Missing Link

リーンはとても可愛いくってみてるとなんだか笑顔になっちゃう。
馬の上から見てると、くるくる踊っている姿はとても愛くるしい子犬のようにも見える。
「うふふ」
行軍の途中でわたしはちょっと笑ってしまった。
ななめ前を見たらラナと一緒に歩いていたリーンがくるっと一回転する。
「何かおかしいのか」
「えっ・・・あ、違うの。なんだか、リーンって・・・可愛いなあ、と思って。アレスも、そう思わない?」
「ああ・・・そうだな。リーンは可愛い。」
すぐそばまでアレスが来ていることを気づかなかった。アレスはにこりとも笑わないでそう言う。
ちょっと見るとアレスの馬にはかなりの荷物が繋がれている。彼の愛馬はとても頑強だからそれぐらいでもびくともしないようだ。
その代わり、大層もともとも気性は荒くてアレス以外の人間は乗せない。
「ファバルが、惚れるのも無理はない」
「・・・まあ、そうなの?知らなかったわ。」
アレスは平然としている。
わたしはアレスとリーンがとても素敵なカップルだと思っていたから、そのアレスの言葉にちょっと驚いた。
「心配?」
「何がだ」
「・・・気にならないの?ファバルが・・・その・・・」
「ああ・・・そういうことか。いや、いいんじゃないの」
アレスは見た感じよりもちょっと荒い言葉を使うことが時折ある。それは育ちのせいだ、と自分で言っていた。
「ファバルなら、別に。リーンを大事にしてくれると思うけれど」
「えっ?な、何言ってるの?」
アレスは彼にしてはめずらしく小さく笑った。
「俺にとってリーンは妹だったり姉だったり、そういうものだ。それに、その方がリーンも幸せになれるだろう。」
びっくりした。
だってアレスとリーンはいい仲だと思っていたから。
「そうだったの。わたし、誤解していたわ。ごめんなさいね。」
「ああ、いい。みなそう言う。」
それでその話題は終わったかのようにアレスはまた前を向いて馬を歩かせていた。
わたしもなんだか気まずい思いで周りを見渡す。ちょっと見ると、リーフさまと一緒に馬をすすめているフィンの姿が見えた。ここ数日、わたしはフィンと話しをしていない。デルムッド兄さまがそこに混じっていくのが見えた。兄様はとても穏やかな性格で静かな方だからそうやって自分からまじっていくのはめずらしい。
リーフ様は兄様のことをとても親しくしてくれて、「ひかえめなのにやっぱりノディオン王家の血なのかな、不思議なカリスマがあるね」なんて言ってたなあ・・・。
そんなことを思いながらちょっとぼうっと作業のように馬をすすめていると
「その剣」
突然またアレスが話し始めた。
「えっ」
慌てて向き直る。アレスはじっとわたしが腰につけている大地の剣を見ていた。
最近戦闘では使っていない。もっぱらわたしは回復要員になっていた。正直なところセリス軍の回復要員の機動力は低い。
「お前が使うのはふさわしくない」
「・・・」
どういう意味なのかわからなかった。それを問い掛けようとしたとき
「アレス!きみの馬の荷物ちょっと1個おろして欲しいんだけど!」
セリス様の声がそれをさえぎった。

