春雷-7-

「ちい、フュリーがいないのが痛いな・・・」
おおよその予想はしていた。ヴェルトマー付近にも小高い丘があちこちにあり、もしかするとメティオを唱える魔導士を配置しているのではないか・・・そんなことはシグルドにだってとっくにわかっていたことだ。
南の検問を抜けて北上すると、案の定フリージ軍ががっちりと陣取って自分達を迎え撃とうとしている様子が遠目ですぐにわかった。ロートリッターはいない。それは一目でわかり、ほっと誰もが安堵の溜め息をもらす。けれども丘の上に人の気配を感じる。それはもう多くの戦場を経験したシグルドの勘に他ならなかったけれど、彼がそれに気付いたとほぼ同時に「大将」と側にいたベオウルフが目配せをして丘の上の様子を訴えようとしてくれた。彼も同じように感じたのであれば、それは間違いはないだろう。が、彼の視線は「つってもロートリッターじゃないな」とそれだけで雄弁に語るほどに、あまり切迫した目配せではなかった。
「来る」
そう呟くのはジャムカだ。彼等弓兵はきっと今シグルドがみているよりもよくフリージ兵の姿が見えているに違いない。ジャムカの隣にいたデューがこくり、とそれへ頷き返す姿がシグルドの視界にはいった。
フリージ軍全体がざわり、と揺れるように見える。それは、シグルド達が検問を越えたことを知って、レプトールが全軍への号令をかけたのだろう。揺れたのではない。前進し始めたのだ。
「フリージ軍が動いた!ノイッシュ、アレク、ベオウルフ、先陣を任せたぞ!出過ぎない程度に先駆けてくれ!」
「はっ!」
「お任せください」
「あいよ」
三者三様の返事が返ってくる。
「ミデェールとラケシスはノイッシュ達をサポートしてくれ」
およその打ち合わせはもちろん終わっていた。先陣を切る三体の騎馬兵に遅れるものか、とラケシスとミデェールが手綱を握って飛び出して行く。まだ声をかけていないのにその後ろをホリンとブリギッドが追いかける。こういう混戦になりそうな地形では彼等二人は好きなように動いてもらうことが一番だ。ここまでのメンバーがひとしきり暴れてくれればフリージ軍の戦力がいかほどのものか大体把握が出来ると言うものだ。それが「出過ぎない程度」というシグルドの命令の意味だった。
「行くぞ!」
シグルドは残った仲間達を振り向いて叫んだ。
この戦いが終わったその先に待っているものは一体何なのだろう。
今更考えても仕方がない、そんなことが一瞬脳裏をよぎったけれど、それを振り払うようにシグルドはティルフィングを強く握り直した。

「弓に槍に剣に魔法ときたか」
ベオウルフは説明っぽくそう呟いた。槍兵はどうやら手槍も持っている様子だ。レックスにも来てもらえばよかったな、と思ったけれどあくまでも彼等は様子見のための先陣だ。
「メティオには十分気をつけて!」
ラケシスのその言葉は先陣の騎馬隊に向かってのものだ。フリージ軍に近づくと、ずいぶんバランスが取れた軍勢だということがわかり、彼等の表情は引き締まる。
砂漠とはまったく異なって穏やかな気候のヴェルトマー付近は、それでも最近雨が降っていないのだろう。少し馬を走らせただけで砂埃が舞いあがる。高い木がなく、きりたった崖がいくつか見える。風が吹いても砂埃が時折舞い立つ。
砂埃の中だろうが、弓兵と違って魔導士達の魔法の射程も狙いも変わりはない。特にメティオのように対象となる範囲が広範囲の魔法であれば尚のことこの砂埃で困ることなどない。ある程度の目測で問題はないのだ。
「んなことはわかってらあ」
フリージ軍に向かう途中で崖の上に魔導士の姿を確認した。が、すぐにその魔導士は彼等にむけて攻撃をしかけてはこなかった。騎馬兵である彼等が素早く駆け抜けていったから、なんて間抜けな理由ではないと思う。
後から来る歩兵に狙いを定めようとしているのか、それとも。
何かの策略があるのだろうか?しかし、それならば最初からもっとうまく魔導士の姿は見せないほうがいいに決まっている。
「来たな!」
そう叫んでフリージ軍の先陣であるフォーレストを迎えうつのはアレクだ。
そしてアレクとフォーレストが剣を交える前に、砂煙の中ミデェールがラケシスの側で力強く矢を放つ。背後の気配でラケシスもまた、もう一人近づいて来たフォーレストに対して矢を放とうとしているのがわかる。フォーレストの後ろにスナイパーが控えているけれど、こちらから仕掛ける攻撃の方が早い。
