平安京(7940番)リクエスト  for へっぽこ様

異説・欲斧の系譜

虚ろな瞳


eins

 ……体が重い。
 まるで、両手両足が鎖に繋がれているようだ。
「目を覚ましたか?」
「いえ、その気配はありません」
「目を覚ましたらすぐに伝えに来い」
「はい」
 遠くに人の声がする。
 どうやら、私は死んだわけではないらしい。
 睡魔が再び襲ってくる。
 私は、睡魔に身体を明け渡した。

 

 

zwei

 幾度かの覚醒と睡眠を繰り返し、私はようやく瞳を開いた。
 視界に入ってくるのは、ただひたすら灰色な壁。
 太陽の光が当たらない地下室特有の、ややかび臭い湿った空気が私の鼻腔を刺激する。
 一体、私はどうしたのだろうか。
「ここは、どこ?」
 私の呟きに答えてくれそうな人影は見えなかった。
 聞こえるのは、私の心臓の音。
 怖いくらいに激しい音を立てている。
 戦場に立っている時でさえ、こんなに緊張したことはない。
 きっと、この状況が私に緊張を強いているのだ。
 両手両足は予想通りに拘束されていた。
 両足には重い金属の塊が鎖で巻き付けられ、両腕は手首の少し下で壁に括り付けられている。
 金属の冷たさと背中に触れる壁の冷たさが、私の体温を奪っていくようだ。
「何でこんな所に……」
 私は頭の中の記憶を辿ることにした。
 何かを考えていないと、発狂しそうだった。
 そしてそれは、私にとって一番してはいけないことのように感じられた。
「順調に城を攻略してた筈よ。初陣を飾って、リボー城へ行く筈だった……」
 そう、ティルノナグを出発した私達は、初陣を見事に飾った。
 敵武将を血祭りに挙げて、そのまま一気に城を攻め落とした。
 私はスカサハと一緒に先陣を切っていた。
 母の遺してくれた、勇者の剣を手にして。
 ……そうだ、勇者の剣は?
 確かめることはできないが、見ることはできた。
 もちろん、私の半身と言える剣は、私の腰にはなかった。
「捕らえられたのか」
 間違いなかった。
 私は捕らえられたのだ。
 私達の聖戦は、いとも簡単に幕を閉じさせられたのだ。
 ……信じていた、ヨハルヴァの手によって。

 

 

drei

 ヨハルヴァは私達の仲間だった。
 少なくとも、私はそう信じていた。
 自惚れじゃなく、ヨハルヴァは私を必要としていてくれた。
 だから、私の説得に応じてくれた筈だった。
「ヨハン」
「兄貴のことが気になるかい?」
 突然の声に、私は眦を上げた。
 ……いや、上げたつもりだった。
「目が覚めたかよ」
「……何故だ」
 私の言葉に、ヨハルヴァは口許だけで醜く笑った。
 私の眼力は、もはやないに等しいのだろう。
「いきなり兄貴の名前を呟いた女に、教える義理はないぜ」
「ヨハルヴァ」
 憎い。
 この身体さえ動けば、すぐにでもヨハルヴァの首を跳ね上げたい。
 そんな感情に、私の身体はしっかりと反応していた。
「いくら動いたって無駄だぜ。男の力でもその鎖と拘束は切れねぇんだ」
 ヨハルヴァの言う通りだ。
 いくら力が強くても、それは所詮女性としての話。
 鎖の音が、余計に惨めらしく思えて悲しかった。
「戦場の戦乙女も、こうなっちゃあ仕方ねぇな」
「……殺せ」
 シャナン様さえいれば、このような男に負けることはなかった。
 だが、まだシャナン様は生きている筈だ。
 私の夢は、イザーク王家再興の夢は、必ずシャナン様が叶えてくれる。
 それを天国で見守るのも悪くないだろう。
「そう簡単に殺しやしねぇ。せっかくの戦利品だからな」
 戦利品……。
 戦に負けたのだから当然の事だ。
 それでも、ヨハルヴァにだけは言われたくなかった。
 一度でも、想いを寄せた相手ならば尚更だ。
「ゆっくりと調教してやるぜ。誰がお前の主人か、その身体にたっぷりと刻み込んでやらぁ」
「下道が」
 腹部に強烈な拳が入った。
 呼吸が困難になり、吐き気がする。
 だが、吐く物もなければ、ただ胃液と唾液の混合物が垂れるだけだ。
 口の周りが冷たかった。
「オレが、お前の主人だ」
「ゴホッ……ゲェッ」
 咳き込んだ。
 再び胃液と唾液の混合物が私を濡らしていく。
 酷く、惨めな気持ちだ。
「自覚しやがれ。お前の主人はこのオレだ」
「……御主人様」
 プライドも、見得もなかった。
 両手両足の拘束が、私から何もかもを奪っていた。
 まるで奴隷のような口調が、これほど簡単に私の口から発せられるとは思わなかった。
「それでいいんだよ」
 満足そうにそう言ってくるヨハルヴァが、踵を返した。
 どうやら、部下が呼びに来たらしい。
 その声が聞き取れなかったほど、私はヨハルヴァに仕えてしまっていた。

