血の轍-3-

シレジアでは、風にのって魂は天に昇るという。
冬になると、時折死者の魂は雪と共にこのシレジアの大地に降りて来て、自分の愛する家族や恋人、友人達の様子を見守って、そして陽の光と共にまた天に戻るという伝説がある。
それは別段すべての国民が信じている話でもなく、今でもその伝説を親が子に語り継いでいるのかは実はわからなかったのだけれど、国葬の最後に行う空へ帰る為の儀式はそんな伝説がもとになっているのだとフュリーがアイラに教えてくれた。
必ず天馬が空を飛び、そして花が咲いている時期ならば花びらを、そうでない時期ならば遺族が花びらを形どって作った小さな色とりどりの布の切れ端を空にまく。
シレジア王家のものは代々風の魔法をつかさどっているから、その花びらを天に届けと王宮の魔道士達が気流を起こすのだ。
本当はそれをするにも多くの魔道士が内紛のために命を失っている。それを補う為に本来は王族が行うことではないのだけれど、フォルセティを継承したレヴィンを中心として数人のこっていた王宮魔道士、そして花びらを撒く役目はフュリーがラーナから命じられた。
屋内の儀式を終えてからシレジア城の中庭に出ると、あまり天気がよくない空にむかってフュリーの天馬が駆けてゆく姿が見えた。
今朝アイラはザクソン城付近にあった狂い咲きの花をレックスと共に摘んで来た。それはあまりに申し訳ないと花に対して思ったけれど、このためにもしかしてこの花達は季節を違えて咲き誇っていたのかもしれない、とも思える。
遺族が作った布の花びらに紛れてその花びらは空に降って、死者の魂を慰める手向けになるのだろうか。
「風よ、あなたの子供達が空に帰ります」
司祭がレヴィンに対して合図をおくると、数人の魔道士を従えたレヴィンが手をあげた。
空に風が巻き起こる。上空にちらほらとゴミのように見える花びらがそれぞれ思い思いの風にのって視界から消えた。
「願わくば、この者達の魂、安らかなることを。そして私達の心も安らかなることを」
ラーナ王妃はいつまでもいつまでも空を見上げている。その姿はとても凛としていて美しい、とアイラは思った。
そして、空を駆けた天馬騎士達が、空へと帰っていった。

その夜、アゼルとレックスは久しぶりに二人で話しをしていた。
どうもアゼルの物思いが深そうだとレックスが感づき、久しぶりに一緒に飲まないかと誘ったのだ。彼らはシレジア城の二階への階段途中の踊り場にあるバルコニーに出て、春とは言えまだ雪が残っている景色を見つめていた。
飲まないか、といってももっぱらそれはレックスだけで、アゼルはほんのたしなみ程度に口をつけるだけだ。だからこそこのレックスの誘いは「何か、話でもあるんだろ」という言葉と同義語なのだ。
「シレジアは中立を守って来た国だった。それは、シレジアそのもののためでもあったけれど、各国のバランスを保つ上では大切なことだったんだと思う」
アゼルは小さくため息をついた。バルコニーの手すりにからだを預けて空を見る。
レックスは端っこにおいてある小さな白いテーブルにグラスをおいて、それとおそろいの椅子に座ってちょっとだらしなく力を抜いていた。
「今回の件でグランベルが手を貸したっていうのは、確かに僕たち反逆者がラーナさまのところに身を寄せてるってこともあるけどさ、それでもラーナ様がシレジアを統治していることには変わりはないはずだから・・・。」
「そうだな」
「グランベルの部隊がシレジア国の王宮天馬騎士団を全滅させたっていう事実がなくならない限りは・・・。それは、グランベル側からの宣戦布告ととられたっておかしくないんだよね」
「そうだろうな。ま、ラーナ王妃はそこまでは思わないだろうけど。だけど事実だ。」
それはレックスだって考えないわけではなかった。もちろんグランベルの人間ならば誰もが思って苦々しいことだろう。
「第一内紛に手を貸すなんて。トラキアのトラバントじゃああるまいし、金になるならどんな仕事でもやるってな傭兵部隊とはわけが違うってのになあ?」
「一体どういうつもりでそれを容認しているんだろう。兄上は、どうお考えになっているのか・・・。確かに僕たちは反逆者扱いされているけれど、それとは問題が違うと僕は思う。」
もう春になっているはずだ。だというのに冬を近くに感じる温度の風が一瞬だけ吹いた。
「グランベルは、明らかに何かがおかしい。それが一体何なのかはわからないけれど・・・。ブラギの神託を得られるクロードさまがこちらにいるというのに、ここまで徹底した反逆者扱いを続けられるっていうのは納得がいかないし・・・」
