腕の中に

「・・・よく手を洗わないと」
アイラが井戸の前で何度も何度も手を洗うのをレックスは愛しそうに見ていた。
彼らはバーハラの悲劇を逃れてイザークに落ち延びた。バーハラで誰が死に、誰が生きたのかは彼らにはわからない。
何故ディアドラがアルヴィスの元にいたのか、とか誰が生き延びたのか、とか彼らを駆り立てるものはたくさんあって、いつかイザークをまた離れるだろうことがわかっていたけれど、彼らは今のところは愛する子供達とここにいることを選んだ。
「ああ、そうだな。スカサハ達が恐がる。ああ、ここにも血い、ついてるぞ」
そういうとレックスはアイラの頬骨よりちょっと後ろを指でつついた。するとアイラはちょっと驚いた顔でレックスを見る。
「・・・」
「な、なんだよ。お前何照れてるんだよっ」
「いや、照れてるんじゃない。お前に触られるのはひさしぶりな気がして」
「・・・んー・・・そうだっけ?毎晩一緒に寝てるのに」
「それは違いない」
アイラは子供達を産んで後にちょっと運動をしたらすぐに体型が元に戻った。それはエスリンが驚いていたのだから本当に稀なのだろう。レックスは自分に出来た家族が愛しくて仕方なくて、口にはあまり出さないけれどこうやってアイラが返り血を流している姿でさえみつめてしまう。
イザーク周辺もごたごたして、決して平和だとは言い切れない。
アイラとレックスはここ最近何かにつけ夜盗討伐だとか荒くれ者の制裁だとか、まるで傭兵が行うようなことをやっていた。
自分達がそれをすることで、シャナンがイザーク王になる人間として日々の勉学にいそしめるならばそれでいい。
アイラは自分の身分はどうとも思ってはいなかったし、先のグランベルとの戦いで傷を深く負った祖国に自分が出来ることはこれぐらいしかない、と思っていた。政は自分には向いていない。生き残った官僚に任せた方が合理的だとも知っているし。
「こら」
「いいじゃないか。誰も見てないし」
レックスはそういうと、少し水にぬれたアイラの髪を指でそっとかきわけて愛しい妻に口付けた。
「・・・ばっちり見られてるぞ」
アイラは冷静にそういう。1階の通路の窓から、彼らの身の回りの世話をしてくれている、以前からイザーク王族に仕えていた生き延びた女中らが二人の様子を見ていることにアイラは気づいたのだ。
「いいって」
「言ってることが矛盾してるな・・・」
そういいながらもレックスの下唇を自分の唇で挟み返してアイラは笑う。
そのとき、聞きなれた声がした。
「レックス〜!そっちにラクチェがいったよ!」
彼らは、城、などという場所には暮らしていなかった。
一国の王族がこのようなところにいるものか、とおもわれるような非常に古ぼけた、それでも城壁のようにぐるりと回りを囲む石造りの壁だけは妙に頑丈な屋敷に住んでいる。
それはイザーク王家に仕えていた者たちが身を寄せ合って生活を始めていた、以前は王族の別荘になっていたようなところだ。イザークの人間はあまりきらびやかなものを好まないから、別荘といえば聞こえはいいが、本当に「別に生活出来る建物」程度の意味合いしかない。
共に逃げ延びたオイフェが二階の窓から声を出した。この若き騎士も、いつの日かシアルフィに帰るのだろう。それを自分は助けてやらなければいけない、と常々レックスは思っていた。
「おーっ?・・・はは、来たか、ラクチェ」
「とうさまっ!」
1階の暗い渡り通路から飛び出て勢いよく走ってきたのは娘のラクチェ、5歳だ。
「うっわ!」
この娘はとにかく気が強くて負けず嫌いで乱暴者だ。一体誰に似たのか、とレックスがアイラに言うとアイラは、イザーク人はそういう性質はあまり持ち合わせてないけれどな、なんて涼しい顔で答える。もちろんレックスが信じるわけもなく、お前の冗談はちっとも冗談じゃねーんだよ!と妻を蹴飛ばすのだが。
「おかえりなさいっ!」
どが、と勢いよくラクチェはレックスに体当たりしてきた・・・胸に飛び込んできているだけなのだが、この娘の勢いは半端ではない。
そろそろ年齢とか体格とかで考えるとかなりの攻撃力だ。
レックスはそれをがっしり受け止めて笑った。
「帰ったぞ。いい子にしてたか?」
「うん」
「スカサハは?」
「むこうで泣いてる」
「・・・泣いてる、って、お前なあ・・・」
愛娘の顔をまじまじとみてレックスは噴出してしまった。どうみたってこの顔はアイラの幼い頃なのだろう。そんなことを時折思ってしまい、彼は笑いをこらえきれないのだ。アイラは苦笑して、手をぷらぷらさせて水を払った。
「かーさま、お帰りなさい」
「ああ、ただいま。で、スカサハが泣いてるって?」
「うん、お部屋で泣いてた」
「なんで?」
「わからない。男の子なのに、ヘンなの」
双子のくせにスカサハとラクチェはまったく性格が似ていない。アイラはレックスに「行ってくる」と目配せして、それ以上ラクチェに何をいうわけでもなく歩いていった。
「お前のかーさまは、子供にも本当に無愛想だなあ」
「ぶあいそう?」
「ま、だからラクチェは父さんが好きなんだろ」
アイラにとてもよくにた、ちょっときつい瞳、あまり大きくない唇。ぷよぷよした頬にレックスは頬ずりをして頭をなでた。まったく自分も変わったものだと時折自嘲気味に思うこともあるが、この愛娘が愛しくて仕方がない。
「大好き」
躊躇しないで言うその声は心地よくて、レックスは満足そうだ。が、ちょっと顔をしかめて
「でも、斧は嫌なんだな?」
「嫌。かっこ悪いもん」
ショックをうけるレックス。これはいつもしている問答で、せめてどちらか一方くらいは斧を教えてやりたかったものを、スカサハもラクチェも「斧かっこわるーい」なんてことを言って、このバカ親を悲しませていた。

