おくりもの


セシルの戴冠式と、ローザとの結婚式が、バロン城で開かれると言う。
「おしゃれしてきてね、って書いてあったんだけど、そんなに、みんなおめかしするの・・・?」
セシルとローザからの招待状を受け取ったリディアは、幻界の図書室でたまたま出会ったラムウと話をして、驚きの声をあげた。
人を襲う魔物が地上から減って、人間達の動きが活発になってきたのに居心地の悪さを感じて、温厚な幻獣であるラムウは久々に幻界に身を休めていた。
リディアはあまりよく知らないが、幻獣達のことについて記されている、幻界図書館にある書物の一部は、ラムウによって書かれたものだ。
人と同じ大きさになり、老人の姿になったラムウは、図書館でちんまりと本を読んでいる姿がよくも悪くも似合っている。
「一国の王の戴冠式となれば、他国の王族も呼ばれるだろう。一目で、どの国の者かわかるように、国がそれぞれ持つ、正式な王族の衣装で集まってくるに違いない」
「へえー」
図書館の椅子に腰掛けて、脚をぶらぶらさせるリディア。
ラムウが「これ」とたしなめると、慌ててそれを止める。
「あれ、じゃ、もしかして、わたし・・・この恰好じゃあ、ダメかなあ?いつもとおんなじ・・・」
リディアは、すとん、と椅子から降りて、両手を軽く横に広げてみせた。
幻界に来たときは、あまり高級とは言えない、いや、むしろ質素な服を着ていたリディアだが、幻界で暮らす間にはシルフ達が人間界で見繕ってきてくれた服や、アスラが用意をしてくれた服を適当に着ていた。
とはいえ、リディアは知らなかったが、それの多くは「失敬してきた」ものであり、かつ、体の小さいシルフ達が運べる程度のもの−幼いリディアのお目付け役はシルフのフリージアだったので−だったため、服の種類も限られている。軽い素材で、あまり表面積を覆わないような、けれど、リディアの体のサイズもそうそうわかるわけではないので、ある程度伸縮力のある服。
その結果、リディアはなんとなく「いつもこんな感じ」と言えそうな、変わり映えがあまりしない服をずっと同じように着まわしすることとなっていた。
「うむ、そうだな・・・それは、普段着だろうからな」
「やっぱり、なんていうの・・・よそゆき、っていう服がいるのかしら?」
「ふむ」
「大体わたしって、同じような服ばっかりじゃない?」
「そうかね」
「そうかね、って・・・そうでもない?」
「ううむ、あまり人間の服とやらには詳しくないからの」
そのラムウの言葉に、あはは、とリディアは声を出して笑った。
「ラムウって、見たことも無いような色んなこと知ってるのに、目で見えることは気づきにくいのかなぁ?あはは、ウソみたい。だって、見てればわかるのに」
「ふむ」
リディアの物言いに、特に何も思わぬようにラムウは曖昧な返事をした。それから、彼にしてはなかなかまともな意見を口に出した。
「アスラに相談したらどうかね」
「あー。そうね、そうだわ」
ぱん、と手を打ち合わせてリディアは明るく声をあげる。
「そうしてみる。アスラ、いつも綺麗な服着ているしね」
「そうかね」
「・・・もおー。そこもそんな返事なの?」
「ふむ」
埒があかない、とリディアは苦笑いをしたが、ラムウのそういうところは嫌いではない。
ありがとう、と明るく言うと、小走りに図書館を出る。
その様子を見送ってから、ラムウは「わしは力にはなれぬの」と、図書館の本棚に手を伸ばして、一冊取り出した。
彼が手にした本には、遥かなる昔、人間界で起きたことなど様様な歴史が書かれたものだったが、彼が得意とする古文字で書いているために、もはや読める人間は数少ない。
しかし、どんな歴史の本を紐解こうと、ミストに生まれ、幻界で育った女性が、どのような衣装を着用すれば「正式の場」に相応しいかなど、書いてあるはずはないのだった。

