「お前はずるい」
アイラは時折無表情で言う。
それが実は拗ねている表情なのだとレックスが知るまでにかなりの月日が必要とされたのだが、アイラ自身はそんなことは知りもしない。
木の上にいたアイラをみつけて登ってきたレックスを見もせずに、今日もまた突然そんなことを言う。
がさがさと枝をかきわけながら、レックスは眉根を寄せた。
「何が」
「自分が馬でさっさと走っていくくせに、人が前に出ようとするといつも怒る」
「俺はいーんだよ。ただでさえお前は目立つんだから、そんなにがっついて前に出なくていいの」
レックスは、『よいしょ』と呟きながらアイラが座っている枝に足をかけ、慎重に隣りに座る。
彼らが登った木は、幹がごつごつとして登りやすいというだけの木だ。
高さが足りないためそこからは特に何が見えるわけではなく、斥候に向いているうわけではなかった。
多分、シグルド軍の誰と話をするのも今は煩わしいとアイラは思って、逃げ場にしたのだろうとレックスは推測する。
そろそろ夕暮れの時間だったが、天気があまりよくなかったせいか空はお世辞にも綺麗とは言いがたく、どんよりとした灰色のままだ。
「目立つ?ああ、女だからか?」
「そうじゃない。普通だったらお前ちっちゃいから目立たないだろ」
「ちっちゃい・・・デューやエーディンよりは大きいと思うが」
「剣士としちゃあ小さいし細い。それくらい自覚あるんだろ」
「・・・そうだな、大きくはない」
アイラはぶっきらぼうに答える。どうやら小さいと言われるのは嬉しくないようだ、とレックスは小さくため息をついた。
「お前は光るだろう。あれだけで敵はそこにイザークの女がいる、ってすぐわかっちまうからさ」
「光る?」
「流星剣を、お前が使っている時」
「・・・光るのか?」
逆に問われてレックスは困った顔になる。
どうやらアイラは自分が流星剣をふるっているときに、綺麗な緑色の光に包まれていることをまったく知らないらしい。
「光るんだよ、お前は知らないのか」
「知らない。イザークで流星剣を振るう者は、誰も光ってなぞ・・・」
「俺にはよくわからんが・・・お前の剣の放つ、なんていうんだ。気っていうのか?それが、俺達には光っているように、目で確認出来るんだが・・・その光を見て、敵は・・・逃げるやつと寄ってくやつと2種類いるけどな。多分、少なからず話題にはなってるんじゃないか」
「ふうん・・・初めて知った」
アイラにとって、自分が光るとか光らないとかそういうことはあまり重要ではないらしい。
まあ、そういうところもイカれてて好きだけどな、なんて間抜けなことをレックスは思う。
「レックスはどうして、わたしがここにいるってわかった?」
「んー?好きな女の居場所くらいわかるってもんだろうが」
「そうか?私は隠れるのだけは得意だと思ってたのだが。シャナンを守って逃亡していたからな」
好きな女、という言葉をまたさらっとうけながされてしまった。レックスはやれやれ、という表情を見せるが、きっとアイラはそれすら意味がわからないのだろう。
勇者の剣という名剣をプレゼントしようが、危ないところを救おうが、何をしてもアイラは心に響いていないのかレックスのことを本気にしてくれない。
それでもこうして隣りに座っても怒ったり逃げないのは、多少心を開いている証拠なのだろう。それに、レックスはアイラを王女として扱うような口調では話さないけれど、それをたしなめられたこともない。むしろ、彼はグランベルの貴族の中では口が悪い方なのだが、それも彼女は何も言わない。
が、次にアイラが口にした言葉でレックスは動揺した。
「お前は私が好きなのか?」
その直球に、レックスは一瞬息を呑む。
今まで。
ドズルの次男坊は放蕩息子なんていわれつつ、いくらか女に愛を囁いたことがあっても、こんな風に言われたことなぞ彼はない。
どこまで、このイザークの王女は新鮮なのかと呆れるほどだ。
「・・・前から言ってるだろ。お前、人が言うこと聞いてるのか、ちゃんと?」
「私は、お前のことで、好きではないところがある」
「・・・めずらしいこと言うな。何だ、ちょっとは本気で俺のこと考えてくれているのか?」
「茶化すなら、もう言わない」
「っと、と、もう、もう言わない。言わないから、教えてくれよ・・・・で、何だよ。俺の、好きじゃないことって」
木から降りようと体を動かしたアイラの腕をレックスは掴んだ。
がさりと枝がゆれる。
葉がちらちらと何枚か落ちていき、レックスは僅かに眉根を寄せた。
「誰かにみつかる・・・あんまり暴れるなよ」
「みつかってもよかろう?何をしているわけではないし」
「お前が、みつかりたくないんじゃないのか」
「別に」
もどかしい。
でも、このもどかしさすら愛しいと思うのは、俺がこの女に馬鹿みたいに惚れているからなんだろうな。
レックスにはその自覚がある。
自分がこの女に惚れている。自分がもう負けている。一度降参して開き直ってしまえば、それは何の恥ずかしさもなく、はっきりとアイラに自分の気持ちを告げることが出来るようになった。
少し前ならば、そんな恰好悪いことが出来るか、と思ったことだろう、とレックスはわかっている。
けれど、今は。
「でも、お前がみつかるのが嫌だと言うなら、静かにしてやってもいいかな」
そういってアイラはおとなしくなった。腕を手放すタイミングを失ってレックスはアイラを掴んだままだ。だが、アイラも特にそれを振り払おうとはしない。
