血の轍-1-

シレジアの雪原を赤く染めて天空騎士団が全滅をした。
あの天馬騎士達をアイラはよくは知らない。
知らせを受けたフュリーが泣き崩れて。
そして、天空騎士を襲ってシレジア城を落としたのがグランベルのアンドレイが率いるバイゲンリッターだということを聞いてエーディンが蒼白になった。
ブリギットは記憶がすべてあるわけでもないし、自分の生家のことをよくは知らないから、きっとよくはわかっていなかったのだろう。
自分の兄弟が、あの天馬騎士を殺したということを。
アイラもあまりそのことについては詳しくない。そっとレックスがその晩に教えてくれて、やっと理解が出来た。
「エーディン、顔色が悪い。大丈夫か」
「ありがとう。でも、大丈夫よ、アイラ・・・」
エーディンはあとわずかで子供が生まれる体だ。
彼女は今回の戦いに参戦しないでセイレーン城に留まった。ひとしきりの戦が終わってセイレーン城に戻ったときにアイラ達は天馬騎士団の訃報を聞き、慌ててここからシレジア城にむかったのだ。
そのとき、シグルド公子が率いていた馬兵達は制圧をしたトーヴェ城にまだ残っていたから、アイラやリターンリングで戻ってきていたレックスが中心になってシレジア城のラーナ王妃を助けるためにセイレーン城を出たのだ。
そのときはエーディンを気遣ってブリギットとジャムカは早めにアイラ達と共にセイレーン城に戻っていた。
最も強力な弓兵がこちらにいるのに、マーニャ隊と交戦したパメラ隊がシグルド公子たちが残っているシレジア城へ向かった、と斥候に出ていたデューが教えてくれた。
魔道士のブリザードなど、くらいもしない。
アイラはひたすら走って、走って。
ついてこられたのは唯一フュリーとレックスだけだった。
まるでイザークを捨てて逃げなければいけなくなった自分のように、ラーナ王妃が何もかもこれ以上失う姿は見たくなかった。
レヴィンはシグルド公子と共にいたから、きっとパメラ隊を倒すのに如何なく力を発揮してくれるはずだ。
レックスやフュリーがシレジア城から逃げてきた市民達を助けてやっている。
それは、まかせた。アイラは、返り血を全身に浴びながら、敵の斧なぞかすりもせずにただただ見える敵を切ってゆく。
やつらは逃げ惑う市民を狙い、どんなに近くにアイラがいても無抵抗な市民を狙って斧を振り下ろしていた。
なのに、アイラがやつらの前に飛び出て剣をふるうと・・・やつらにとっての市民のように、彼女にとってやつらの斧なぞなんのおもちゃ程度にも思えない。・・・奴らは逃げようとするのだ。

「アイラ!」
レックスが追いついてきた。
アイラはシレジア城には寄らずに、更に東へと進んだ。
「まだ行くな!シグルドと合流してからだ!それ以上一人で深追いすることはない!」
「深追いするわけではない」
アイラはまだ走った。
走って走って。
「この時期にはないはずだが、なんだかこれは雪になりそうな天気だ。一人で行くな!」
もう春が来たはずなのに、何故か雲行きが怪しかった。
確かに時折天気が冬に戻ることがある、とレヴィンに聞いたことがあるな、とアイラは思い出す。
「だからだ!このままでは間に合わないだろうが!」
「何が・・・」
「雪に覆われては、遅すぎる。」
フュリーがペガサスを操って飛んでくる。
「ダメだ、フュリー、お前は来るな!お前は、ラーナ王妃のもとへいけ!」
アイラが叫ぶと、負けじとフュリーも頭上で叫ぶ。
「嫌です!わたしがいかなくてどうするんですかっ!それは、わたしの役目です!」」
その声を無視して彼女は走った。