お前が使うのはふさわしくない
どういう意味だったんだろう。
アレスに聞けないままその日は山間の村に世話になることになって、村近くで野営をすることになった。トラキアからミレトスへの道はあまり村がないから補給もきちんとしなくてはいけない。
交代でたつ見張り番の組がセリスさまから伝達される。今日は運よくわたしはそのまま寝てもいいことになった。
食事の準備ために野菜を洗う準備をしているとリーンの声がした。
「アルテナさま、そんなことをなさらなくても!」
「いいのです。わたしもみなと同じように働きたいの」
「でもっ」
テントを男性が作っている間に女性はみんなで食事の用意をする。芋がいっぱいつまった袋をアルテナ様が運ぶのをちょこちょことリーンが止めようとしていた。
「でもアルテナさまは」
「わたし以外に他にも王族の血を引くものはたくさんいる。そうでしょう」
「んんーー、たくさん、でもありませんけどっ・・・」
「アルテナさま、力仕事はわたしがやりますから女性しか出来ないことを手伝っていただけますか」
リーンの後ろからフィンがやってきて、さっとアルテナ様がもっていた袋をかつぐのが見えた。
「フィン。」
「みんなに混じって働いてはもらいますが、これは女性の仕事ではないですよ」
「・・・そうね、じゃあそうします。ありがとう。リーンもごめんなさいね」
ああ、どうしよう、わたしまた。
あの二人に嫉妬しているのだわ。
アルテナさまは懸命にみんなに交わろうと努力なさっているから時折無理をなさるときがある。
それをフィンはとても優しくフォローをしている。
リーンはわたしが見てたのに気づいて軽い足取りで近づいてきた。
「余計なこと、だったでしょうか。アルテナさま、ちょっと無理そうなこともお一人でやろうとしていらっしゃるから」
「ええ、わたしもそれはちょっと思っていたの。一所懸命なんだと思うわ。」
「そうですよね。」
「父がああやってフォローしてくれていれば、そのうちアルテナさまも加減がすぐわかるでしょう。聡明な方みたいだもの」
「そうですね。・・・ねえ、ナンナさま。あっ、野菜洗いにいくんですね。ご一緒していいですか。わたしもほら、準備してたんです」
「ええ」
手にかごをもっているのをリーンはみせた。わたし達は今日使う野菜を無造作においてあるところにいってかごの中にそれをいれた。
野営のときは大体川にいくことが多いけれど、今日はすぐ側の村が井戸水を貸してくれる。リーンと歩き出すと、前にフィーとティニーが一緒に歩いているのも見えた。
「ナンナ様、最近ちょっと元気がないようですよね」
リーンはずばりとそのことを口にした。
「・・・そうかしら」
「アルテナ様のことですか?」
図星を言われて、わたしは一瞬固まる。それだけで肯定の意味になってしまう。
それはその通りだった。アルテナさまが加わってからわたしは駄目だ。
フィンが彼女といる姿、リーフ様が彼女といる姿をみかけるだけでなんだかいたたまれない気持ちになってしまう。
わたしは、違うのだ。
そんな妙な疎外感。アルテナ様はわたしとも隔てなく話をしてくれるけれど・・・。
「やっぱりご自分のお父様が・・・その、若い女性とよい仲になるのは、嫌な物なんですか」
「えっ」
思いもよらなかったことをリーンが言ったので私はちょっと仰天してしまう。
ああ、そうだった。わたしは今でもフィンのことを父と呼ぶから、あとから仲間になった人たちはいまだにフィンはわたしの父だと思っている人も少なくない。
(でも、きっとアルテナさまには・・・説明なさってる気がする)
それは、別に構わないことだったけれど不思議と「アルテナさまにだけは」みたいな気持ちになってわたしはまた嫌な女の子になってしまう。
「リーン、あのね、わたしはお父様の本当の娘じゃあないの。ごめんね、知らなかったのよね」
「えええっ?」
「わたしの本当のお父様はもうなくなっているの。育ての親、みたいなものだわ」
「そ、そうだったんですか。うわあ、ごめんなさい、存じませんでした」
リーンは困った顔でわたしを見た。
「ううん、いいの。だから、お父様がどなたと仲が良くても別に・・・お父様だってまだお若いのだし」
「・・・でも、ナンナさまはそうおっしゃりながら元気がないです」
不安そうにわたしを見るリーンがなんだか可愛らしくて、またわたしは笑ってしまった。
「うふふ、そうね。そうかもね。でも、大丈夫よ。ほら、わたしリーフ様と兄妹のように育ったから、本当の姉君がいらしゃってちょっとお兄さんをとられた気分なのかもね。」
わたしはそうやって自分とリーンを騙そうとした。
可愛らしいリーンはちょっと寂しそうな顔で小首をかしげた。
「そうですか。ふふ、でもうらやましいです。わたし、親兄弟小さい頃からいなかったから。」
「そうだったわね、わたしこそ甘えたこといっててごめんなさい」
「いえ!そんな。」
にこ、と微笑むリーン。
「アレスとリーンは、恋人同士なの?」
「そうなったらいいなあ、って思ってたときもありましたけど・・・今は違います。わたしには、弟のような兄のような。一番近い人なのは確かですけれど。」
アレスと同じことを言っている。
「じゃあ、リーンは誰が好きなの?」
「えっ、そんなの、急にっ」
そういいながらもリーンはやっぱり思い人がいるらしくって照れている。
わたしもこんな風に振舞えたら良いのに。ああ、また、わたしったら。
自分だけ不幸ごっこをしている気がした。こんな自分もいやだわ。
「ナンナさま、内緒にしてくださいます?」
「ええ。」
「わたし、ファバルが好きなんです」
わ。
なんだ、両思いじゃない。
「・・・告白してみたら?」
「そんな、わたしっ、きっとダメに決まってますもの。だって・・・みんな、わたしはアレスの恋人だと思ってるみたいだし。信じてもらえないと思うし、信じてもらえてもわたし・・・周りにはもっと可愛い女の子がたくさんいるからっ。えへへ、」
「絶対大丈夫だと思うわよ。多分、それはアレスも保証すると思うわ」

