血の轍-2-

悔しいの、とラケシスは馬上から静かにいった。
そんな彼女は、シレジアを奪回したときのアイラのように、幾分返り血が顔にもついている。
ベオウルフはそれをぬぐってやることもしないでとなりに馬をつけてじっと見ていた。
ダッカー公はすでに丸裸同然の状態になっていて、シグルド達はザクソン城を囲んでいた。
きっと、この様子を見られないことにレックスは後からアイラにちょっとした愚痴を言うのだろう。
「あの男も、同じ匂いがする」
それはダッカーのことを言っているのだろう。アイラは何もいわずに二人を見ていた。ラケシスがなにをいいたいのかは、どんなに鈍感なアイラにだってわかった。それを、ベオウルフが確認するように、いや、ラケシスの口からその名を出させたくない、という思いからなのかそっとつぶやいた。謀反の罪としてラケシスの兄、エルトシャンの首をはねた、あの、男。
「シャガールと、か」
「・・・ええ」
多分、馬に乗っている状態でなければ、ベオウルフはラケシスを抱きしめてやるに違いない。アイラはそう思いながら二人から視線をはずして城門を見る。
「いってくる」
それだけいって、レヴィンが歩いていく。そのちょっと後ろからなにがあるかわからないから、と援護としてホリン、そしてもうひとりのシレジアの見届け役フュリーがついていった。その最後に普段斥候役として活躍しているデューが連絡役としてそうっとついていく。
シグルドは手を出さないし、見届けもしない。
シレジア王家のことを部外者であるシグルド達が最後の最後まで見ることは、逆にレヴィンやラーナ王妃にとってはつらいことなのだろう。援護としてホリンを選んだのはグランベルの人間ではないからだ。
既にバイゲンリッターがダッカーに力を貸した時点で、グランベルの人間である自分達がこれ以上、彼らの争いに手を出すことはとても申し訳なく思われた。
城の周りにはまだうっすらと雪が残っているところが見える。
「あ」
アイラは雪の残った所に咲いている花を見つける。
「・・・こんなところにも花が咲くのだな」
その視線の先を、アイラの後ろにそっと控えていたクロード神父が気付く。
「あれは、・・・なんという花なのかは忘れましたが・・・初夏の頃に咲く花だったと思います。シレジアにも咲くのですね。しかし、それにしてもこの季節とは・・・。狂い咲きなのでしょう。」
「狂い咲き」
アイラは繰り返す。
その会話を聞いていたベオウルフが
「そりゃあ、間違えた季節にも咲くだろうよ。お国がこれだけごたごたしてらあな」
「ベオウルフ殿」
クロードが少し悲しそうに言う。それを意にかいさないようにベオウルフは苦笑した。
「花だって生きてるんだからよ」
それは真実だ。けれどアイラは不思議な気がした。
この土地が血に濡れても濡れなくても、花は咲き、雪は降り、まるで何もなかったかのようにすべてが進んでいく。
自然の中では自分達の争いや、それにまつわる喜怒哀楽なぞ、知っても知らなくてもそもそも意味がないことなのだ。
人間だけが、それが出来ないでいる。
物を考え、物を感じて生きていく生物である自分たちは、とても愚かで、とてもちっぽけだ。
狂い咲きをしている花だって、季節を違えようとこんなに誰に迷惑をかけるでもなく凛としている。
何故人間だけが、それを出来ないでいるのだろう。それは、とても愚かで、とても醜い。
進化の過程で多くのことを手に入れて、だからこそ多くの間違いを背負っている。
柄でもなくそんなことをアイラは思って深いため息をついた。
だからといって、今、その生物である自分に出来ることはほんの一握りのことなのだ。そして。
悲しいことに、自分と自分の恋人がそんな生物であることが、愛しい。
それからどれだけの時間がたっただろうか。
城門からデューが走り出てくる姿をみた一同は、みな緊張の表情をみせた。
「終わった。終わったよ!レヴィンがダッカーの野郎をやっつけたぜ!」