走って走って、みつけた。そこには、おびただしい数のペガサスが打ち落とされていた。
中にはパメラ軍のものだっているようだ。
「・・・・アイラ」
「雪に覆われては、運べなくなる。それに、雪が降らなかったら今度は獣達が餌にするだろう」
「確かに、ここいら辺には・・・獣が出るという」
「この人数の遺体を運ぶわけにはいかない。だから」
遺品だけでも、ひとつづつ、もっていってやらなければ。
だって、生き残った人間は、忘れてはいけないのだから。
フュリーは降りてきて、泣きながらペガサスの死体の下になっているかつての同僚達の遺体をかきわける。
一人一人、名前を呼びながら、泣きながら。
アイラもまた、いくらか知らない天馬騎士の体から、腰につけていたポシェットや、頭に巻いたバンダナ、首につけていたペンダント、中には恋人同士でもっていたのだろうとすぐにわかる誓いのお守りなどを手早く回収した。
死後硬直のせいで唯一の形見になりそうな指輪が外れず、諦めて、せめてもと髪を切り落とすくらいしか出来ない兵士もいた。
中には落下のせいであまりに原型をとどめていないものもあったし、女性だっただろうに、無残に顔が判明しない状態になっている遺体だってあった。
人は死んだ後に、細胞がこんな色、こんな感触になるのか。それは初めて見るものではなかったはずなのにそう思わずにはいられない。その遺体の群れの中でアイラは返り血がこびりついた体で立ち上がった。
ひときわ高く、フュリーが叫んだ。
アイラは、そちらを見たくなかった。多分天馬騎士団長マーニャの遺体を彼女は見つけたのだろう。
視界の隅っこでレックスがそっとフュリーの傍らに立った。特に肩を抱くでもなく声をかけるでもなかったけれど、一瞬あまりの凄惨さにフュリーは気を失いかけたかぐらついてレックスの膝に体をぶつけるように倒れかけた。
死体を見て吐くほどもうやわではない。けれど。
「しっかりしろ。後でいくらでも泣ける。・・・フュリー・・・」
「・・・はい・・・ごめんなさい」
「君の役目なのだろう?」
「はい」
アイラはシレジアの空を仰いで見た。・・・いつか、自分がこうなる日がくるのだろうか。
そうなる前に自分は何もかもすべてのものを振り払って、真実を探して。
そして、何もかもを明らかにしてシャナンと共にイザークに戻らなければいけない。
「・・・急がないと。多分ダッカー公はすぐにまた軍を出してくる。ぼさぼさしていると私達も同じことになる。」
夢から覚める日が来たのだ。

大方の予想通り、雪が降り出さないようだ、と天候をふんでからなのかダッカー公は女傭兵軍団を使って城の周囲を固めた。
後から合流したシグルド公子はパメラ隊を全滅させた今を逃さないほうがいいとラーナ王妃に伝えた。
王妃はやむをえない、と答える。
市民をないがしろにする城主を一日でも長く君臨させておくわけにはいかない。たとえ身内でも。
それが彼女の答えだった。
シグルド軍はシレジア城の城門に集まっていた。
「レヴィン。君が・・・」
「言わなくてもいい。わかっている。叔父上には俺が引導を渡すさ」
そういうレヴィンはフォルセティをラーナ王妃からうけとり、今までにないオーラを体から発している。
その威圧感はブリギットにも感じるものだった。きっと彼女が聖弓イチイバルを弾くとき、何か強い力を感ずる。
「そこまでの血路を切り開くから」
シグルド公子がぐるりと仲間を見回した。フュリーは今、ラーナ王妃に遺品を届けにいっているため、ここにいはいない。
「わたしが!」
声をあげたのはラケシスだ。
「わたしが、行きます。・・・馬ならば、少しづつ誘導して分散させやすいし、どの兵種でも私は対応できる。多少素早さには自信はないけれど、一騎でいくわけではないのだから。」
相手になる傭兵軍団は叩き上げの女戦士たちのようだ。生半可な兵ではすばやさが足りず、一方的な戦いになるに違いない。それをラケシスは知っている。ちらりと傍らにいるベオウルフを見た。
「しやあないやな。付き合うぜ、お姫さん」
そういってベオウルフがとんとん、と肩を剣の鞘で叩いた。この男の癖だということはみなが知っていた。
「僕とミデェールが両脇から援護しよう」
アゼルがそういって馬に乗りなおす。
「残りは、ラケシス達の打ち漏らし分で向かってきた敵を頼む。無抵抗であれば無駄な血を流させる必要はない。・・・無茶はするな。実質回復を行えるのはクロード神父のみなのだから」
エーディンが身重で、更にシレジア入りしてからエスリンがレンスターに帰ってしまったからだ。
多少苦戦しているのは仕方がないことだった。
「ノイッシュ、守備を頼む。レックス、セイレーン城の守備に入っておいてくれ。まだ予断を許さない」
「お任せくださいませ」
「んじゃ、行ってくるわ」
レックスはアイラを見て小さく笑うと、リターンリングを使ってセイレーン城へと移動するのだった。
彼らは、フュリーが戻ってくるのを待って、それからまた戦いに出て行く。

