックスのもとに行くのではない」
アイラの口調はとても静かだった。
「わたしは、イザークの王女だ・・・イザーク王族の最後の女になるのではないかと何度も思ったけれど、こうして生き延びている。
シャナンは無事にイザークに戻り、そしてこの子達も無事に生まれた。シャナンでもなくこの子達でもなく、イザーク王族として私だけが今出来ることは、イザークの誇りを貶めた此度の真相を最後まで見届けることだと思う」
「それは」
ティルテュは少しだけ言葉を出すのを辛そうに言う。
「フリージの公女でありながら、父の悪行を・・・いいえ、父の真実を確かめにいけないわたしを、責めているの」
「違う、ティルテュ。そう聞こえたならば悪かった」
アイラは苦笑を見せる。言葉を選んだつもりだったけれど、かなりティルテュは今回のことで過敏になっている。そっとアイラはティルテュの肩に手をかけて優しい表情を(そういうことをすることは、かなり苦手だったけれど)見せた。
「私が見たもの、私が聞いたもの、そして私がこれから確かめにいくものは、私個人の責任ではない、イザーク王家の責任と、そしてイザークの民すべてが求めているものだ・・・もしもスカサハとラクチェが大人になったとき、この時期にこの子達をおいていったわたしを責めるかもしれない。けれど、それでも、いいんだ」
「でも、レックスはっ!?わたしがレックスだったら、ショックだわ。自分の子供を置いて、国を・・・」
「何も、そう長い間おいていくわけではない。砂漠を渡ってフィノーラにいって、バーハラまで行くだけだろう」
「だけ、って!」
「わたしが行く頃には全ての道が繋がっていることだろう。障害はすべてシグルド公子が取り払ってくれているはずだし・・・そうでなければ、それは私達の敗北を意味する」
アイラは髪をかきあげながら小さく呟いた。
「わたしは、戻ってくる。それまでの間、この子達をシレジアの人々に預ける。ただ、それだけだ。この子達は私とレックスの手でイザークに連れて行く」
ティルテュはふうー、と長い溜息をついた。
わかっている。アイラにとっては譲れないものがたくさんあって、何もかも両立が出来るものではないのだ。
それに、待つだけがどれだけ苦しいことなのか、ティルテュにも理解が出来る。
だって、もうティルテュは我慢しているのがつらいのだ。
アゼルと別れて、自分だけこうやって無事に何の害もないところにいて。さらにはシレジアに戻って、アゼルが戻ってくるのを待っていてくれなんて。
アイラは長い間、戦闘に出るレックスをじっと城内で待ちつづけ、そしてたった一人で出産をしたのだ。
今のティルテュの比ではないほどの長い時間、彼女は自由にも動けずもどかしいまま一人で耐えてきたのだろう。
それを思えば、アイラは「イザークのため」なんて言っているけれど、「レックスに会いたいから」なんていう理由だとしても「そうだよね、当たり前だよね」と言ってしまいたいくらいだ。
アイラは愛しそうに自分の子供達を見つめる。
決してアイラは、自分の子供が可愛い、とか、子供達を愛しく思っている、とかそういうことを口には出さない。
口に出したとしても「こんな生き物がふたつも腹の中にはいっていたのか」とかそういった類のことばかりで、エーディンとは全然違うな、とティルテュは思っていた。
「じゃあ、わたしが、アイラ様がいない間、この子達を守ってあげる」
「・・・それは嬉しいが、さっきもいったようにティルテュは動けるうちにシレジアに行ったほうが、いい。不自由な人間が増えれば増えるほど、危険が増す。わかるだろう」
「でも」
「ありがとう。ティルテュは優しいな」
そう言ってアイラはそっと目を伏せて、何かを考えている様子を見せた。その仕草が何を表しているのかティルテュにはわからない。
レックスだったらわかったのだろうか?
