エブラーナの夏休み-1-

月の地下渓谷は、彼らがみたことがない材質の壁で覆われている場所がある。
彼らは月に来てからというもの、地表を蠢く、自分達の星では多分生息出来ないと思われる謎めいた魔物を多く発見し、更には見たこともない光苔なども見つけていた。それらは明らかに彼らが住まいとしていた星とこの星が異なる空間だということを物語っている。
「ねえねえ、あのね、ここの壁って、光るよね」
嬉しそうにリディアがみなに言ったのが始まりだ。
「光る?あっちの光苔のことじゃなくて、この壁が?」
ごんごん、とセシルは地下とは思えぬ高さをもつ壁をぶしつけに叩いた。
「うん」
リディアは少しだけ得意げににこにこと頷く。
「でも、今は光ってないじゃない?」
ローザもしげしげと壁に手をふれて見上げた。その壁は不思議な半透明な材質で表面はごつごつとしている。そのおかげで光をあてると時折思いも寄らない色になることは全員が知っていた。
一言で表すならば半透明、という感じではあるが、よく見ると様様な色、様様な材質の鉱石が埋め込まれていて、その半透明な何か、彼らの知らない材質のものがコーティングしているようにも見える。ローザは「まるで石達が氷漬けになったみたいね」と表現していたけれど、それはあながち間違いではないと思える。ただ違うのは、この地下渓谷を形成している地面、壁、天井、ありとあらゆる材質は彼らが知らないもので、更に言えば随分と頑丈なものだということだった。それについては、まるでダイヤモンドで出来ているみたいだな、とエッジが単純な表現をしていた。
「あのねえ、見ててね!」
リディアは壁に向かって突然詠唱を始めた。
「ファイラ!」
ぼっと音をたててリディアの手から炎が壁に向かって放たれた。
橙色の炎が壁の表面をかなり広面積を撫であげるように覆い、それからすっと消えていった。
「まあ、本当!」
ローザが声をあげる。
壁の中、あまり表面側には見えないけれど少し奥まったところであちこちぼうっと光が見える。
「綺麗だよねー」
「へえ、これ、熱で光るのかな」
光は持続しない。ファイラで覆われた壁はまだ熱をもっていて、リディアの術がどれだけ強い魔力で行使されたのかがわかる。触れようとしてセシルは慌てて手を引いた。確かに表面にない石が発光するならば、かなり奥まで熱が届いている、すなわち術が強力だということがわかるものだ。
「そのようだな。エッジの火遁でもなるんだろうな」
カインですら物珍しそうに見る。
「ねえ、これ、フローライト・・・っていったかしら?そんな感じの石みたいなものじゃないかしら」
「多分な」
「なあに、それ」
リディアは首を傾げた。それへローザが説明をしてやる。
「日の光を浴びると発光する石があるの。過熱しても光ってたと思うわ」
「ああ、蛍石か」
ローザの説明を小耳に聞きながら、エッジが壁を見て言った。
「ほたるいし?」
「蛍みてえに光るからさ」
さらりと当たり前のようにエッジは答えるが、その場にいる仲間達は不思議そうにエッジを見る。
その視線に気付いて、なんだなんだ、とエッジは慌てた。
「んだよ、俺、なんかおかしいこといったか?」
「ほたる、って?」
「は?おめーら、蛍知らねえの!?」
ローザの問いにエッジの方が驚き声をあげる。セシルもカインも、もちろんリディアもエッジに注目をしていた。
「蛍っちゃあ、蛍だよ。川原とかで夏に光ってるじゃねえか」
「知らないわ。何、それ」
「なんかのランプなの?それって。あっ、ランタンとかそういうの?」
「・・・マジかよ!?」

ゼロムスを倒して月から戻ってきた一行は、ミシディアで手厚く宴を催された後、各人の故郷へ戻る予定だった。
が、丁度今エブラーナの季節は夏だ、とエッジが言い出して、例の「ほたる」とやらを見に行こう、と急遽エブラーナツアーが開かれることになった。もちろん正直なところ、エッジはもとからリディアをエブラーナに連れて行きたいと思っていたし、とはいえ急に二人で、となればリディアも抵抗があるだろう・・・なんていう目論見も込みだったのだが。
