ピロートーク

目が覚めると右隣にアイラがいた。レックスは上半身を起こして、彼女の寝姿を見て誰も見たことがないであろう、彼にしては珍しくはにかんだような、嬉しさを押し殺すような笑顔を作る。
まだ抱いてはいない。男と女の関係、というものにはなっていない。アイラはまだレックスと体を交わらせることをよしとしない。その気持ちの中にはさまざまな要因が含まれていることを知っていて、レックスも彼女のその気持ちを受け入れる。
ただ二人で寄り添い合って眠る。
それだけでもあまりに愛しくてどうにかなってしまいそうだ。
アイラは毛布からはみ出ていた。寝相が悪い、というわけでもないのだが、どうやら眠っている間に上がるレックスの体温のせいで熱くてもぞもぞと毛布をどかしてしまうようだ。それはここ数回の夜でレックスが勘付いたことだ。
だからレックスだけが毛布をかけて、アイラはちょっとはみ出て。それでもはみ出過ぎると少し寒くなるらしくレックスに寄り添うように眠っている。レックス自身は一人で寝るときとそう変わるわけでもなく、毛布をかぶっていたって問題はないのだが。
まだ月が高い。月明かりは彼らの元までは届かないけれど、窓辺を照らすために室内がほんのり薄暗い。そのせいでレックスは目が覚めてしまったのだろう。
そっとアイラに毛布をかけなおそうとしたとき、彼女が寝返りをうって逆に毛布の上にごろりと体をのせてしまう。
「こらこら」
アイラの背中を押して毛布の上からどけようとすると、それへ反抗する寝言が帰ってきた。
「やだ。放っておいて・・・」
「・・・うわ」
やられた。
普段の口調と僅かに違うその言葉じりにレックスはどきんと胸を高鳴らせる。
「お前、なあ。それ以上俺を誘ってどーすんの・・・」
もちろんそんなレックスの言葉を聞いているわけがないアイラはもう何も答えない。
もう一度毛布からどけようとすると今度はごろり、と簡単に動いた。
「はいはい」
まるで保護者だな、とレックスは毛布をかけなおしてやる。
すると今度は
「あつい」
と声をあげる。
「起きてるのか、お前」
「あつい」
駄々をこねるように言って、またもぞもぞと動くアイラ。寒いから自分の方へ寄ってきたんだろうに、とレックスは不満げに唇を尖らす。
「毛布がないと明け方冷えるぞ。もうすぐ冬になるんだから」
応えはない。返事の代わりにアイラの寝息だけが聞こえる。
勝手にしろ、とレックスは放ってまた眠りにつこうと瞳を閉じた。それでもついつい、彼女のこんな姿を知っているのが自分だけだという優越感で口元がにやける。
・・・けれど。
そういう嬉しさと共に、時折頭に浮かぶ懸念。
こうやって同じベッドで眠るようになったのもつい最近のことだった。腕の中のアイラはそれまでにレックスが知らなかった彼女の姿を見せてくれていたし、そしてそれを愛しいとも思っていた。自分だけが知っているアイラ。
だけど、それは本当に自分だけが知っている彼女の姿なのだろうか?