「送る必要はないかしら・・・」
そう呟いて、ずらりと並んだクローゼットをひとつひとつ開けているのはローザだ。
その部屋は、平たく言えば「衣装部屋」、仰々しく言えば「バロン妃殿下お召し替えの場」だ。
王妃ともなれば、湯水のように金を消費し、服をとっかえひっかえする・・・というわけでもなく、そこには、先代王妃が大切にしていた衣装が山ほどあり、ローザもまた、自分の服、これから作る服以外に、それらの一部をも着用することになっている。
もちろん、既に布が古くなって傷んでいるものもあるので、その分は徐々に入れ替えをしなければいけない。
もともとバロン王妃になる女性は、慎ましやかな人物が歴代多かったため、華美な服であっても大切に大切にしてきたのだという。さすがに先々代ほどの衣類は既にデザインが古くなっているが、布の傷みが少ないものも多い。
「これなんて、リディアに似合うと思うのだけど」
黄色の可愛らしい膝丈のドレスをひっぱりだして、ローザは考えていた。
幻界にいるリディアに招待状を送ったものの、人間界の一般常識を学ばず育ってきたリディアが、どういう恰好で来るつもりなのだろうかとローザは少しばかりそわそわしていた。
が、新品のドレスを贈れば、きっと彼女は遠慮したり「お祝いされる側からプレゼントしてもらうなんて、変なの」といって困惑するに違いない。じゃあ、もともとあったものだから・・・と貸してあげたらどうだろう?そんな風に悩んだまま、ローザは既に半刻はこの部屋に居座っている。
「ローザ、ここにいるのかい?」
「あっ、セシル」
親愛なる恋人である、次期国王候補セシルが廊下から声をかけた。それに応えると、彼は静かに室内に入ってくる。
「何をしてるんだい?婚礼の衣装は、もう、決まっているのに」
「・・・うん。あのね」
ローザはセシルに、かくかくしかじか、とリディアのことについて説明をした。
それを真面目な顔でセシルは聞いていたが、最後には「ふふっ」と優しく笑い声をもらし
「気にすることはないんじゃないかな。だって、君は一筆添えたんだろう?」
「ええ・・・本当は、そんなこと書くのは失礼かな、って思ったんだけど」
「じゃあ、大丈夫だよ。リディアは自分で色々考える、本当は頭の良い子だ。幻界から帰ってきたときだって、普通の服を着ていたんだし、問題ないと思うんだけど」
「わたし、過保護なのかしらね?」
ローザはそう言って、肩をすくめてみせた。
「いいや、僕も」
セシルもそれを真似して、肩をすくめてみせる。
「ちょっとばかり心配で、リディアに出した招待状だけ、早めの時間を書いたくらいだから・・・」
「まあ!」
ローザは目を見開いてセシルを見る。ばつが悪そうな表情のセシルと視線があうと、どちらともなく声を小さくたてて笑いあった。
彼らにとってリディアは、ついつい手を貸してしまいたくなるような存在だけれど、二人共、自分が過保護すぎやしないかといつだって気にしている−そして、それこそが過保護すぎるのだということに気付いたのだろう。