「今日はばっちりじゃねえか!」
ミデェールの矢は確実にフォーレストを捕らえる。それを見て意地悪そうにベオウルフは振り返りもせず叫んだ。
「ユングヴィ近くにもむき出しの砂地がありましたからね!」
そのミデェールの言葉は砂埃が舞っていても慣れている、という意味だ。
馬上から弓矢を扱うことは難しい。とかくこういう場面での矢は正確さを欠くことが多く、敵への牽制程度にしか使われないことが多い。けれどもミデェールもラケシスもそれを感じさせないように正確に敵を射る。ばしゅん、と心地よい音をたててラケシスは銀の弓から矢を放った。
ミデェールの矢をくらったフォーレストは多分普段通りの身のこなしが出来なかったのだろう。アレクが振り下ろした剣をよけることも出来ずに、まともに上から食らった。肩から胸元まですっぱりと美しい弧を描いてアレクの剣はフォーレストを斬る。皮の胸当てはなんの役にも立たずに、残念ながらその下の肉まで剣先を届かせてしまったようだ。
「ぐうっ!」
うめき声をあげ、それでもさすが一筋縄ではいかぬ相手らしく、フォーレストは右側に跳躍し、アレクの馬の左側に回ろうとした。
今まさに剣をふるったばかりの騎士は、続けて左側へ剣を振るうのは実は難しい。それを知っている動きだ。
フォーレストはもう一度地面を蹴り、アレク目掛けて大剣を振るった。
「残念だったな!」
多分その大剣も、通常ならば大した威力なのだろうが、一度手負いになってしまったそのフォーレストが扱うには難しいものだったらしい。アレクは手綱を引きながら紙一重でその一太刀をかわし、傷のせいでぐらりと体勢を崩したフォーレストにもう一太刀馬上から浴びせる。
そうしている間に相方のノイッシュはラケシスが射たフォーレストに対して素晴らしい剣を見せ、たった一振で葬りさっている。
「なかなかやるじゃねえか」
と呑気に言うのはベオウルフだ。
「おっさんもちっとは働けよ」
アレクが振り返ってそう言うとベオウルフは
「おんなじやつら三人分ちゃんと用意してもらわねえと困るよなあ?」
なんて不謹慎なことを言う。こういった人の生き死にを軽んじるようなことを言うのはノイッシュの気に触ることが多かった。以前ならばなんてことを、と声を荒げていた場面ではあったけれど今は違う。ベオウルフのその言葉は、彼等シアルフィの騎士達より何倍何十倍と人の生き死にを見て来た者だけが出来る、「そうでなければやっていられない」傭兵流の皮肉なのだ。
「ま、こっちで我慢するか」
ベオウルフはそう言いながら馬を走らせた。フォーレストの後ろにぴったりくっついて接近していたスナイパーの姿を彼とて見落としていたわけではなかったのだ。呑気な言葉ひとつを残してベオウルフは力強い剣をアレク達に見せ付けるように、左右から狙いを定めているスナイパーの間に馬をくぐらせた。瞬く間に懐にはいられてしまったスナイパー達は動揺して、定めていた標的に矢を放つことも出来ずにベオウルフの一撃の下に倒れる。
そのとき、空が突然暗くなったように思えた。
そして、遠くから「ゴォォォォォォォ」という耳障りな音が近づいてくる。
「メティオか!?」
はっ、と崖の上を見上げるミデェール。が、彼等がフリージ軍と剣を交えている場所からは既に魔導士達の姿はうまくみつけることが出来ない。フュリーがいない今となっては崖の上にいる兵士を倒す手段は彼等にはない。よって、攻撃をくらうことは覚悟の上でいたけれど、どうも様子がおかしい。
その音は先陣を切っている彼等の背後・・・当然シグルド達がいるのだけれど・・・に向かっての音でなければ、彼等に向けての音でもないように聞こえる。そう、敢えて言うならばこれから彼等が剣を交えようという前方へ向けて・・・。

「よし、手はず通りレプトール軍を攻撃する。皆殺しにするんだ!」
ヴェルトマー城の二階の、城門に向いた広いバルコニーでアイーダはそう叫んだ。
それを合図にしてアイーダの側に控えていた魔導士がメティオの詠唱を始める。
離れたところにいる仲間に狼煙などを上げる必要なぞない。
彼等に必要なのは、フリージ軍へお見舞いする一発目のメティオ、それだけだ。
メティオの詠唱に呼ばれて空が暗くなる。魔法の力で引き寄せられた炎をまとった隕石が空から降ってくる前触れだ。
