半日バカンス

「あ・つ・い・・・」
ローザはそう呟きながら、地面の上に敷いた薄布の上でだらしなく横たわっている。
比較的暑い地域に密生する木々の下にテントを張って、彼らはその中でまぐろ状態になっていた。
ローザはあまりの暑さに耐えかねて髪の毛をぐいっとすべて頭の上に束ねている。
「まいったな・・・」
セシルはその隣・・・といっても、ある程度以上距離が離れてはいるのだが・・・で同じように唸っていた。もはや鎧兜を着けていることは不可能に近い。
彼ら二人は直射日光にはもともとかなり弱い。
特に、灼熱の砂漠で一度倒れたことがあるローザはどうもそれ以来陽射しに弱くなっているような気もする。
森といって差しつかえがないほどに木々が立ち並ぶ平地ではあったが、そのどれを見ても葉がわさわさと生い茂るものではなく、太陽に向かって高く高く伸びてはいるけれど完全な木陰というものを作ってはくれない。
土は結構な乾き具合で、素足で立てば数秒しかそのままではいられないほどの熱を蓄えているようだ。
この炎天下ではこうやってテントの中に逃げなければ数秒で倒れてしまうのではないかと思われた。
そして、更に直射日光に弱いカインは既に意識不明の重態、とばかりに汗だくになって眠っている。
今ここで魔物達が襲ってくれば、彼らはイチコロだろう。
シドだとかヤンだとかがきっとこの光景を見れば「まったく、この程度の暑さで!」と怒るに違いないが、残念ながら比較的気候の変化がないバロンという温室育ちの彼らにとって、この暑さは耐え難い。
彼らは一体、この島がどこにあって、それでもって。
いつになれば、ファルコンのエンジンが直ってここから飛び立てるのか、と途方に暮れていた。

「ぐあー!あじー!」
エッジは蒸し暑いファルコンのエンジンルームで叫んでいた。
このメンバーで唯一機械をいじることが出来るのはエッジだけだ。それだって、シドの見様見真似なわけで、精通しているわけではない。まったくよう、とぶつぶつと言いながらも、彼にも責任がなかったわけではないのでそれ以上の文句は言えない様子だ。
ドリルをつけて、さあ、出発・・・と地底から出てきたのはいいが、地底と地上を繋ぐ道を塞いでいた岩を崩すために出力を上げすぎた。
ドワーフ城にある材料だけでなんとかシドが作ってくれたドリルは完璧だった。
しかし、操作する人間は、というと残念ながら完璧ではなくどうにもこうにも若さゆえか何ゆえか全員が全員浮かれていたようだ。
「材料が足りんから、修理部分でいくらか危ないところがあるぞ。最大出力を出し続けるのは、いいとこ5分程度にしとくんじゃな」
というシドの教えに頷いたものの、どうやら「5分」を計っていようという気が利いた人間はいなかったらしい。
どがん、という音と共に突然ファルコンは傾き、目の前に魔導船がある、というところまで近付いたのにふらふらと舵がとれなくなってしまった。
しかも、なんとか不時着した場所はよりによって夏真っ盛りだ。(いや、海の上でなくてよかった、と感謝せねばならないのかもしれないが)
熱帯というような気候ではないものの、それでも30度前後を行き来する気温の中、彼らはよりによって昼前頃に不時着した。そうであれば、太陽はまだまだこれから暑くなると宣言しているように光を降り注いでいるわけで。
「はい」
リディアはエッジの顔の汗を拭いてやった。
皆が「暑い暑い」というものだから、リディアは特別にブリザドで氷を作った。作ったけれど、それ自体に触るのはただ冷たい、というだけで、長い時間彼らを涼ませることは出来なかった。第一、魔物に「攻撃」として放たれる氷達は、人が直接触れては逆に凍傷になるほどの低温さだ。これを活用してどうにか・・・と思って色々と試していること自体、彼らの体力を奪う結果になってしまった。
氷を作って、何かであおいで冷気を楽しむ、というのが一番実用的ではあったが「何かであおいで」で挫折した。
なんといっても、ここには風がない。
次に考えついたのは、ちょうどみつけた、流れが緩やかな川に入ること、だった。
これはなかなかいい案だと思えたけれど、水の中にいるということはなかなかに体力を使う。
ああ、涼しかった、とあがってからの体の疲れは、そこからまた照りつける太陽に抗う力すら奪ってしまい、そしてバロン3人組は倒れているというわけだった。
終わったことを悔やんでも仕方がないが「カッパーかけてもらって泳いだら、こんな疲れなかったかも」なんて間抜けなことをセシルが言い出した。確かに間抜けではあるが、案としては悪くはないかもしれない。
「くっそー、あんのヒゲジジイめー、もそっとどーにか出来なかったのかよ」
「しかたないよー、言われたとおりにしなかったわたし達が悪いんだもん」
リディアもめずらしく暑さに耐えかねているのか、髪を束ねてアップにしていた。
白いうなじにちらちらと見える後れ毛が愛らしい。
しかし、それを愛でる余裕がエッジにはまったくなかった。