さて、その頃リディアは、めずらしく幻界からアスラが姿を消していることを知り、困惑していた。
リヴァイアサンに聞いても「ちょっと出かけてくるとしか言われておらぬ」と、言われるだけだ。しかし、アスラがいつも言う「ちょっと」の割には戻りが遅い、とリヴァイアサンは、いつもの彼になく愚痴っぽく付け加えた。
帰ってくるのを待とうかとも思っていたが、基本的にリディアは、気になることがあるとそわそわしてしまう性質だ。
結局、彼女もまた「ちょっと出かけてくる!」と言い放って、リヴァイアサンが止めるのも聞かずに、幻界を飛び出していってしまった。
リディアが向かったのは、ドワーフの城だ。
「リディア久しぶりラリー!」
「今日は一人か。元気か?」
「ラリホー!」
ドワーフ達は親しみを込めてリディアに声をかける。
「ルカはいる?」
「もちろん、ルカ様もジオット王も、いつも通りラリ!」
勝手しったる城内を歩いていると、ちょうど、ルカ姫がそこを通りがかった。
「リディア!どうしたの!」
「あっ、よかったあ、ルカ、こんにちは」
「こんにちは」
ドワーフの姫であるルカは、年が若いためリディアよりもずいぶん小柄な少女だ。リディアの姿を見つけると、お気に入りの人形を抱えて小走りで近づいてきた。
「あのね、ルカ、セシルとローザの結婚式の、招待状って来た?」
「来たわ」
「やっぱり。えっとね、それでね、ルカは、どういう服を着ていくのかなあーって思って・・・」
「服?服は、正式なドレスを着ていくと思う」
「せいしきなドレス」
「お父様とわたし、ドワーフ達の儀式の時に必ず着る服を、揃って着ていくつもり。靴だけ、新しい靴を作ってもらったの」
「そうなんだ」
「見る?」
ルカの問いかけに「見たい」とリディアが答える前に、自分から言い出したくせに、ルカは「あ、やっぱりダメ」と慌てて手を横に振った。
「当日、リディアに見せたいから、やっぱり今日は駄目」
「あはは、そうだよね。わかる」
「ローザの花嫁衣裳、楽しみにしてるの。きっと綺麗よ」
「花嫁さんって、どんな服を着るの?」
「さあ・・・地上の結婚式は、初めてだから」
「そうなの、じゃ、わたしと一緒だね!」
「リディアも初めて?」
「うん。だから・・・何を着ていけばいいのか、悩んじゃって。それで、ルカに聞きにきたんだけど・・・ルカはこの国の、そのう、正式な?お洋服があるんだものね」
そうやって立ち話をしていると、一人のドワーフが近づいてきて、ルカに声をかけた。
「姫様、もうすぐお勉強の時間ラリー!」
「あっ、ルカ、忙しいのね」
リディアは申し訳なさそうにそう言った。ルカは照れくさそうに
「ううん。ほんとは、いつもそんなに勉強してないんだけど、今、地上の文字、勉強してるの」
「えっ」
「セシル達から招待状をもらったけど、お父様はお返事を書けるのに、わたしはまだ字を書けなくて。結婚式までには、ちょっとは勉強して、お祝い書いたカードを持っていこうと思って」
「素敵!」
リディアはそう叫んで満面の笑みを浮かべた。
「わたしも、何かお祝いもっていこう。たいしたものはもっていけないかもしれないけど・・・ありがとうね、ルカ」
「ううん、力になれなくてごめんなさいね」
本当はルカだって、もっとリディアと話をしたかったに違いない。
ドワーフ達はみんな、ルカやジオット王に親しげに話し掛けてくるけれど、ルカは同じくらいの年齢の女友達がいない。(まあ、リディアの方が何歳も年上なのだが)それに、リディアはルカの話を聞くのが好きだったし、ルカもリディアの話を聞くことが好きだった。
けれど、その辺りは子供とはいえルカはしっかりしており、丁寧にリディアに詫びを入れて、自分の部屋へと向かって行った。いくらある程度わがままがきく立場とはいえ、自分からやりたいといいだした勉強だ。決めたことはやらなければいけない、と強い意志を持っているのだ。
「お祝いっていっても、それも、何をあげたらいいんだろう」
ドワーフ達がせわしく動く中、リディアは壁に背をもたれて考え込んだ。
地上で使えるギル貨はそれなりにもっている。
あの旅を終えるときに、みんなで所持金を山分けしたものだ。不要なアイテムも売り飛ばし、彼らの手元にはかなりの額のギルが残った。
セシルはしきりに「エブラーナ復興にお金はいるだろう」とエッジに言ったのだが、エッジはかたくなに「等分だ、等分。それよっか、アダマンアーマーくれよ、な?」と言って譲らなかった。
リディアにとっては当面使うあてのない金ではあったが、「派手なことさえしなければ、10年くらいはこれで暮らせると思う」とローザが言っていた額でもあった。セシルとローザは、それらをバロン国費にあてて、ミシディアやダムシアンなど、赤い翼が攻撃をしかけた国々への援助金の一部にしたらしいが、もちろんそれもリディアは知らない。
「それに、どこで、お買い物ってすればいいのかしら」
そういえば。
以前、エッジと一緒に、トロイアの店にいったことがある。(古い話ですが「抱きしめたいと」参照)
リディアはその思い出を記憶の中から探り出して、一体あそこでどんなものを見たのだろうかと、しばし考えた。
服があった。
いつもリディアが穿かないような、長い丈のスカートなどもあって。
きらきらした糸が織り込まれていて。
色んな装飾品があって、どれを見ても綺麗で。
服を試しに着てみることも出来たと思う。
そうだ。あそこで、エッジに、髪飾りを買ってもらって。
「・・・トロイアに、行ってみようかな」