残念なことにカインは思うところがあったらしくそれを辞退し、いつかエブラーナに改めて行った時にでも、と言い残して彼らと別れた。それが、セシルとローザの二人を今はまだ祝福出来ない、という彼の苦々しい思いゆえのことだとわかっていたから、エッジはあえて引き止めなかった。それに、自分とカインの付き合いはそういう付き合い方でいいとエッジは思う。
そんなわけでエッジはバロン国民がまだかと待っているセシルとローザ、そしてあとは幻界に行くだけ、というリディアを連れてエブラーナに戻った。
国民はみんな「若様ご帰還」に大喜びではしゃいでいたけれど、先の戦いで国としての機能をほぼ失った王国では客人に対する派手なおもてなしは出来ない。が、ミシディアで嫌と言うほど宴にお付き合いしていた彼らにとっては、エブラーナの素朴な対応にほっとしたのも事実だった。
「とりあえずよ、あんまり仰々しいこたやめようぜ。面倒だしな。それにお前らも、さっさとバロンに戻らないといけねえだろうしな」
まだ城の建築も始まっていないありさまで、以前と同じように洞窟で生活をしている彼らだったが、少しずつ焼き払われた城を中心にして商工業を再開し、城から離れた位置に広がる田畑のあたりは完全に以前のように働き手が出ている。
傷を負っていた兵士達も回復しており、エッジは彼らの様子を見回していささかほっとした様子だ。
「それにしてもなかなか暑いわね」
と一番最初に弱音を吐いたのはローザだ。洞窟内に入ってしまえばひんやりとした空気に包まれるからまだしも、外は夏で、しかもがんがんと強い日差しが降り注いでいる。
「正直、僕もつらいかな」
セシルも苦笑しながらそう答えた。
「そうだろな。うし、涼しい服用意してやるか」
「わーい」
何故か最も涼しい恰好をしているリディアが喜ぶ。それを聞いて
「お前はもともと涼しい恰好だろ」
「だってブーツ暑いんだもん」
「ブーツだけ脱げばいーだろ」
「ちぇー」
とはいえ、考えてみるとレオタードに生足、というのもちょっと問題あるか・・・とエッジも思う。
「おーい、グレース、いるかー?」
エッジが洞窟で声をあげると、どこからかささっと一人の女性が姿を見せた。彼女はエブラーナ城の女中頭なのだが、みなは当然それを知らない。
「はい!エドワード様、ここに」
エッジのファーストネームを略さず呼ぶ。それがついついおかしくてセシルとローザは笑みを漏らしてしまう。リディアは「それだあれ?」という風だが。
「トーヤの向日葵見に行ってくるからよ、こいつらに涼しい恰好なんか用意してやってくれよ」
「わかりました」
あれこれ言わずにその女性はさっとエッジ達の前から消えた。エブラーナの人間はみな身のこなしが軽くて、見ていてストレスがないな、とセシルは思う。
「とーやのひまわり?」
リディアがエッジに聞きなおす。
「ああ、トーヤって場所に向日葵畑があるからよ。その近くに川が流れていて、今の時期野菜とか冷やしてんだよ」
「ふうん」
「とにかく、行った方がはええな。エブラーナはちっちゃい島国だけどよ、いいとこはいっぱいあるんだぜ?」

小型艇に乗って4人はエブラーナの城から離れた農村地帯にやってきた。
丁度一番暑い時間帯らしく、ローザは髪が暑い、とばかりに珍しくぐるぐるとねじりあげてうなじを出している。
すっかり涼しい夏向けの恰好になった彼らは、グレースが用意してくれた扇子やら団扇やらでぱたぱたと仰ぎながら降り立った。何もない平原に着陸したが、着陸前から黄色が一面に広がっている姿が遠めに見えていて、彼等は既に、気持ちをうきうきとさせていた。
「わあーっ!あそこ!」
案の定一番初めにリディアが叫んで、前方を指差した。
