Missing Link-3-

小さいながらもその町には道具屋や武器屋があった。
さすがにこれだけの軍の武器を仕入れたりするには問題があるから、ほとんどのものは行軍をはじめる前に準備を終えていた。
出発までに修理が間に合わなかった武器をもっていくくらいだ。アレスは武器の手入れが日課だから決してそれを怠ったりしない。
けれど、元来踊ることが本業であるリーンはそうではない。
新しい武器なんてもともともたないから、セリスが使っていたレイピアをリーンはもっていた。無邪気に「セリス様の剣だったんですって。なんか、おもしろいね」とリーンはいう。自分のような身分のものがセリスの「お古」を使うというのがおもしろい気分になるらしい。アレスはそれはよくわからない。
が、そのレイピアもそろそろ使いこみが激しくなってきたのをアレスは知っていた。
そもそもセリスが前線で使いこんでいた武器だ。ほとんど剣を使うことがないリーンがもっていたってやはり数回は使うこともある。保身のためだけのものでも使えば耐久度はさがる。当然のことだ。
「ありがとう、アレス」
「いい。ついでだから」
リーンが武器屋にいくのを面倒がっているのを知っていたアレスは、代わりにレイピアを奪ってもっていった。
今日もまたセリス達はせわしく進軍のための準備をして、細かいチェックをしている。なんといってもこれから先はほとんど村がない状態だ。慎重かつ迅速な準備が必要だ。先に出していた斥候役が昼頃には戻るだろうから、進軍ルートもそれで確定して出発をするはずだ。
が、アレスはそういうことはまるきり不得意分野だったから、彼は自分で出来ることだけをすることに決めていた。
村の修理屋はこじんまりとした場所にあって、綺麗とはいえないけれどとても手入れが行き届いた家屋だった。
朝からそちらへむかうと、村の子供達がそこここに走りまわっている。
最初は子供達もおどおどとしていたが、セリスが村長に挨拶にきた姿を見て安心したらしく子供達までがきちんとアレスに挨拶をしてきた。
「おはよう」
「おはようー、にいちゃん」
それへあまり慣れない愛想笑いをしてアレスは返す。
「おはよう」
どうも、これも彼には不得意分野らしい。

修理屋についてアレスはレイピアの修理を頼んだ。他に頼まれものがあるからちょいとかかるよ、と気の良い親父がいうと、これでも飲んでな、と奥さんが冷たい飲み物を出してくれた。
アレスはおんぼろの、尻がすぐ痛くなりそうな硬い木の椅子に座って修理屋の働きっぷりを見ていた。
外では子供達が騒ぐ音が聞こえる。中では親父が武器を修理する音が響く。
「おはようございます、もうやってますか?」
キイ、と音がしてドアがあいた。
ふとアレスがそちらを見ると、なんとナンナがやってきた。
「!アレスっ・・・」
「おはよう」
まだ今日は会ってなかったな、とのんびり挨拶をアレスがすると、ナンナは表情をこわばらせた。
「あいよ、いらっしゃい」
威勢がいい親父が声をかけた。が。
「ナンナ!?」
次の瞬間ナンナはドアを閉めて走っていってしまう。何の心当たりもないアレスとしては、ナンナの慌て方がよくわからない。
アレスはたちあがった。
「親父、すまないけれどちょっと・・・」
「あいよ、どうせすぐ出来ないからな。ごゆっくり」
その言葉を聞いて速攻でアレスはドアをあけて出ていった。
親父とおかみはそれを見送って
「・・・いいねえ、若いって」
「武器屋でおこるラブロマンスなんて、滅多にないもんみちまったなあ」
と呑気に笑っていた。

ナンナが走る姿は思ったより可愛らしいな、とアレスは走りながら思っていた。
普段馬にのって走っているからだろう。ラクチェなんかはもともと男まさりな走り方だし、パティだって職種柄素早いけれどそれはもう男顔負けの走りっぷりを見せてくれる。
