軌跡

敵も味方も確認できぬほどの混戦になっていた。
濃霧の中、馬同士がぶつかりあうほど群れて、ヒットアンドアウェイなんて言葉を誰一人実行できぬほどで、それは最悪の事態に近づいていた。
態勢を立て直すためにシグルドが叫ぶ声が聞こえる。
それを耳にしてノイッシュが最初にうまく離脱をした。霧の薄い場所に到達した彼の声を頼りに、シグルド達は戦いながらも後退を始める。
敵はそれを深追いして良いかどうかの判断が付いていないようで、各々の動きにいささか戸惑いが見えるな、とレックスは判断した。
彼の愛馬はそれほど疲れをみせていなかったし、自分の余裕もある。
レックスは、周りの騎馬を扱う仲間の様子を見ながら、自分は最後にその混戦から抜け出ようと考えた。
傷ついたフィンにリライブをかけるために途中で後方から合流したエスリンが、ノイッシュに続く姿は確認した。
歩兵は後から一塊でおいつくはずだったが、それより先に騎馬隊が混戦状態なった。歩兵はまだ辿り着いていないし、もしかしたら彼らは彼らで濃霧に困っているかもしれない。
シグルドはとりあえず歩兵が進んだところまで一時撤退をするつもりだろうとレックスは思う。
敵兵も敵兵でうまく後ろをとられないように混戦から抜け出たい様子がようやく見えた。
「レックス!いくぞ!」
「ああ!」
キュアンの声に返事をする。
深追いする敵兵、深追いする味方がいるのかいないのかこの濃霧ではわかるようなわからないような。
それでもまだ交戦している人間がいるのか叫び声が聞こえた。
「何?まさか、まだアレクが・・・」
あるいは、上からフュリーが離脱するための応戦をしてくれているのだろうか?
しかし、頭上からの応戦はいくら天馬とはいえ濃霧では難しいはずだし、天馬の羽ばたきは聞こえない。
「!」
違う。
後退しようと馬を動かしたレックスは嫌な予感がして目をこらした。
あれは。
「アイラ!?」
なんてことだ・・・。レックスは舌打ちして馬を戻す。確かに今のはアイラだ。
騎馬隊の中に、何故。
「しまった。レッグリングか」
ついこの間レッグリングという魔法のアイテムを手に入れたアイラは、歩兵のくせに気付くと馬が乱戦になっているところまでやってきてしまう。
それはいいのだが、体が小さいのに馬同士の間にはいってくるから視界が悪いところでは瞬時に見えなくなってしまうのだ。
流星剣でも使ってくれればすぐにわかるのに。
「こんの、馬鹿・・・」
決してアイラとて深追いしているわけではないのだろう、とはレックスもわかっている。
アイラはアイラで後退しようとしていたのだが、敵も味方も入り乱れている一番難儀な場所に出くわしてしまっているのだ。いつもは小柄であるがゆえに大事をすり抜けることがほとんどだが、今日はそうはいかないのだろう。
いつもははっきり見える黒髪も、霧の中ではそうそうすぐに判別できるわけではない。
「・・・アイラ!」
レックスは声をはりあげた。
「レックス、どうした!?」
キュアンの声がする。
「大丈夫だ、先に行ってくれ!」
アイラが残っている、なんてことをいっては余計な心配をかけてしまうに違いない。レックスはとりあえずそう叫んでキュアンには先に後退してもらうことにした。
(アイラ、どこだ)
目を凝らしてもすぐには見えない。
(くっそ、好きな女がいるところがわからなきゃ、男が廃るってもんだ!)
とはいえ、自然現象には逆らえない。少し前に進むとやはりまだ敵兵が残っており、即座に戦闘になる。
「ちっ・・・」
槍の攻撃を紙一重でよけることが出来たのは幸運だ。逆に思いのほかの至近距離で槍兵の方が動きにくかったのだろう。
レックスは敵兵をなぎはらうともう一度叫んだ。
「アイラ!」
そのとき。
「・・・・!そこか、アイラ!」
キン、という音が二回した。普段、剣と剣をはじくような戦い方を彼女はしない。けれども、それはアイラの返事なのだと咄嗟にレックスは理解をした。
濃霧の中迷わず右方向に馬を動かすと、視界の不自由な中彼は馬を走らせた。