「うーん、いい匂い!」
トロイアで有名なパン屋は、いつも焼きたてのパンの匂いが漂ってくる。
いいな、パンを焼くのって。わたしにも出来るのかしら。
パン屋の前を通るといつもそう思うのだが、今まではそれを実現する機会がなかった。
そうだ、ローザのお母さんに、今度聞いてみようかしら?
そんなことを考えながら、リディアはきょろきょろと辺りを見回した。
「あっ、あそこだ」
そのパン屋の近くに、タイルで花のデザインが施されてある、可愛らしい店があった。
決して大きい店ではないけれど、裏には小さな倉庫があるため、それなりに物がある店なのだろうと誰もがわかる。
リディアは恐る恐るその店に近付いた。
時間はちょうどお昼すぎくらいで、道行く人々もそれなりの人数がいる。入ろうか、どうしようか、と悩むリディアの姿を見て、うろんげに見ている町人もいるのだが、リディアはそんなことに気付く余裕もない。
「えーい、入っちゃえ!」
外壁と同じように、タイルが貼り付けてあるドアを開けると、貝と木で作られたモービルがかちゃかちゃと乾いた音をたてた。
「いらっしゃいませ」
店の中には1人の女性が客としているようで、小物を手にとっては置き、手にとっては置き、せわしない。
その奥には、ローザより年が上であろう女性が座っており、「いらっしゃいませ」とは言ったものの、なにやら書き物をしている。たしか、あれがお店の人よね、と目で確認しながら、リディアはそそくさと店内に入った。
「わあ」
店内には所狭しと、衣類と服飾品が並んでいた。
そもそもあまり広くない店内ではあったが、壁沿いぐるりととりつけてある木のポールに服が吊り下げられている。高い位置のポールと低い位置のポールが組み合わされており、高い位置には上下繋がった服や、長いスカート、長いパンツなどがある。
そして、店の中央にはいくつかの木彫りテーブルが置いてあって、そこにネックレスやアンクレット、ブレスレットといったアクセサリが細々しく並べられている。テーブルの上に更に、とても小さな手彫りのチェストがいくつもあり、引出しにアクセサリ等が入っていた。
「可愛い!」
無意識に声に出し、そっとネックレスを手にとる。
「これ、ローザがつけたら似合いそう・・・」
想像をしてみる。
ローザは色白で、首から胸にかけてのラインがとても美しい。
そこに、このネックレスがあったら、さぞかし似合うだろうと思うと、何故だか嬉しくなってくる。
「綺麗・・・」
服飾品に限らず、女の子ならば誰もが手にとってしまいそうな、可愛らしい雑貨も並んでいる。
リディアは、銀彫刻の手鏡を手にとった。
鏡の裏には、人魚が彫ってある。「人魚」というものをリディアはよく知らなかったけれど、長い髪をもつ美しい姿形のその彫刻を、素直に綺麗だと思った。
押し花をガラスの中に閉じ込めたペーパーウェイトや、リディアには用途がよくわからなかったらしい金属製のしおり、練り紅を入れて持ち歩くケース、そういったものが窓辺に並んでいる。
「・・・あっ」
その一部に、薄い様様な色のグラデーションがかった紙の束をリディアは見つける。
よく見るとその一角は、模様の入った紙や、花びらの形をした紙などが重なり合っている。
(もしかして、これって、お手紙を書くための紙かしら?でも、手のひらにのるくらいのサイズよね?)
そっとひとつの束を手にとると、ふわりといい香りがリディアの鼻を掠めた。
「・・・?」
不思議そうな顔でそれを眺めていると、店主らしき女性が奥から声をかけてくれる。
「それは、紙香水ですよ。香り紙。手紙の中に挟んだり、鞄の中に入れておいたりすると、いい香りが移るんです」
「かおりがみ」
「ええ。たとえばね」
女性は腰をあげて、リディアの方へ近付いて来る。リディアが「手紙用の紙かも」と思った一群から、更に奥のあたりに、本当の便箋が置いてある。女性はそれを1枚摘み上げて、ささっと四つ折にする。
「手紙を書いたらね、こうやって折ったりするでしょ。そこに、挟み込むんですよ。そして封筒に入れる。封筒にいれないで手渡す時なんかは、こうやって折れば中央にこの香り紙が来て、落ちないでしょう?」
そして、リディアの前で、一度折った便箋を開いて見せた。
すると、ふわりとリディアの鼻を、甘い香りがくすぐる。
「素敵!お手紙がおめかししちゃうのね」
「そうですね。可愛らしい表現をしてもらえて、嬉しいわ」
「そ、そうかなぁ・・・」
少し照れ臭そうにリディアは呟く。と、もう1人いた女客が「これをいただきます」と店主に声をかけてきた。
店主はそちらへ歩いていって、品物を受け取って紙に包みだす。
その間リディアは、香り紙に夢中になり、また、店主がつまみあげた便箋にも気付いて、次には便箋が置いてある場所でじいっと吟味しだした。
(わたしも、ルカみたいに、2人にお手紙書きたいな・・・)
お祝いは、言葉にして、口にするけれど。
それでも、招待の手紙が来たときは嬉しかったから、同じように手紙を出せたらいいと思う。
幻界にも紙とペンはあったから、リディアはローザに手紙を時々書く。
けれど、ただのくすんだ黄色い紙にリディアが何かを書いて出せば−正確に言うと、ドワーフの城に持っていくのだが−ローザから来る返事の便箋は、いつも綺麗な色合いのものだ。
それを、うらやましいと時々思っていた。
(これ、買っていこう)
幻界にいる以上、人間の文化とかけ離れた生活をするしかないのはわかっていたが、時々それがもどかしい。
幼い頃は思ったこともなかった気持ち。
それは、少し大人になってからセシル達と旅をしていた間、ローザから教えてもらった多くのことが、幻界ではあるはずのないことだと知ってから。
爪の色を花の色で染めたり、湯浴みの最後のお湯に香油を垂らしたり、四季の食べ物を使って旬の料理を作ったり。
きっと、結婚式に招待されなければ「よそゆきの服が必要」になることもなかっただろうし。
「贈り物用に包んでもらえますか」
「はい、何色の袋がよろしいですか?」
「えっと・・・その、ピンクの袋で」
リディアは二人のやりとりを聞いて、そうっと遠目に見た。
女主人は何種類か並んでいる、柔らかな布で出来た袋から一枚、ピンクの優しい色合いの物を手にとった。
買い上げたらしい商品を、紙にくるくると包むと、麻布に包み、それをピンク色の袋にいれると、袋の口を濃いピンクのリボンで絞って結ぶ。そして、リボンの結び目には、白い小さなドライフラワーを添える。
(わあ、可愛い・・・あんな風に包んでもらえるんだ。贈り物用だって言ってたよね・・・)
それなら。
ここで、セシル達に贈るお祝いの何かを買えば、あんな風に可愛らしく包んでもらえるのだ。リディアはそれに気付いて、なんだか心が浮き立ってきた。
勇気を出して一人でトロイアに来たけれど、自分が今まで知らなかったいろいろなものが目の前にあり、知らなかったことがある。そのどれもが、今日自分が何を買っていけばいいのかを教えてくれているような気すらした。
「ありがとうございました」
ドアの開け閉めの音と共に、リディアが入ってきた時と同じく、モービルのカラカラという音が室内に小さく響く。
お客さんが帰っていったのだ、とリディアは気付き、それから、おずおずと店主に声をかけた。
「あのう」
「はい、なんでしょうか」
笑顔で応対をしてくれるこの女主人に、リディアも次第に打ち解けてきたようで、大胆に相談をしてみた。
「結婚する友達に、お祝いのお手紙を書きたいんですけど」
「ええ」
「よそゆきのお手紙って、どういうのに書けばいいんですか?」
「・・・??」
「あっ、えっ、と、違う違う、お洋服はよそゆきで・・・手紙はよそゆきじゃなくて・・・あ、でもお手紙ってそもそもよそゆき・・・??」
少しばかりリディアは混乱をし、かあっと頬を赤らめた。
それでも店主は、リディアの話の内容からおおよそのことを理解したようで、便箋を何種類か手にとって見せた。
「お祝い事なら、明るい色で、でも、派手すぎないものが良いですね。淡い色合いのものの方が、文字がはっきり見えますから、こんな感じかしら」
その何種類かを見せてもらって、リディアは「あ!」と声をあげた。
「これが可愛い」
薄い紙が二枚貼り合わせてある便箋は、下の紙は優しいオレンジ色、上の紙は薄いベージュ色のものだ。
上紙であるベージュ色のふちは、リディアの小指の爪半分ほどの小さな花の形にくりぬかれた模様が、ぐるりと並んでいる。下に貼り合わせてあるオレンジ色が浮き上がるように見えて、大層女の子らしいものだった。
「8枚で1セットになっています。封筒はこれで、4枚1セットで」
値段を聞けば、そう高いものでもない。
それに合う香りはどれだろう、と次は香り紙を選ぶことに決めた。
そうだ、手紙を書くなら、やっぱり贈り物も・・・。
リディアの買い物はとてもぎこちなかったけれど、セシルのこと、ローザのことを思いながら何かを選ぶということが、案外と楽しいものだと彼女は気付いた。
それから、案外と体力がいるものだとも。
結果、リディアは、ガラスの中に押し花がたくさん閉じ込めてあるペーパーウェイトと、同じくガラスの中に、貝殻が閉じ込めてあるペーパーウェイトを選んだ。押し花のものはローザに。貝殻のものはセシルに。ちょっと女の子っぽすぎるものだけれど、きっとセシルは使ってくれるに違いない、とリディアは確信をもった。
「えっと、贈り物、用で」
たどたどしく、先ほど聞いた言葉を口に出してみた。
女主人は心得ている、とばかりに、布の袋をリディアの前に並べて見せた。
「どの色にしましょうか?」
「えーーーーえーーーっと・・・色・・・」
セシルの色は、何色だろう。
ローザの色は、何色だろう。
いや、結婚のお祝いだから、二つを一つの袋にいれて渡した方が良いだろうか。
うーん、と悩んで悩んで、それから。
「お手紙がオレンジ色だから、袋はそれに合う色がいいです」
と女主人に言った。
8枚一組で買わなければいけないから、まずは招待に対する礼状−出欠の表明にもなるのだが−を書こうと決めた。そして、バロンに行く時にプレゼントと一緒に残った便箋で、当日用のお祝いのメッセージを書こう、と考える。
「そうですね・・・薄い黄色なんかもいいとは思いますが、オレンジには案外と、優しい緑色が合うものですよ。服などには使わない色の組み合わせですけど、こんな淡い緑だと、ほら」
「・・・わあ、ほんと、なんていうのかな・・・何か、あったかい感じがする」
リディアのその言葉に、女主人は小さく微笑んだ。
プレゼントを選びなれてない、と誰でもすぐに見破られてしまうようなリディアの視線や覚束なさ。女主人は、そんな彼女の一所懸命な姿を見て、なんとなく力になってあげたい、と思ったようだ。
「それじゃあ、リボンもオレンジにしましょうか。普段はしない組み合わせだけど、あなたもとても綺麗な緑の髪をしているし、柔らかいオレンジ色がお似合いですもの」
「え・・・あ、ありがとうございます」
褒められた、と、照れくさそうにリディアは慌てて頭をぺこりと下げた。
丁寧に梱包をする女主人の指には、繊細な銀細工が施された指輪と、大きな石の周囲をワイヤーで囲んだごつごつした指輪があった。そういうミスマッチなものも、その人にはとてもよく似合うとリディアは思った。リディア一人なら決して思いつかなかっただろう緑とオレンジの組み合わせは、そのミスマッチな指輪達とちょっと似ている、と心の中で呟いた。