それから比べればナンナはやっぱりお姫様なのかと思ってしまって、こんな状態なのにアレスを笑わせてくれる。
村からはずれた方へナンナは向っていた。
1度も振り返らないで走るのは、それだけ動揺が激しかったことを伺わせる。
アレスだって普段は馬に乗っているけれど、何年も傭兵稼業をやっていたのだからナンナよりずっと鍛えられている。村をはずれた林に入る手前でナンナが息をはあはあときらせて座りこんでいた。
一方おいついたアレスはふう、ふう、と何度か呼吸を整えると然程堪えたようでもなくちょっと汗ばんだ程度だった。
「大丈夫か。急に走らなくても」
「ど・・・どうして、ついてくるのっ・・・」
「ナンナが逃げるからだ。」
「ふあー・・・。わたし、こんなに走ったの、ひさしぶりかもしれない、わ。馬って、大変なのね・・・」
ナンナは目の前に立つアレスをみあげて小さく笑った。まだ息を切らしている。
「あれは、そういう生物だからな」
「疲れるけど・・・気持ちいいわね。小さい頃は、もっと・・・リーフ様と走ったりしてたから、足には自信があったのだけれど・・・鍛えないと。わたし、子供の頃は・・・リーフ様より早かったのよ・・・」
そう言ってやっと息が整ってきたナンナは首を小さくかしげて笑って見せた。その笑顔はいつも通りのナンナで愛らしい。アレスはそっとナンナの前に座った。
下は雑草がおいしげっていて道をはずれたところだった。村人の声が遠くに聞こえる。
「なんで逃げたんだ。俺は嫌われているのか?昨晩のことを何か怒っているのか」
「・・・ううん。」
「じゃあどうして。それとも、答えたくないか。見事な走りっぷりだったしな」
「アレスったら意地悪ね。」
ふふふ、と声をたててナンナは苦笑してみせた。
「怒られると思ったんですもの」
「何が。なんで俺がナンナが修理屋にいくことを怒るんだ」
「・・・だって、アレスって妙に勘がいいじゃない。」
「うしろめたいことがあるってことか。・・・ナンナのことはあまり知らないけれど、それでもナンナらしくない気がするんだが。」
「そうね。わたしらしくないのかも知れないわ、みんなから見れば・・・」
そう言ってからナンナは言葉を止めた。
風がほのかに吹く。
いつもなら面倒になってどうでもいいや、となってしまうアレスだが、それこそ「彼らしくなく」辛抱強くナンナの言葉を待っていた。何をするでもなくただ座ってじっと待っているだけだ。
「剣を・・・修理してもらおうと思って・・・」
「そうだろうな、修理屋なんだから。」
「・・・大地の剣を」
アレスは怪訝そうにナンナを見た。ナンナはまたそこでだんまりしてしまう。
「何に、使っているんだ。」
「・・・何って、戦に」
「どうして隠そうとするんだ?その剣がふさわしくないと言ったから気を悪くしたのか?それに、本当に戦で使ってるんだったら、俺だって別に怒る筋合いなんかないじゃないか。逃げることは無いのに。」
アレスは呆れたようにそう言った。
ナンナは目を合わせようとしないで草をじっと見ているような、実は何も見ていないような、曖昧な表情で下を向いている。
「何を過敏になってるんだ?」
「でも、アレスがいてくれてよかったのかもしれない。」
「え?」
「私、この剣を修理しようか、やめようか、すごく悩んだの。」
そういうとナンナは腰にさしていた大地の剣を手にした。それから、鞘からその剣をひきぬいてアレスに見せた。
アレスは驚いた。大地の剣は刃こぼれしていて、それでも妖しく光っている。
「いつ、壊れたんだ?この前のドラゴンナイト戦か?まあ、確かにあまり強度は強くなさそうな剣だしな」
「・・・」
「母親の形見なら、修理すればいい。どうして悩むことがあるんだ?・・・昨日、俺が言ったことを気にしたのか。」
「違うの。そうじゃないの。」
「じゃあ、なんだ?」