普段着慣れない新しい夏用の服を着せてもらっただけで大喜びしていたのに、更にテンションがあがったしまったようだ。もはや舞い上がっている、と言ってもいいだろう。
「まあ、すごいわね」
彼らの前方には黄色一色でうずめつくされた畑が広がっている。
見渡す限りの向日葵。別にエブラーナでわざわざ向日葵を育てて何か商工業に役立てているわけではない。が、そもそも食べられる種をもつ植物は昔から多く植えられていたらしい。
ここ、トーヤの向日葵畑はエブラーナの中でも夏の日差しが良く似合う場所だとエッジは思っている。
「早く行こうよーっ」
生まれて初めてみる一面の向日葵畑にすっかり心を奪われてリディアはみんなを急かした。
「リディアは元気ねえ。わたし、暑いのって苦手だわ」
とローザは苦笑する。
「はは。正直僕も」
とはセシルだ。
好奇心にそそのかされてまんまと黄色の波に近づいていくリディアを、エッジが後を追う。その後から見るからに暑さに弱そうな(セシルはそうでもないと思えるが・・・:ゴルベーザ暑苦しそうだったし)二人はのろのろと歩いていく。
「うわあ、すっごいねえ!エッジ、見て、これ、わたしよりも背が高いの!」
リディアは背伸びをして、重くて少し頭をさげている大きな向日葵を見た。
「だろ。ここの向日葵は幹がぶっといしな。その代わり虫もいっぱいいるかもしんねえぞ」
「だって、植物に虫がくっついてるのなんて、当たり前じゃない」
おやおや、変なところは野生児だな、とエッジは「そうか」と答えながらにやにやと笑った。ふと気がつくと後ろの二人は、近くにある大きな木の下で早速涼んでいた。軟弱者め、と思いながらも、あれはあれで夏の楽しみだということがわからない男ではない。
風が通る木陰は気持ちがいいし、照りつける日差しを葉の間から目を細めて見上げるのだっておつなものだ。
「葉っぱもおっきい!」
何もかも嬉しそうに笑うリディア。
向日葵の黄色の花びらに触れ、なんだかごちゃごちゃしている花芯を見て、太い茎をすうっと指でなぞってみる。
葉っぱの表も裏も見て、ちょっと毛羽立った触り心地を確認している。
リディアが大喜びなのも無理はない。なんといっても幻界に花畑などなかったのだし、ミストの村は谷に囲まれた場所にあったから、平原に同じ植物が群生している様を見たことは彼女にはないのだ。
とはいえ、いささか子供が遊びに夢中になり、喜びすぎて興奮状態になっているような気もする。
「ね、こんにちは」
誰に挨拶をしたかと思うと、なんとリディアは向日葵の花を見上げてそんなことを言っている。ついにエッジは噴出して
「おっまえ、バッカじゃねーの!?何、花、相手に「こんにちは」だってえの!頭弱そうだぞ!」」
「いいじゃない!な、なんとなく挨拶したかったんだもんっ!」
そういうとリディアは拗ねたような表情を浮かべて、向日葵の波の中、ごそごそとかきわけて入っていってしまう。
「おい、あんまり遠くに行くと、お前ちっこいから見えなくなるぞ。ここの向日葵はでかいし、お前の髪じゃあ葉っぱにまぎれっちまう」
「大丈夫だもん」
失礼しちゃう、と口にしていたけれど、リディアのその表情は嬉しそうだった。
確かにエッジが言うとおり、リディアの身長では背が高い向日葵にかくれてしまう。
エブラーナの向日葵はとても茎が太くて立派だし、花も人の顔ほどの大きさは当たり前だ。
「みんな、同じ方向向いてる。おひさまが大好きなのね」
照りつける陽射しの方向を向いている向日葵と同じく、リディアもそちらを見た。
腕を伸ばして手をかざすと、小さい手のひらの指と指の間が透けて見えるように感じる。
「じりじりするのも、なんか悪くないね」
もちろん、向日葵たちはそれに頷いたりはしなかったけれど、リディアは満足そうだった。

向日葵畑を堪能しすぎたリディアは、緑の髪のあちこちにちょっと抜けた花弁やら葉っぱについていたゴミやらをくっつけて戻ってきた。さすがにローザにそれを言われて、丁寧にとってもらっている間は恥ずかしそうな表情を見せる。