その思いが独占欲だとレックスは知っていた。そして独占欲だけならばまだ良かった。
考えるとどんどん深みにはまって、最後にはアイラ本人に聞くことが出来ない辛い想像にたどり着いてしまう。
しばらくの間レックスは時折思い出す「それ」について考えていた。どんなに愛しい相手にでも言いたくないこと聞きたくないこと、聞かれたくないこと言われたくないこと、があることは彼も知っていた。だから、黙っている。
それでも、もしかしたら聞いてしまえば「なんだそんなことか」と彼女はけろっと答えるかもしれない・・・そうは思っても勇気が出ないことがあるものだ。たとえ同じベッドで眠っていても。
どれくらいぼんやりとしていただろうか。ふとレックスはアイラに手を伸ばした。
「ん」
少し冷えてきた体。女性は全体的にそういう人間が多いのか、アイラがそうなのかはよくわからないけれど、彼女の体は冷えやすいとレックスは思う。まあ、自分はもともと体温が高くてしかもそれを維持しすぎる体だから、彼女が暑い、というのも無理はないけれど。
「こっちに来い」
返事はないけれど、少し冷えた彼女は先ほどまでの文句を言わずにレックスに引き寄せられる。
イザーク人特有の顔の造作がレックスは大好きだった。いつもきつい表情をしているアイラも眠っていれば穏やかな表情をしている。ほんのわずかに上唇と下唇の間に隙間を見せている。よくみないとわからないほどほんの少しだけ開いている唇がたまらなく好みだと思う。
願わくば。
自分の腕の中で眠ることを、彼女も好ましいと思ってくれていると嬉しいのだけれど。

「いたた」
アイラは体を動かしたときに、くん、と髪をひっぱられて目が覚めた。
レックスの体がアイラの髪を下敷きにしている。が、原因はそれだけではないようだ。
気がつくとレックスの二の腕をまくらに、彼に肩を抱かれる恰好になっていた。大きな彼の腕が彼女の背中を経由して大きな彼の手が彼女の肩に置かれている。薄い闇のせいですぐには見えないけれど腕の下にもアイラの髪が巻き込まれているようだ。
毛布は腰から下にしかかけていない。目を凝らすとレックスの左肩からなんだか斜めに毛布がかけられていて、まるで毛布だけが45度回転したような状態になっている。
「いてて、いて、レックス、腕、放せ・・・」
熟睡しているらしいレックスの手はあっけなくアイラの体からぱたりと落ちた。
鍛え上げられた男らしい筋肉も、アイラを抱きしめるときはその意味をなくして優しく温かい腕になる。
と、レックスの腕が離れてから、アイラは室温が案外と低いことに気付く。
「さむ」
レックスの腕と体の間・・・つまるところ脇の下に潜り込んでいるような状態だが・・・でアイラはごそごそと毛布をひっぱってかけなおそうとした。
暗闇に少し目が慣れてきて、レックスの表情もきちんと見えるようになってきた。彼は口を半開きにしている。こいつは鼻が悪いのか?と思いながらもその無防備さがおかしくなってアイラはくく、と小さく笑ってしまった。
そのとき、レックスがぴくり、と動いてうっすら目を開ける。
「すまない、起こしたか」
「んー・・・」
けだるそうにだらしない返事をしてレックスはアイラを見た。寝ぼけまなこで焦点が合っていないようだ。アイラは毛布をひっぱりながら言う。
「ちょっと寒い。毛布をかけなおしていいか」
「・・・かけると暑いってお前がわがまま言うから」
そういったレックスの声はかすれていた。
口を開けて寝ていたからだと思われるが、そんな理由はアイラにとってはどうでもよく、滅多に聞かない彼のそんな声にどきりと胸が高鳴なったことに気付く。
なんだなんだ。
レックスの声はもともと好きな方だけれど・・・かすれた声も、なかなかいいものだ。
それは明らかにアイラの女性である部分が心の中でくすぐられた場所だったけれど、彼女はそれを表には出さずに
「そうか」
とだけ答えた。するとレックスは
「だから」
「わあ、なんだ!急に!」
アイラにさきほどまで回していた腕を動かして、ぐい、と彼女の体を引き寄せた。
もともとイザーク人はあまり大柄ではない。シャナンは手足が案外大きいからイザーク人の中でも大柄になるように思えるが、少なくともアイラはイザーク人の中ですら標準といったところだ。