「そんな風に言われたら、フィノーラに行く決心も鈍る」
顔を上げずにアイラは呟く。
その言葉は。
本当はアイラ自身もどれだけ葛藤したのかをティルテュに伝えるにはたったそれだけで十分だった。
いつもアイラは結論と、その結論に達した最短距離の道のりだけを周りの人間に伝える。それはとても話しが早くてよいのだが、時折、もしかして彼女は悩んだりしないのだろうか、と思われるほどの正論を押し通そうとする。
今だってそうだ。
イザークの王女だから、イザークのために全てを確かめに行きたい。
でも。
「アイラ様は・・・」
「それでも、わたしはやはり行こうと思う」
静かに、それでもきっぱりとアイラは言葉にして顔を上げた。
その表情を見て、ティルテュにはやっと納得が出来る。
産んだばかりの子供を置いていきたい母親なぞ、いるわけがないのだ。

キャラバン達は足止めを食らっていた。ヴェルトマー城前で検問の列が並んでいた。
ヴェルトマー城領地から西側に行くには規制が強くかかっていて、検問を通らなければいけない、という。それはここひとつきくらいのことだと城下町の人々が教えてくれた。
多分、ランゴバルトの訃報をうけて、のことなのだろう、とデューは推測した。
あとはここの検問を抜ければ。そうすれば。
しかし、思いのほか多い検問回数で、予定していた日数より遥かにここまでで時間がかかっている。
シグルド達がフィノーラ城で待っている、そのことを思うとデューは焦るばかりだ。
城の近くで検問をしているなんて、なんて無防備なことなんだろう、と馬車の中からデューは外の様子を見ていた。
彼を加えてここまで来てくれた商人達は検問のために積荷を広げたり片付けたりしやすくしようと外でばたばたとせわしなく動いている。
そびえ立つヴェルトマー城は古めかしい作りながらも随所に金がかかった細工を外壁にまで施している。
その壁は高く、デューの腕前でも壁を乗り越えて侵入することは不可能だと思わせた。
更に、どうやら外壁を乗り越えて入ったとしても、建物の外にはもうひとつ小さな外壁がある。それはなんということのない高さではあったが、二重に壁があるということは何かのために作られたものであることは明確だ。また、内側の壁の高さが控えめになっていると
ころが尚のことデューの勘に触る。
(この城、きちんと防衛策をとってるように見えるなあ・・・しかも、見た目は普通、っていうのにこだわってる気がする)
外壁にすら高価な細工を施しているのはある意味カモフラージュにも思える。
城近くの検問なんて迂闊だな、と思っていたが、それは逆に言えば城から離れたところに兵士を派遣したくない、という現れなのかもしれない。レプトール卿が来ているのであれば、あながちそれは間違いではないだろう。
デューは、シグルド軍から離れたときにアゼルから受け取った、ヴェルトマー家の紋章を形どったブローチをそっと懐から出した。
(時間も、ない。このままオイラがアズムール王のところに行くよりも、ヴェルトマーの人の力を借りた方がいいんだろうか?)
それは大層な悩みどころだ。
デューはもちろんこのヴェルトマー城にいる人間に面識がないし、その上レプトール卿が来ている、ということになれば尚のこと危険度はあがる。
とはいえ、こんなのらりくらりとした旅ではいつになったらシグルドから預かった親書を持っていけるのか保証がない。
(一人で検問通ることも出来ないしな・・・)
たった一人での旅、ということになれば尚のこと怪しまれて身体検査を受けることになることをデューは知っていた。
どうしたらいいのだろう。必死に考えても、すべて一長一短があることしか思いつかない。それは自分の頭脳の限界、というよりも、自分が置かれている立場での限界だと思える。そうであれば、その一長一短である案の中から無理矢理自分は選択しなければいけない。これ以上考えていたっていい案はうかびっこないのだ。
と、そのとき外で大きなざわめきが聞こえた。
「何だって!?」
「どうにかしてください!お願いします!」
「ここまで来たのにそれはねえだろうよ!」
人々の叫び声。
一体何が起こったのだろうか?