ラケシスの暴れ方はすごかった。
脇を固めてくれたアゼルが止めるのも聞かずに4人くらいの傭兵たちの間に飛び込んでいく。
その強引さに呆れたけれど、いつもの自分が実はああなのだということに気づいた。
きっと、ラケシスはとても怒っているのだろう。
自分の天馬騎士団の力だけではラーナ王妃の天馬騎士団を倒せないと踏んで、ダッカー公はバイゲンリッターを呼んだに違いない。
それは戦ならば許されるか?
そうではない。これは国内の紛争だ。しかも血族の。
誇り高いノディオンの騎士であるラケシスはそんなことのために他国の騎士団を自国に招き入れ、あまつさえその騎士団に自国の王城を制圧させたというダッカーのやり口が許せない。
そのうえに、自分の天馬騎士団が全滅したあとには金で雇った傭兵軍団で命を守ろうとする。
他国の内紛だから、と今まで我慢をしてきていたし、レヴィンの手前シレジアについては口を閉ざしてきたが、もう我慢が出来ないに違いない。マスターナイトになってからのラケシスの腕のあがりっぷりは、同じ女ながらアイラはぼれぼれとしていた。
以前ならばエーディンかエスリンがラケシスにストップをかけていてくれていたのだが、今は二人ともいない。
ベオウルフはあまりそれを止めない。
あの男はあの男なりに思うところがあるのだろう。
(わたしなんか、レックスに怒られっぱなしなのに)
女傭兵たちはラケシスの猛攻に怯んだようだった。
無抵抗ならば、無駄な血を流させる必要はない。
シグルド公子がいった言葉を思い出して、ここで投降をうながすのが正解のような気がする。
ラケシスは怒りのあまりに、そんなことは忘れているらしく、仕方なく共に先陣をきっていたベオウルフが叫ぶのが聞こえた。
「抵抗しなければ、これ以上こちらも攻めない!無駄なこたあやめて、さっさと投降したほうが身のためだぜ!?」
そんなベオウルフの後ろから切りかかろうとした傭兵がいた。それを更に脇からアゼルがエルファイアーでしとめる。
「余計な世話だったかな?」
背後を取られたからといって別段慌てたふうがなかったベオウルフにアゼルは言った。
「いいやあ?感謝してるぜ?」
「と、ムダ話をしている時間はなさそうだね。まだ傭兵部隊はむかってくる気だな」
そういうとアゼルは馬をひいて、ちょっと後退させた。そもそもが魔道士である彼は、馬にのっても基本的にはちょっとひいたところから援護する方が兵種として安定する。
周りに敵兵がいなくなったけれど、少し前方にラケシスやシグルド公子を中心にして交戦している一群がいる。そこに加勢にいく
前に周囲の状況を再確認を彼らはした。
「でもまあ、もうちょっとのようだな。おおい、イザークの姫さんよ、そろそろラケシス止めてきてくれや」
突然ベオウルフがアイラに声をかけた。
「はあ?わたしか?」
「そ。あんただって、レックスに止められるよか、ラケシスに止められるほうがとまるだろ」
「・・・・それはえらい図星だな・・・」
なるほど、それには気づかなかった、とアイラは思う。この男はレックスよりも食えない男らしい。
彼らは3人で更にすすんで、混戦になっている中に割り込んだ。
ふとラケシスを見ると、この女傭兵軍団を率いている髪が長いリーダーらしい剣士と一騎打ちにまでなっていた。
いつもならば、私の役目だけれど、今日は譲ってやろう。そんなことをアイラは思っていた。
「ベオウルフ。止めなくとも、ことが終わるようだ」
金で雇われた傭兵部隊だ。リーダーが死ねば空中分解するのが常だ。それをベオウルフも知っている。
「おやおや。いつの間に」
いつの間に、というのはラケシスに対しての言葉ではなく、ラケシスの援護でティルテュが近くまでやってきていたことだ。
シルヴィアの踊りで懸命においついてきたのだろう。
「わあ、ティルテュ!」
アゼルが慌てて馬を前進させた。ティルテュはサンダーを加減してうって敵兵を殺さずに戦闘不能にしたいらしく、真剣に威力の制御をしていた。
(殺すしか能がないわたしと偉い違いだ。)
アイラは苦笑する。
「お前の彼女は、お前から離れたくなかったようだな」
そういってベオウルフは慌てて走っていくアゼルの背中を見てにやにやと笑っていた。
人が生きたり死んだりしているときに、不謹慎な男だ。そのとき。
「お前達のリーダーは討ち取った!まだ抵抗するならば、容赦しないぞ!おとなしく投降せよ!」
ラケシスが高らかに声をあげる。
その彼女は明らかに騎士で、そして、誇り高いノディオンの姫だとアイラは思う。
ベオウルフはそんな彼女にすぐには近寄らない。


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モドル

一応レックス×アイラベースなのですが、まだ全然彼らが一緒じゃないですね。(汗)長くなるかもしれマセン。