「せめて工具があって助かったぜ・・・」
「どうしてもどうしても直らなかったら、幻獣達にお願いして幻獣の道を使ってもいいけど・・・召喚士以外の人間を運ぶのは、どうなのかなあ・・・」
「いーって。直してみせっから。魔導船あるとこまでもちゃいいんだろ」
「そうだけど、材料とか、ないじゃない」
「あのオヤジもツギハギで作ったけどよ、俺もそれに習うってもんだ」
「エッジ〜」
不安そうにリディアは上目遣いでエッジを見た。それへ、ひらひらと手を振る。
「ま、見てなって!・・・ちゅうか、あぢーな」
エッジは「心頭滅却すればうんたらかんたら」とか呟いて、さて、と工具を握り直した。
本来、こういったことはセシルも本当は嫌いではないが、何分にも人には得手不得手というものがある。残念なことにセシルの「好き」は、それの不得手を覆すほどの力はなく、もっぱら「出来上がったものの仕組みだけを知る」ことに専念している。カインに関しては明らかに興味がない様子だし、そうなれば唯一エッジが頼みの綱というわけで。彼は重々それを承知していた。
エッジは真剣な眼差しで今、自分がやるべきことは何なのかを探ろうと、瞬きの回数すら減っている。
リディアはそれを見ながら自分の汗を手でぬぐう。嫌になるほど暑い。特にこのエンジンルームは、外よりも絶対に蒸し暑いと思えた。
しかし、こんな状態でエッジ一人を見捨てて水浴びをしたりテントで寝ていたり、ということをなかなかリディアは出来ない。仕方なく(というと語弊があるが)エッジの汗を拭いたり、飲み物を持ってきたり、と甲斐甲斐しくすることになってしまったわけだ。
リディアからすれば、どうしてエッジを置いてセシル達が水浴びを楽しめるか、その神経の方がわからない。特に、いつも人に気をつかっているローザが、どうしてそんなことに加担したやら。
「ホント、暑いね〜」
エッジは集中し始めたのか、リディアの言葉に答えない。
緩みがちになっていたネジを調節して、間に薄い鉄板の欠片を噛ませる。
「これじゃ、逆に緩んじまうか・・・?」
リディアにはさっぱりわからず、答えることが出来ない。が、どうやらそれは独り言だったらしく、エッジは動かす手を止めず、リディアに答えを求めるわけでもなく作業を黙々と続けた。
ちぇ、当たり前だけど、エッジったら、話もしてくんなくなっちゃった。
つまらなそうにリディアは、エッジの作業をみているだけだ。
しかしまあ、なんというか。
(シドのおじちゃんもそうだけど)
機械をいじったり、武器を手入れしたり、家具を直したり。
そういったときの男性の真剣な表情というものは、なんだかいいものだ。
それが女性としてのときめきに結びつくにはまだリディアは幼く、なんだか、いいなー・・・程度の認識しかないけれど。
「あつ・・・」
残念ながら、エッジの横顔を見ていたからといって涼しくなるわけはない。
エンジンルームの中の気温はどんどん上がっていくように思える。頭がぼうっとしてくる。
よくもまあこんなところでエッジは作業を出来るものだ、とぺたりと座って壁に寄りかかりながらリディアは目を半分閉じていた。
がちゃがちゃという音。かつん、という音。ぎりぎりと何かを締め付ける音。
耳から入ってくるその音でさえ、一体何をしているのかという興味をくすぐる音ではなくなってくる。
ふー、と息をついて、レオタード式になっている服の胸元の布を軽くひっぱり、ぱたぱたと軽く風を送った。
胸の間にじっとりと汗が溜まる。その感触が嫌だ、と思った素直な動きだった。
(あついよー。でも、あたしが暑いっていってたら、エッジはもっと暑いんだもんね)
そうっとリディアはエッジの様子を見た。うん、全然わたしのことは気にしてないみたい。
・・・大丈夫、かな。
(エッジ見てないからいっか)
胸元にタオルを差し込んだ。はしたない、と思いつつも、どうしても我慢出来なかったようだ。
しかし、その時エッジが突然声をあげたもので、リディアは飛び上がらん勢いで驚いてすぐさまそれを抜いた。
「いてっ」
「ど、どうしたの?」
「いや、目ん中、汗がはいって、しみただけだ」
「あっ」
見ると彼の額には大粒の汗が吹き出ていて、重さに耐えられなくなった分がそこから彼のまぶた、まつげを濡らして落ちている。すごい。雨に降られた人みたい。そう思いながらも慌ててリディアは腰を浮かせて近付いた。
「い、今拭いたげる!」
しまった、ぼーっとしすぎちゃった。
リディアは腕を伸ばして持っていたタオルでエッジの額を拭こうとした。が、思いも寄らない抵抗をエッジが見せた。
「だー!やめろ!おま、それ、今お前の胸ん中つっこんでたタオルだろ!」
その指摘にリディアの手が止まる。
「あっ!」
「こんな暑いときにんな嬉しいことされたら鼻血出ちまう。新しいタオルもってきてくれよ。頭に、巻くからよ」
「ご、ご、ごめ」
リディアはどもった。どもった末に
「・・・見てたのね!?やだ!えっち!」