ほどなくしてそれはまるでこの世の終わりを告げるような光景だ、とアイーダはいつも思う。
選び抜かれたヴェルトマーの兵士達は詠唱に失敗はない。遠くの空から何かが落ちてくる音が近づいてくる。それを聞いた瞬間、彼女は表情を引き締めて叫んだ。
「一人も生かしておくんじゃないよ!」
そこにいる彼女は、デューが出会った時とは明らかに違う、そしてアゼルの記憶の底にいる彼女でもなく、あまりにも強い激しさを発する女将軍だった。


突然のメティオの強襲にフリージ軍はあわてふためき、あちらこちらから叫び声があがった。
どこにいる魔導士が放ったものなのか、とレプトールが確認をとる命令を出す前に、殿を任せられていたボウアーマーが重い甲冑をがしゃがしゃと揺らしながら報告に駆けつけた。
「レプトール様!メティオがヴェルトマー城方面から詠唱された模様です!!」
「なんだと!」
レプトールがそう叫んだとき、また空が暗くなった。
先ほどのメティオはヴェルトマー城からの合図。そして、それをうけてシグルド軍側で待ち伏せをしていたヴェルトマー兵は同じようにレプトール軍に向かってメティオを唱える。それが「了解」の合図であり彼等の任務遂行のための一撃だ。
「ヴェルトマーが裏切っただと!?」
その瞬間レプトールの頭によぎったのは、ロートリッターの到着が遅れている、という伝令のことだ。
「くっ・・・アルヴィスに謀られたか・・・」
レプトールとて事がわからない阿呆ではない。完全に頭の中にその可能性がないとは言えなかった。だからこそロートリッターの援軍を無理に出させたわけだし、ヴェルトマー城で自分の部下にアイーダの様子もうかがわせていた。けれど。
(あの魔女め・・・我々の目が届かぬところで・・・)
ランゴバルトを失った今、自分の身は自分で守るしかない。けれどそれには限界があった。頭のどこかでちらついていた懸念を見て見ぬふりはしなかったけれど、時折目を背けていたのも事実だ。自分の破滅など考えたくない。そこに甘えが出たのだろうか・・・そんなことを考えても事態は変わらない、とレプトールはゆっくりと首を振った。いまやレプトールは自分の身に何が起こったかを完全に把握した。自分がアルヴィスに謀られて、このままグランベルから切り捨てられようとしていること。そして、アルヴィスはシグルド達を迎え入れて・・・すべてを・・・。
「だが、それだけでは終わらん」
それでも。
自分にはトールハンマーがある。それだけを何度も何度も自らに言い聞かせてからレプトールは歯ぎしりをして叫んだ。
「ひるむな!メティオの命中率など、たかが知れている!ヴェルトマー兵は敵だ。一人残らず屠ってしまえ!」

「一体どういうことだ!?」
シグルドは叫んだ。後方から聞こえたメティオによる隕石の落下音は彼等の頭上を通りすぎてフリージ軍に向かってゆく。
どん!と地響きが聞こえた。それと共に隕石を覆っていた炎が燃上がり、砂埃を通してもその橙色に近い赤色をシグルド達に認めさせる。
その砂埃の中から姿を現したのは、先陣に加わっていたミデェールだ。砂煙をあげながら、馬を走らせて近づいてくる。
「ミデェール、一体どうしたんだ!」
「わかりません!フリージ軍とヴェルトマー軍が、交戦中です!フリージ軍で先陣をきってきたフォーレスト達は蹴散らしましたが、フリージ軍はメティオを浴びて負傷者が出ている様子で、ヴェルトマー側に移動を開始しています。追いかけたほうがよろしいでしょうか?」
「公子、ヴェルトマー側がどういうつもりなのか確認をした方がいいんじゃないか?」
「そうだな」
レヴィンの言葉に頷いてシグルドはアゼルに声をかけた。
「アゼル、デューを後ろに乗せて、フリージ軍と交戦を避けながらヴェルトマー城へ近づいて様子を見て来てくれないか。ここいらの地形は君が一番よく知っているだろう。それに、どうやらヴェルトマーの魔導士は我々に今のところは攻撃をしかけてこないようだ」
「今のところは、ですね」
苦笑を見せるアゼル。それは、フリージ軍を倒してから交戦するかもしれない、という可能性を捨ててはいないということだ。
デューを同行させる、ということは、アイーダ将軍とコンタクトをとったときに話がわかりやすくなるように、という配慮だ。