レックスはグランベル人の中では平均値よりやや上回るくらいの体格だったから、おかげでレックスとの体格差は随分とある。もともと上背もあるほうだから、馬を乗るのにはもう少し体重を落とさないと、とレックスが思っていることをアイラは知っていた。シレジアでの穏やかな時間でもそっと体を鍛えてながら絞り込んでいるその体は相変わらず力強くてそして引き締まっている。「お付き合い」みたいなことを始めて、こうして二人で眠るようになってから彼のその体つきを知ったアイラは、思っていた以上に鍛えられていることに驚いていた。
それを言えばレックスは「あのなあ、馬乗りながら斧振るうのってかなり大変なんだぞ」と呆れ顔で答える。
そんなことは知っている。知っているけれどやっぱり意外だった。
イザーク人は剣士が多い。アイラも、ホリンも、そしてこれからシャナンも。
剣士達が鍛えた筋肉と、馬を操りながら斧をふるうレックスの発達した筋肉の場所は多少違う。
だからレックスのような筋肉のつき方をしている人間をあまりアイラは知らなかった。そして初めて見て、見とれた。
当然そんなことはレックスに言っていないことだったけれど。
力強い腕で簡単に引き寄せられてアイラはレックスを見た。
「何が、だから、だ」
「こうしてれば、丁度よさそうだったから」
「え」
「そしたらお前も暴れなくなったし・・・」
そういいながらレックスはアイラの髪に顔をうずめるようにことりと首を横にかしげた。
暴れなくなった?そんなに自分は暑いだの寒いだので寝ている間にばたばたやっているのだろうか。
アイラは自分のその姿をレックスに見られている、という当たり前のことがなんだか恥ずかしくなってくる。
誰かとこんな風に眠ることなんて今までの人生でなかった。イザークは王族でも必ず母親が子育てをする国だから、母親に寄り添って寝ていたこともあったけれどそれは随分と昔の、子供の頃だ。
「ああ、髪、悪いな・・・」
ぐいと引き寄せたときにまたアイラの髪を巻き込んでしまったことに気付いて、レックスはぼそぼそとそう言って軽く腕の力を緩めた。
眠たそうに、それでもその無骨な手からは想像出来ない丁寧な作業でアイラの髪を梳いて、自分の腕の中から解放してやる。
「・・・手馴れているもんだな」
「うん?」
「レックスは女の扱いに慣れているのだろうなと思っただけだ」
「そーでもないさ・・・」
「・・・ふーん」
嘘だ。
アイラは別に不機嫌になるわけでもなく、ただぼんやり考えていた。
レックスの腕にこうやって抱かれているのは嫌ではない、むしろ、気持ちがいいと思える。
けれどこのドズル家の次男坊は今までこうやって何度か女性との逢瀬を重ねた経験があるに決まっている。
アイラは恋愛というものはほとんど守備範囲外だったけれど、それでもわかる。この男は他の女を知っている。
自分以外の誰かが、昔、レックスにこうやって抱かれていたのだろうか。
「どんな女と寝たんだ?」
「はあ?」
レックスが返事をする。どうやらアイラのその一声で突然覚醒したらしい。ぎょっとして目を開け、自分の二の腕を枕にしている愛しい女を見つめた。アイラはけろりともう一度
「グランベルではどんな女と寝ていたんだ?」
「・・・何だ、それ。アイラ、妬いてるのか」
「妬いている?」
「違うのか?」
「いや、ただ、どんな女と寝ていたのかと思っただけだ。こういう聞き方は失礼だろうか」
「失礼とか失礼じゃないとかじゃあ・・・」
レックスは少し情けない表情をアイラに向けた。
今まで一度だってレックスの過去の女性遍歴についてアイラは聞いてこなかったことを思い出す。
レックスとアイラが「お付き合い」を始めてからほんのひととき、「どうやってアイラを口説いたか」「どうやらレックスは床上手らしい」とか聞きたくもない噂がちらほらと流れていたけれど、アイラは何ともないという顔で「レックスは床上手らしいな」なんて冗談めかして言っていたくらいだった。
「ちょっとは、妬いてくれたのかと」
「何に?」
「・・・だから、俺が」
それ以上あまり言いたくない、とレックスは言葉を詰まらせた。そもそも好きで好きで仕方がなくて、やっと気持ちが通じ合った女の前で、昔の女の話をしたいわけがない。
それでも、アイラの方からレックスのことを聞きたがることはそんなに多くはなかったから、彼女がまあそういうことを聞きたいというならば少しくらいは、と口を開く。
