Missing Link-2-

俺が本当に小さい頃から母親は俺の父親を呪っていた。
好きで好きで仕方なくてずっとエルトシャンの影でエルトシャンだけを待ち続けた女。
エルトシャンは母よりもエルトシャンの妹が大事で、最後までそれは変わらなかったという。
母は完全にそう思っていた。
あのとき、ラケシス様がシグルド軍にいなければ。
ミストルティンを持っているエルトシャン様のクロスナイツが負けるはずはなかったのに。
あの兄妹は背徳の兄妹だ。
どんなに私にお前がいたとしても。
泣きながら俺を抱いていた母は、とうの昔に気が狂っていたのかもしれない。
愛された幸せな結婚だったはずだ。
母の部屋にはエルトシャンと母の肖像画が飾ってあった。それは婚礼をあげた頃のものだったようだ。
その二人を見る限りには、絵師に偽りがなければ幸せそうな2人にしか見えない。
母親はラケシスを憎んでいた。こんなはずではなかった。嫌ってはいなかったのに、どうして、どうして、
どうして、どうして。
嗚咽。
まだ本当に幼かった俺の記憶巣に、その言葉はおそろしい密度で植えつけられた。

ナンナを始めて見たとき、俺は目を疑った。
遠い昔の、忘れ去ったはずのなにかが記憶巣からひっぱりだされる、あの不思議な感覚。
目の前にいる金髪の少女。
俺は会ったことがある。
きりきざまれた1枚の肖像画。
あれは一体なんだ?
それが、母が憎んでいた女の肖像画だったのではないか、と思えるようになったのは大地の剣をみてからだ。
「君にとってナンナは従妹ということになるね」
「・・・従妹。」
レヴィンがとりたてておもしろくもなさそうに最初に教えてくれた。
「あの子の母親はノディオン王家のラケシス姫だ」
「あの子と、あの子の母親は似ているのですか」
「ああ、そっくりだな」
「・・・」
やはり。
俺の母親が呪いつづけた女の娘。
デルムッドはその息子。
しかし、デルムッドはラケシスに似ていない。いや、ナンナが似過ぎているのだろう。
それを見ては、俺はいたたまれない気持ちになる。
俺の母親の気をくるわせる元凶になったのは、俺の父親とその妹のラケシスだ。
俺にも、ナンナにも、その血が流れているのだ。
誰の体を切っても、同じように赤い血は流れる。でも、本当は違う。
同じだけれどそれは違うものなのだ。
自分でもどうしてそう思ったのかはわからないけれど、俺は、ナンナと同じ血が流れているのではないかと、ありえない、検証も出来ないことを考えていた。

トラキアを解放した後のある晩、今後の進軍を話し合う為に戻ったミーズ城の外壁まわりを歩いていたら、窓辺にナンナの姿が見えた。月明かりが彼女を照らしているのか、とてもその姿は美しかった。
けれど、窓辺に立つ彼女は大事そうに大地の剣を抱き締めている。
彼女は剣士ではない。
それに、それほどラケシスのことを慕っているとも聞いていない。それとも女は母親のことを無条件に慕うものなのだろうか。
そんなことを思うことも俺らしくないといえば俺らしくないことだった。そのうえ。
なんだか不思議な胸騒ぎと好奇心にかられて俺はあわててナンナの部屋の近くまで行ってしまった。
部屋の前までいった頃、ほんのちいさなかすかな声が聞こえる。
それは耳をすまさなければ聞こえないくらいの声だ。
声、というよりうめきに近い。
何かを耐えるような、悶える声。
ノックをしようか、しまいか、俺は悩んだ。
が。
面倒な関わりはごめんだ。
ならば来ることもなかったのに、とも思ったけれど。

