いつか誰かの心に-1-


セシル達が想像していた以上に月の地下渓谷にはびこる魔物達は強かった。
山ほどハイポーションを買って来たつもりだったが、それでも既に心許ない量になっている。
不慣れな環境での探索で「もしも」のことを考慮して、魔法を使うための力を出来る限り温存していたことも、ハイポーションを使いすぎる一因だ。
フースーヤが居住してた館−それをセシル達は月の民の館と呼んでいたが−にあるクリスタルに問いかければ、フースーヤとゴルベーザは奥へと進んだまま未だ戻らないと言う。
セシル達は地下7階に降りたところで引き返してきたが、2人はその先にいるのだろう。
2人も苦戦をしているようで、更に奥の階からなかなか念波が動かない、と曖昧なことをクリスタルは教えてくれる。
もしかすると疲労に疲労を重ね、長い時間その場に2人は留まっているのかもしれない。
それに一刻も早く追いつこうと思うにも、このまま進んでも魔物にいいようにされるのがオチだとセシル達は話し合った。
未熟な自分達がいきがって無茶をして、足をひっぱる事態は避けたい。
そう判断を下して地下渓谷から脱出した彼らははやる心を抑えながらも、まずはハイポーションなどの物資の補給をするため、ハミングウェイ達のもとへと訪れた。
が、月面に訪れてから何度か補給をしているセシル達の顔を見た途端、物売りは首をかしげ、歌うような調子で詫びの言葉を口にした。一見、いや、一耳というのだろうか?一見陽気な歌を歌っているようにも聞こえるが、それでも眉と眉が寄せられている表情を見れば、心底申し訳ないと思っている様子がわかる。
そもそもこの月面で、そうそう大量のハイポーションを使うことなぞ、ここにすんでいるハミングウェイ達にはありえないこと。
そこにセシル達がやってきて、大量に買い占めてしまったものだから、今、手元にあるものが数少ないとのことだ。しかも、月面ではハイポーションを作るのに必要な材料採取が一苦労なのだという。
なるほど、確かにそれはそうだろう。
かくして、数日の探索の末、彼らは一度自分達の星に戻って補給をすることに決定をした。

魔導船で彼らが青き星に戻る途中、セシルとローザは食事をするテーブルの側で、気持ちの疲れを癒すために温かな茶を飲んでいた。
いつもと同じ、大切な女性が心をこめていれてくれる茶のおかげでセシルの気持ちは癒え、そしてまた、いつもと同じ、大切な男性のために心をこめて茶をいれることでローザの気持ちも和らぐ。
そのお互いがお互いを慈しんでいる、気持ちが伝わるそのわずかな時間が、とてもありがたいと彼らは思っていた。
それは、月だろうが故郷バロンだろうが、そして戦いの一瞬のことだろうが。
気持ちが交わる瞬間を感じ取った時に、お互いに感謝を忘れることなぞ、ありはしない。
おかわりは?とローザが聞けば、素直にセシルはお願いをする。
つい数刻前まで、地下渓谷の獰猛な魔物達を相手に戦っていたことすら忘れてしまうな、とセシルは苦笑をする。
「・・・そうだ、あの剣、ククロに見せたいな」
離れた場所に立てかけておいた見慣れない剣をみつめてセシルはぼそっと呟いた。
彼がみつめる剣は、ラグナロクと銘が柄の端に彫られたもので、数時間前に月の地下渓谷で入手したものだ。
月の地下渓谷に点々と、かつて月の民を脅かした強大な力を持つ武器が封印してある、と、月の民の館のクリスタル達は囁いた。
それは、ゼムスがそれらを持って闘っていたということなのか、さまざまな意味にとれるけれども真実のところはわからない。しかし、この剣を守っていたらしい、彼らに戦いを挑んできた黒く忌々しい竜は「ゼムスさまの忌み嫌うこの剣」と言葉にしていた。
なるほど、クリスタルが言う「月の民を脅かした」は、もともと月の民であるゼムスに関しても同じことが言えるということか。
ゼムスと共に剣を封印した月の民の思惑が一体どんなものだったのかは、今の彼らには想像がつかない。
想像がつかないけれど、多分役に立つのだろうとは思った。
その武器の一つ、ラグナロク。
黒い竜が守りしその剣は、今までセシルが手にしたどんな剣よりもなじみがない素材で作られており、そして手に吸い付くように扱いやすくも感じた。