「見えたんだよ!」
それじゃあ、やぶへびだ、とエッジは叫んだ。

「駄目だ、こんな暑さじゃあ、俺もまいっちまう」
ついにエッジも弱音を吐いて、万歳のポーズをとる。
「急いでるのはわかってる。んだけどよ、せめてあと二刻。もーちょい日が傾いてからでないと、さすがによう・・・」
根をあげるほどには確かに高温になっている。
「うっしゃ、俺も水浴びしてくる。あいつらばっか幸せな思いさせてたまるかってんだ」
「幸せ・・・かなあ」
全員そのせいで体力を消耗してくたばっているというのに。
「んで、気分転換して涼しくなったら、ちゃっちゃとどーにかしねえとな・・・月いかねーと・・・」
ぼそりといったそのエッジの言葉は、リディアに聞かせるわけでもない、彼の胸のうちを端的にしめしたものだったに違いない。本当は彼らはここで寄り道をして、水遊びをしているような余裕なぞ、どこにもないのだ。
リディアは不安そうにエッジを見た。エッジ、自分がやらなきゃ、ってすごく必死になっているんじゃなかろうか。彼は口ではそういう風には言わないけど。そんな思いが胸の中に広がる。
・・・そうだよね、あせるよね。
きっとそう。そして、それを知っているからセシル達は逆に、あんまり彼にかまわないんだ。
なけなしの想像力をフル稼働させてリディアはそう考えた。
みんなが近くにいれば、その分エッジのプレッシャーもかかるというものだし。
そんなリディアの不安をよそに、エッジは額にまいていたタオルを取って笑顔を向けた。
「お前は?いかねーの?」
「行く!」
今まで「エッジに悪いから・・・」なんて遠慮をしていたけれど、エッジが一緒なら話は別だ。
先人と同じ轍を踏まぬよう、失敗をふまえて遊べば、あんな風に水浴びあとにくたばることもないだろう。
「そんじゃ、タオル何枚か持って、さっさと行こうぜ」

装飾品だけ体から外し、ブーツを脱いで、服はレオタードのままでリディアは先に川に入っていった。
川の幅はおおよそ3メートル弱といったところか。
地表から大体30センチほど低いくらいの位置に水面があるため、あがるときにはよいしょ、と腕の力であがらなければいけないだろう。
彼らにもれなく暑さを提供してくれる「夏の陽射し」というのが丁度いい照り付けが、ゆれる水面で反射して瞳にわずかに痛い。けれど、自分がその輝きの中にこうやって入っていけることがなんだかおもしろくて、それから、嬉しい、とリディアは思った。
多分エッジにそれを言えば「わっかんねーな」と言って笑われるに決まっている。
「わあ、そんなに冷たくないけど、ちょうどいいね」
一番深いところでも、丁度リディアの胸下くらいで安心して遊べるようだ。魚が泳いでいる姿が見える。お魚さん、驚かせてごめんなさいね、なんて思いつつ、まだ用意をしているエッジを振り返った。
「だな。涼むには確かにもってこいだ」
一方エッジは気にせずぽいぽい服を脱いでいる。どこまで脱ぐんだ、とリディアが目を丸くしていると、なんともはや、エブラーナの民は嘆くことだろう。エッジは下着姿にまでなってしまった。
(トランクス派はトランクス、ブリーフ派はブリーフ、ふんどし派はふんどしでお願いします:笑)
「やだあ、何、エッジ、それ!」
「いーじゃねえか」
「よくない!もぉ、レディーがいるのに、失礼よ」
「れ、れでぃー!?れでぃーって、お前・・・!」
どっから仕入れた言葉だ、とエッジは吹き出した。
が、まあ、たまにはリディアのそういう言葉も聞いてやるか、と渋々脱ぎ捨てたパンツだけを穿きなおした。
「お」
ちゃぽん、と川に入ると、エッジの顔がおのずとにやけた。
「いいもんだなー、やっぱ、暑い日は水浴びに限る!」
「気持ちいいよー」
少しだけ離れたところでリディアはぱしゃぱしゃと顔や鎖骨付近に自分で水をかけていた。
日光がその水しぶきにきらめきを与えて、さも涼しげに見せてくれる。
濡れた顔を濡れた手でふいて、それから目を何度かしばたいた。額に張り付いた前髪をつまんでしみじみとリディアは眺めた。普段、こんな日光の下で、自分の濡れた髪なんてものはなかなか見ない。意味はあまりないけれど、なんとなく見てしまった。
より目がちになっているリディアの顔を見て、エッジは笑いをこらえながら聞いてみた。
「お前、泳げんの」
「・・・あんまり、泳げないけど」
はっ、と気付いて手をおろし、少し恥ずかしそうにリディアは答える。
「エッジがいるから、安心してる」
「そか」
「水、ちょっとだけ恐かったからホントはエッジの「水遁」も恐かったんだ」
「なんで?昔、火が恐かった、とかいってたじゃねえか。水もかよ」
「うん」
「言いたくない?」
「リヴァイアサンに内緒にしてくれるなら・・・」
んなヤツに話すわけねーだろ、とエッジが笑うと、ためらいがちにリディアは言う。
「小さいとき、セシル達と乗ってた船が、リヴァイアサンが作った渦に巻き込まれてね。わたし、海の中に放り投げられて・・・すっごいそのとき、恐かったんだ〜」