 

 

vier

 結局、ヨハンは私達と敵対した。
 彼を説得に向かったスカサハが言うには、ヨハンは騎士として生きることを選んだらしかった。
 堅物な彼らしい選択だと思う。
 気障な言動の裏には、全てのものに対する慈愛に満ちていた。
 それを、好ましく思わなかったことは事実だけれど。
「私は、この地の全てのものを愛している。それが、私がこの国を守る理由だ」
「私にとって、ヨハルヴァはかけがえのない弟なのだ」
「全てを投げ打ってでも領民のために尽くす。それが騎士と言うものだ」
 ヨハンは常に正直に生きて来たのだろう。
 少なくとも、他人の視線がある場所では迷うことなく指示を下し、思いを告げていた。
 私も、一度たりとしてヨハンの弱音は聞いたことがなかった。
 騎士として生きる彼の生き方に、私は共感できなかった。
 たとえ、彼が憎きドズル家の息子だと言うことを抜きにしても。
「オレは好きだぜ、ラクチェ」
「いいじゃねぇか。生きてるうちが花なんだからよ」
「へへっ、いい飾り物だろ。ラクチェのために作ったんだぜ」
 直截的なヨハルヴァの方が、私には合っていた。
 ヨハルヴァの笑顔が、私は好きだった。
 どんなものにも立ち向かえる勇気をくれる気がして。
 実際、彼が傍にいる時、私は限りなく自分本来の姿でいることができた。
 だけど、スカサハは違った。
「俺がヨハンを説得してくる。あいつなら、絶対に俺達の理想をわかってくれる」
「もう一度、俺にヨハンの所へ行かせてくれ」
 ヨハンを信じていた。
 私とヨハルヴァがふざけあっている傍で、兄貴二人は難しい顔をして話し込んでいた。
 何度か割って入ろうとしたこともあったが、そのたびにヨハンの笑顔に拒まれていた。
 兄貴達は、何を見ていたんだろうか。

 

 

funf

 私の身体は、徐々にヨハルヴァの奴隷へと変えられていった。
 抵抗はできない。
 全ての拘束が、私から意志を奪っていく。
 重ねられる行為が、私を蝕んだ。
「こんなもんだろ。明日、拘束をはずしてやらぁ」
「……はい、御主人様」
 寒かった。
 何もかもが。
「拭いてやるよ」
 ヨハルヴァが、私の身体を拭いていく。
 冷たかった身体に、少しずつ新しい血液が流れ込んでいくのがわかる。
 黙って身体を任せながら、私は指先の力を静かに抜き入れしていた。
「明日が楽しみだぜ」
「楽しみにしております……」
 ヨハルヴァの口許が笑っている。
 ヨハルヴァの笑顔が、私の中ですりかわっているのを感じた。
 この笑顔に、勇気など与えられるわけがない。
 変わってしまったのだろうか、私自身が。
「本当、楽しみだぜ……」
 ヨハルヴァの瞳が、一瞬私を優しく包んだ。
 錯覚だろうか?

 

 

sechs

 拘束を解かれた瞬間、私の身体は意志を取り戻した。
 昨日一晩、仮眠しかとらなかったことがそれを可能にしていた。
 二度と、醜く変化したヨハルヴァの笑顔を見たくはない。
「悪く思わないでね」
 腰の剣を奪い取って、拘束を解いたヨハルヴァの部下を斬り殺す。
 ……感覚は落ちていない。
 まだ、戦乙女と呼ばれた私の剣技は生きている。
「ヨハルヴァ、今、貴方を殺しに行くわ」

 