「お帰り、リディア」
「ラムウ、ただいま。どうしたの?」
幻界に戻って、リディアがいつも寝泊りしている建物に入ると、数人のシルフ達と談笑しているラムウがいた。
あまり大きくない家屋であるが、テーブルや椅子、本棚にベッドといった、人間が暮らすには十分な家具は一通りそろっている。シルフ達は、小さい頃からリディアのお目付け役だった者だけではなく、誰もが暇になるとこの部屋にたむろしていることが多い。もちろん、そこにリディアがいようがいまいが、シルフ達には関係がないようだ。
「この本を読むといい。一応バロン流の作法とやらが書いてあるからの、役立つだろう。難しい言葉は使っていないから、リディアにも読めるだろうし」
驚くリディアにそう言って、ラムウはテーブルの上に一冊の本をことりと置いた。リディアはもって帰った荷物をベッドの上に避難させてから、その本を手にとってぱらぱらとめくる。
確かに、文字もそう小さすぎず、言葉も比較的易しいように見えた。リディアは笑顔で礼を言う。
「ありがとう、ラムウ!わたし、色んなこと知らないから、すごく緊張してたの」
「役立つといいんだが」
「きっと、役立つわ!」
リディアのその、根拠のない「きっと〜だろう」という言い草を、ラムウは嫌いではなかった。
まあ、普通の人間や、幻獣が同じように言えば、ラムウは呆れて馬鹿にするに違いないのだが。
「で、リディア、良い服を見つけてきたのかね」
「・・・・え・・・・」
「結婚式に着ていく」
「・・・」
「リディア?」
「あああーーーー!もう、わたし、ほんっと、何やってるの!?やだあ、服を買いにいったのに・・・!!」
リディアは、あまりの自分の間抜けさに髪を振り乱さん勢いで叫び、その場で、だんだん、と何度も足踏みをした。
ラムウは目を丸くして−きっとエッジが見ていれば「幻獣もそんな顔をすんだな」と感想を即座に述べるだろうに−その様子を見ていたが、シルフ達は「また何かやったのねぇ」と慣れっこのように一瞥をくれるだけだったり、本棚の上に飛んで行って坐ったりと、あまり気にしていない様子だ。
「わたしって・・・どうして・・・服を買いに行こうって思ったのに・・・」
リディアはうな垂れて、はあー、と深いため息をついた。
そうだ、途中まではもちろん覚えていた。けれど。二人へのプレゼントを決めることに夢中になってしまって・・・
ショックでその場に立っていると、家のドアから一人のシルフが飛び込んできた。
「リディア!帰ってきていたの?」
「・・・ただいま・・・」
その力ない返事に対しても特にシルフはなんとも思わないのか、自分がここに来た用件だけを言う。
「アスラ様が、呼んでるわよ!」
「え?アスラが?」
「出かけること、アスラに言わなかったでしょう」
意地悪そうにシルフがそう言うと、リディアはもごもごと困ったように、けれども反論をした。
「だ、だってアスラいなかったし・・・リヴァイアサンに言っただけじゃ駄目なのかしら」
「さあねえ。アスラはあれでも心配性だからねぇ」
「えーっ、なんか納得いかないなぁ」
リディアは小さく口を尖らせて「いってくる・・・」と力ない声で、その場にいる幻獣達に告げた。