「なんか使いこんだ感じがしない?ナンナの剣。いい感じ。」
ラクチェがスカサハに言っていた。
「でも、あんまり使ってるところ見てないんだけどな」
「そうね。でも、ほら、ナンナにしか使えない剣だからちょっとだけでも使いこんだように見えるのかな?」
どうということのない双子の会話が俺の耳に飛び込んだ。
それには何かひっかかりがあった。
そんなこともあって、ちょっとだけ気に留めてナンナを見てみるか、と俺にしてはめずらしい好奇心を発揮して誰にも気取られないようにナンナを見ていようかと決めた。
行軍も馬同士だから戦のときだって様子は見える。
こんなに他人が気になったのは初めてだ。いや、リーンは別格だ。
リーンがいなければ俺は今きっと生きていない。そこいらでのたれ死にするバカな傭兵でいたことだろう。
ミレトス地方へ向かう前に一度ハンニバルの好意で身をよせたカパトギア城付近で、トラキア軍の残党が襲い掛かって来たことがあった。
「アレス、大丈夫?」
「ああ」
混戦の中、ドラゴンの群れをかいくぐってナンナは俺にリライブをするためにかけつけてくれた。
さすがに彼女も無傷というわけにはいかず、逆にてやりの集中攻撃を浴びそうになってしまっていた。
「ナンナ、俺の後ろにさがってろ」
「ええ」
俺にリライブをかけ、ナンナは後ろにさがった。彼女も傷を負っていたし、敵兵の数も案外多かった。ファバルやレスターが遠くで確実に応戦をしているのが視野にはいったけれど、俺とナンナは少し離れたところにいたから自力でなんとかするしかなかった。
そういうときは大地の剣の使いどころだと俺は思っていた。
それでも、ナンナはそれを使わずに、自分にきずぐすりを使ってから銀の剣を持って迎撃を始めたのだ。
大地の剣をつかえ、と言おうとして俺はそのとき気づいた。
使いたくないのか。・・・それとも。
母親の形見だから大事にもっていたいのか?いや、そうではなくて・・・。
ナンナにとって、他に使う必要があるから・・・・?
妙な胸騒ぎがした。
この、気持ちが穏やかで優しい物腰の少女は、もしかしたら何かを抱えているのではないかと俺の勘がそれを告げた。
他人のことに関わるのは好きではない。それは俺の主義じゃあない。
それでも、こんなに他人が気になることがあるなんて。
「ちっ・・・柄じゃあねえな・・・」
最近ちょっとひそめていた荒い言葉が知らずに出てしまう。それが案外自分では好きだった。
俺は、自分がノディオンの人間ではなくて、どこの馬の骨かもしれない人間でいる方がいいとずうっと思っていた。