「無理だけはしないでくれ。わたしが知りたいのは・・・」
シグルドは一度眉を寄せ、それからきっぱりと言った。
「わたしの敵が誰なのか。そしてレプトールだけが敵なのであれば、我々が討っても良いのか、ということだ」
「公子」
アゼルは呆れたような表情を一瞬見せて、それからにやりと笑った。彼がこういった不敵な表情を見せるのはめずらしい。
「それはなかなか、一筋縄ではいかない質問ですね」
「はは、すまないな。それからレックス!途中までブリギッドを乗せていってアゼルを援護してやってくれ。ブリギッドはノイッシュ達のところで馬を下りて彼等を引き戻してくれ。こちらも体勢を立て直して進軍し直す」

身の保身に走っていたレプトールは自分の周りに部下を集め過ぎていた。
メティオは広範囲にその威力を発揮する。密集しているところにメティオをくらってしまっては被害は大きくなるばかりだ。レプトールはとにかく兵に散らばることを命じた。それだけではまとまりがつかない軍になってしまうことは承知の上で、だ。散らばってそれぞれで魔導士達の懐に入るような指示を飛ばす。
「弓と手槍で落してしまえ!」
ヴェルトマーとバーハラの間の検問を中止したと共に行き来が出来ない様になっている。腹立たしいことにその先からメティオは放たれている様子だ。
ボウアーマーとアーマー、そしてサンダーマージといった間接攻撃部隊をつれて来てよかった、とレプトールは軽く息をつく。それにこちらにはハイプリーストもいる。
リザーブの杖を空にむかってハイプリーストは高く掲げた。
先ほどまでメティオ詠唱のたびに局部的に暗くなっていた空から強い光が差し込みリザーブの杖にその明かりが注がれる。
そこからいくつもの小さな光が分散して放たれ、フリージ兵達への回復を行う。
そのとき、レプトールの視界の遠い隅に見慣れない騎馬兵が駆け抜けていく姿が見えた。
「あれは!」
赤毛の髪の魔導士。あれは、見たことがある。あれは・・・
レプトールは逆上して叫んだ。
「ファラの血筋など、ひとり残らず屠ってやる!」
その姿はアルヴィスの義弟だ。もともとレプトールはその少年(今は既に青年だけれど)のことを好ましくは思っていなかった。だからこそ覚えている、というのも彼らしいことだ。間違いない。ヴェルトマー城方向に向かって馬を走らせているその姿はレプトールの記憶にある少しおどおどとした少年に比べてかなり男くさく成長しているように思える。それほどまでに自分の策略が開始されてからの時が流れた証拠だろう。
「ちっ・・・」
レプトールは舌打ちをした。アゼルがシグルド軍とヴェルトマー軍が完全に手を結ぶ仲介役になるのは実に見えている。けれど残念なことに自分が率いている兵の中に騎馬はいない。それに追いかけていったとしてもヴェルトマー兵からのメティオを集中的に食らってしまうのが関の山だ。
「くそっ、まずはこざかしい魔導士達を倒してからだ!あの魔女も、小僧も、一人残らず殺してやる!」

アゼルはデューを乗せてフリージ軍の東側の崖沿いに馬を走らせて迂回するようにヴェルトマー城に向かった。途中でブリギッドを降ろしたレックスがうしろから援護をする。
たまたま東側に逃れて様子を見ていたジェネラルが一体、彼等に気付いて弓を引いていた。アゼルに狙いを定めていたところにレックスは容赦なく勇者の斧で飛び込んだ。援護といってもその程度のことだ。どうもフリージ兵はありがたいのかありがたくないのかみな間接攻撃を出来る状態にしていたらしく、散らばって動いていたかと思えば今やバーハラ側の丘や崖っぷちに密集してヴェルトマーの魔導士達を打ち落とそうとしている。おかげで東側はがら空きだ。
「こりゃ、フリージ軍が全滅するまで時間の問題だな」
レックスは一人でそう呟いた。
シグルド軍がここに躍り出ていいのかはやはりまだ判断しかねていたし、下手にフリージ軍の中にまじってしまえばメティオを共に食らいかねない。本当ならばレプトールを捕獲して今までの罪をアズムール王に洗いざらい話させることがシグルド軍にとってはありがたいことだったのに、これではまったく話が変わってしまう。
ヴェルトマー城に近づいても、アゼルとレックスの二騎に対して誰もメティオをうってこない。明らかに敵ではない、という扱いになっているのだろうか?