「あーーー」
「でも、内緒。言うとリヴァイアサンが悲しそーになる気がするから」
「もしかして、リヴァイアサン呼んでも、怖い?」
「んーん。そのときは、大丈夫。だってリヴァイアサンだから」
意味がわからないけど、まあいいか。エッジは肩をすくめた。
「そしたら、まあ、この深さで泳ぐってのもなんだから」
エッジは泳ぎは得意中の得意だったし、エブラーナの人間は誰も彼も7、8歳にして遠泳を体験する。もちろんそれが普通ではないことをエッジは知っていたから、たとえセシルが「10秒くらいしか泳げない」と情けないことを言っても、そりゃそうか、と納得はする。しかも、エッジが得意としている泳ぎは当然のように忍者の「それ」であり、世間一般の「泳ぎ方」とは異なる。それをリディアに教えるというわけにもいかないだろうと思った。
それでも、多少水に慣れておいた方がいいだろう、とは感じているが。
「うん」
「浮いてみ?気持ちいーぞー」
「浮く?こーやって?」
リディアはおずおずと、そのままうつぶせになって水に顔をつける「ふり」をした。
「うん」
「一応、それは出来るよ。小さい頃おかあさんが川に連れて行ってくれたことあるもん」
リディアは「見ててね」と言って、エッジの目の前で両手両足の力を抜いて、確かにただ「浮いている」だけの状態になる。
いちいちそれを「見てて」なんて言うのもおかしな話だが。
ほんの4,5秒くらいの時間だったが、リディアは水から顔をあげ、立ち上がって顔をごしごしとこすってから「やり遂げた!」といわんばかりの誇らしげな笑顔を見せた。
「ふわー!どう?上手に浮いてた?」
「わはは!ああ、浮いてた浮いてた、うまいじゃねえか」
それがあまりにも嬉しそうだったため、エッジも声を出して笑ってしまう。
「逆には浮けんの?」
「えっ、逆!?」
「水の上に、寝るんだよ」
そう言ってくっく、とエッジは咽喉を鳴らすように笑い、リディアに近付いてきた。
「本当に寝ちゃダメだけどな。こーすんだ」
「わ!」
リディアの目の前でエッジは仰向けになって水の上で浮いた。驚いてリディアはしげしげとその様子を見る。うわあ、ほんとに寝てる。どうして?水の上に浮かべるの?でも、じゃあ、なんで水の上に立てないの?すっごい不思議。こんな風に浮くんだったら、溺れる人っていないんじゃないのかなあ?あ、でも、あおむけでもうつぶせでも一緒?えーっと、でもうつぶせのときわたし、腕とか足は沈んでる?よくわかんない・・・なんて、全てを口に出せば「ほんとにお前は者知らずだな」とまた言われてしまうだろうことをリディアはぐるぐると考えていた。
「ほんとは、海の方が浮きやすいんだけどな。海はしょっぺーから浮くらしくて」
「しょっぱいと浮くの?」
「って、本に書いてあった。川はしょっぱくねえから、浮きにくいんだ。でも、こうやってる分にはそんなに問題ないぞ」
「それ、どうやってるの?」
「どうもしてねえよ。お前もやってみろよ」
「やだ、怖い。そのまんま、沈みそう」
「そしたら俺が助けてやるよ。沈んでもこの深さじゃ、どうともなんねえよ」
「やだー・・・エッジが支えててくれるならいいけど」
この深さで支えるも何もないもんだ。ま、それでもしゃーないな。
エッジはざぶん、と起き上がって
「いーぜ、支えてやっから、寝てみろよ」
リディアの背中に手を回した。恐る恐るリディアは上半身を後ろに倒す。ちゃぷ、と後頭部が水面についた。
「おいおい、いつまで足、下についてんだ」
「だって、だってこわ・・・こわーい!あおむけ、怖いよっ!」
そう叫ぶとリディアはがちっとエッジの腕にしがみついて起き上がってしまう。
(お、密着)
そんなことをついつい思ってしまう男の性をリディアが気付くわけもない。
「絶対、絶対絶対、このまんま沈んじゃう!」
「だーいじょーぶだって。気持ちいいぜ、空が見えて、下は水で。おもしろくねえ?自分が寝転んだ下に、水と地面が布団みたいにあるんだぜ」
「・・・それ、すごい!」
リディアは目を輝かせる。
自分が寝転んだ下に水と地面。
空からは光。
なんだかその言葉はやたらと魅惑的だ。
お、食いついてきやがったな、とエッジは更に饒舌になって、リディアの気をひこうひこうとする。
「夜になれば、月が水に映ってよ。そこに浮くのって、なんか不思議な気がするんだよな。自分が月の一部になったような気がして」
エッジは咽喉を鳴らして笑う。俺って風情あるだろ?と、ローザが聞いていれば「それって風情っていうのかしら?」と突っ込みをいれるのではなかろうか。
「ま、月、つってもよ、どういう場所か見てきちまったから、あんまロマンチックって感じもしねえけど」
それでもエッジの言葉にリディアはしばしぼうっと思いを巡らせた。
ちょっとそれって、感動しちゃうかも。
水面に映る月の美しさは、リディアも知っている。