「なんか、向日葵って、元気が出るね」
照れくさそうに言うリディアにセシルが笑って
「そうだね。リディアにぴったりだ」
なんてことを言う。ローザは何も言わずにリディアの髪のゴミをはらってやっていたが、エッジの方が反応して赤くなりながら叫んだ。
「なーにをこっ恥ずかしいこと言ってんだ、お前」
「だって、そう思ったから。ね、ローザ」
「そうよ。エッジもそう思わない?」
「これだからバロンの奴らとはソリが合わないんだよっ・・・」
「エッジ真っ赤になってるー」
リディアの指摘にエッジはますます赤くなって
「これは日焼けなの、日焼け!」
と突っぱねた。
残念ながらエッジには、女性を捕まえて「君は○○の花のようだ」だとか「○○の花は君に似合う」なんて言葉をいえる性質ではない。おおよそそういった賛辞(と彼には思えないのだが)が出来るのはバロンの人間か、いても吟遊詩人だと彼は信じている。
いくら自分がリディアのことを好きで、そして向日葵畑をごそごそと動き回っている彼女を可愛いと思ったからといって、そんなあっさりと言えるようなことではない。
「次、行くぞ、次!」
なんてことを言い出して照れ隠しをするのが精一杯だ。
だって、そんな風にセシル達にケチをつけたところで、彼が一番、向日葵を見ているリディアを眺めて満足していたのだろうということを本人は知っているから。
「エッジ、次って、どこ?今度はなあに?」
いささか大股で歩くエッジの後ろにちょこちょことリディアはくっついてくる。
「ん?美味いモン食えて、気分がいいところ」
「そんなにお腹すいてないけど・・・」
「わがままいうなっての。俺がそのくらいわかんないと思ってんのかよ。喉、渇いてるだろ」
「うん」
「そういうこと」
向日葵畑の側に二本の川が流れていた。4人は歩き出してほどなくして、二本のうちの流れが大きい川に水車小屋が立っているのを見つけた。そこがエッジのお目当ての場所であることはすぐにわかった。小屋の前で2人の男性が地面に水撒きをしている姿が見える。
エッジ達が近づく姿に気付いてか、彼らは手を止めてこちらをじいっと見ていた。それから
「あっ、若様!」
「お待ちしておりました」
日に焼けた顔で嬉しそうにエッジに手をふる。
それへエッジは軽く手を振りかえしながら近づいていった。
「おう、久しぶり」
「お戻りになられたのですね」
「ああ、今日な」
「お疲れ様でございます」
「そんなことよりよ、こいつらにアレ、食わせてやってくれよ」
リディア達は頭を下げた。
「こんにちはー」
「お世話になります」
「こんにちは」
「こっちから、未来のバロン王、未来のバロン王妃、未来のエブラーナ王妃だ」
「「「ええっ!?」」」
その場にいたセシルとローザ、そしてエッジ以外の人間の声が重なった。まあ要するに紹介をうけた男達と、当の本人であるリディアの3人なのだが・・・。
「なんでお前まで驚くんだ!?」
「ええーっ!だってわたし、エブラーナ王妃にって、ええーー!?」
どうやらエッジとリディアの関係は、あまり進展していなかった様子だ。
いくらなんでもそう言われてはエッジの立つ瀬がないと思うのだが・・・。

川にそっと足を浸して、ローザは笑顔を見せた。彼女の手招きに応えてリディアもざぶざぶと川に入ってゆく。
山の方から流れていて、途中で二又になっているのが丁度見える。
そのうち片方の川は案外と大きく力強く流れていて水車小屋を経由するが、もうひとつわかれて流れるのはとても浅くて小さい川だ。
彼女達は小さい川の方に足をちょうど膝下くらいまでいれて嬉しそうにはしゃいでいた。澄み切っていて、自分達の足がよく見える。衣類が濡れないように、なんていう気遣いはもはや無用だ。
空気は熱くて彼女達の体を火照らすけれど、川の水は底の方は冷たいままだ。