「どうしよう、アレス」
そういうとナンナはぎゅっと祈りのポーズのように自分の両手を胸元で組んで、うつむいた。
泣いているのではないな、とアレスは覗き込んで確認をする。けれど、ナンナの顔色はさきほどの息を切らしていた紅潮していた顔ではなく、既に蒼白だった。人間はこんなにすぐに心の変化が出てしまうものなのか、とどこか冷静にアレスは驚いていた。
「誰にも言いたくないのに、自分で抱えていられなくて、でも、誰に言ったって私、馬鹿な子だって笑われたり嫌われたりすると思って、でも・・・この剣があったから、普通にしていられたけど、この剣がなくなったら私、どうすればいい?」
「ナンナ?」
「隠さなきゃいけない隠さなきゃいけないと思って、でもどこかで思ってた。誰かが気づいてくれるのかもしれないって。助けてくれるんじゃないかって。それはただの甘えだって、でも、私、知っているの」
そういって顔をあげたナンナはとても毅然とした表情だった。アレスは何がいいたいのかと少し苛立ったけれど、ナンナの表情を見てまた口をはさまないでおこうと黙った。
「一番知られたくない人に一番気づいて欲しいなんて、贅沢よね」
それからふわ、と見たことがない悲しそうな笑顔をアレスに向けた。
「アレス、わたし、頭がおかしいのかもしれないわ」
「どういうことだ」
「わたし、時々眠れなくなるの。最初は気が狂うかと思ったわ。そういう晩の朝までが長くて長くて。考えたくないことがぐるぐるまわって頭から離れないの。弱くて情けないわよね。」
「眠れない、か」
「それがどんなに・・・戦があった日でも眠れないの。」
またナンナは悲しそうに笑った。
「誰か・・・ラナとか、あとは・・・オイフェとかに相談したらいいんじゃないのか」
アレスはとりあえず思い付いた名前をあげてみた。けれどナンナは首を横にふった。
「どうして眠れないかはわかっているの。でも、それは誰に話しても解決しないことだから。」
「でも、眠れないのは困るだろう」
「この剣が、眠らせてくれるの。」
そういうとナンナはたちあがった。
「お願い、アレス、わたしを嫌わないで。」
「・・・わからない」
「アレスは正直ね。」
「ナンナだって、本当はそう思ってないんだろう。俺とナンナはそう仲がいいわけじゃない。別段俺に嫌われても困らないだろう」
「・・・そうね。」
「俺じゃない、誰かにいいたいんじゃないのか。嫌わないでくれ、ってさ」
「そうね」
ふうっと息をナンナはついた。
優しくしてやることは出来ない。アレスは自分の不器用さに自分自身で呆れた。
それでもそこで、嫌わない、という保証は出来ないから正直に答えることが彼の誠実さなのだろう。
「わたし、この剣で自分以外のものを傷つけたことは2,3回しかないわ」
「・・・何・・・?」
「だって、夜になると心が痛いんですもの。それを忘れたいの。体が痛くなればそれどころじゃなくなるでしょ?」
「な・・・に言ってる」
「傷が癒えるときに、きっと、その日痛んでいた気持ちも治してくれるんだわ。」
「何を言ってるんだ、お前!」
アレスは声を荒げてたちあがった。
ナンナは決してアレスから視線をそむけたりしないで、小さく笑って言った。
「だって、この剣で刺せば眠れるんですもの」
「ば・・・」
未だアレスはナンナが何を言っているのかわからない、いや、わかりたくなかった。
いつだってナンナはセリス軍のみんなと仲がよくて、穏やかで優しくて、ノディオンの血筋だというのにまったくお高くとまったところもなく愛されていた。ラナのように大人し過ぎることもなく、ラクチェのように男まさりすぎることもなく、パティのように周囲を騒がせることもなく、フィーのようにちょっとおっちょこちょい、というところもない。いい意味での優等生だと思っていた。
なのに。
一体今、ナンナは何を話しているのだ?