「・・・兄貴は俺の家を継ぐことになっていたからな、野心家の女はみんな兄貴目当てでアプローチしてきてたな。俺に声をかける女は大抵、今ちょっとお付き合いして、ちょろっとドズル家の財産から貢いで欲しい、とか思っている軽薄な女だったよ。別に楽しければそれで良いと思ってたから、問題なかったけど」
「ふーん。そういう女性とこんな風に寝ていたのか」
アイラが何も気持ちを動かされた風でもなくあっけらかんと言うとレックスは眉をひそめる。ほんのわずかに窓辺に射し込んでいる月明かりの恩恵をうけて彼の顔をアイラはまじまじと見ていた。
「・・・寝た、ってこの寝る、か」
「他にあるのか?・・・ああ、体の関係のことを言っていたのか。違う違う」
「朝まで、ひとつのベッドに寝ることなんてほとんどなかったんじゃないかな・・・これ以上は、勘弁してくれ」
「何故だ」
「恥ずかしい。なんていうんだ。その」
苦々しい笑いを浮かべてレックスは天井を見た。アイラは彼の腕の中で、レックスの顔を見上げている。その黒髪をそっと彼は右手を動かして軽くなでた。
「若かったからなあ。今でも若いけど、さ。あんまり思い出したくないっていうか、人に話したいことじゃあないな」
それを聞いてアイラは不思議そうに
「ふうん。そういうものか。わたしはレックスと違ってそういったことはなかったから、よくわからないが」
と言ってレックスを見つめた。天井から視線をアイラに戻すと、二人の視線が合う。
そういったことはなかったから。
レックスが過去の女性遍歴について語りたくない理由のひとつについてアイラはそれと知らず口に出した。
レックスは血気盛んでしかも世間知らずのお坊ちゃんだった頃には放蕩息子として遊びほうけていたし、女性に対して別段ひどいことはしていなかったとは思ってはいるが、愛情のない女と体の関係になったこともある。(当然アイラにそんなことは打ち明けないけれど)
アイラはイザークの王族だから彼女が言うとおりそういった経験があるはずもなかったけれど、レックスが気にしていたのはイザークを追われてグランベルに逃れた後の彼女のことだった。ずっとずっと聞きたくて、でも聞くわけにはいかなかったことがあった。
以前、彼女に初めて口付けたときに「お前、上手いな」とアイラはさらっと口に出した。誰と比べているんだ、と問い詰めても「内緒」とかわされてしまったけれど、その後からよくよく考えて、考えるほどにレックスの中ではいやな気持ちが広がっていった。
・・・お前、酷い目にあったりしてなかったか。
多くの意味が含まれるその言葉を彼女に投げかけても、きっと意味を汲み取ってくれないだろう。
酷い目とはどういう意味だ、と聞き返されるのがオチだ。
シャナンを守りながらの旅は辛かっただろうし、そもそも自分達が出会ったときのアイラの境遇は、シャナンを人質に取られて不本意に働かされている、というものだった。
何か、あの男達にされなかったか。
聞いても仕方がない。聞いたからといってどうなるものではない。それでも気にならないといえば嘘になる。
言葉を失って黙ってしまったレックスをみつめて、アイラは彼女にしてはとてもめずらしく、レックスの沈黙の意味を理解出来たようでさらりと言う。(実際はそれどころではなかったけれど、後で考えたらものすごい成長だ、とレックスは思うことになるのだが・・・)
「本当にそういったことはなかったぞ。イザークでも、グランベルに来てからも・・・キンボイスのところにいてもな」
「そ、うなのか。お前、その・・・」
曖昧にどもってしまうレックスに対して、アイラはいつもと変わらない口調で続けた。
「気の強い女は好みではないらしい。もともとわたしはグランベルではあまり好まれる女ではないのだろう」
「えっ」
まるでなんでもない世間話のようにアイラは言う。
「シャナンを人質にとられたときに覚悟を決めたのだが、あんな下卑たやつらでも女の好みというものはあるのだな。わたしはどうやらお眼鏡に叶わなかったようだぞ」
まさか、そんなわけはない、と強く主張しそうになって、レックスは自分の間抜けぶりに閉口した。
そんなことを主張してどうするというのだろう。そんなことを言えば「じゃあレックスはわたしが酷い目にあったほうがよかったというのか」なんて言われるに違いない。