「それと、この鉱石をシドにみせよう」
「そうね、何かの役に立つかもしれないし」
月の地下渓谷を形成している、不思議な淡い光を放つ岩盤を削り落として、彼らはシドへの土産としてもって行くことに決めていた。その一部を彼は先ほどからテーブルの上で眺めていた。
それは、彼らの星では見たことがない−いや、正確には、似ている鉱石はあるのだが−石だった。
彼らの力で削り落とせるのだから、シドが喜ぶような強度を持つものではないのは重々承知だ。
しかし、鉱石というものは、初めに予想もされていなかった使われ方を見つけることができる。
まあ、たとえこの鉱石が何かに対して非常に有用なものであると調べられたとしても、魔導船を使って月と青き星を往復して大量に運搬するようなことをセシル達はする気もない。
ただ純粋にセシルは、自分の父親が生きた場所、戻れなかった場所、そして、自分がこの先生きることがないであろう月に関することを何かしら知りたいと思っているだけだ。
思い出の品なんていうノスタルジックなものではないけれど。
あまりにも自分達が住んでいる、あの青き星とこの月は違いすぎる。
この地でフースーヤと共に青き星を見守っていたというクルーヤ。
彼は、自分の父親が、あの寂しい月から青き星に魔導船で降りたことが、父親にとっての幸せだったのかどうかは知ることが出来ない。
けれど、あの荒涼とした月の世界を体験しては、どれほど自分の故郷が光に満ちているのかがわかる。
フースーヤやクルーヤも、そのように感じたのではないだろうか?
「ふわー」
しゅん、と回復ポッドのガラス(のように彼らには見える)が開き、リディアが上半身を起こしてからゆっくりと伸びをする姿が見える。
くすっとセシルが笑うとそれに気付いたようにリディアは2人がいる方を向いた。
「ね、ね、もうすぐ着く?」
「ああ、もうちょっとだね。よく眠れたかい?」
「うん。あれ?エッジとカインは?」
「2人共寝ているよ」
「エッジが長く寝てるなんて、珍しいね」
「いやいや、ついさっき入ったばかりだよ」
と、ローザがタイミングよく話に割り込んだ。
「リディア、何か飲む?」
「うん、ありがとう!甘いもの、何かある?」
「あるわよ。待ってて。こっちにいらっしゃいな」
「はぁーい」
リディアは回復ポッドから出て、セシルとローザがくつろいでいる、食事をするエリアに歩いて来て、小さな欠伸をひとつ見せてから椅子に座る。
回復ポッドは眠りに入った人間にとって最適な睡眠時間を本来提供するのだが、何分今は星につくまでと決まっていたので、リディア自身が手動でタイマーをセットした。どうやらそれでは充分な睡眠ではなかったようで、少し眠そうだ。
それでなくとも、リディアは月にいってからというもの、そわそわしていてなんだか落ち着きがない。
環境の変化に順応できないタイプではないと誰もが思っていたけれど、その「そわそわ」した感じはセシルもローザもまた気付いていた。
「あっ。何見てるの?これ・・・」
と、テーブルの上に置いてある鉱石をみつけてリディアはセシルに聞いた。
「ああ、地下の岩盤をね、もってきたんだ」
「ふうん」
「あと、月の表面の・・・土ともなんとも言えない、足場のものもね、袋に詰めてきたよ」
「ミミズとか、いた?」
リディアのその発言に、ははは、とセシルは軽く笑う。
「全然いないね。まあ、僕達がよく見えないだけで、もしかして小さい虫とかいるのかもしれないけど・・・あの足場には、栄養素みたいなものはないのかもね。草とかほとんど生えてなかったし」
セシルがそう答えている間、ちょうどローザがカップをリディアの前に置いた。かちゃん、と小さな音がよく響く。笑顔で「ありがとう」とリディアが言えば、ローザは「どういたしまして」とちゃんと言葉を返す。感謝された時に、その感謝を受け止めましたよ、と相手に正しく最後まで気持ちを伝えようとするローザのその言葉を、セシルはいつも好ましいと思う。
と、2人の話を聞いてふと気付いたようにローザは疑問を投げかけた。
「ハミングウェイ達は、水とかどうしてるのかしら」
「彼らの洞窟は、ちょっと湿った感じがしなかったかい?」