静かに、時折風によってさざめく池や、ゆったりと流れる川に映る月。
そこに自分もさっきのエッジみたいに一緒に浮いてるなんて、なんか、感動しちゃうかも。
ううん、自分はまだあんな風には浮けないけど・・・。
と、エッジの必死のなだめすかしにまんまとのせられてしまうわけだ。
「いいだろ?やってみたくねえ?」
「やってみたい。なんかすごい。月に溶けちゃいそう、それって」
「月に溶ける、か、いいこというねえ。それにはまずは、実践だ。水に溶けるとこから始めるぞ」
「うー」
リディアは小さくうなった。
「じゃ、これでどうだ」
「きゃ!!」
エッジは突然、ざぶんと勢いよくリディアの体に腕を回して持ち上げた。お姫様だっこ状態でリディアは体半分が水につかった状態だ。驚いてリディアはエッジの首にしがみつく。
「ど、ど、どーするのっ、何、何!?」
「そのまんまさ、足、のばしてみ。頭もゆっくり水につけてやるから。力抜いていーぞ。呼吸だけ意識した感じ・・・つっても、わっかんねえか」
「離さないでね」
(うわ。離さないでね、かよ)
そんな必殺兵器。すごい威力だ、とエッジが心の中でにやけたことはリディアには内緒だ。
(いや、そう言われても離すんだけどさ)
エッジは「あいよ」と言いながら、少しずつリディアを横たえてやる。
緊張しながら、そうっとリディアはエッジから腕を放し、水面におそるおそるつけていった。
「足、のばせって」
「うん」
まだ発育しきっていない、女性よりも間違いなく少女に近い体がエッジの前でゆっくりと仰向けにのばされた。横たわってもなかなかに綺麗な体だ、と思う。この先もう少し肉がついて女性の丸みを手に入れたら、ローザに負けないようなスタイルになるに違いないが、今のままの体でも十分魅力的だ。
もともと体が軽いリディアではあるが、水の中では尚更だ。何の苦もなくエッジの腕の上でリディアはようやく水に「寝た」状態になる。
「わ、まぶしい!」
「直接日光見るなよ。目え、イカれちまうから」
「だって、目つぶったら・・・」
「怖いなら薄目開けてればいい」
「はぁーい」
そう言われて正直に薄目を開けるリディア。その表情といったら、「おい、おい、お前らきてみろ!」とテントで倒れている三人を呼びたくなるほど、普段リディアが見せないものだ。
お世辞にも可愛いとはいえなかったけれど、彼はもう大人であるから、いつでもどこでも可愛い表情でいて欲しい、とか、こんな顔みたら100年の恋も1000年の恋も冷める、なんて馬鹿げたことは思わない。それどころか、無防備にそんな顔を見せてくれるリディアが愛しいと思ってしまう。
「頭が半分水についてんのも気持ちいいもんだろ」
「うん」
なんだ、ちゃあんと浮けるじゃねえか。エッジはそうっとリディアの体を支えていた腕から力を抜いた。
「力抜いてるか?」
「うん、結構。気持ちいい。あんまり長くしてると疲れそうだけど」
「リディア」
「なぁに」
「も、手ぇ離してるんだけど」
「え、え、えええ!?」
慌ててリディアは、仰向けで浮いている状態で、自分の体を支えてくれているはずだったエッジの手を探そうと腕を動かした。
「おい」
「わあ!」
慣れない水の上で突然動いたものだから、リディアは尻からそのまま水の中に沈んでしまう。少しばかり頭も水の中に入ってしまった。
が、別段困ることもなくリディアは自力で態勢を立て直して水の中立ち上がった。
「ぶわー!」
めずらしい擬声をあげてリディアは目をこすって鼻をさすって、と忙しい。
「鼻、痛い!」
「水、はいっちまったんだな」
「もおー、エッジのせいだからねっ」
「なんだよ、浮いてたのに」
「エッジが手、離したなんていうんだもん!焦っちゃったじゃない!」
「大丈夫だってのに」
「音がぼーっとする」
「耳にも水入ったのか水を出すときは、だな。こうやって、片側に手え当てて・・・」
「うん」
まったく、忙しいことこの上ない。それでもエッジは呆れずにリディアに付き合う。
言われるがままに首を傾げて水を耳から出そうとするリディアの仕草もまた、可愛らしい・・・なんてことを考えてしまう自分が重症だとエッジは知っている。更に、続いて「ほんとだ!水出てきた!」と驚く様子まで可愛らしい・・・と、ラブイズブラインド、恋は盲目、とよくいったもので、何から何までエッジはやられっぱなしだ。
なんとか目が開き、鼻の痛みもとれ、耳の水も出ると、照り付ける太陽の暑さに気付いてリディアは水の中に首まで沈めた。
「でも、浮いてるの、気持ちよかった」
「も一度、浮いてみろよ」
「やっぱ怖い」
「また、支えてやるよ」
「そんで、また手離すんでしょ」
「ちゃんと掴んでてやる」
それなら・・・と、リディアはおずおずとまた仰向けになって、先ほどの感覚を思い出しながら水に体を預けた。リディアにしてはなかなか要領がいいじゃねえか。そう言いたい気持ちをエッジは抑えて、彼女がとても上手にあお向けで浮かぶ様子を見ていた。