ブローチを懐に捻じ込んで、デューはそっと馬車から降りた。
そこでは、検問に並んでいた人々や積荷をおろしていた商人たちが怒りを露に叫んでいる。デューは近くにいた商人に声をかけた。
「どうしたのさ!」
「もう、今からヴェルトマーの西側には出られないんだとさ!」
「ええっ!?」
「もうすぐ、軍隊がここから出るんだと。ごたつくときに、いちいち検問を続けてられねえから、一時的に検問封鎖をして戦が終わるまであっちにゃいけねえってこといいやがるんだよ」
「なんだって!?」
デューは飛び上がった。
なんてことだ。それでは話にならないではないか。
「ど、どうにかならないのかなあ」
「知らないよ。こっちが聞きたいくらいだぜ」
見ると、その通達に来た兵士が検問地点で並んでいた人々にがなりたてられている。それはそうだ。行けないことそのものだって腹はたつけれど、今まで並んでいたのに、という気持ちが更に拍車をかけているのだ。みな気がたって苛々している。
検問地点からずらりと並んでいた人々の数はゆうに50組は越えていると思われた。列の後ろの人々へ伝達が遅れているものだから、時間差でデュー達の後ろからも叫び声が聞こえて来る。
とりあえず兵士達に糾弾の声を浴びせたものの、それは何の効果も無いということがやがて判明して、人々は途方にくれだした。
「じゃあ、どうするんだよ、これだけの人数ここいらで泊めてくれる宿だって野宿する場所だってねえだろう!」
「そうだそうだ!」
となると次は自分達の落ち着き場所の確保をするための声があがる。
それはもっともだ、とデューも思った。もともとこの城下町あたりにいて、ちょっと用事で西側に、という人間ならまだいい。
デュー達のように旅の途中で、という人間であれば、この城下町で腰を落ち着けなければいけないのだから、宿なり野宿する場所なりを提供して欲しい、と望むのは当然だろう。
兵士達がそれを必死に抑えているそのとき。
検問の列から少し離れたところにあるヴェルトマー城の門が開いた。
「・・・あっ」
何人もの兵士を引き連れてその門から出てきたその人物は。
一目でわかるほどアゼルと同じ赤い髪を長く伸ばし、邪魔にならないように耳にかけてすっきりと後ろに流している女性だった。
黒い服を身にまとっていて、それが髪の色との対比で映える。足運びも美しく、何よりもその姿勢のよさにデューは目を奪われた。
「うっわー、すっげえ美人じゃん!」
飛び上がってデューが叫ぶと、近くにいたほかの旅の商人がこそこそと教えてくれる。
「お前、知らないのか。あれがアイーダ将軍だぜ」
「アイーダ将軍」
「ああ。女だてらにこのヴェルトマー城を任されている人だ。女だと思って舐めてると痛い目合うぜ」
「舐めるも何も」
デューは苦笑した。
「見れば、わかるよ。只者じゃないってさ」
ぼそりと呟いて、そのアイーダ将軍とやらが何をしてくれるのか意識を集中させる。
困っている兵士のもとにアイーダが向かうのを、検問の列の人々は驚いた顔で見守っていた。がやがやというざわめきは少しずつ収まっていき、一体今から何が始まるのか、とみなが静まり返るのを辛抱強くアイーダは待っていたようだ。
やがて彼女は、ついさっきまでいきりたっていた人々に向かって、あまり高くない、それでも女性らしさを十分にもっている声で語りかけた。彼女は決して無理な叫びはしない。
「ここに並んでいる皆さんには、無理を承知でお願いをしたい。これからヴェルトマー城から軍隊が出陣して当分の間兵士の動きが盛んになる。そのため、検問を行うための人員を割くことが難しくなってしまうので、ほんの数日だけ封鎖することをお許し願いたい」
「戦が始まるってのに戦が始まる場所にいろってのか!?」
と野次が飛んだ。そうだそうだ、と人々が口をそろえようとしたとき、アイーダはそれまでと同じ口調で続ける。
「戦はすぐには始まらないし、城から離れた南側に兵士を送るだけだ。完全に派遣が終わった時点で、残った人員を配置してすぐに検問を再開することを約束する。わたしはこの国の民でも、他の国から来た人々であっても、今この国にいる誰もが被害を受けないような最大限の努力を務めたい。ここより西側に不穏な人間が流れないことに力をつくすのもわたしの役目だし、このヴェルトマー城を守るのも、このヴェルトマーの城下町を守るのもわたしの役目だし、今ここにいるみなさんが害をこうむらないようにするのもわたしの役目だ。無闇に一度にすべてのことを両立させようとしては、何もかも中途半端に終わってしまう。人の数には限りがあり、時間にも限りがある。少人数で今までと同じように検問を続けていては、ここにいるみなさんは朝から晩まで並び続けることになってしまう。それではあまりにお互いに利が少ない」
ふうん。
デューは遠目で彼女の一挙一動で値踏みをするように見つめていた。
これだけの人数を前にして、いつ野次が飛ぶかわからない状態でも大層冷静だ。
もちろん中にはその冷静さが鼻につく、といって更に憤慨する人間もいると思うが・・・
案の定、論点とはまったくずれたところで野次を飛ばす人間もいるようで、時折「正論言えばいいってもんじゃねえぞ!」と、それ以上何も意味がないことを叫ぶ声も聞こえる。が、アイーダは顔色ひとつ変えずに
「今、ヴェルトマー家が管理している別の館に、みなさんが泊まれるような手配をしている。古くなってしまったがもともとは兵士の宿泊所だったから寝泊り自体には不自由がないはずだ。そちらでほんの数日我慢していただきたいと思う。検問が再開した際には、いち早くそのことをお知らせにいくことを約束したい」
と、人々の懸念をあっさりと無くすようなことを続けた。
がやがやと人々がお互いに相談をはじめる声が増えてきた。
デューは舌打ちを軽くする。
数日間、といわれても。
その間に南側に兵を送る?