しょげ返ったまま、リディアはアスラのもとへ足を運んだ。
「アスラ、ただいま。呼んでるって聞いたから、来たの」
「リディア。待っていましたよ」
リヴァイアサンとアスラがいつもいる館に入り、アスラがいつもいる部屋にリディアは行った。
幻界の中でも高さのある−天井までが高い、という意味だ−その建物は、その高さゆえにがらんとしている。が、それは、リヴァイアサンやアスラが本来楽な体の大きさが、実は大きいのだということを示している。
「あなたに渡したいものがあって」
「え?」
「人間界のしきたりなどは難しいので、少しばかり手間取ってしまったのだけれど」
そう言ってアスラは、リディアに大きな布袋を手渡した。ぽんぽん、とそれを外から叩いてみると、とても軽いけれど、多少はかさばるものだということがわかった。
「開けて見なさい。気に入らなければ、持っていかなくても良いのですよ」
「じゃ、開けるわね」
リディアは布袋の口を縛っていた麻紐をほどいて、恐る恐る中身を覗いた。そして、自分の目に映ったものに驚いて、顔をあげてアスラを見る。それから、また袋の中のものを見て、リディアはますます驚きの表情を浮かべ、声を出した。
「・・・・わあああ!アスラ、これっ・・・これ、わたしに・・・!?」
「気に入ってもらえるとありがたいのだけれど。選ぶのに時間がかかってしまって、戻るのが遅くなってしまった」
「・・・可愛い!わたし、こんな服、着たことないわ!」
袋の中からリディアがずるりと出したのは、薄い黄緑色の、丈が短いドレスだった。
いつも彼女がきているような体にフィットする素材で身頃は作られ、裾からは柔らかい透ける布が幾重にもなり、膝上丈のふんわりとしたスカートを形作っていた。
同じ透ける素材で肩にちょこんとのるような袖が作られており、金の糸が袖や身頃の胸元を縁取っている。
きっとアスラはアスラなりに考えて、リディアがいつもと同じように動けるように、けれど、いつもより華やかに、そして、可愛らしい服を・・・と考えてくれたのだろう。
また、袋の中には服に合わせたらしい靴が入っており、柔らかな黄色い靴に2本の長い布リボンがついているものが出てきた。
「そのリボンを足にこう・・・巻いて履くのですよ」
短い丈のドレスに合わせて、膝下まで編み上げてきゅっとリボンを結ぶ靴をアスラは選んできたようだ。それも、リディアが今までに履いたことのない女の子らしいデザインのものだ。
「素敵・・・わたしに似合うかしら?」
「似合うに決まっています。あなたは、何を着ても似合うから」
「そうかなぁ」
アスラの言葉は贔屓目だとわかっていたけれど、リディアはそれでも嬉しかった。それに、そのドレスは普段着ている服に少しばかり似ていたから、不安を口にしたものの、案外似合うんじゃないかとリディアも思っていた。
「アスラ、わたしのために、選んでくれたのね。ありがとう!」
ええ、そうよ、とアスラは軽く返事をする。
「あなたは、幻界を代表してバロンに招かれるようなものですからね」
本当はそんなつもりでアスラが考えているわけではない。アスラはただ単に、まるでローザと同じように心配をしていただけなのだ。
けれど、リディアは素直にその言葉を受け取って、頷いた。
「そっか、そんな風に全然考えていなかったわ。でも、そうよね。そうしたら、幻獣と人間が仲良くなるきっかけになるかもしれないものね。わあ、大役だわ!」
それにしても、とリディアは腕の中のドレスを眺めてうっとりとした表情になった。
可愛い。綺麗。こんな服、初めて。ちょっと照れくさい。それから。
「・・・アスラ、ありがとう。あのね、わたしね、今日、セシルとローザにあげるお祝いの品を買ってきたの」
それは初耳だ、とアスラは少しばかり驚いた表情を見せた。
「すごく、悩んだの。いっぱい、いっぱい悩んだ。わたし、誰かにあげるものを買うことって、今までほとんどなかったの。あれって、ものすごく大変なのね」
「そう?」
「だから、きっとアスラもいっぱい考えてこれを選んでくれたんだなあって思うの。そう思ったら、もっともっとこのドレス、好きになってきたわ!」
そういうとリディアはドレスと靴を腕に抱えたまま、その場でくるりと可愛らしく一回転してみせた。アスラは目を細めてその姿を見る。きっと二人のそのやりとりをセシル達が見ていれば、人間の親子となんの違いもないと思ったに違いない。
アスラにとっても、はにかんだ笑みで大事そうに服を抱えるリディアは、娘のように思えていた。
たとえ、アスラのように巨大な力を持つ幻獣達に、本来、親子という概念がなくとも。