「昨日だって、アレスが邪魔しに来たから、眠れなかったわ。だから、やっぱりあれからまた・・・わたし・・・そのときに、ここ、刃こぼれしちゃったの。」
アレスは予想外のナンナの言葉を、自分の頭の中でいままであった出来事と懸命に繋ごうと無意識でしていることに気づいた。そして、それをしないようにしないようにと無理矢理意識させなければいけなかった。
今までアレスの中でひっかかっていたもろもろの事象とナンナが口にしたそのことが、まったく繋がらなければいいと思った。嘘だと思いたかった。
けれど。
「ダメだ、ナンナ、その剣はお前に持たせられない。」
「わたし、どうしたら眠れるの?どうしたらいいの?」
笑い泣きのような表情のままナンナはそう言った。
「だったら、ずっと起きていれば良い。いつか、眠れる。その間に戦があれば、俺が守ってやる。そのうち、眠れるようになるに決まっている」
「すぐにみんなにバレちゃうわ。わたし、顔に出るから。」
「だからって・・・」
言いながらアレスは情けない気持ちになってきた。
そうだ、多分、あのときナンナの部屋の前で聞いた呻きは、まぎれもないナンナのものだったのだろう。
あのときに室内でナンナは、大地の剣で自分を切っていたのだ。
そう思うといささか気持ち悪くなってきた。ドアを隔てて、自分の従妹がその綺麗な体に傷をつけている姿を想像すればするほど、それは妙にグロテスクな映像で彼の脳裏に浮かび上がる。
そして。
もうひとつ浮かぶのは、切り刻まれたラケシスの肖像画。
「ナンナ、その剣を、修理しよう」
「え」
「それで、それはお前の父親に預けよう。フィンだって自分の妻の形見だから持っていても不思議じゃない。使いにくい、とか何か適当なことでもいって、この戦が終わるまで預かってもらえばいい。」
とても静かにナンナはアレスを見て首を横にふった。
どこかしら演技めいて見えるその仕草は、なんだかとてもつらそうに見えた。
「お父様はこの剣を預かってはくれないわ。だって、あの方の妻は私のお母様ではないのだもの」
「・・・何?」
「せめて、本当にそうだったらよかったのに。そうしたら、私こんなに。違う、そうじゃない。せめて、お父様が好きな女性がラケシスだったらそれだけでよかったのに」
そうであれば。
実の親子でいれば、とナンナはずっと思っていたけれどその反面、実の親子だったとしても自分はフィンを好きになっていたかもしれない、とも感じていた。
だったら、せめて。
自分が好きな男が愛する女性と同じ顔であれば、どうにかなったのかもしれない。
アルテナに惹かれていく姿を見なくても済んだかも知れない。
そんな、わずかな、狂った愚かな希望にすがってしまうほど、今のナンナは弱い。
もちろんアレスはそんなことを知らない。ナンナが言っていることは半分も伝わるわけがない。
けれど、彼にもそれだけでわかったことがある。
「・・・ナンナ・・・お前は・・・フィンが、好きなんだな・・・」
呆然とつぶやくアレスに、ナンナは否定も肯定もしなかった。
「教えて、アレス、このままわたし、おかしくなっちゃうのかしら」
「ナンナ」
「わたし、弱くて情けないかしら。恥かしい人間かしら?」
「もう、いい。それ以上言うな。これ以上俺をがっかりさせないでくれ」
アレスは低くそう言った。子供のように素直にナンナは黙る。
アレスはナンナの手を昨晩のように握った。けれど、昨晩よりもその手には力がこもっている。
「行くぞ。こんなところで話していても何の解決にもならない。」
「アレス」
「解決しなきゃいけないのは、お前がフィンを好きとか嫌いとか、そういうことじゃあない。お前の心が病んで、それが体にも影響してるっていうことだけだ。お前、生理ちゃんと来てるのか」
突然の単語にナンナは驚いて赤くなった。
「きゅ、急に何を言うの・・・」
「よし、いつものナンナに戻ったな。そっちの方が、俺は好きだ」
アレスは苦笑いしてみせた。
「答えないともう1度聞くぞ」
「あっ、あるわ・・・。」
「そうか、じゃあまだまだ大丈夫だ。・・・もしそうだったらどうしようかと思った。この軍は母親くらいの年の女性が一人もいないからな。相談する相手もいないだろう」
ナンナは驚いたように
「アレスって・・・すごいのね。案外、細かい人だったんだ」
「細かいか?」
「だって、普通そんな・・・男の人がそういうこと、気がつくなんて」
「見直したか?」
「見直したわ・・・」
そういって、ナンナは突然泣き出した。
「おい」
どうしてここで泣き出したのかがアレスには見当もつかない。
「安心したの」
「何が」
「わたし、自分が頭おかしいと思ってたから。まだアレスの言う事にびっくりしたり感心したり出来るんだ、って気がついたら、とてもわたし、安心したの」
それを聞いてアレスは小さく笑って握る手にもう少し力をこめた。
「俺は、女の扱いが下手だから、上手い事はいえないが・・・。別にお前を嫌いにはならないぞ。心の病は誰にでもある。」
ナンナが手を握り返してきた。
「もちろん、俺にだってある。」
「そうなの?」
「ああ。・・・一人でいると、おかしくなっちまう。そういうときは。俺はリーンに助けてもらった。お前は、一番助けて欲しい人間に助けてもらえない病にかかっている。俺がいられるときはいてやる。デルムッドにも甘えれば良い。」
「優しいのね」
「間抜けなことをいうんだな、お姫様は。従妹だろう。まあ、そんなことを考えたこともないけどな。」


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