「綺麗な水ね。それに、あまり深くないから安心出来るわ」
「ほんと、気持ちいいー!」
御満悦な様子の二人に、水撒きをしていた男が笑顔で声をかけた。
「丁度いい、お嬢様方、そのまままっすぐ上流に向かって歩いていってください」
「え?」
「そうすると、杭が打ち付けてありますから、杭に結んである網をほどいて持ってきていただけますか」
「網、ですか」
「中に入っているものがありますから、落とさないように」
ローザとリディアは顔を見合わせて、それから子供がじゃれるように我先に、とばしゃばしゃ音を立てながら上流に向かいだした。時折きゃはは、と楽しそうな声が聞こえる。ローザがそんな風に声をあげるのは珍しい。水遊びはお気に召した様子だ。
「あー、女はかしましいねえ。魚も逃げるってのな」
とエッジが肩をすくめながら苦笑してセシルを見ると、未来のバロン国王はしゃがみこんで水車をじいっと見つめている。
さすが旧赤い翼の団長、シドに可愛がられていたのは伊達ではないらしく、セシルはそういったものを見るのが案外と好きなようだった。
「おい、セシル」
「あ、うん。ごめん。この水車で、中では何をしてるのかな」
「前は粉引きとかに使ってたけど、最近は飾りみたいなもんだ。水車くらい、バロンにあんだろ」
「以前はね。でも、最近は見なくなった。シドには悪いけど、こういうものも、やっぱりいいと思うんだよね。自然の力をそのまま使うものって・・・」
「そーだな。生き物はやっぱよ、自然の恩恵とか受けて生きてるんだしよ。あのじじいの技術はすげえと俺も思うし、尊敬してっけどな」
未来の国王同士がそんな会話をしてると、今度はまた上流から女同士の楽しげな声が聞こえる。
「さ、水分補給しようぜ」
「水分?」
「西瓜。食ったことねえだろ」
「すいか?」
セシルは興味深そうに瞬きをしてから立ち上がった。
川からあがってきたリディアとローザは、服が濡れるのも構わず走り回っていたようで、足のみならずあちこちが水びたしだ。それでもどうせこの陽射しなら、簡単に乾かしてしまうだろう。
「これ、なあに?重いよー!」
リディアが懸命に持ってきたのは、網に入った西瓜だった。
川の上流に浸しておいたために気持ちよい冷たさになっている。
「これって、食物なのかしら?」
とはローザだ。
バロンのあたりは瓜系の食べ物はそう多くはない。彼らがめずらしがるのも当然といえば当然のことだろう。
「うわ、重いな」
セシルはリディアからそれをうけとると笑った。予想外のものが目の前に出てきて正直戸惑っているけれど、なんだかこの大きな丸いものを見ていると笑みが零れてしまう。おかげでセシルの服も濡れてしまったけれど、もはやそんなことを気にする人間はここにはいない。
「若様、どうぞ」
「さんきゅ」
男が持ってきてくれた大きな包丁を受け取ると、セシルから西瓜を受け取って地面においた。
びしゃびしゃと足元に水が広がる。一体これからどうなるのかとリディアもローザもわくわくしながらそれを見ていた。
「よいせっと!」
力をいれてざっくりとエッジは西瓜を半分に割った。案の定一番最初にリディアが声をあげる。
「・・・わああ!なんで?なんで?なんで中が赤いの!?」
「なんでって言われてもな。そーゆー食べ物なんだよ、ほれ」
「ええ?これこのまま食べるの?」
適当な大きさに切り分けてエッジがぽいぽいと手渡す。
食べたことがない果物(ここにいたってようやく彼らはこれが「そういう」ものだとなんとなくわかってきたようだ)を目の前にして、お互いに困ったように目配せをしあう。
「こーやって食うんだよ」
仕方ねえな、とばかりにエッジが最初にかじりついた。しゃくしゃく、といい音をたてるのはいいが、ぼとぼとと口はしから果汁がこぼれている。王子様はどうもあまりお行儀がよい方ではないらしい。今に始まったことではないが。
ぷっと種を飛ばすのはどうもやりすぎだと思われるが、セシル達は「へえー」と感心しながらそれを見ていた。