既にメティオの音は背後から聞こえるようになり、彼等はヴェルトマー城下町まで辿り着いた。戦争が始まる、ということで町民達はみな家からでないで篭っているのか、人っ子一人外に出ていない。
「こっちだ!」
町は石畳がひろがっており、その中で目立って広い道をアゼルは馬を走らせた。
先ほどまでの砂地と違って馬を走らせるとけたたましい音が鳴り響く。きっと家屋の中にいる町民達を怖がらせてしまっていることだろう。広い道はすなわち、城に続く道ということだ。彼等は汗だくになっていたし、いつもより無理に走らされた馬にも疲労の色が見えている。が、その甲斐あってか思いのほか早くヴェルトマー城につくことが出来た。
「アイーダ将軍!!」
城門が視界にはいったとき、アゼルのうしろでデューが叫んだ。
「あそこに、いるよ、アイーダ将軍が!」
「どこだ、デュー」
「バルコニーんとこ!」
言われてみれば確かにそれらしい人影が見える。
城門の前には何人もの兵士が並んでいて、突っ込んでくる馬二騎に明らかに警戒をしている様子だ。と、ふいにアイーダの姿がバルコニーから消えた。丁度それと同時にアゼルは城門前でぴたりと馬を止める。兵士達は魔導士と槍兵が立ち並んでいて、みな構えをとっているけれどあちらからは仕掛けてこない。
「何やつ!」
アゼルは馬から下りた。馬上からの呼びかけはあまりにも無作法だ。それを見て慌ててデューも続いて降りる。緊急のときときくらいいいだろうに、と仕方なさそうにレックスもそれに習った。
「僕はヴェルトマー家のアゼル、アルヴィス卿の義弟だ!アイーダ将軍にお目通りしたい!」
「何っ!?」
兵士の一人が一歩前に踏み出したそのとき、内側から開門の声があがった。兵士達はびくりと体をふるわせ一斉に門を振り返る。ががががっと金属と木がこすれるような音をたててヴェルトマー城門が開く。
「!」
開門を願って城門を開けたのはアイーダだ。開いた門の間から彼女はかつかつと音をたてて早足で出てくる。アゼルの記憶にあった、その昔義兄アルヴィスと共に親交を深めたアイーダはそのように音をたてて歩くような女性ではなかった気がする。けれどこうやって戦の場で将軍職としての彼女を見たのは初めてだから、人の認識というのはとても狭くて薄っぺらいものなのだな、とアゼルは不思議と冷静にそんなことを考えていた。近寄って来た戦闘用の軽い鎧をマントの下に着て、腰には剣を下げている。その表情は厳しさを残してはいるけれど、アゼルの顔を見て口端を軽くあげて笑顔を作った。目は、笑ってはいなかったけれど。
「アイーダ・・・」
「お久しぶりです。アゼル様」
「一体、これは」
「今は話をしているときではありません。レプトールを倒してから、シグルド様がおいでくださるようにお伝えできますか」
「・・・レプトール卿を倒してから」
アゼルはその言葉を繰り返した。アイーダはレプトールへの敬称をつけていない。それはすなわち、完全にアイーダの中でレプトールはグランベルでの地位を失っている、ということだ。
「それは、レプトールがやったことをアズムール王はご存知ってことか?」
不躾にそんなことを言うのはレックスだ。アイーダはちらりとデューを見た。それが彼女の返事だったのだろう。
「レプトールはトールハンマーをもって出撃しています。神器をもつ人間相手に下手な情けをかけるようなことをすれば、死者が出るということをあなた方はご存知のはずだ」
その語尾の変化でレックスに向けていった言葉だとわかる。グランベル側はランゴバルトを討ったのがレックスだということすら知っている、ということだろう。
「確かに。それはシグルド公子も懸念していたことだった」
レックスはアイーダの言葉に頷いた。けれど。
「でも」
アゼルはそう発して、それから黙り込む。
レプトールは彼が愛する妻ティルテュの父親なのだ。
出来る限り、生かして捕らえて。そして罪を償って欲しい。それがアゼルの願いでもありティルテュの願いでもあった。シグルドもそれはわかっていたし、今後のグランベルのことを考えればそれが最も正しいことではないのか?