「大丈夫か」
馬上でレックスはアイラを覗き込む。レックスの前で抱きかかえられるようにアイラはおとなしく座っていた。
返り血を派手に浴び、自身もいくらか傷を負っているようだ。胸当てを固定している皮のベルトももうすぐ切れそうだ。ここまで彼女がひどい様子になったことなぞ、彼は今まで見たことがない。
衣類がいささか破れ、あらわになった太ももの一部に内出血が見えた。
「馬具にぶつかった。馬の方が驚いて走っていったようだ」
「・・・・はーーー」
大きくため息をつくレックス。
「よかったな、踏まれなくて」
「まったくだ」
そういいながらもアイラはけろっとしている。
「・・・よく、見えたな。私からは全然お前は見えなかったぞ」
「愛の力ってやつだ」
「そうか。それじゃあ私がお前を見えなくても仕方ないな」
「かっわいくねーな、お前は・・・」
レックスはむっとした。が、それでもなんだか口元がほころぶ。
「・・・?あまり怒らないんだな、今日は」
「ああ・・・ちょっと感動して」
「?」
アイラは後ろのレックスをみようと、懸命に首を後ろ側にひねる。やっと濃霧から出られそうなところまできたが、レックスは馬の歩調をゆるめた。
「敵兵が来るかもしらんぞ」
「足音も蹄のお供しないだろ」
「早く戻らないと皆が待っているぞ」
「ちょっとくらい大丈夫だろう・・・アイラ」
レックスはアイラを背中から抱きしめる。アイラは驚いた表情を一瞬したが、自分を抱きしめるレックスの腕をそっと掴んだ。が、レックスはめずらしく頑固でアイラが困った素振りをしても力をまったく緩めない。
「どうした、レックス。」
「感動した。俺が好きな女は大陸一の剣の使い手だ。惚れ直した」
「?何をいっているんだ。全然脈略がないぞ」
レックスの顔がアイラの耳元に近づく。ぎゅ、と手に力がこもってアイラはとまどった。何がどうしてレックスがそんなことを言い出すのかまったくわからない。
「霧の中で・・・お前がふるった剣の軌跡だけが、やけに見えた」
「剣の軌跡・・・?」
「お前がふるう剣の軌跡はとても綺麗で・・・俺はいつもそれを見ていた」
レックスは手をすこしづつ緩める。
「気のせいかな。それだけが、霧の中で目に飛び込んで来た。まるで霧をその剣で切り裂くように。そんなことがあるのか、とちょっとばかし感動しちまった」
アイラからすると、その光景がまったく理解できない。やっと自由にしてもらったからだをレックスの方にねじまげる。
「お前がいうことはわからないな・・・一人で感動されても困るぞ」
「多分、俺はお前がどこで剣をふるってても、まあ、目に見える範囲だったらこれから見失うことはないだろうな」
そういってレックスは馬をまた軽く走らせた。
霧を抜けるとシグルド達があつまって陣形を整えているのがすぐにわかる。二人きりの時間はあまりにも短いな、と少しレックスが残念に思っていると
「・・・よくわからんが・・・褒めてくれているのだな?」
「ああ、そうだ。お前は・・・体も心も綺麗だけれど、剣も美しいのだと、そう思った」
「言ってて恥かしくないのか、お前は」
「・・・褒められてるんだから素直にありがとうでも言えっての!」
そういってレックスは前に乗っているアイラの頭を後ろからこづいた。アイラは一度がくんと前のめりになってからその反動をつけてレックスに上半身を預けた。
「不思議だな。今のお前の言葉は、私の・・・何かに響く。剣の軌跡、か」
「・・・アイラ?」
「その言葉は・・・なんだか・・・嬉しいものだ」
そんな風な感情をレックスにアイラが伝えるのは初めてだった。本当はとても驚いたのだが、それはレックスもおくびにもださない。
「・・・そうか。お前はそういう女なんだな。知っていたけれど」
百の愛を語る言葉よりも。
その言葉ではにかみながら小さく笑ったアイラをみてレックスはまた抱きしめたい気持ちが胸のうちから湧き上がる。
それを抑えてシグルド達のもとへと駆けて行く。

わたしには剣とシャナンしか残されていない。

以前アイラはそんなことを言っていた、とふとレックスは思い出した。
そうではないことを教えてあげたいけれど、自分はまだまだ未熟で、彼女に決定的な何かを与えられるわけでもない。
けれど、今はこれでいい。
彼女をまた一つ知ったような気がするし、それを積み重ねて行くように、少しずつでも。
腕の中のぬくもりへの愛しさに感じ入って、レックスは幸せなため息をついた。


Fin




モドル

なんだこの話w
9年前の自分は一体何をww
と思うのですが、とりあえずちょっとだけ加筆しました。

10/04/03