「いただきまーす」
こういうときに一番順応力があるのがリディアだ。さすがに人間界と幻界どちらにも順応できるだけはある。
「おいしい!」
リディアは一口食べた途端、驚いたようにローザを見た。
「おいしい?どんな味?」
「甘いの。それですごい水がいっぱい。お水で冷やしていたから、冷たいし!」
あまり意味の通る言葉ではなかったけれど、おおよそのことがそれでわかる。
「んだよ、俺が食っても信用しねえくせにリディアが食べれば大丈夫なのかよ」
とエッジはわざと拗ねたように言うけれど、それも仕方がない。セシルは笑って
「だって、本当に味が想像出来ないものだからさ。じゃあ、いただきます」
「おう、いただけよ」
「あ、甘いんだなあ、これ」
「あら、本当、おいしい!」
バロンの二人にも好評だ。あまりお洒落なもんじゃないからバロン風じゃねえけどよ、なんてエッジが皮肉まじりで言うが、二人は気にもとめていない。本当は一番マイペースなのはこの二人でなかろうか?
リディアは皮の緑と黒の模様をしげしげと見てエッジに聞く。
「おもしろいね、これ。ねえ、これ、木になるの?あ、でも木になったら重いよねえ。埋まってるの?」
「根菜に見えるのかよ、これが!」
「わからないから聞いているんじゃない・・・、んもう・・・」
「帰り道に西瓜畑見せてやるよ・・・お前らも食えよ」
「は、ありがとうございます」
水車小屋にいた男二人も混じって、大の大人(ではない者もいるが)が川辺で西瓜にかじりつく妙な光景になる。
リディアは、糖度が高いうえに水分だらけのこの食べ物が気に入ったらしく、もう皮しか残らないだろうというぎりぎりまで赤い部分を削りながら頑張って食べている。
「あんま皮近くになるとうまくねえだろ」
「うん。でも、なんか赤いとこ全部かじって、皮が白くなるのって、おもしろいじゃない?」
「それはわかる」
「わあ、手と顔、べたべたになっちゃった」
「川入って洗ってくるといい」
「うん、そうする」
先にごちそうさま、と食べ終わったセシルとローザは既に川で手を洗って、水車を覗いているようだ。未だにがっついているエッジにリディアがさもいいことを思い付いたように言う。
「これ、半分に割って、スプーンで食べたいなあ」
「贅沢モンめ」
そうエッジが答えると、片方の男性が笑いながら
「若様も昔そうやって食べていたではないですか」
と、揚げ足を取った。それにちょっとむっとした表情をしてから、エッジは口端で笑いをつくって言う。
「いーの、俺は王子様なんだから」
リディアはもう一切れ残っていた西瓜をエッジに手渡されながらわざと怒った表情−といっても全然恐くもなんともないのだが−を作って言った。
「この贅沢モノ〜」
「なんとでも言え!」
たったこれだけのどうでも良い内容の会話ですら、楽しくて仕方がなさそうにリディアは笑う。連れて来て良かった、とエッジは心から思ったし、ついでにいえばこのまま帰したくない、なんてことまで思っていた。
もちろんそんな彼の気など知らぬ顔でリディアは西瓜を本当に綺麗に食べあげるのだった。



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モドル

あーあ。どうしてあたくしってズバリと「エッジはエブラーナの夏を堪能するためにリディアを連れて国に戻った」とかそういうストレートな書き出しで話を書けないんですかね(涙)もう、それでいいじゃない!と自分で突っ込みたい気分です。
こんなだらだら物書きにいつも付き合ってくださって、みなさまありがとうございます。
それにしてもなんだかトトロ風味なのは気のせいでしょうか(汗)
うちの母方の実家付近をイメージしてるんですが・・・。(向日葵はないけど)
そして今回リディア企画っていうより王子応援企画ってカンジになっているのも気のせい?