「そういえばそんな気もしたような・・・」
と首を軽くかしげるローザ。すると、リディアが思いついたように
「うん、湿ってた。あのね、ミストの洞窟みたいな空気だったの」
「あら、そうなの?」
「そうよ、水っぽい処がどこかにあるのかも」
「でも、草木の臭いは全然しなかったよね」
そんな他愛もない会話をしていたが、ちょうどその時回復ポッドが開く音がして、三人は顔をあげた。起き出したのはエッジだ。
「んーーーー、よく寝た」
ポッドの中で上半身を起こして伸びひとつ。

「エッジ、お茶飲むー?」
とローザが声をかけると「あいよ」と軽い声が返ってくる。だるさのない声だ。きっと彼にとって具合のよい睡眠がとれたのだろう。
「一杯飲み終わる頃にはちょうど到着する頃じゃないかな」
「おお、われながらナイスタイミングだぜ」
「何言ってるの」
ふふっとローザが吹き出した。
「大体の時間聞いてタイマーであわせたくせに」
「なーんだ、エッジ、ズル〜い」
笑ってリディアがそう言うと、エッジはセシルを軽く冗談っぽくにらみつけた。
「なんだよ、セシル、喋ったのかよ」
どうやらセシルに「どれくらいで起きたらいーかな」なんて聞いてからタイマーをセットしたようだ。
「話していないよ」
ローザが茶を入れるために3人に背を向けたところで、セシルはこそっとエッジ、そしてリディアに呟いた。
「ローザはなかなか耳がいいみたいでね」
「耳がいい?」
リディアは一瞬意味がわからずきょとんとセシルを見た。ぷぷっとエッジは小さく笑って
「そりゃあ、お前、耳ざといっていうんだぜ、女はコワイよなぁ?」
「耳ざとい?」
その言葉も聞きなれないらしく、リディアは今度はエッジを見る。そのやりとりをどこまで聞いていたのかはわからないが、カチャ、と小さく音をたててローザは振り向かずにそれはそれは優しい声音でエッジに言う。
「あら、もしかして今、わたしに何かいったのかしら?エッジ?」
「あー。いやいや、なんでもなんでも」
わざとらしくエッジは大きな声でそう言った。そう言ってから、あ、やばい、とカインが眠っている回復ポッドに目を向ける。
多少大きな物音をたててもそれが睡眠の邪魔にならないことを知っているけれど、やっぱりそこは気になるのが人間というものだ。
その様子を見てセシルはくすくすと笑って言った。なぜなら彼は、その程度の声量でカインが目覚めるわけがないと知っているからだ。
「きっと、カインが起きるのは、ミシディアについてからだね」
それへは、呑気なやつだ、とエッジはにやっと笑みを返した。

ミシディア付近に降り立った魔導船から出る時に、リディアはふと気付いたようにセシルに声をかけた。
「あれ?セシル、どうしたの?」
「ん?」
「なんで、腰につけてるだけじゃなくて、剣、持ってるの?」
「ああ、この剣、ククロだけじゃなくてシドにも見せようと思ってね」
珍しく手に持った剣に、ちらりと視線を落とすセシル。
「月のさまざまなものと一緒で、この剣も、あまり見慣れない材質で出来ているように見えるから」
「ふうん、確かに、手で持つところ、見たことがない感じ」
「だろう?剣の部分はククロに見てもらうのが一番だと思うけれど、この柄の所なら、シドでもわかるかと・・・リディア?」
「・・・」
セシルはリディアの様子がおかしいことに気付いた。
「リディア?」
普通に会話をしていたと思っていたのに、突然リディアは、セシルが手にもつその剣を見つめたまま黙り込んでしまったのだ。一体どうしたんだ、と顔を覗き込むようにセシルが声をかける。
「あっ、うん?」
「なんだい、ぼーっとして」
「あはは、ごめんね、セシル」
リディアは軽く頭を左右に振って、セシルに照れ笑いを見せた。
「月のこと、色々考えてたの」
「へえ?」
「おーーい、お前ら、何モサモサっとしてんだよ!早くいこーぜ!」
一番先に魔導船から降りたエッジが声を振り絞って叫んでいるのが聞こえる。
補給をしたらこれからまたすぐにでも月に行こうという状態なのに、ローザはキッチン(らしい)で「お茶、往復分残っていたかしら」なんて確認をしている始末だ。