「セシル。ローザよ、今ちょっと、いいかしら?」
バロン国王の執務室をノックして、ローザが声をかけた。愛しい恋人を快く招き入れ、セシルはソファを勧めた。
ローザはそれを軽く断って
「これ。ジオット王からの書簡と一緒に届いたの」
小さな可愛らしい封筒をセシルに差し出した。開封されていないそれの表書きには、セシルとローザの名前がたどたどしい字で書かれている。
「・・・リディアだ」
「ええ。あなたと一緒に読もうと思って、まだ開けていないのよ」
セシルは慌てて、執務用の机の上に置いてあったペーパーナイフを手にして、ローザから封筒を受け取った。
「うわ」
「どうしたの?」
「なんか、すごく、緊張する」
「うふふ、いやあね、セシル。娘からお手紙もらったお父さんみたいよ?」
ローザのその言葉に少しばかりショックを受けつつ、セシルはペーパーナイフを使って丁寧に封筒を開けた。それから、坐っているローザの隣に腰を下ろして、封筒の中身を取り出す。ローザはそっとセシルに寄り添うように、彼が開いた便箋の中身を見ようと、落ちてくる長い髪をかきあげて、耳にかけた。
「あら、いい香りが・・・」
「やあ、これは香り紙だ。リディアも・・・女の子だね」
セシルは便箋の間に挟まっていた香り紙をローザに渡した。ローザは嬉しそうにその紙にそっと鼻を近づけた。
「いい香り。これ、もらっていいかしら?ハンカチーフにこの香りを移したいわ」
「ああ、いいよ」
「うふふ、ほんと、リディアったら、可愛らしいこと覚えたのね」
「さあ、手紙を読もう」