それは、シグルド軍との戦にはいるということだろう。
デューはますますもって自分がどう動くべきなのかを判断するのに迷ってしまう。
と、そのとき、列に並んでいた男達の噂話がデューの小耳にはいってくる。
「フリージのレプトール様の軍隊が出るって噂だぜ」
「へえ、だからここまでやってきたのかい。じゃあ出陣つってもヴェルトマーの兵が出るわけじゃあないんだろ」
「一緒に出るんじゃねえのか?」
その話をしている男達にわけ入ってデューはこそこそと聞いた。
「へえ、レプトール様の軍隊って強いのかい?」
「知らねえなあ」
「昨日の晩酒場にいた兵士達が、援軍が来るとか来ないとか口走っていたぜ?」
「そうなんだ」
「わかんねえけどな。ほら、そういう詳しい話って口外しねえだろ、普通」
それはとりたてて信憑性がある話ではなかったけれど、けれどあながちないとは言えないことだな、と冷静にデューは判断した。
ふと、首を伸ばして前を見ると、アイーダが移動をしている姿が見えた。
言うことだけ言って帰るのかな、と思っていたら、どうやら様子が違う。
兵士達に囲まれながらも、アイーダは列に並んでいた人間一人一人に声をかけているようだ。
(うっわー、こりゃまた・・・なんちゅうか、心得ているっていうか。身分のある人にしては、かなり「やる」方じゃんね)
中にはアイーダに噛み付かん勢いで怒り狂っている人間もいるようだけれど、それでもアイーダは冷静に、あくまでも丁寧に頭をさげている。
口調は軍人のそれだけれど、とても細やかな心遣いが出来る人間なのだとその人となりを伺い知ることが出来るように思える。
やがて列から諦めた人間がぽろぽろと離れていき、先ほどアイーダが言っていた場所に行こうとしている人々は、何人かの兵士達が待っているところにと足を運んだ。彼らが案内をしてくれるらしい。
アイーダの言い訳なぞ聞きたくない、と彼女を待たずに離れていく人間もいる。が、それへは目もくれずに、アイーダはただただ列に並びつづけている人々に謝罪を続けるだけだ。
「・・・」
どくん。
デューの心臓の音が高鳴った。
もしかしたら。
これが、自分にとっては最後のチャンスになるんじゃあなかろうか?
そして、最後のチャンスだけれど、最大の賭けにも。
これを「ラッキー」と簡単にいうことは出来ない。それくらいの緊迫感をデューは突然感じ始めた。
(南側に兵を派遣、ということは、下手うったらオイラは南側にも帰れない・・・つまり、フィノーラに戻るには、今度は派遣されたレプトール軍から怪しいと思われない方法で戻らなくちゃいけないってことだ・・・)
ということは、戻るのであればレプトールの出陣前でなければいけない。
かといって親書はどうにかアズムール王の元に届けなければいけない。
自分が戻らなくてもアズムール王に届けるという方法を選ぶのであれば、検問が開くことを待つしかない。
けれど、そうすれば南側で戦闘が始まってしまうだろう。
ぐるぐると頭の中にものすごい勢いでそんなことが回ってしまい、デューは嫌な汗を自分がかいていることに気付いた。
(・・・ブリギッドさん)
そして、自分を待っていてくれるはずの、大好きなあの人の姿。
少しずつ、少しずつ。
自分は、ブリギッドが自分にとっての運命の女神なのだと、本当に心からそう思っていた。
けれど。
(どうしたらっ・・・)
本当の意味で運命の女神は。
今、近づいてくる赤い髪の、美しいヴェルトマーの女なのかもしれない。うっすらとデューはそんなことを思い、懐のブローチを握り締めた。

アイラの我侭を聞き入れるために、フュリーは2つの条件を出した。
それさえ飲んでくれれば、変わらず騎士団はスカサハとラクチェを守ることを誓うし、乳母達もアイラの不在の間に子供達の面倒を見る、と。
1つめの条件は、砂漠は徒歩では渡らない。天馬騎士の力を借りていって欲しい、ということだ。
けれど、これ以上シレジア側に迷惑をかけることはあまりにも申し訳がたたないので、決してフィノーラまで行ってシグルド軍に合流する、ということを天馬騎士団にはさせたくない。だから、砂漠を渡ってからはアイラに一人でフィノーラまで行って欲しい、と。
それはアイラにとっては地獄に仏という話で、正直今のままでは一体いつ一人で砂漠を渡れるほど体力が戻るのかともどかしかったから願ったり叶ったりだ。
そしてもうひとつの条件。
それは、とても当たり前で、けれどもとても大事なことだった。