「ったく、バロンのやつらはなんでそんなノロノロしてんだよ!」
それもまた冗談めかした言葉だけれど、リディアは少しばかりカチンと来たようだ。
リディアは物思いから完全に戻ってきて、セシルの横を走ってすり抜けながら叫んだ。
「なによ!エッジなんて、セシルやローザみたいに、本当に何がいるのか補給のこと考えてもいないんでしょっ!?」
「じゃー、おめーは考えているのかよ」
「・・・うっ!」
それを言われると立場は逆転してしまう。リディアは少しばかり言葉を詰らせてから、むきになった。
「わたしはねぇ・・・も、もう、次に月にいったら、どうしようか、とかもっと先のことを考えてるモン」
「はあ?」
何を言ってるんだ、とエッジはまったく普通にリディアに「なんだそりゃ?」と首をかしげた。
その様子を見てリディアは、自分が言った言葉がまったくとりとめのない−−いや、関連がないわけではないが−−エッジの質問に対する答えとしてはかなりおかしなことだと気付いて、わずかに赤くなった。
「なんでもないっ!」
「・・・変なヤツ」
エッジはくくくっと笑って、リディアの頭をぽん、と手のひらで軽く叩いた。
「でもよかったな」
「何が?」
子供扱いされたのではないか、とリディアはわずかに膨れっ面を見せてエッジを見上げた。おっと、怒られちゃかなわねえ、とエッジは手を引っ込めて、ニヤニヤと笑いかける。
「お前、あんまり月じゃ元気ないみたいだったから」
「そんなことないわよ」
「そんなことあるって」
むう、とふくれたまま、一度伏し目がちになり、それからリディアは不承不承呟いた。
「ただ・・・」
「うん?」
「遠い感じがするの」
はあ?なんだそりゃ?とエッジは聞こうとしたが、リディアの次の言葉を待っていた。
「幻界が遠い感じがして」
「そりゃ、この星と月との距離があるからだろ?」
「わかってるんだけど」
「おう」
「今まで、知らなかったくらい、幻界が遠い気がして、嫌なの」
そう言って、リディアは照れ臭そうに笑みを見せた。少しばかりエッジは間をおいて、彼にしてはゆっくりとした口調で言葉を返した。
「そら、そうなんだろうな。お前がそういう風に言うなら」
「わかる?」
「いんや、わかんないけど」
「なーんだ」
「わかんないけど、お前だけは、わかるんだろうな」
ぽんぽん、とエッジはリディアの頭を軽く叩く。それへはリディアは何も言わず、「うん」とだけ小さく答えた。

ミシディアの長老をはじめとして、彼らを月に見送って応援をしている人々は、みなミシディアに集まっていた。
長老がセシル達にいうことには、次に月へ向かったときが、最後の決戦の時になるだろうと。そう、大いなる声が告げている、ということだ。
その「大いなる声」は、クリスタルなのか、それとも、月の民、セシルの父であるクルーヤが残した何かなのか、それともまったく関係がない、曖昧な「神」と呼ばれるに値するものなのか、まったく彼らにはわからない。
が、何故かセシル達はそれを信じ、補給にぬかりないようにと気を引き締めたのだった。
長老との話の場から退出して、ローザはリディアに軽く声をかけた。
「そうそう、リディアはルカ姫と遊んできたら?」
ドワーフのルカ姫は、ジオット王と共にミシディアに来ている。この世界の一大事、ジオット王は自分が地底で待っていることがどうしても出来なかったらしく、セシル達が戻るまではミシディアの宿屋にルカ姫と共に寝泊りしているとのことだ。
「ええ!?わたしだって、お手伝いできるよ」
「何も手伝うほど大変なことはないわよ。それに」
「うん」
ローザは口元を軽く緩めて、優しげな表情でリディアに語りかけた。
「月にいって、いつもと環境が違って・・・リディアの気が張ってたって、みんなわかってるわ」
「ローザ」
そんなつもりはなかったが、ローザを呼ぶ声が強張った、とリディアは自分でも感じた。
エッジが先ほどの話をローザにしたのだろうか。
そう思ったけれど、多分そうではないことをリディアも知っている。
ローザはそういうときに「エッジに聞いたわ」と必ず言ってくれる。フェアな女性だ。