セシル、ローザ、元気ですか。わたしは、変わらず元気です。
結婚式に招待してくれてありがとう。


あまり文章を書くことに慣れていないリディアの手紙を読んで、ついつい二人の口元はほころぶ。


結婚式には、もちろんかけつけます。楽しみです。
アスラから可愛い服をもらったの。
ローザの服も楽しみ。


「あら」
「ほら、ね」
セシルは「予想通りだ」といわんばかりに、彼にしては珍しく自慢げにローザをちらりと見た。
「待って、続き」
「うん」


でも、お化粧っていうものがよくわかりません。
ルカに教えてもらおうと思ったけど、ルカはまだお化粧しないんだって。
わたしも早いかな?
もし、早くないなら
結婚式の前に、ちょっと早くそちらに行くので、誰かに教えてもらいたいなぁ。


最後にもう一度、おめでとうの言葉と、婚礼を楽しみにしているとのことが書いてあり、それでリディアからの手紙は終わった。ローザは肩をすくめながら小さく笑って
「予定より早い時間を書いてあげてたんでしょ?」
「まいったね。それより早く来ちゃうつもりかな」
「いいわ。わたしが、お化粧を教えてあげる」
「だって、君は」
花嫁なんだよ?といいかけて、セシルは言葉を止めた。
ローザだって久しぶりに会うリディアと少しでも長く話をしたいのだろう、と考えたからだ。
「いいなあ、女の人同士は」
「あら、だったらセシルも同席する?」
「やめておくよ。エッジに怒られそうだ」
「あら。うふふ」
ローザは笑い声をあげた。
「エッジが、開いた口がふさがらないぐらい、可愛くお化粧してあげなきゃね」


婚礼までの毎日、リディアは鏡の前でその服を何度も何度もあてていた。
ベッドに入って眠りにつこうと、枕もとに置いてあるランプを消そうと手を伸ばした時、綺麗に形を整えて壁にかけてあるその服が視線に入る。見るたびに嬉しくなって、灯りを消して毛布にくるまっても、考えるのはそのことばかりだ。
(そうだ、エッジから買ってもらった髪飾りをしていこう)
(そうだ、何か手に持つ鞄があるといいのかも。でないと、お祝いのプレゼントもむきだしのまま持っていくことになっちゃうし)
(もう一度トロイアに行こうかしら)
そういえば、あのお店には、可愛い鞄もいっぱいあった、とリディアは記憶をたどっていた。
それから。
幸せな新郎新婦のために、心をこめて選んだ祝いの品。
それと同じくらい、今度は一所懸命、自分のために鞄を選んでみようかと思いついた。
(きっと、エッジに話したら驚くわ。自分で選んだのよ、って。そうしたら、エッジ、なんていうかしら)
明日、またトロイアに行こう。
今度はアスラにちゃんと断って。
リディアは口元に笑みを浮かべながら、瞳を閉じた。

Fin


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