「目、閉じるとさ、水の音がよく聞こえるだろ」
リディアは言われるがままに目を閉じる。
まぶたの上からでも日光は光を眼球に差し込んでくるようだ。けれど、それは不快ではない。
水の上で少しだけ腕を動かす。すると、自分の体の周りの水が一緒に動く感触、そしてそれによって耳をくすぐる水面の様子とその音が驚くほどリディアにはよく感じ取れた。
「すごい・・・」
ものすごく気持ちいい。恐かったのが不思議なくらい。
素直にそう思えた。
と、エッジは支えていた腕をそうっと動かして、リディアの右手を左手で掴んだ。
「ほら、大丈夫だろ。浮けてる」
「うん」
「全部離すと怖いだろうから、手え繋いでてやるな」
エッジが動くとちゃぷちゃぷと水音が少しばかり変わる。
リディアはうっすらと目を開けて、自分の傍に立っているエッジを見上げようとした。
「あ」
「おーれもっ!」
「・・・あはっ・・・」
リディアは小さく笑い声をもらす。リディアの手を握った状態で、エッジは隣で同じように仰向けで水に浮かんだ。
ものすごく気持ちいい。恐かったのが不思議なくらい。
もう一度リディアはそんなことを思った。
「ねー、エッジ」
「あーん?」
エッジの声が水音とまじってぼやけて聞こえる。
それに、空に向かって話をしているみたい。
リディアは小さく笑って、それから
「気持ちいい?」
「おー、すっげ、気持ちいーぜ」
「そっかー、わたしも気持ちいい・・・よかったぁ」
エッジの気晴らしになっただろうか。一瞬だけそんなことを思ってしまった。
こうやっていると今だけ、何もかも忘れそうだ。いや、そんな思いも何もないまま、リディアの世界は水とエッジと、光と自分だけになってしまう。
だってそうでしょう。
上には空。下には水。隣には、エッジ。わたしのことを好きっていってくれる、大好きな人。
すごく嬉しくて、どうしていいかわからない。
ほんのひととき。今までの戦いとこの先待っている月での壮絶な戦いなんて、嘘のように。
ちゃぷん。
水の音が聞こえるのって、いいな。
これが夜だったら、こんな風に目の奥は痛くならないだろうし、夜の虫の声だけが聞こえるのかしら。
エッジが言ってたみたいに、水をベッドにして夜眠れたらいいのに。
そんなことばかり考えて、リディアはなんだか幸せな気分になっていた。

「ぐあー!あじー!」
数刻前に一度聞いた叫び声だ。
エッジはまたも汗だくになってエンジンルームに詰めていた。
「気温はっ、まったくっ!下がらない、のかよ!」
「外は下がっているけどぉー・・・」
エッジとリディアが水浴びをしている間に気温は頂点に達し、エンジンルームは人間が入り込めるようなそんな生ぬるい暑さではなかった。
そこから数刻たったとしても、室温はエッジが我慢出来なくなった程度の温度にようやく下がるだけで・・・。
「はよ、夜にならねえかな・・・」
エッジはぼやく。
「夏の夜は、なんだかいいんだよな。ここの夜もきっと、イイ感じだと思うぜ」
「イイ感じ、ってどんな感じ?」
作業の手を止めてエッジは少しだけ照れくさそうに
「イイ感じ、ってのは、まあ、ほら、イイ感じなんだよ」
「わかんない」
「空気がねっとりしてんのによ、風が気持ちよかったり・・・虫とか飛んでるのはイヤだけどもよ、なんかさ。いいよな」
リディアは、エッジが言っている「イイ」がよくわからない。
そんな話をしていると、聞きなれた足音が聞こえてきた。二人は扉の方を見た。
「はい、これ」
ようやく回復したローザが差し入れで飲み物と、水をいれた革袋をもってくる。
エッジが暑さに耐えられなくなったら水の中に足を突っ込んだり手を突っ込んだりしているのだ。
それに、飲めば汗が出る。汗が出れば咽喉が渇く。
少し離れたところからその様子を見ていても、可哀相だとリディアは思う。
確かに暑いけれど自分はエッジと違って壁に背をつけてじーっとしていればそれでいい。エッジはあちらこちらに動いてはここを直し、直すための材料を他の部品から剥いではもってきて、と試行錯誤しながら動き回っていて汗だくだ。
リディアはローザから飲み物を受け取って、エッジの隣にもっていった。
「エッジ、咽喉渇いた?」
「おうよ」
「はい」
「サンキュ」
既に上半身裸の状態でエッジはあぐらをかいて一息ついた。リディアは「女の子座り」をして、曲げた足をぺたんと床について、エッジが直していた箇所を覗き込む。一体何がどうなっているのか、もちろん彼女にわかるわけもない。
「もーちょいで、直ると思うんだけど」
「ほんと!?エッジ、すごい」
「お前も、もう、一休みしろよ。大丈夫だからよ。後は俺一人でやっから。付き合わなくていーよ」
「でも・・・」
「申し訳ないなー、とかで付き合わなくて、いーからよ」
リディアは戸惑う。
「えっと、いたら、やっぱり邪魔?集中できなくなっちゃう?」
「いんや、そういうわけじゃないけど」
エッジは手渡されたカップに口をつけ、ごくりと咽喉を潤してから続けた。