「必ず、戻ってきてください」
当たり前だ、とアイラは答えるけれど、フュリーの強張った表情は緩まない。
それどころか、フュリーの瞳には見る見るうちに涙が溢れてきて、アイラの前で彼女はすすり泣きを始めた。
「どうした、フュリー」
「絶対、約束してください。戻ってきてください」
「フュリー」
「どうして、アイラ様がそこまで無茶をなさるのかわたしにはわかりません。だって、アイラ様はもう、シャナン様をお守りになって、ここまで来て・・・シャナン様だって、イザークに戻ることが出来たではないですか。どうして、レックスさんが戻ってくるのを待っていられないんですか。イザークの王女としてしなければいけないことがある、とアイラ様はおっしゃる。でも」
それへは困った表情を向けるだけで、アイラはなんといって言葉をかけていいかわからない。
何故ならば、どうして今フュリーが泣いているのかもあまりアイラにはわからないのだ。
「もう十分過ぎるほどアイラ様は、お役目を果たしたじゃないですか」
「・・・何故フュリーが泣いているのかわたしにはわからないが」
うっ、と嗚咽がフュリーの口から漏れた。
先ほど女中が入れていってくれた温かい茶の香りが室内に広がっている。その香りとフュリーのすすり泣きだけが室内のすべての空気を支配するようで、アイラはそれ以上の言葉を続けるのに一旦戸惑いを見せた。
と、アイラの次の言葉を待たずにフュリーは
「すみません。泣いてしまって。なんだか・・・なんでもかんでもイザークのことをアイラ様が一人で背負っておられるような気がして、あまりにもそれが」
かわいそう、なんていう言葉は口に出してはいけない。
そう思ってフュリーはそこで止めた。
きっとアイラは簡単に「そんなことは当たり前だろう」としか思っていないのに違いない。
少しためらいがちにアイラに視線を向けると、案の定アイラはフュリー続きが「かわいそう」なんていう言葉だとは思ってもいないようで不思議そうにフュリーを見ている。
ああ。
これが、私達とこの人の差異なのだ。
それを実感としたのは久しぶりだな、とフュリーは自嘲気味に涙をこぼしつつ笑った。
「なんでもありません。申し訳ありません・・・」
「・・・そうか?大丈夫なのか、フュリー」
ほんの少しずれている人だけれど、こうやってアイラは目の前で泣いている自分を心配してくれる。
その心遣いが嬉しくて、そして。
そんな人だから。
彼女のことを思うと、なんだかフュリーは泣けてしまうのだ。
もともと強く特別視していたわけではない。けれど、やっぱりこの人と自分では背負っているものが、覚悟が違うのだ。
自分は、レヴィンを愛していて、彼の子供を身ごもった。
まだレヴィンはシレジア国王にはなっていないけれど、近い将来そうなることは誰もが認めていることだ。
であれば、自分はシレジア国王の妃になるのだから、王族の一員にこれからなってしまう。その覚悟は自分では出来ていると思うし、そうでありたいと思っている。けれど、だからといってフュリーには、アイラのようなものの考え方は出来ない。
アイラは生まれながらの王族で、自分は違うのだ。
多分、かわいそう、なんてアイラにいうことはとても失礼だし、彼女は理解してくれないか、理解して怒るかのどちらかなのに違いないけれど、それでも口からその言葉が飛び出てしまいそうに思えた。
レックスさん。
フュリーは自分の目の前にいるイザーク王女が愛している男を思い出していた。
あなたの、腕の中で。
この人を守って、休ませて、そして幸せにしてあげてください。
たとえ余計なお世話だとわかっていても、誰かの幸せをこんな風に強く願うことが出来るのだな、とフュリーは生まれて初めて知ったような気がした。


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モドル

全然レックスが出てきていないんですが(汗)っていうかこのページ、「ブリギッド」を「アイラ」に、「レックス」を「デュー」に変換すると素晴らしいデューアイラ小説になります(爆)

ところでアイーダですが。
まだ彼女らしいところを書けていないのに、何度もリテイク(汗)させていただきました。
彼女ばかり力を入れて描写しすぎて、気がついたらなんだかそこだけ浮いた文章になってしまったり(笑)
にしてもアイーダってかっこいいですよね〜。聡明で強い女性っていう感じ。