「さあ、早く。戦況は刻一刻と変化しているのです。わたしはここで城下町の民衆を守る役目とヴェルトマー兵を指揮する役目があります。こうして話をしている時間も惜しい・・・。それでは、失礼いたします」
アイーダは軽く頭を下げて城門の中に戻っていこうとする。普段の彼女であればアゼル達が立ち去るまで見送るのだろうが、今は戦の最中だ。彼女がとっている行動はとても正しい、とアゼルは思う。
「わかった・・・レックス、行こう」
「ああ」
「おねえちゃん!」
デューがアイーダの背中に向けて叫んだ。その呼びかけが自分に対してものだと気付いたアイーダは、彼女にしてはめずらしい、びっくりしたような表情を浮かべて慌てて振り返った。
「ありがとう!おいら、嬉しいぜ!」
「・・・」
そのデューの言葉に曖昧な表情を見せてアイーダは軽く右手をあげた。恩に着る必要はない、という軽いジェスチャーだけれど、きっとデューには伝わらないだろうな、と彼女は心の中で苦笑をした。
アゼル達はまた馬に乗り、威勢の良い掛け声をかけて馬を走らせ、ヴェルトマー城前から出発をした。
城門を守っていた兵士達はそれを見送ってからまたごごごっ、と音をたてて城門を閉める。
門の内側では足早にアイーダが城の中にはいり階段を駆け上がる。
「戦況はどうだ!」
バルコニーに出ると、先ほどまでいなかったような、黒いローブをまとった魔導士がうずくまっていた。そのままの姿勢で魔導士はアイーダに報告を行う。
「我が兵は3名ほど死者が出ている模様です。未だメティオが続けられておりますので、他の兵士は無事かと」
「・・・可哀相なことをした」
数人の兵士は初めから玉砕覚悟だった。アイーダは沈痛な面持ちで瞳を伏せる。それでも、そうするしかなかった。何かの間違いがあってシグルド軍がレプトールに剣を向けなかったら。実際に今現在そういう状況だったわけで、そうなったらヴェルトマー城から離れたところにレプトール軍にとっての攻撃対象がいる方が都合が良い。孤立して、誰も助けることが出来なくても。ヴェルトマー城に攻め入られることはなんとしても防がなければいけなかったし、この戦はあくまでもシグルド軍対レプトール軍でなければいけない。何重にも仕掛けられて保険をかけられた紙一重の策略だった。アイーダがあんな風にアゼル達を急がせたのも、あくまでもシグルド軍がレプトールを討った、という状況にしたかったからだ。
とはいえ、出撃させた兵士にはすべてを明かしていたわけではない。シグルド軍に対する援護を、という内容を知らせていただけだ。
アイーダの呟きに対してその魔導士は恐る恐る声をかけた。
「捨て駒になった兵士のことですか」
「捨て駒、だなんて言うんじゃない」
「は、申し訳ございません」
「・・・本当に、可哀相なことを、した」
「誠に・・・」
もう一度同じ呟きをもらすアイーダ。伏せた瞼の裏には、ありがとう、と彼女に向けて声をかけるデューの姿が焼き付いていた。

アゼルとレックスが戻っている途中、シグルド軍は前進を始めた。
ヴェルトマーの魔導士は既に幾人か死者を出しており、レプトール軍はようやく目的のシグルド軍を倒そう、と体勢を立て直そうとしている。その状況をいち早く気付いたのはベオウルフだ。
レプトール軍が密集してシグルド軍に向かって来てしまっては、ヴェルトマー城に行ったアゼル達との間を完全に分断されてしまう。それを防ぐためにシグルド達は前進をして、戦初めに先陣を切ってもらった騎馬隊によってもう一度レプトール軍を撹乱して体勢を崩させようとしていた。
「なんだか、なかなか出番が回ってこないな」
アイラは肩をすくめてそんなことをアーダンにぼやく。それをききつけてクロードがアイラをたしなめた。