「お前だって、暑いだろ。いーよ、んな無理しなくてもさ」
「うーん、確かに暑いけど」
「だろ」
「一緒にいるくらいしか出来ないから・・・あっ、でも、一緒にいるのがほんとに、邪魔だったり、そのー、なんだ、呑気でいいなあ、とかエッジが不快に思うなら、出てく」
そう答えながら、リディアは汗をぬぐいつつエッジを上目遣いで見た。
「そーいう風に言われると追い出しにくいんだけどよ」
追い出す、という言葉を使われて、リディアはすぐに悲しそうな表情を向ける。
まいったな、とエッジは苦笑した。
「お前、そんなに体力あるわけじゃないしよ、魔導船と違って回復ポッドがあるわけじゃねーからさ・・・心配して言ってやってんの。俺って優しーだろ?」
「エッジ」
彼は茶化してそう言うけれど、その言葉の真摯さはリディアにも伝わってしまう。普段の彼ならば、もっとリディアが「もー、そんなこというなら、もう付き合ってあげない!」といって出て行くように矛先を向けられるのだろうが、疲れのせいか彼の本音は今日はじんわりとにじみ出てしまう。
一番大変な目にあっているエッジが、それでも自分をまだ心配してくれる余裕があるんだ。
そう思うことはリディアの胸の奥を、ほんのわずかに刺激をする。痛みに似ているけれど、そうではない。それを表す言葉を選ぶのはリディアには難しい。
「ごめんね、役に立てなくて・・・わたしがいると、エッジ、そんな風に心配しちゃうんだ。だったら、うん、行こうかな」
「役に立ちてぇの?」
「うん」
エッジは軽く肩をすくめて、小さく笑った。
「だったら、ほら」
「え?」
自分の頬を指差して、何かをいいたそうなエッジの顔を、リディアはまじまじと見た。
「わたし、何か、顔についてる?」
「違うっての!」
まったく的外れな答えにエッジはげらげらと笑い出した。
「エッジ、頑張って〜ってさ、お姫様からちゅーしてくれよ、ここによ」
「ええええっ!?」
「役に立ちたいんだったら」
「それ、何の役に立つの!?」
「ん、すげえ、それで頑張れる」
うーん、うーん、とリディアは困ったようにエッジを見た。
「ど、どうしよ」
「どーすんの」
「なんか恥ずかしいけど・・・でも、エッジならいっかな・・・」
「おー」
間抜けな声をあげてしまったのは、そんなに簡単に承諾が出るとは思っていなかったためだ。挨拶がわり程度に頬にキスをする習慣は、バロンの方では多少あるようだが、少なくともミストではなかったようだし、もちろんエブラーナでもない。
ローザならば、軽く「あら、それくらいで元気が出るの?」と笑って、可憐な唇を寄せてくれることだろうが、リディアにはなかなかな勇気が必要だと思っていたのに。
(こいつ、暑くて頭ラリってんじゃねえのかな)
その正解はわからないけれど、とりあえずリディアはそっとエッジに顔を近づけてきた。それから
「・・・わあー!やっぱダメ、駄目〜っ!難しい!」
「む、難しい!?」
恥ずかしい、の間違いじゃあないのか?とエッジはリディアを見る。
「したことないもん。そんな、したことないこと一日に何個も出来ないよう」
「・・・・ぶはっ!」
(そういう問題かよ!?)
エッジは笑いながらもう一口飲み物を飲んだ。
リディアは先ほどエッジに対して感じた、胸の奥のなんだかよくわからない気持ちが照れくささを大きくする。自分から役立ちたいと言ってしまった手前、それを断わることに多少の罪悪感があったのか、慌ててエッジに聞く。
「他には?他になんか、役に立てることない?」
「お前、切替早いなあ」
「え?」
「・・・いんや、なんでもねーよ。そいじゃな・・・」
「うん」
かたん。
エッジは床にカップを置いて、リディアが身をひく隙を与えずに顔を近づけて、彼女の白い首筋に自分の唇を寄せた。頬めがけてならば、もう少し察知しただろうが、的を外して近付いたあまりの自然な動きゆえ何の危険も感じず、リディアは無防備にそれをくらってしまった。
「きゃ!」
「これで許しといてやるよ」
あまり早い反応ではなかったけれど、リディアは驚いて体を後ろにひいた。
その頃には既にエッジも「いただきました」とばかりに、元の位置に体を戻してしまっていたのだが。
「・・・エッジ〜」
「ん?」
「冷たかったよっ・・・も、もしかして、舐めたでしょ・・・えーと、えーと」
「あん?あ、これ飲んだからな、冷たかったか」
言葉に反してリディアは首を指先で抑えながら体が熱くなっていくのを感じていた。
エッジは悪びれた風もなく、けろりと感想を口に出した。
「汗かいてると、やっぱしょっぱいな。夏らしくていーけど」
「・・・・!!もーー!エッジ、嫌い!」
リディアは自分の分の飲み物を手にしてその場に立ち上がった。ある意味エッジの「追い出し」はこれで成功と言えることだろう。
「待てよ、リディア」
「なによ!」
「ちゃんといい子で一休みしてろよ。終わったら、月が映ってる川を、見に行こうぜ」