「まあ、仕方ねえよ。何したってなしのつぶてだった挙げ句に今回の騒ぎだ。ラーナさまだって色々手をつくしてくださってたってのにな?今更、何いったって状況は変わらない。わかってるのは・・・なんだか、俺達の国はいままでとは違う、ってことだ。それ以外には何もわからない。わかる手段だってないし、わかったところで今は何も出来ないだろ。・・・ここにいる限りはな」
「それは間違いない。でも、状況が変わらないとは思いたくはないよ。」
そういうとアゼルは手にもっていたグラスの液体で唇を湿らせた。
レックスは、アゼルがとてもティルテュのことやクロード神父のことを心配していることを知っていたけれど、何の慰めをいったって意味がないとわかっていた。もちろんそれはアゼルだって承知の上であるからとりたててレックスを薄情だとののしることはない。
「さっき、各国のバランスが、つってたよな」
「うん」
「でも、それはグランベルがイザーク討伐に出た時点でもうとっくにおかしくなってたんだと思うぜ」
「僕もそう思う。
アゼルはそこで初めてレックスの方をむいて、それから向かいの椅子に近づいて座った。
「ヴェルダンがグランベルを侵略したことばかり考えていたけれど・・・。それだってきっかけはイザーク討伐でグランベルが手薄になっていたからだ。僕たちがシグルド公子のもとにきた時期はその頃だけど、その前の布石はイザーク討伐だ」
「ああ。・・・それが、どうもおかしいんよな・・考えれば考えるほど。」
「レックスはアイラから何か聞いている?」
「・・・あいつは、多くは語らないからな。でも、嘘をいう女じゃない。イザーク側からすれば、討伐されるようなこたあしちゃいないってよ」
「イザークは蛮族といわれて・・・友好都市ダーナで大虐殺を行ったというけれど」
「俺は、信じてない。少なくともな。他人の言葉よりも、自分が認めた人間の言葉を信用するのは誰だって当然だがな。まあ、俺の目に狂いがあるなら話は別だ」
「僕もアイラのことを信じている。・・・彼女は、とても、嘘をつけるような人間じゃない。・・・っていうか、つけないだろ」
くす、とアゼルが笑うとレックスは苦笑した。
「ああ。そのようだ。」
かたん、とその時音がした。驚いて二人がそちらに目をやるとティルテュが息をきらせてバルコニーへの扉を開けようとしている姿が見えた。何事かと慌ててアゼルが座ったばかりの椅子から腰をうかせる。
ぱたん、と音をたてて大きなガラス張りの扉をあけてティルテュが駆け寄って来た。
「よお、ティルテュ」
レックスの挨拶に返事もしないでティルテュは言う。
「エーディン、もうすぐ子供、生まれるって!!」
「何だって?」
「そうか。もうお産に入ったか」
「葬儀の途中にはもう始まっていたらしいよ。きっと明日の朝になれば産まれているんだろうね!」
嬉しそうにティルテュは言った。
セイレーン城は確かにシレジアに近いは近いけれど、ペガサスでなければ簡単に連絡をとれる距離でもない。たまたまセイレーン城へブリギッドを送って、そこからシレジアに戻って来た天馬騎士の一人が教えてくれたのだという。
葬儀を終えてからブリギッドはすぐにセイレーン城にむかったけれど、どうやら徒歩でいくには遠すぎるから、とラーナ王妃が天馬騎士にブリギッドを運ばせたらしい。
「二人のジャマしちゃ悪いかなって思ったけど、通り掛かりに見えたから、来ちゃった」
「別にいーよ、そういう良いニュースなら歓迎だ」
そういうとティルテュはにこにこっと笑顔を見せた。その笑顔の裏では色々と思うことがあって、本当はつらい思いをいくつもしているということはアゼルだけではなくてレックスだって知っているけれど、ついつい騙されそうになってしまう。
「それと、もうひとつステキなお話聞いちゃったんだ。」
「何?」
「何だかわかる?」
「もったいぶってないで教えてよ」
アゼルは苦笑した。
「うふふ、あのねえ、これもさっき聞いたばっかりなの」
「なんだい?」
「ラケシスさま、ご懐妊したらしいわ」
「ええっ!!?」
アゼルはびっくりして声を荒げ、レックスも驚いて立ち上がってしまう。
「それも、結構前らしいの。よく、気付かなかったよね。」
「な、なのにあんなムチャしてたのか・・・」
とはアゼルのセリフだ。馬にのって自分が切り込み隊長になる、と志願していた彼女がすでに身ごもっていたとは。
その姿をレックスは見てはいなかったけれど、アイラから話しは聞いていた。
「ベオウルフがまいってたわよ。自分に対して。鈍いにもほどがある、って怒ってた。」