それゆえにきっと煙たがれることもあるだろうが、だからこそバロンで男性魔導士達にまじって対等に肩を並べていられるのだ。(もちろんそれはリディアが知ることではないけれど)
「あのねぇ、わたしも魔導士のはしくれだから」
「はしくれ?」
ああ、わかりづらかったかな、とローザは言葉を変えて、もっとストレートな表現を使った。
「わたしだってね、魔導士だからね、なんかわかるのよ」
「どういうこと?」
「魔導士は、自分をとりまく環境から、何かを作り出すじゃない?たとえば、リディアのファイアとかサンダーだって、何もないところからは本当は生まれないでしょ?」
「うん」
原理はわからないが、ローザが言う意味はわかる。
火を作り出す「何か」を自然の「どこかから」もらうのだとリディアはおぼろげに思っていた。
もっと厳密には「そうではないもの」を「作り出すもの」に捻じ曲げることが魔導の力でもあるけれど。
「何かから力を必ずわけてもらっているの。その環境がひどく変われば、疲れて当然なのよ」
「そんなものかしら」
やっぱり、ローザはエッジから話を聞いたわけじゃないんだ。
そこまで話を聞いて、リディアは心の中で納得した。
エッジから話を聞いていれば、幻界云々の話がでてくるだろうに、ローザの話は魔法を使う者同士の心配であって、エッジとはまったく関係がない話なのだし。
「あ、そうだ」
「なあに?」
リディアは彼女にしては「難しい」表情で「うーん」と唸って、それからローザを見上げる。
「じゃあ、フースーヤさんも、気持悪かったのかなぁ」
「そうかもね。でも、あの人は」
ローザはまた小さく微笑んだ。
「私達の何倍も長く生きてらっしゃって、お力も強かったから、その程度のことには左右されなかったかもね。それに、たいしてこの星にいなかったでしょう?慌しくここに降りて来て、慌しくセシルのお兄さんと月に戻られたんだもの」
「確かにそうだね」
「ね」
「ローザ、月って」
「なあに」
「何もないところなのね。あんなところに住んでいたら、寂しくないのかなぁ」
リディアの頭の中に広がる月のイメージは、多分ローザが思い描くそれとあまり大差はないのだろう。
ごつごつとして、決して歩きやすいとはいえない足場。
生き物の息吹を感じられない、閑散とした空間。
口や鼻から入ってくる空気、いや、肌の表面で感じるその空間はとても乾いていて、お世辞にも住みよい場所とは思えなかった。月の民達が館を持っていても、地下深くで眠りについたのもわかる気がする。
明らかに、生活をするには気持ちが良いとはいえない場所だ。
フースーヤ達「月の民」にとって住みよい場所がどんなところなのかは、当然自分達はわからない。が、少なくとも彼らが作り出した「もうひとつの月」は居心地が悪く、進化途中であれ「青き星」は生きていく上で魅力的で、可能性に満ち溢れていたのだろう。そして、それは彼らの故郷である星により近いのが、「月」ではなく「青き星」であることを物語っている。
リディアの唐突な問いに、ローザは決して驚かずに、思うが侭を答えた。
「さあねぇ、寂しいかもね。それに、フースーヤさんは」
「うん」
「わたし達のこの星が、進化の途中だった時に降りてきたっていったわよね」
「うん」
正直、その言葉の意味がリディアにはわからなかった。
「今は、フースーヤさん達月の民にとって、まだ充分じゃないのかしらねぇ」
「よくわからないけど・・・」
リディアはうーん、と考えてから、思っていることを切れ切れに口に出した。
「せっかく、この星に来たのにフースーヤさん、全然この星の様子を見ないで帰っちゃったね」
「あら、でも、見えているんじゃないのかしらね、不思議な力で・・・月の、あの建物から」
「ううん」
そのローザの言葉に、リディアは首を振った。
「見るのと、いるのじゃ、違うの」
「・・・あら」
「わたしも、見てたから」
セシル達のことを。
その言葉がなくても、ローザにはリディアが言おうとしているおおよそのことが推測できた。
まるで姉のようにローザは軽くリディアの髪を手で梳いて、優しく返事をしてやった。
そうね。きっとそうなのね、と。

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