「まあ、それでも酒の酌は女にさせたいものなのだな。あいつらは本当によく酒を毎晩毎晩飲んでいたもんだ」
「それだけか」
「それだけだ」
「じゃー、前にキスしたとき、誰と俺のキス比べたんだ」
「誰とも」
「!?」
レックスはぎょっとして眉根を寄せた難しい顔でアイラを見た。アイラは肩をすくめ
「初めてでも、上手いとわかったから」
「どういう判断基準だよ・・・したことないのに上手い下手があるってわかってたのか」
「違うのか?」
「い、いや、合ってるけど。合ってるけどお前・・・」
「気持ちよかったし」
「・・・ぐあーっ!」
「わああ!?」
いてもたってもいられない、というようにレックスは叫んで突然毛布を跳ね除け体を起こした。突然のその動きでアイラはレックスの腕からころりと転がり、長い髪をしわだらけのシーツの上に広げる。彼が上半身を起こすと、寝間着として用意してもらっている薄手のランニング型のかぶり服から、彼の綺麗な肩甲骨の形がわかる。アイラは「どうしたんだ」と思いながらもそれに見とれていた。やがて観念したようにレックスは前髪をかきあげながら顔を赤くして困惑した表情を浮かべた。もちろん顔の赤味まではこの薄暗い室内では見えるはずもないけれど。
「レックス?」
「お前は!どれだけ俺が色々とっ・・・なんでそんな意味深なことばっかりちらちらと・・・」
「ええ?」
「そういうところ、腹が立つんだ。腹が立つけど・・・お前は、全然わかってないから仕方ないんだよなあ・・・」
最後の方に行くと、一体さっきの「ぐあーっ」は何だったんだ、というような尻すぼまりの呟きになる。一体もう、どうしたってレックスはアイラに翻弄されてしまう。彼女自身がそう思っていなくても。悪気がないのは尚悪い。レックスが溜め息をつくとアイラは少し考えながら
「んーー・・・それは・・・わたしが何かお前の気に触ることを言ったのか?
「ほら見ろわかってないじゃないか・・・」
アイラはぽそりと「寒い」と言って起き上がり、レックスが跳ね除けた毛布を握ってその中に体を滑り込ませた。なんて薄情なんだ、この女。そう思いながらレックスはもぞもぞともごり込むその動きを見つめている。
「よくわからないが・・・何が気に障ったんだ」
「・・・誰と俺を比較してんのかと思ってたのに」
「そうか、すまない。あの時は、初めてだと言うとお前が図に乗ると思って」
「なんでそんな時から牽制してんの、お前・・・」
どこまでもけろっとアイラが言うものだから、レックスは「もう嫌になるよ、こいつ・・・」という様子だ。
「イザークは王族でも、そういうことするのかと思ったり・・・その割には俺とはまだ寝たくないとかいうし・・・そしたら後は一択だろ・・・無理矢理、とか・・・変に勘ぐっちまうじゃないか・・・」
「だからないといってるのに」
「だーかーらー、それをずうーーーっと心配してたんだっての!」
「そうか。ありがとう。問題解決だな」
そういう言い草をするところが腹が立つんだ。そう言おうとしてレックスは言葉を止めた。
ああ、またこいつのペースだ・・・そう思うことも腹が立つ。
「・・・よかったよ、お前が、酷い目にあってなくて」
「初日に」
「うん?」
毛布からちらりと目だけ出して、鼻の頭から下はもぐりこんだままでアイラはレックスに言った。そのときの彼女の目は少しだけ宙を見ているように動き、ものすごく時々見せるいたずらっぽい表情を作っているのだとレックスに教えてくれる。
「一人切ってしまった」
「・・・は?」
「シャナンを人質にとられていたのに、手が勝手に動いた。あれはやつが悪い」
「切った、って」
「それでキンボイスが、下手に手を出したら殺されるからやめておけ、と部下に言った。いや、あれはこちらが悪かった。手違いだ。剣を持っているときだったものだからな。まあ、おかげで夜伽なんてもんを強要されることもなかったからありがたかったが・・・」
ぶはっとレックスは吹き出した。それも淡々と語るようなことではないだろうが。
どちらにしてもアイラに手を焼いていたのは自分だけではなかったらしい。どんな風にどこを切ったかを聞くのが怖かった。相手は生きているのか死んでいるのか。レックスは苦笑いを浮かべる。
「命懸けってわけか・・・じゃ、俺が我慢できなくなったら、お前、切るのか」
「馬鹿だな・・・切るわけないだろう。それなりの抵抗はさせてもらうが」