リディアはエッジのその言葉に一瞬だけ躊躇して、それから
「知らない!」
と叫んで真っ赤な顔で出て行ってしまった。

「ローザ」
「どうしたの」
「なんか、熱い」
「そうねえ、少しは涼しくなったけど、まだ、やっぱり暑いわね」
「そうじゃなくて・・・」
リディアはテントに戻って、ぺたりと座り込んだ。ローザは丁度、先ほどエッジにもっていった革袋のように、水を張った大きめなカフェオレボウルのような食器に手を浸していた。セシルとカインはなんとか元気になって、ようやく見張りに出てくれている、とのことだ。
「体が火照ってるの」
「・・・あら。ちょっとお熱計るのに触らせて。今、水触ってたからちょっとだけ濡れてるけど」
眉根を寄せてローザはリディアの額、首筋、と手を伸ばして体温を確認した。
確かに、熱い。
日中の外気の暑さが体に閉じ込められたままなのか、リディアは少し頬を紅潮させている。
「頭痛いとか、くらくらする、とかはない?」
「うん」
「体の関節が痛い、とか、だるい、とか」
「ううん」
リディアは小さく呟いた。
「ただ、体が熱いの」
「もう一度、触るわね」
そう言ってリディアの額、首筋、と手で体温を計るローザ。
あ。ちょっと冷たい。
(エッジの、さっきの)
唇のようだ、なんて恥ずかしいことを考えてしまって、リディアは体を強張らせた。
ローザの指が首筋に触れたときに、更にリディアの体温は上昇してしまった様子だ。
冷たさが、更に体の暑さを呼ぶなんてことがあるのかしら。
ぼんやりとリディアはそんなことを思っていた。

お姫様のキスは貰えなかったけれど、エッジはどうやらやる気がばっちり出たらしく、夜にさしかかるころにはあらかた作業が終わった。
原理はあまりわかっていない。わかっていないけれど、どこが壊れていて、大体どういう風にすれば「それっぽく」動くかだけをフィーリングで知っている。そんな程度でも「直った」と言えるのは、彼の才能が長けていたからだろうし、シドはきっと心からエッジを弟子に迎えたいと思っていることだろう。
エブラーナとバロンはこの先、技術力の提供も双方行うに違いない。
「はー、これで一安心っと」
エッジがそう呟いて伸びをした時、足音が聞こえた。
「エッジ、どんな感じ?」
ローザが顔を出す。
「おう、も、多分大丈夫。あとは試運転してOKなら出発できるぜ」
「そう、よかったわ、ありがとう。お疲れ様だったわね」
「いんや、これしき」
「あのね」
「ん」
「リディアが、熱出しちゃって」
「はあ!?」
「でも、熱が出てるだけで、他に調子はあんまり悪くないのよ。息があがっているわけじゃないし、苦しそうってわけでもそんなにないし・・・頭痛とか吐き気とかもなくて、なんかゆだってるっていう感じかしらね。とりあえず外は風も出てきたから、風通しのいいところに寝かせているんだけど。だから、一晩ここでゆっくりして、朝出かけようかって」
「さっさと出かけて、魔導船の回復ポッドに突っ込んだ方がいいんじゃねえの」
「どうかしらね。案外これ、揺れるじゃない?それが心配で・・・どうしちゃったのかしら。熱射病とかかしらね。でも、川から帰ってきてずっと元気だったし、その後はここにいただけだし。この中の暑さにやられちゃったのかしら」
「・・・」
知恵熱かな、なんて馬鹿げたことを思って、エッジは曖昧な笑みをローザに返した。
いや、馬鹿げたことではない。きっとそうだ。
暑さにやられた挙句に冷たいキスなんて、リディアには刺激が強すぎたに決まっている。
と、もう一つ足音がした。これはセシルの足音だ。何も言わなくとも二人にはわかる。
案の定、セシルがひょいとローザの後ろから顔を覗かせて心配そうに聞いてきた。
「やあ、どうだい」
「おう、大方直したぜ」
「さすがエッジだ。ありがとう、本当に助かったよ。君がいてくれなかったら途方に暮れていた」
「礼は飛んでからでいーぜ」
ローザは心配そうにセシルに聞く。
「リディアは?」
「うん、今ね、水取り替えてあげたんだけど、別にどこも苦しそうじゃなかったよ。大丈夫だと思う」
「そう。ならいいんだけれど」
そんな二人の会話を聞きながら、エッジはぐらり、と自分の体が傾くのを感じた。
「エッジ!?」
あ、やばい。これは、深い眠りに入る瞬間だ。
頭の中で冷静に判断する自分がいるのは、毎回のことだ。抗えない睡魔がやってくる、本当に稀な瞬間が訪れたことを経験からエッジは悟った。
しゃーねーな。
川に映る月を見るのは、お預けだ。夏は陽射しの下で遊ぶ方が楽しい。夜まで欲張るこたあねえ。
楽しみは、一つくらいとっておかなきゃな・・・。
エッジは大の字になって床に横たわり、そのまま寝息を立て始めた。
セシルとローザはその様子を見て、顔を見合わせ、それから小さく微笑み合う。

幸せな未来の恋人達は、きっと夢の中でもデートをしているに違いない。
彼らが月に辿り着くにはもう少し時間がかかりそうだ。

Fin


モドル