レヴィンはラーナ王妃と共に、マーニャ達天馬騎士の葬儀の手配をした。
市民達は一時期セイレーン城に避難していたが、シレジア城に戻ってきた。
本来ならば国を守るための戦死であるから華々しい国葬をするはずだけれども、今の状況ではそれは出来ない。
国としても。そして遺体を回収することも出来なかったから。
そして。
どれだけ華々しい国葬をしたって、何にもならないことを誰もが知っている。
彼らもいつまでもシレジアに留まるわけにはいかない。けれど、今となってはせめてレヴィンだけでも彼女達に対する敬意を払ってつつがなく小さなものでも葬儀を終えなければいけないだろう。
そんな中で、エーディンの出産が近づいている。
エーディンは出産を終えるまでセイレーン城から動かないことに決めていた。
今セイレーン城には姉であるブリギッド、夫であるジャムカ、そして護衛としてアレクとアーダンがついている。
ちょっと前までは男か女か、と賭けをしていた彼らも、状況が一変していた今はそんなことを口には出せない。
「人が死んで、人が生きて、そして、また生まれるのね」
そうアイラにつぶやくのは、思いがけない人物だった。
「シルヴィア」
「あたし、考えちゃった」
シレジア城でくつろげる場所として提供された部屋で窓から外を見ていたアイラの横にシルヴィアがやってきた。
この陽気な踊り子がそんな風にアイラに声をかけることはめずらしい。
が、今室内には他に誰もいない。男性はみな葬儀の手伝いをしていたし、女性はみな食事の支度をしていた。
案外と生き残った女子供が多かったので、厨房から女性があふれていたため、彼女たちは部屋に引き揚げたのだ。
「・・・・なにを」
「子供なんてさあ、欲しいとか思ったことなかったんだけど。・・・今までだって人の生き死になんて腐るほど見て来たけどさあ・・・自分が死んだ後って、なんにも残らないのね」
それはいつもの彼女らしからぬ言葉で、アイラは不思議そうに言葉もなく見る。
「死ぬ気なんてないけど、ないけど、ちょっとだけ。・・・あー、神父さまの子供、欲しいなあ、なんてこと思ったわ。」
アイラは仰天する。
「ええっ!だって、シルヴィアは、クロード神父とは」
「確かについ最近だけど、さ。気持ちが通じたのは」
「・・・だよな?」
「関係ないじゃん、時間なんて。バッカみたい」
怒ったようにシルヴィアは言う。
「ティルテュの方が大人だよ。エーディンの話してたら、ティルテュなんてすっごく自然に、「アゼルの子供欲しいよ」っていってたもん。あたしもそのときは、そういう気持ちよくわかんなかったけど・・・。そっちのが普通なのかな、とか思って」
「・・・個人差、だろうな」
それを自分がいうのはとても説得力がない、とアイラは思った。
ああ、そうか
なんとなく納得できた。
・・・自分は、彼女たちと違って、今まで切り伏せて来た人の数は、あまりにも数え切れないくらいだ。
誰かを守るために人の命を奪う。
それが、アイラの役目だ。
(人を産む、生かす、ということは・・・範疇外なのだろうな。彼女たちと違って・・・わたしは・・・)

「バッカじゃねえの、お前」
早速その晩寝酒を飲んでいるレックスにそんなことを話したら、アイラは開口一番怒られてしまった。
シレジア城の一室に二人は部屋を与えてもらっていた。
部屋を人数分用意するのもこういうときには面倒なものなので、シグルドも正直に「本当に必要な部屋数を教えてくれ」と言っていた。
案の定何組かの恋人同士は簡単に、「わたしたちは一室でいいです」なんてことを言うものだから、シングルの人間にひがまれたことはこの上ない。
「あのなあ、子供なんてもんは副産物で。その前に、その、なんだ。好きあった者同士で体を重ねたい、とか重ねたくない、とかそういうもんが先にくるもんなんだよ。」
「・・・しかし、ティルテュは」
「バカか、お前。あいつらは、もう、やることやってんの!」
「は・・・」
「だから、あとは時間とか回数とかの問題だろうよ。シルヴィアだって、よもや俺達がなーんにもないなんて思ってないからそういう話してるんだろうさ」
呆れたようにベッドにごろり、とレックスは横になった。
「アゼルとティルテュは、すごい・・・なんていうんだ。素直で、まっすぐだよな。好きだって思ったら、手を握って、二人一緒にいて、一緒に眠って朝を迎えるのが当たり前だし、そうしたい・・・動物的だけど、それはすごい正しいと思うぜ」
「・・・お前は?」
「何度もいってるだろうよ。俺はお前のことは抱きたいけど、お前がそういう気になってないならいいって」
「・・・そうか。それは大変申し訳ないな」
「・・・怒るよ。そういう言い方すると。」
そういうとレックスは手を伸ばしてアイラの髪をひっぱった。くす、とアイラは笑って側のランプを消してレックスのとなりに潜り込む。
「だから、そんな馬鹿なこと思うな」
「え」
「自分は、命を奪うことが役目だ、なんて、そんな悲しいことを思うな。それは、俺がやる。そんなことは男の役目だ。女は命を産んで育てることが役目だ。・・・お前やラケシスは、背負ってるものが違うから、それだけではいられないんだろうけど。俺にだけは、そんな悲しいこというなよ。」
「・・・ありがとう、レックス」
「人間ってのは、とんでもなく浅ましいよな。どれだけ人を殺して、そして死んだ人間の葬儀をする、ってなときに、それでも俺達や、他のやつらはきっとこうやって同じベッドに好きな相手といて、自分達は違う、と言わんばかりに肌を重ねるんだろうよ」
「それはどうかはわからないけれど」
「・・・不安なやつらは、自分達がいつかああならないように、とか、今は生きているから、なんていう存在を確認するために抱き合うんだ。そういうことがある。」
そういったレックスはなんだか自分よりずっと大人なような気がして、アイラは驚いた。
「・・・なんだ?」
「レックスも色々考えているのだな」
「お前、俺のこと馬鹿にしてない?」