みんなが寝静まる頃にわたしはまた目が覚めてしまった。
同じテントの中にはパティとティニー、フィーがいた。3人ともよく眠っている。
最近のわたしは頭がおかしいのかもしれない。フィンとアルテナさまの姿を見た日は絶対に簡単に眠れっこないのだ。
そうっとテントを出る。
ぱちぱちと火をたやさないようにしている。そこには何故かセリスさまとスカサハがいた。
「セリスさま、お休みにならないのですか」
「たまには僕も夜番しようかなって。ね、スカサハ」
「なんで私にふるんですか」
わたしは笑った。セリスさまはシャナンさまやスカサハと話しているときは妙に子供っぽいところが見える。
「なーんていっても、僕は見張りじゃなくて火の番くらいしかさせてもらえないけど」
「当然です。」
「ちぇっ」
リラックスしている様子がわかって、わたしはそんなセリスさまをみてなんだかほっとした。いつも一人で何もかも背負っているこの人が笑っているのは、わたし達にとっても嬉しいことだ。
「ちょっと気分転換に涼んできます。すぐそこまで」
「ご一緒しましょう」
スカサハはラクチェと違ってわたしに敬語を使う。腰をあげようとしたけど、わたしは首をふった。
「スカサハはセリスさまとゆっくりお話でもして。そういう機会も少ないんでしょうから」
「ナンナ、ありがとう」
「いいえ。礼をいわれることではありませんよ」