「アイラ王女、出番など回ってこなくてもよいではありませんか。本当は、誰にでも出番が回ってこないことが望ましいのですから」
「神父はそういうけれど」
クロードの言葉を聞いてアーダンは苦笑したが、アイラはくそまじめな表情を見せて
「この日が来ることを、わたしは待っていたのに」
とすねたように言う。
クロードはわずかの間同情を寄せたような表情を見せ、それから小さく微笑んだ。
「そうですね。あなたにとってはとても長い年月でしたね」
「ああ」
「生涯の伴侶を見つけて、その人との子供を産むことが出来るほど、時は流れたのですものね」
「・・・生涯の伴侶?」
不思議そうな顔をしてアイラはクロードを見た。何か難しいことを言ってしまったかな?とクロードは慌てて言い直した。
「レックス公子のことを言ったつもりだったのですが」
「わたしにとっての生涯の伴侶は、これだ」
アイラはこれまた真面目な表情のまま、腰にさげた剣をすらりと鞘から抜いた。
「剣を捨てるとき、わたしの生涯も終わるのだろうと思う」
「おいおい、アイラ!なんてこと言うんだか」
びっくりしてアーダンは声をあげる。彼は騎士のくせにアイラにむかってはこんな不躾な口をきく。
「生涯の伴侶って意味わかっているのか?」
「わかっているぞ。一生のつれ、とか、友のことを言うのだと」
それを聞いてこれが戦の最中か、と思うような声でエーディンがくすくすと笑いを漏らす。その声を聞きながらアイラは剣を鞘に戻した。何がおかしいのだろう?と軽く肩をすくめてみせる。
「言葉の意味としてはとても正しいとは思うのですけれど、神父様」
「そうですね」
クロードは困ったような笑みを見せる。
「では、あなたにとってレックス公子はどういう存在なのでしょうね?」
もともとそういう下卑たことに興味があるタイプではないけれど、あまりのアイラのめずらしい態度についついクロードですらそんなことを口にしてしまった。
「どういう存在?」
アーダンもエーディンも、アイラの答えが気になって、口は出さないが早く早く、と心が急いている。そのときシグルドの声が聞こえた。
「全軍、前進だ!騎馬兵はわたしと共に突入して、撹乱後離脱。決して深追いはするな!残った歩兵はジャムカの指示に従って動いてくれ!シルヴィア、レヴィンをいつでも前線に出せるように彼の側にいてくれ。行くぞ!」
彼の声と共に騎馬兵が動き始める。
「行こう」
アーダンが一同に声をかけた。クロードとエーディンは慌てて足早に進み出す。それをそっと守るように(ように、ではなく実際にそうなのだけれど)アイラが脇に並んだ。ぴりぴりした空気がまたシグルド軍の中で流れているのがわかる。と、ほんの20mほど進んでからアイラは思い出したようにエーディンに声をかけた。
「エーディン」
「えっ?」
「・・・共に生きていこうと思っている相手が、自分にとって何なのか」
「・・・」
アイラはエーディンを見ずに前を向いているままだ。エーディンはただでさえ歩みが遅い自分がアイラの言葉に気をとられすぎないように、と必死になってジャムカ達に置いておかれないようにと歩きながら耳を澄ました。
アイラの心地よい、少し低めの声が続く。
「自分が、死ぬときにしか、わからないような気がする」
「・・・」
「だから、共に生きていこうと思うのだと、わたしは思う」
あまり上手くない言葉。それはあまりにもたどたどしいものだったけれど。
その言葉はとてもアイラらしい気がする。エーディンは足がもつれない様に細心の注意をしながらアイラを見て微笑んだ。アイラもちらりとそれに気付いたようで口元だけを上げる。
エーディンは、彼女の言葉を忘れないでおこうと強く思った。


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