翌日の葬儀にブリギッドは出席をした。
自分の弟が殺した天馬騎士団の葬儀に出ることは、とても勇気がいる行為だったに違いない。
それでも、彼女は出ないわけにはいかなかったし、どれだけの非難をラーナ王妃にされてもいい覚悟はあった。
正直な話、記憶を失っていたブリギッドにとって、弟のアンドレイの存在なぞまったくわからないことではあったし、実感はわかない。
だからといって、いくらなんでも何も感じないというわけではない。
身重のエーディンと相談した結果、ブリギッドは葬儀が始まる前にラーナ王妃への謁見をさせてもらった。
「よいのです。あなた達に非があるわけではありません」
「ラーナさま」
ブリギッドはその凛々しい表情をゆがめてラーナを見る。
側にいるレヴィンもフュリーも、誰一人としてブリギッドを責めることはなかった。
「グランベルに援軍を頼まなくとも、もっと多くの傭兵をきっと金をかけて雇っていたに違いがありません。もちろん、それにマーニャ達が歯がたったのかどうかはわからないことですけれど。私たちに必要なのは、あなたの弟君を責めることではなく、こんな状況になるまで何も出来なかった自分達を責め、反省して、そして自国のことを考えることです。・・・あなたがここに来てくださった勇気だけでもわたしにはとてもありがたいと感じます。どうか、ご自分達を責めないで。誰よりもなによりも、こんな事態になることを回避できなかった私達に責任はあるのですから。」
「ラーナさま・・・勿体なきお言葉」
ブリギッドは深く頭を下げた。
「あなたがここに来てくださったことだけで十分です。妹君のところへどうぞ、お戻りになってください。」
「いえ。葬儀に出席いたします。・・・ラーナさま、わたしは、とても今・・・自分が聖弓イチイバルの継承者であることを誇りに思います」
そういってブリギッドは立ち上がった。
「妹エーディンはプリーストですから、弓は扱えません。わたしは幼くして海賊に拾われ、この年齢までユングヴィ家とはまったく関わりをもたないまま生きてきました」
「まあ」
「けれど、神様はどこかで見ていてくださるのですね。ユングヴィ家の人間として育った弟ではなく、家を離れて放浪していたこのわたしにイチイバル継承の恩恵を与えてくださいました」
ブリギッドはそういって自分が背負っているイチイバルにそっと手を触れた。
「神様は見ていてくださいます。そして、イチイバルに選ばれなかった、あのような非道なことをした弟は、いつか裁かれる時がくることでしょう。わたしは、聖弓イチイバルを継承したものとして、この弓を正しいことのためだけに使うと誓いましょう。それが、唯一わたしが出来る償いだと思っております」
ラーナはそっと目頭を抑えて言った。
「ご立派です。さすがウルの血筋をもつお方。女性でありながら聖なる神器を使いこなす勇猛な騎士です」
「ありがとうございます」
「あなたが葬儀に出席してくださることをとても嬉しく思います。・・・さあ、時間です。弔いの時が、来ました」
そういってラーナは立ち上がる。それを合図にしてレヴィンもフュリーもラーナの両脇を固めた。
そのとき、弔いの鐘の音が響いた。


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モドル

すみません、全然ラヴァーズ小説じゃなくなってきました。でも、ブリギッドのことは絶対書いておこうと決めてたので。
一応アゼティルのクロシルです。ブリギッドは・・・・?