「・・・で、俺の何がダメだって。」
「・・・ちょっとしたことなんだが・・・私は細かいのかな。レックスが、気に入ってることなら仕方ないが」
「なっ、なんだよ!」
「・・・ちょうちん袖はお前には似合わないと思うぞ?グランベル風なのか、あれは」
「・・・はあ?」
「初めて会ったとき、着ていた。ひどい第一印象だったな」
「おまっ・・・」
レックスは彼にしてはめずらしく赤くなって言葉を失ってしまった。言ってることの次元が違うことにこの女は気付いているのか?
掴んでいた手からそっと力をぬいて、もう片方の手でもアイラの反対の腕にそうっと触れる。
少し無理な体勢に動いたものだから、枝はまたきしんで音を立てた。
アイラは拒まない。反応がないものだから、きょとんとしてレックスをみているだけのようだ。
「それだけ?あとは?」
「あとは別に」
「じゃあ、他の所はいいんだな?」
「・・・まあ、そうともいうのかもしれないが。ああ、さっきいったみたいに、お前は私が前線にいこうとすると怒る。あれは嫌いだ」
「仕方ないじゃないか。好きな女があれ以上敵に囲まれるのを見たくなんかねーよ。」
「ふうん?そのときはお前が助けてくれるんだろう?」
「・・っ・・・」
「違うのか」
「・・・俺を、信用してるのか。それともただ俺を試しているのか?」
嬉しさが込み上げてきたけれど、それが自分の好意を逆手にとったものだということを否定しきれない。レックスはおそるおそるアイラに聞いた。
「試す?意味がわからない。わたしは、お前が助けてくれるからと安心していたぞ」
「そ、そういうことは先に言えよ」
アイラは、それがレックスにとってどれだけ嬉しいことなのか知らないように簡単に言う。
自分が恋をして追いかけている女。
それが、自分に信頼を寄せている。そのことが嬉しくないわけがない。
柄にもなくレックスは今すぐアイラを抱きしめたい衝動に駆られた。が、相手はイザークの王女であるし、彼らはなんにせよお互いの気持ちを確かめ合うという儀式をまったく終えていない。つまるところ、抱擁をして許される間柄なのかどうかでいったら、答えは否なのだ。
ああ、どうにももどかしい。
レックスがそんな風に苛立っている間、当のアイラは彼を不思議そうに見ていた。
そして、信じられない言葉を発したのだ。
「だから、どんどん前に出ていいと、シグルド公子が言っていた」
レックスは耳を疑う。
うん?
どんどん前に出ていい?アイラが?
だから、っていうのは、何だ?
思考が一瞬停止して、それから、突然動き出し、反射的に彼は叫ぶ。
「・・・・なにいーーーーー!!?」
「違うのか?」
「お、まえ。どこまで俺の気持ちをなあーっ」
「?」
「俺は、お前が好きだから、確かにお前が危ないときは手え出しちまうかもしれないけどなあ。それは他人に言われたくねーんだよ!わかってんのか、お前は!」
アイラはきょとんとレックスを見る。彼の突然の剣幕に驚いたように、唇を半開きにして眼を見開く。
きっと、彼の言葉の意味もアイラにはよくわからないのだろう。
レックスはいくらか腹がたったけれど、腹立ちよりも強い気持ちが自分の中にあることに抗えない。彼はやはり降参せざるを得ないのだ。
シグルドにいわれたこととはいえ、それを素直に信じてしまうこの馬鹿娘がたまらなく愛しい。
ずれている。イザークという国の人間だからではなく、きっと、彼女のもともとの性質が生真面目ゆえの、どうしようもないずれ。
けれど、それが嫌いになれない。
ついに思い余ったようにレックスは、無理矢理アイラを抱きしめた。がさがさと枝が揺れ、またも歯がひらりと落ちていく。が、レックスは今度はそれを気にはしなかった。
「レックス、なんだ」
「・・・俺だってタダで助けにいきたくないぞ」
「ああ?お前にこうやって抱かれるのが取引きなのか?そんなことは聞いていないぞ」
「お前、どこまで本当はわかっているわけ?」
「馬鹿だな、レックスは」
と、次の瞬間。
アイラはレックスが信じられないようなことをして、するりと彼の腕から抜けた。
「・・・・な、にすんだよ、お前」
「何ってキス」
「なんで・・・お前から俺にキスするんだ」
「嫌なのか?」
「いやじゃないけど。もう一回してくれ」
「仕方がないな」
アイラはレックスに軽く口付けた。一体何がどうしてそういうことになってしまったのかレックスには全然わからなかったけれど、とりあえず夢ではないな、と確認してもう一度アイラの唇の感触を思い出そうとした。
あまりにもぞんざいで軽い口付け。
グランベルならばあいさつ程度といわれそうなそれでも、今のレックスには十分すぎるほどの衝撃だ。
「・・・なんだよお前は、全部わかってて、どうしていちいち俺の気をひくようなことをするんだ」
「思い出した。お前があんまり私の首根っこをひっつかむものだから、アゼルに聞いておいたんだ」
アイラは肩を竦めてそう言った。
嫌な予感がする、とレックスは眉間に皺を寄せ、恐る恐る尋ねた。
「・・・何を」
「キスすれば静かになるから、って教えてくれたぞ。アゼルはいいやつだな。本当に静かになった」
「…・・・ばっか、やろおおおーーーー!!くっそー、絶対もう、お前のことは助けになんかいかないからな!覚えてろよ!」
アゼルもアゼルだが、やっぱり何もかもこのズレてる女が悪い。
ついに憤慨してレックスは立ち上がろうとした。と、その瞬間。
「お前、ここ、木の・・・・」
「うおおおおっ!?」