夜番の見張りに何人か立っていて挨拶を軽くしてわたしは村のはずれにある池の前まで来た。
眠れるようになるにはもっと体を動かして疲れさせるか、それとも・・・。

お前が使うのはふさわしくない

アレスの言葉がよみがえる。
何か、見透かされている気がした。
恐い。
何が恐いのかわからなくなってきた。
わたしは、わたしがおかしくなっていくのが恐いのかしら?
「わたし・・・いっそのこと、ここからいなくなった方がいいのかもしれない」
それは名案のように思えた。わたしがこれ以上おかしくならないように、フィンに、アルテナさまに、リーフさまにもう2度と会わないところへいってしまえばいい。きっといつか時間がたってこの気持ちが淘汰されて、わたしは普通に・・・戻れるのかしら。
でも。
でも、フィンに2度と会えないなんて、耐えられるのかしら。
「ナンナ」
「わあっ!!」
突然呼ばれてわたしは飛びあがった!
「あ、あ、アレス。びっくりしたわあ・・・」
「何度か呼んだんだが。」
「ごめんなさい、ぼうっとしていたみたい。」
振り向くとアレスがたっていた。後をつけてきたらしい。
「あまり離れた場所にいくと危ない。もう少し陣営に近いところへ戻ってくれ」
「あ。ごめんなさい」
「いや。それに、一人で夜中歩くもんじゃあないだろ。いくぞ」
それでも、わたしはなんだかすぐにアレスのあとをついて戻っていく気分ではなかった。
「ん、どうした?」
「・・・もうちょっとだけ、ここにいちゃだめかしら」
「駄目、ということはないが」
「わがままいってごめんなさいね。なんか、まだそっちに戻りたくなくて」
そういってわたしは池のほとりに座りこんだ。草がおいしげっていて、ちょっとあったかい風が吹く。
「大丈夫。本当にすぐ戻るから。アレスは先に戻っていて」
「無理を言うな。」
ふう、と溜息をついてアレスはわたしの隣りに座る。
「最近お前はなんだかおかしい。どうしてお前の父親やら義兄弟(リーフ)はそれを放っとくんだか。」
「驚いた。あなたがそんなところまで見ているなんて」
「気になる。」
それがどういう意味なのかはそれ以上アレスは言わなかった。
なんだかわたしもそれを聞いてはいけない気がしてそのまま黙り込む。
「・・・わたしは、この剣をもつのにふさわしくないの?」
「と、思った」
「どういう意味・・・」
「お前は、あまり心が強くないから、戦とはいえ他人の命を奪って自分の力に変える、そんな魔剣を使うことに耐えられるような人間だとは思わない。違うか?」
「また、驚いたわ。アレスはわたしのこと、なんだか詳しいみたいね」
「・・・血が繋がってるからじゃないか?」
そうだった。
不思議とそのことはすぐにわたしは忘れてしまう。
「デルムッド兄様のことは?」
「知らない。男のことは」
「まあ!アレスってそういう人だったの?」
「信じるな」
そういって苦笑いをアレスはした。
いつも彼はとっつきにくいような気がして、そんな彼だからこそリーンみたいな女の子に心を開いているのだろうと思っていた。
「どうしてこの剣はわたしにしか使えないのかしら。」
「いっただろう。「魔剣」だって。俺のも、そうだけれど」
とても真剣な表情でアレスはいった。
「そこには、恐ろしい・・・呪いに似た祈りが秘められているように思える」
「アレス、知っているの?」
「俺が、もし俺の父親だったら、自分の妹にそんな恐ろしい剣は渡さない」
そういってアレスはたちあがった。
その目はわたしを見ていない。空の闇だけをみつめているようにも見える。
「誰を犠牲にしてでも生き残れ。人を傷つけることで自分の保身をしろ。そうまでして、生き残る義務がお前にはある。なんだかそう言われているような気がして、俺は好きになれない。もし、最初は本当に自分の妹を思っての祈りだったとしても・・・生き残った人間にとって、それは呪いにしかならない。ナンナはどう思う?」
どうしてなのかはわからないけれど、アレスがいっていることはとてもよくわかる気がした。
「もしもリーンに渡したら、あいつはきっと捨てるだろう。・・・フィンに聞いた。お前の母親は俺の父親をとても慕っていて、それを形見として大事にしていたと。お前はそれを、母親の形見と思って身につけているのか?それとも、なんて便利な剣なんだろう、と敵を斬っているのか?・・・まさかな」
わたしはそれに答えられなかった。いくぞ、と小さくアレスはいって背を向けて先に歩きはじめる。
とりあえずわたしはたちあがってみたけど、また足が止まる。まるであそこに戻ることを恐れているようにわたしの足はすくんでいる。
わたしが動く気配がないことを知ってアレスはまた呆れたように振り向く。
「なんだ、お前は一人じゃ歩けないのか」
そういってアレスは戻ってきて、無造作にわたしの手をつかんだ。
「アレスっ」
「一人では戻れないのかと思って。」
「・・・あなたは、どこまで、わたしのことを知っているの」
「知らない。勝手に感じたことを言ってるだけだ」


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モドル