「スカサハ」
「お帰りなさい」
ラクチェと違ってスカサハは、5歳だというのになんだかしっかりしていて物静かな子供だ。
床にうつぶせになって寝転がって何かを見ながらスカサハはちょっと目を赤くしていたけれどもう泣いてはいない。
双子だからラクチェと顔だちはにているけれど、目が作る表情が違う。どうもスカサハの方がやさしそうで、ラクチェのように人を射抜きそうな目線はもっていないのだ。
「・・・何泣いていた」
「これ読んだら悲しくなったんだ」
「ああ、絵物語を読んでいたのか。スカサハは字を読むのが得意だな。きっと私ではなくレックスに似たのだろう」
そっと見ると古ぼけた羊皮紙に、子供むけの絵物語が書いてある。確かこれはシャナンに叔父上が昔あげたことがある物語だ。
子供向けにしてはちょっと悲しい物語で、シャナンも昔泣いていたな・・・そんなことを思ってアイラは小さく笑みをもらした。
「レックスも帰ってきた。いこう、スカサハ」
「怒られるからやだ」
「怒らない。本を読んで泣くのは恥ずかしいことじゃない。それにスカサハはえらい。ラクチェがいくら蹴飛ばしてもスカサハはラクチェを苛めない。私は知っているぞ」
「ほんと?」
「ああ。その、なんだ、我慢出来なくて泣くときは、本当に我慢出来ないんだろう?」
「うん」
それでもレックスは「なんだ、妹に泣かされるなんて情けないぞ!」とスカサハに言うのだが。そのせいかスカサハはレックスよりアイラのことが好きで、いつも静かにアイラが帰ってくるのを待っているのだ。
ありがたいことにスカサハはオイフェと仲が良いから、自分より年上のオイフェが周囲にどういう態度をとっているのか子供心に感じ取ることがあるらしく、5歳の子供らしくもなく一人でいることを嫌がらない。けれど、本当はそれは寂しくて、ラクチェといつでも一緒にいたいのだ。それをアイラもレックスも知っていた。けれどあの鉄砲娘は物静かなスカサハに我慢できなかったりしてついついスカサハにわがままを言って、挙句に目を離した隙にどこかに行ってしまうのだ。