「アイラ、今日はまたいつになく血だらけね」
苦笑してエーディンはリライブの杖をアイラに使った。アイラははずれそうになっている肩のテクターを自分でもぎとって、面倒くさそうにその場に投げ捨てる。
「ああ、今日は盾がないから」
「え?」
「ありがとう。じゃあな」
傷口がふさがったことを確認して、混戦中の騎馬隊の中に走っていってしまうアイラ。
その背をエーディンは心配そうに見送る。
「アイラ、大丈夫かしら。あんなに傷を作って……」
「あれは危ない、シグルド公子に一言いってやめさせないと、いつものつもりでやり過ぎになってしまう。今日は止める人間がいない」
そういって近くで聞いていたジャムカは慌ててシグルドの姿を探す。
「ああ、レックスのことを言っていたのね。盾、だなんてひどいわねえ」
「・・・ひどい、のかな。多分、悪い意味じゃないんだと思うけど…・・・デュー!あの騎馬隊の中に伝令にいけるか!?」
「まかせとけ!」
「レックスがいない間はアイラ王女を前線に使い過ぎないように、そういってきてくれ。これ、きずぐすり」
「あいよ!」


その頃のレックスは拠点でアーダン達から手厚く看護をしてもらっていた。
骨折はリライブの杖でも簡単には治らないらしい。もちろん、弄ばれた心も。




Fin




モドル

なんだこの話。
9年前の自分が何を考えていたのか、読み返して絶望した。
ので、少しだけ加筆しました。

10/04/06