「・・・ふうん」
それなりの抵抗って、どんなものだろう。
レックスはちょっとだけ好奇心をそそられて、不意にアイラから毛布を引き剥がした。
「こらこら」
呑気にそう言うアイラに覆い被さって、両腕で抱きしめる。レックスの胸元に顔を押し当てられるような体制になり、アイラはもぞもぞとレックスの腕の中で体をよじって名を呼んだ。
「レックス」
それでも腕の力を緩めてくれないレックスに対してもう一度不満そうに声をかける。とはいえ、あまり強い抵抗をアイラは見せない。
「そんなつもりがないくせに」
「・・・なんでそんなこと言うんだよ。俺だってずっと我慢してるんだぞ?」
「それは知っている。だからこそ、こんな話の流れで、わたしを抱くことなぞないだろう?」
「生意気」
「はは・・・苦しい」
アイラはレックスの腕から少し頭を上にずらして、レックスの肩にあごを乗っける形で苦しい腕から逃れた。ふうー、と息をついたと思ったら、彼女はそっと彼の頬に自分の頬を寄せる。
そんな可愛らしい仕草、一体どこで覚えてきたんだ、と思いながら、彼女の頬の感触があまりにも感動的に柔らかくて、またレックスは腕に力をいれた。
「痛い、苦しい」
「お前が悪い。ずるい」
「そうでもないと思うが」
「そんな風に可愛いことをされたら、やばい、切られてもいいから・・・とか思っちまう」
「だから切らない、と言っているではないか」
いつものようにまた論点がわずかにずれてしまうアイラの間抜けな返答すら、今のレックスには愛しくてたまらない。
アイラはちょっと目を細めて(それはレックスには見えないけれど)思い付いたように言った。
「ああ、でも」
「なんだよ」
「お前が他の女を抱いてきたら・・・切るかもな?」
「・・・やっぱり、妬いてるんじゃないか、お前」
そのレックスの声音が嬉しさを含んでいることにアイラは気付いただろうか?
「そうか?」
「そうだよ・・・」
レックスは優しくアイラに口付けをした。慣れてしまったはずの口付けも、あまりのアイラの唇の柔らかさを彼に鮮明に伝えてくれる。性欲とは違う何かが体の奥に現れて、じんわりと彼の頭の中まで支配して考えることをやめさせた。
それからしばらくの間、言葉もなく少しだけ力を緩めてアイラを抱きしめ、その体の柔らかさを堪能する。
ふと気付くと腕の中の恋人はすうっと眠りに入ってしまったらしい。
「・・・また勝手なもんだな」
力が抜けて無防備になったアイラの頬にもう一度口付けると、レックスは体を離して毛布に手を伸ばした。その途端
「・・・寒い・・・」
アイラは薄目でレックスの寝間着の裾をひっぱる。けれど、眠りに落ちる寸前をさ迷うようにその力は本当に弱い。
「はいはい・・・ちょっと待ってろよ・・・」
寒いとか暑いとか。
痛いとか苦しいとかアイラはレックスへの注文がうるさい。
俺は保護者か。
ニ刻ほど前に同じことを呟いたな、と思い出すけれど、そのときと今では少しだけ自分の中でアイラへの気持ちが高まったような気がする。
こんなに振り回されているのにな。
そう思いながらレックスはまた、ニ刻前にそうしたように、アイラを右腕で抱き寄せて、細い肩をその手で覆った。
自分は本当にアイラにとって初めての男なのだな、と、その栄誉を噛み締めながら彼は眠りについた。


Fin



モドル

40000ヒットのハル猫さんからのリク、恋人同士でラブラブになった二人のお話です。
久しぶりにワンシーンでの会話描写だけの小説をお届けしました。
タイトルの「ピロートーク」って、まあマクラでの会話→えっちあとの会話を意味します。今回えっちはありませんが、限りなく彼等にとっては初エッチに近いほど重要な時間だったのではないかという意味でこのハズカシイ(照)タイトルにしました。直球。
このバカっぷり!ぐがーん!(涙)久しぶりのバカ小説ですよ・・・ただ二人が愛を語ってるだけという(爆)っていうかレックスだけが!?しかも最初はお互いが目を覚ましての描写だけで終わるという意味不明な話だったのに、挙句にはただただアイラの貞操が守られていますよ!という報告話になっちゃいました(爆)
これ、一応「重症」と「こころもからだも」の間くらいのお話です。
ハル猫さん、リクありがとうございました。レクアイ界の謎物書き人ですみません。