「やあ!」
スカサハをつれて戻るとレックスがラクチェの相手をしていた。
木剣でレックスに切りかかってくるラクチェをうまくかわしながら時折自分からも適当な攻撃を見せてやる。
どうやらこの兄妹はドズルの血よりもイザークの血が強いらしくて、この年齢だというのに剣士としての才能が見え隠れしていた。
「戻ったぞ」
アイラを見るとまたもレックスは笑顔を見せて、ついついラクチェの相手をおろそかにしてちょっと近づいてきた。
「ああ、ご苦労だな・・・・おっと!」
「やーっ!」
「わわ、ラクチェ!」
「それは剣じゃないぞ!ラクチェ!」
どかん、とものすごい勢いで木剣をもちながらラクチェはレックスに蹴りをいれた。
まさか蹴りがすっ飛んでくるとは思わなかったレックスはよけきれなくて・・・とはいえ、無理な飛び蹴りだったから、よければ愛娘が転んでしまうのだろうが・・・直撃をうけた。
「い・・・いててて・・・くっそ・・・折角服着替えたのによお!」
レックスは忌々しそうに言って腹部を抑えて座り込んだ。
隣ではラクチェがけろっとして
「とーさま、降参?」
「・・・降参っす・・・」
くくっ、とアイラは笑いをこらえきれずレックスに「大丈夫か」の一言もないままめずらしく声を出して笑ってしまった。
「あははは、ラクチェは強くなったな」
「本当?」
「ああ。レックスに勝つなんて」
「じゃあ、今度はかーさまが目標!」
おいおい、俺よりアイラの方が上なのか!レックスはまたショックをうけて情けなくなってきた。
確かにイザークにいる以上は俺は婿みたいなものかもしれないし、アイラの方が高貴な生まれだし・・・それでもなあ、なんてことをぶつぶついいながら立ち上がって、服についたラクチェの足跡を見た。
「父さん大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。お前こそ、何泣いてたって?」
あ、また怒られるのかも、と思ったらしくスカサハは黙った。アイラはラクチェを抱き上げながら言う。
「本を読んで感動したようだ。お前に似ているのだな、スカサハは」
「・・・んだよ、そんなこと言ったら怒れないだろうが。・・・それは怒ることじゃない。安心しろ」
「ほんと?」
「ああ。・・・またラクチェに泣かされたのかと思った」
そういうと珍しくレックスはスカサハを抱き上げて肩にのっけた。さすがに幼い頃から斧を担いでいた肩は広く逞しくて安定感がある。スカサハはアイラになついてはいるけれど、レックスが時折こうやってくれるのがとても好きだ。
嬉しそうに笑って肩にすわるスカサハ。
「男はそうそうびーびー泣くもんじゃないからな。男が泣いていいときってのはなー」
「・・・レックスがそれを言うのか」
「なんでお前は父親の沽券傷つけるようなこと言うんだよ」
アイラはラクチェに木剣をもう一度もたせながら、口端だけで笑ってレックスを見ない。
「ラクチェ、母様と遊ぼうか」
「うん!」
自分も木剣をもってラクチェとちょっと離れたところに行く。完全に生き写しのような親子で、それを見ているとレックスはまたもや笑ってしまうのだが。
「たーっ!」
ラクチェは木剣を振るっていることにまったく飽きない。それは紛れもないイザークの血なのだろう。それにしてもそれを「遊び」と呼ぶのも何か違う気もする。
それをみながらレックスはスカサハに言った。
「お前も、もっと剣の練習をすればすぐ強くなるのに」
「うん、でも、いいんだ。あんまり僕がやるとラクチェ暴れるから」
「ああ、ラクチェがムキになるからか。お前、子供は子供らしくしときゃいいのに、誰に似たんだか」
そう言いながらもレックスは嬉しそうだ。
「とうさん、男が泣いていいときっていつ?」
「んー?・・・自分のためじゃなくて・・・大事な友人のためと、家族が死んだときと・・・そうだな・・・」
本当は別段ポリシーがあるわけでもなかったレックスはちょっと困った。困ってから
「どうにもならないくらい好きな女を手にいれたときかな」
「・・・?」
「いつかわかるって。・・・わかるといいな、お前も」
「??よくわからないよ」
「今はな。まだガキだからわからないんだ。大人になりゃわかる」