「ベオウルフは気付かなかったのか」
「そうみたいね。」
それはそもそもラケシスがもともとあまりベオウルフと体を重ねようとしなかったことが理由なのだけれど、そんなことは誰も知ることはない。けれど今思い出すとラケシスとベオウルフはセイレーン城のみならず、ここシレジア城に来てからも別々の部屋をあてがわれていることに気付いた。それは、ノディオンの姫としてのラケシスの身の固さなのか、ベオウルフが面倒がっているのか、そもそも彼らは実は恋人同士ではないのか、一体どれなのかレックス達にはわからない。ただ少なくとも最後の選択肢ではなかったのだな、と改めてそんなことを思うだけだ。
「・・・シレジアにももう春がくるんだな」
「・・・そうだね」
男二人は顔を見合せて苦笑した。そのとき、ティルテュが叫ぶ。
「あっ、あれ!」
「ん?」
「天馬が」
見ると天馬がこんな夜なのにシレジア城前から飛び立つ姿があった。どうやらフュリーの天馬らしい。
「ああ、多分クロード神父を連れて行くんだろ」
「えっ?」
レックスの言葉にアゼルとティルテュは声を合わせて振り向いた。
「エーディンが言ってた。子供が産まれたら、クロード神父から祝福を授けて欲しいと頼んだってよ」

数週間前にセイレーン城でクロードはエーディン達に呼ばれて彼らの部屋を訪れた。そこで彼は、エーディン達の子供に祝福を授けて欲しい、という依頼をうけたのだ。
「いけませんよ、エーディン」
クロードは静かにエーディンとジャムカに言った。
「わたしは反逆者とされている身分です。いくらブラギの子とはいえ、そんな汚名を着ている私が貴方達の子供に祝福を授けるわけにはいきません」
彼はとても穏やかだった。そうやって断られるのはわかっていたようで、ゆったりとした服をきてソファに体を預けてエーディンは小さく笑った。腹部が大きくなっている為、時折呼吸が辛そうだけれど、彼女は一度だって泣き言は言わなかった。ジャムカはそんな彼女が愛しくて仕方ない、と、懐妊がわかってからひとときも離れない勢いで以前にも増して常に彼女の側にいる。
「いいえ。それを言っては私も反逆者ですから」
「俺も、国の民衆を裏切った王子です」
ジャムカは少し辛そうに、それでも精一杯笑顔を見せて言った。彼はヴェルダンの王子であるから、グランベルにとってはとりたてて反逆者扱いされる身分ではない。しかし、自分の国が結局は同盟を結んでいるグランベルを進攻したこと、そしてジャムカ本人はシグルド公子側・・・つまり、グランベル側・・・に寝返ったという罪を忘れていない。
「クロードさまは、何一つ神に恥じることをしていないとご自分ではわかっていらっしゃるはずですもの」
「・・・それだけは、誓うことが出来ますね」
そういうとクロードは小さく笑った。
「クロード様に、祝福を授けていただきたいのです。・・・ここで、私達が生きた証に。」
エーディンは美しい笑顔を見せた。
ここで生きた証に。
ヴェルダンとグランベル。同盟を破って侵攻した側とされた側、そしてそのために反逆者になる旅が始まってしまった彼らの数奇な運命。ここ、中立を守っているシレジアにいる間だけが、唯一彼らが彼らの過去のしがらみと無関係でいられる、そんな気がしていた。けれど、彼らはそれを忘れてはいけない。
せめて、自分達の子供には。
そんな思いが自分達にあることを、二人はクロード神父にそっと語ったのだった。

3人がそんな話をしている頃にアイラはベオウルフと通路で遭遇していた。
ベオウルフの頬がなんだか赤くなっていることに気付いてアイラはめずらしく自分から声をかけた。
「どうした。それ」
「わがままなお姫さんに、な」
「何か機嫌をそこねたのか」
「・・・いや、あれは俺が悪かった。今までになく反省してる。きっとお前に同じことをいったら流星剣でぶった切られる。」
そういって頬をベオウルフはなんどかさすった。
何をいってるんだ?とアイラは怪訝そうにベオウルフをみた。別段ベオウルフとは仲がいいわけでもなんでもないから、彼の物言いに対してどこまで言葉を返せばいいのか、とかどこまで本当のことをいっているのか、ということは未だに把握できない。
「俺の子供なのか、なんて言ったら、そりゃ怒るわな」
「・・・?・・・誰が?」
アイラは相変わらず鈍くてそんなことを言う。やれやれ、こっちのお姫様もなかなかのものだ、とベオウルフは苦笑した。
「俺が、ラケシスに」
「?・・・ベオウルフの子供が、ラケシスなのか?」
「お姫さん、どこまで本気でいってんの?」
「・・・」