デルムッドはとても使命感が強くて穏やかだけれど誠実で信じられる男だと思う。
誰もが俺をエルトシャンに似ているといい、俺がノディオンの正当な後継者なのだと言う。
けれど、きっとそれはデルムッドがなるべきなのだと俺は感じていた。
俺の心の中にあるノディオンに対する気持ちは、すべてが個人的で愚かでどす黒い感情だ。
ナンナを見ていたら不思議なイメージが俺の中で涌き出てきた。
エルトシャンと母の肖像画。
とても幸せそうな2人。
けれど、エルトシャンのとなりにそっと座る女性は、何故だかもう1枚の・・・母親が切り刻んでいたラケシスの方がしっくりくると子供心に思っていた事が、鮮明に思い出された。
「アレス、恐い顔をしているわ」
朝起きて中庭に出たところにある井戸を汲み上げて顔を洗っているとリーンがやってきた。おはよう、アレス、と声をかけた彼女の表情が俺を見てこわばる。
「どうしたの?」
「なんでもない・・・ちょっと子供の頃のことを思い出していた」
「そう。アレスはもともとあまり愛想がよくないんだから、そんな顔してるとますます恐いわ」
小さく笑って見せるリーンは、それ以上は聞かない。
「あっ、おはようございます」
「おはよう」
通りかかったフィンが俺達に挨拶をする。
「おはようございます」
一応年齢が離れているわけだし先の大戦の経験者だから、俺はフィンにはとりあえず敬語を使って見たりする。
逆にフィンはそれもなんだか困る様子だけれど。
「もしかして、今お帰りですか」
「ああ、アルテナ様とトラキア城を出たのが結構遅くてね。本当は夜のうちに戻ってきて昼前の軍議に出ようと思っていたんだが・・・。」
疲れたようにフィンは笑った。
ミレトスに向う大まかなルートが決まってから、改めて昨日セリスを筆頭にフィンとアルテナとハンニバルは周辺の城をまわってくる予定になっていた。リーフ王子もそれに加わる予定だったが、そうすると残ったものをまとめる人間がいなくなるから、シャナン王子と共に総括部を率いている。
昨日まで俺達は出発の準備をするためにミーズ城で武器やら食料やらの点検をしていた。フィンは昨日はトラキア城に留まってこまごまとした指示をきっと明け方まで出していたのだろう。トラキアは特にレンスターとは因縁の国だから、ここから去るにも多くのことをやっておかなければいけないのだ、と言っていた。詳しいことは俺にはわからないし知りたいとも思わない。
フィンは最近いつも疲れている。そうリーフ王子が心配そうにナンナに言ったのを聞いたことがあった。
このレンスターのデュークナイトは少し影があるけれど親しみやすい人柄でみなに頼られている。若作りのせいかオイフェよりも俺達の年代からは話しかけられやすい。
けれど、俺は何故だかこの男があまり好きではない。
なんだろう、なんと言えばよいのか・・・この男の人生は騎士らしく国や主への忠誠心ですべてが動いているように見える。
本人がそうしようとしているのか、しらないうちにそうなってしまったのかは俺にはわからない。
時折ナンナがフィンに見せる寂しそうな表情は、この男が自分の娘をかえりみないでレンスターというモノに命の誓約をしているからなのだろうか?もちろん、そんなことは親子のことだから実際はどうかはわからない。ただ、傍目から見ると仲が良い親子にみえるこの2人は、時折リーフ王子を守るための同盟を結んだ上官と部下、に見えることも少なくはない。
「お父様、お帰りなさい。」
フィンの後ろで声がした。
「ああ、ナンナ。おはよう。」
「リーン、アレス、おはようございます。」
ナンナが姿を現す。
「ああ。」
「おはようございます」
フィンは疲れた顔で笑う。
「お帰り、遅かったんですね。お疲れ様」
「ああ。アルテナ様の残処理がかなりあったものだから。」
「そうですか」
「わたしはこれから一眠りするから。2時間ばかりしたら起こしてくれ。」
「わかりました。無理はなさらないように」
「ありがとう。」
その会話はなんだか夫婦のようだ。リーンは2人の会話を聞かないで食事当番だから、といって既にいなくなっていた。
俺は何故だかその場をすぐに離れないでフィンが立ち去るのを待とうと思った。
「ここの井戸水は気持ちいいわよね」
ナンナはそういってフィンの前を通り過ぎて俺の方へくる。それへ何か声をかけようとしたのかフィンが振り向いた。
その瞬間。
「!」
フィンの顔つきが変わる。何か驚いたような顔だ。もちろん俺の方に歩いてきたナンナはそんな表情は見ていない。
「何か」
と声をかけるとフィンは慌てたように
「い、いや、なんでもない。」
ナンナが一体どうしたのだ、という風にフィンと俺を交互に見る。
「・・・俺とナンナはそんなにエルトシャンとラケシスに似ているのかな?」
「・・・ああ。それで、驚いたんだ。すまないね」
苦笑してフィンは背中をむけた。ナンナの表情がこわばったのが俺にはわかったけれど、何も言わなかった。
エルトシャンに似てるとは言われ飽きたが、自分の母親が呪いつづけた女にナンナが似ているといわれるのは妙な気分になるものだった。ここに俺の母親がいたらどうなっていたのだろう?
俺の近くにきて水を桶にあけたナンナは顔を洗い始めた。
何度も何度も、ナンナは顔を洗っていた。不必要なくらい水をつかって、何度も顔をすすぐ。
なんだ、お姫様は水を無駄に使うな、と思ったけれど、不自然で本当は顔を洗うのもどうでもいい、という雑な動きだった。そんなに水を使わなくても、と口に出そうと思った途端に俺の脳裏に突然それはひらめく。
自分で言うのもなんだが、最近俺は以前より人間と交わるせいか、相手の行動が前にもまして「見える」気がする。
ああ、そうか。
ナンナは、泣いているのだ。理由なんてわからないけれど。
俺はどうしていいのかわからずそっとその場を離れた。そこに俺がいてはいけないのだと、そう思った。


村の池はとても静かだ。ナンナはそこに大地の剣をもって歩いていった。
夜番の者に挨拶をするときはとても笑顔でいつもどおりのナンナに思えたけれど、そっと俺が後をつけていった途中からのその表情は暗闇でそうっ遠くから覗いても険しいものだとわかった。
そんな表情は見たことがない。何かにおいつめられているような、眉が寄って、唇が必要以上の力をいれられているような、そんな顔は、彼女には似合わない。
なんとなく理由はわかった。リーンが心配そうに俺にいったのは、アルテナのことだった。
ナンナはきっと自分の家族をとられてしまったような、そんな気でもしているのだろう。それはハズレではないと思う。
けれど、俺が見た限りでは、彼女の表情はもう少しおいつめられたようなものだった。
無論ナンナのことは何一つ俺にはわからないから、どこまで自分の勘を信じて良いのかは全然わからなかった。だというのに。
なんだろう、この胸騒ぎ。
ナンナは池のほとりでじいっと池をみつめている・・・ように見えたが、考え事をしていたのかもしれない。
俺はナンナに話しかけた。
振り向いたナンナは、月の明かりに照らされていつもとは少し違う人間に見えて・・・。
より、あの肖像画・・・ラケシスに見えた。
俺はよく小さい頃からエルトシャンそっくりだといわれていた。
けれど、ここにいるのはエルトシャンとラケシスではない。


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モドル