 

sieben

 使用人を斬り殺し、ヨハルヴァの居場所を確認する。
 ヨハルヴァは迎賓室にいるらしかった。
「生き恥を晒すよりも、か」
 手の中の剣は悪い剣ではないけれど、ヨハルヴァに対抗できる代物ではない。
 せめて、銀の剣であったならば……。
「現状を見据え、最善の策を選択しろ」
 シャナン様に教えられた、戦場の掟。
 今は、この剣を相棒とする他はない。
 迷いを捨て、一気に迎賓室の扉を蹴破る。
「ヨハルヴァ、覚悟ッ」
「ラクチェッ?」
 一気に流星剣を決める。
 ……これほど呆気ないものだったのか?
 いや、この剣に滴る血は本物だ。
 間違いようのない、鉄サビの匂いとゲル状の感覚。
「ラ……クチェ」
「遺言か?」
 ヨハルヴァの手が、私の足を掴んでいた。
 斬り払おうとして剣を振り上げた私の目に、純白のドレスが映った。
 あれは……ウェディングドレス?
「そりゃ、ねぇだろ……兄貴」
「ヨハルヴァ、お前、まさか」
 思考が、視線が定まらない。
 ヨハルヴァの服装がいつもと違うことにさえ、私は気付いていなかったのか。
 それに、この目の前にあるウェデイングドレスは?
「ちっと、連れて行くには早いぜ」
「ヨハルヴァッ」
 剣の落ちる音がした。
 ヨハルヴァの無理のある笑顔が、私の中で一致する。
 手の震えが止まらなかった。
「バカッ」
「ひでぇな……オレなりに考えたんだぜ。イザークの姫を嫁にするにはって」
「何でこんな時だけ遠回りをしたんだッ」
「こんな時だからさ。オレは、兄貴の分までやらなきゃなんねぇんだ」
「何で素直に言ってくれなかったッ」
「恥かしくてよぉ……わりぃ」
 言葉が出てこない。
 ただ、血溜まりの中にいるヨハルヴァを抱きしめて、私は涙を流していた。
 血の流れが止まらない。
 私の剣が、ヨハルヴァを殺した。
「まぁ……いい。ラクチェに……看取られるんだしな」
「すまない」
 それきり、会話を交わすことはなかった。
 ヨハルヴァの鼓動が消えた。
 ただの肉片と化したヨハルヴァを丁寧に寝かしつけ、私は立ち上がった。
 純白のドレスには、裾の方からヨハルヴァの血が染み込み始めている。
「紅いドレスか」
 私にはお似合いだ。
 戦場の戦乙女には、純白のウェディングドレスは似合わない。
 この紅いドレスこそお似合いだろう。
「契約だ」
 ドレスの横に立てかけられていた勇者の剣を腰に差し、私はヴェールをめくった。
 何もない空間に口付けを交わす仕草をして、ヴェールを剥ぎ取る。
 ヨハルヴァが私のために作らせたらしい髪飾りが、音を立てて床に落ちた。
 それを取り上げ、髪につける。
 運良く血の池を逃れたそれは、ヨハルヴァの好きな緑色の輝きを見せていた。
「私は行く。見ていてくれ、ヨハルヴァ」
 返事はない。
 だが、それでもよかった。
 一人でいい。一人がいい。
 私は戦乙女。
 私には、紅いドレスと緑色の輝きがよく似合う。
 そして、主君の待つ戦場こそが私の居場所なのだから。

 

<了>

 


後書き
 今回は絶対に後書きを書かねばなりません。
 解説なしには耐えられない作品です。
 
 まず、ヨハルヴァ×ラクチェの悲恋物です。
 リクエストではヨハルヴァ&ラクチェでしたが、あえてこの形にしてみました。
 ヨハンはセリス軍に敵対して死亡しています。
 ゲームシナリオと違う所は、シュミット率いるドズル軍が勝利していると言うことです。
 ヨハルヴァ率いる軍隊がシュミット軍と呼応し、セリス軍に叛旗を翻します。
 そして、セリス軍は敗北を喫することになっています。
 だからこその異説です。
 
 笑顔というものがどれほど他人の印象に残るのでしょうか。
 笑顔から受ける感じが変わった時、人は何かを感じます。
 裏切り、心変わり。
 それでも、人は絶対に笑顔を絶やしません。
 笑顔を見せることが生きている証だと思っているのかもしれませんね。
(想いが生きている証、信頼が生きている証、楽しさが生きている証……)
 そんなことを考えながら書かせていただきました。
 
 ヨハルヴァ×ラクチェという新境地を開かせてくれたリクエストに対し、感謝しつつ終わらせていただきます。