じいっとアイラはベオウルフを見た。
「・・・もしかして、ラケシスは」
「・・・ガキが出来たってよ。ざけんなよなあ、それもわかったのが昨日今日じゃねえっつってんだよ」
肩をすくめるベオウルフ。
「ま、気付かない俺も悪かったんだけどな。そんでも一緒に寝てるわけじゃねえからな。・・・さっき医者に見てもらったんだが、もう三月(みつき)半にもなるらしい。」
「三月か。症状は出ていなかったのか」
「ケロっとしてやがる」
エーディンのときはかなり体調に異変をきたしたな、ということをアイラは思い出した。けれどどうやらラケシスはそういうものがあまりないらしい。
「しかも、黙っとく気だったらしいってんだからタチが悪い。」
「何故だ」
「それは、あんたが直接聞いてくれ。まさか自分の女と久しぶりに寝るか、つって行ったのに門前払いくらって、挙げ句にガキが出来たから今日も明日も明後日もその先ずっとお前とは寝ない、ときたもんだ。今日俺が行かなかったら絶対あの女、黙ってたぜ?」
「しかし、隠し通せるものではあるまい」
それはさすがのアイラも口を半開きにして呆れてしまった。
「そんときはそんときなんだろ。・・・で、あまりに想像を絶する答えだったもんだから・・・」
ベオウルフはちょいちょい、と自分の頬を指差した。くく、とアイラは笑い声をもらす。
「言ってはいけないことを言って、ソレか」
きっとラケシスは相当怒ったのだろう。けれど、そういう感情を表に出して、誰かに対してぶつけることが出来るようになったのはとてもいいことなのだとアイラはちょっとだけ気付いていた。ちょっとわがままなところがあるお姫様ではあったけれど、とても立派な騎士であるラケシスは、兄エルトシャンが死亡したときからあまり感情を出さないようになっていたからだ。
「しかも、的中率高いっての。」
そんな下品なことをいってベオウルフは軽く手をあげて去っていこうとする。アイラは慌ててそれを止めた。
「待て、ベオウルフ」
「何だよ」
「・・・お前は、嬉しくないのか、その、子供が出来て」
振り返ったベオウルフは顔をしかめた。
「俺にはわからねえよ。子供を産ませるってのがどういうことなのか」
その答えはアイラにはあまりにも意外で、そしてちょっとだけ哀しいものだった。けれどベオウルフはわずかに片方の口端だけ釣り上げてわらう。
「だけど、いいんじゃねえか?あのお姫さんが、その子供をきちんと愛して、産みたいって思ってくれるなら。・・・ラケシスにとって、それはきっといいことだと思う。そうなら、大歓迎だ」
「・・・」
アイラはその言葉を聞いてまたベオウルフをじっとみる。まだ何かあるのか?とベオウルフは言葉にしないけれど軽く首をかしげてアイラをうながした。
「・・・ベオウルフは、ラケシスのことが、好きなのだな」
その言葉の意外さに今度はベオウルフが口を半開きにする番だった。
「違うのか?」
「・・・よしてくれ。好きとか嫌いとか。そういうことを口に出すのは趣味じゃない」
「それは好きということなんだな」
「お前も、人によって言葉のやり取りの仕方を変えない女だな。」
苦笑するとベオウルフはまた背中を見せて歩き出した。じゃあな、と手を軽くあげる。
アイラはそれを見送って、くすっと声をたてて笑った。


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モドル

キビシイ〜!!何がキビシイって、すでに子供を作るタイミングを間違ってるってこと!!
ただ、どうしたって第4章が終わる頃に出来るカップリングなんかもいると思われますんで、やっぱり厳密にいったらシレジア編が終わる頃に身ごもって、更に第5章の終わりまでは1年以上必要だと思うんですよっ。
んで、ゲーム上はすぐにザクソン城を本拠地にして早春になったらグランベルに・・・ってことなんですが、更に一年近くの待機期間を置かせてもらいたいと思いました・・・・。結構そこいら辺を厳密にやっちゃうと、かなりヘンテコなことになっちゃうようですね。
少なくとも、フィンに恋人がいる場合がイチバン年齢も時期もバラバラでつじつま合わない感じに・・・。
色々と「そりゃおかしいだろ」ってこともあるとは思いますが、まあ、勝手な設定ってのは二次創作にありがちと思ってお許しください。
だってさ!次の章の50ターンくらいでやっとカップルになった人々がコドモ二人(しかも双子じゃないっつーのは)作るのはあまりにも難しくないかい!?
んが、760年春にグランベル側が動くことになっているのだから仕方ないですよね・・・。