二人が寝たのを確認してアイラはレックスのもとに戻ってきた。
彼らは親子4人では寝ない。それはレックスが決めたことだった。近い将来ここを離れてかつての仲間達の消息を彼らは知りたいと思っていた。その旅に子供らを連れて行くことは出来ない。それは悲しいことに事実で、世の中には努力や自分ひとりの力ではどうにもならないことがあるということを嫌というほどあのバーハラの悲劇で知らされた彼らが選んだ道だった。
だから、子供達には必要以上には接触を本当はしない方がいいのだ。子供達も彼らも別れは辛くなるから。
「ご苦労さん」
「ああ。ちょっと疲れたな」
そういうとごろり、とあおむけで寝ていたレックスの腹部を枕がわりにしてアイラは横になった。
石造りの壁にはめ込まれている窓から月明かりが差し込む。
「いつも思うんだけど、それ、固くてつまんなくないのか?」
「ん?ああ、固い枕の方がいい」
「・・・お前ね・・・」
レックスは今だって体を鍛え上げているから、女の膝枕のように多少の弾力があるような腹部ではない。なのにアイラは好んでレックスの腹部を枕がわりにして横たわる。
それはアイラがあまり見せない甘えた行為なので、レックスはたまらなく嬉しいのだが、そんな体制では抱きしめるにも遠すぎる。
そのもどかさがいい、なんて思ってしまう自分は多分Mなのだろう。(おいおい)
「さっき、シャナンがおやすみの挨拶に来た」
「ああ?俺のとこにも来たぞ」
「そうしたら、どこで覚えてきたのかラクチェがシャナンの頬にキスしてたぞ」
「な、何っ!?」
がば、とレックスが起き上がるものだから、そのままアイラはすとん、と頭をレックスの股のあたりまで落とされてしまった。
「あ、悪い」
「いや・・・。ここは柔らかいから嫌だ」
そういってアイラはもぞもぞと、次はレックスの太ももと膝の間に頭を動かした。
・・・柔らかいって、お前・・・レックスはがっくりとしながら、そんな風に体を動かしていくアイラを無理矢理引き起こして自分の方へひっぱる。そしてそのまま倒れこむように二人は寝転がった。
「ん?」
「ほら」
「んー。これだとちょっと枕が細い」
「わがまま言うな。固いと思うけど」
腕枕をしてやっても文句を言う。が、アイラは小さく笑って
「許してやるか」
なんてことを言った。
「どこで覚えてきたんだ、ラクチェ」
「わからん」
そういってアイラは思い巡らせるような表情をしてみせる。月明かりにほのかに彼女の髪が照らし出されて美しい、とレックスは思う。
「でも、スカサハは別に気にしてないようだったから、多分初めてではないようだぞ。ほんの数日いなかっただけで、子供というものはいろんなことを覚えるものだな」
「そこが問題なのか?お前」
「違うのか?なんだ、レックス、まだラクチェはあの年齢なのに、今から心配してるのか。親バカだな」
「お前に言われたくないっていってるだろ。知ってるぞ、お前だってかなりの親バカだってこと」
そういいながらもう片方の手でアイラの髪をそっと掴むレックス。それにはアイラは答えないで自分の問いを続ける。
「いつまでも自分のものだとでも思ってたのか」
「んー。ちょっとはな。そうか、5歳でもスキキライってのはあるんだな」
「いいじゃないか、ラクチェはお前をあんなに好きなんだし。あと1、2年もすれば私達といるより余程子供同士でいる方が楽しくなるに決まっている。5,6歳はそういう年齢だろう」
レックスはんー、とかそうだなー、とか適当な答えを返しながらむきだしになっているアイラの二の腕に口付けたり、指に口付けたりしていた。心底呆れてアイラは
「人の話を聞いてるのか」
「聞いてる。そしたら5年おきに子供が生まれれば寂しくないな」
「バカか、お前は」
「はいはい、すみませんね」
それはいづれにしても無理なことだとわかっていた。いつか来る旅立ちのことを考えれば。
ただ、心のどこかには今の幸せを手放したくなくて、もし、もう一度子供を作れば旅に出ない言い訳が出来る。そうしたら、きっと機会を失ってそのままここに永住するのだろうか?そんなことをレックスは時折考える。
でも、それはありえない。
そんなことをしたら一生自分は後悔する。と、思っていたらアイラはとんでもない問いをまた返すのだ。
「・・・作りたいのか?子供」
「バカはそっちだ」
驚いた顔をみせてレックスはアイラの髪をひっぱった。
「・・・子供を作りたいんじゃなくて、お前を抱きたいんだよ」
「物は言いようだな」
「最近お前、生意気だよ」
そういいながらレックスは笑ってアイラに口付けた。
たとえこの先旅立つことがあっても。
アイラとならばどこでも生きていける気がしたし、どこでだって子供達を愛していられる、とレックスはそんなことを思い、そっと抱きしめるのだった。そのとき。
月明かりの下で、レックスは抱きしめた自分の妻が本当に幸せそうに微笑んでいる表情を見ることが出来た。
なんという幸せなのだろう、これは。
誰にともなくレックスはそんなことを思い、そして、涙腺がゆるみそうになるのを感じた。

Fin



モドル

キリ番9999のre-kさんのリク、親子4人の明るいレクアイ、とのことでした!・・・が、明るくない!?ぎゃああー!!
ごめんなさい、一所懸命頑張ったのですが・・・。満足していただけないかとは思いますが、レクアイへの思いだけは詰め込みました。(本気でバカだな、あたくしも)
しかもなんだか(汗)最近のあたくしのレクアイはベッドにばかりいます(っていうか、多分ベッドでしかこの二人一緒にいなさそう・・・)
そのうえ、そのまま眠るだけだし(笑)
うーん、今回設定をちょっと変更してパラレルっぽくシレジアにしようと思ったのですが、折角なので自分の話につながるように(ネタバレですけど・・・)バーハラ後のイザーク編にしてみましたvv
スカサハを肩にのっけるレックスを書けて本当に幸せです。あたくしが幸せになってどうする!!
re-kさんに捧げます。